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最後のキス
しおりを挟む「ちょっと? 寒いからやめて……」
涙なんか、見られたくない。ヨシの手から逃げるようにパッと顔を背ける。
「俺のマフラーで鼻水拭いてんじゃねぇよ」
「鼻水なんかっ……」
ズルッ……。
「……めっさ出てるやん」
……。
「寒いからよ。 誰かさんがこんな真冬に展望デッキに行こうなんて言ったからっ」
「はぁ?? 誰がお前なんか誘ったよ?」
「というか、くっついてきたでしょ? もぉ限界! 飛行機なんてどうでもいい!無事に着いてさえくれたら。もう下に降りる」
ロケ初体験の、こんな日にまでシンミリしたくはない。
「待てって!」
離れようとした私の腕を、ヨシが力強く引っ張り戻す。
「な、なに? 」
「もうお前がアイツとくっつこうが離れようが着陸地点間違えようが知ったこっちゃねーんだけど!」
人を飛行機みたいに言わないで。
「……″ けど ″ ?」
「最後に謝りたかった」
「……え……」
……最後に……。
ヨシの低い声に、足が立ち止まる。
「謝罪なら、さっき……」
「ついでに御礼が言いたかった」
「……なんの……?」
「新曲のこともそうだし、CMのことも……」
こんな日に湿っぽくなりたくないのに、
「俺の可能性、方向性、広げてくれたのは、お前じゃん」
なんで、そんな事、今、言うのよ?
乾き始めた目元が、また、濡れてしまう。
「……そして、最後にキスしたかった」
ヨシの低い声が、離陸していく飛行機の音にかき消されていく。
……″ どうして、最後なの? ″
聞きたかったけど、……言葉は飲み込んだ。
ヨシは気づいてるんだ。
「ここで、最後にキスしたら、もう俺とお前は、CM出演者と作り手に戻る」
「……ドライなんだね」
「いや、ミュージシャンと、元ファンか」
「″ 元 ″ じゃないよ、今だってVirtueのファンだよ。Virtueのヨシの大ファン……」
ずっと、美しくて、儚い、壊れそうなものが大好きだった。
ありふれた現実の恋なんて、望んでもいなかった。
非現実な夢を、長い間、Virtueのヨシに見させてもらっていた。
「戻るも何も、それ以上にはなれなかったのにな」
そんな私は、ヨシに魅力的な人間味を多く感じても、憧れのアーティスト以上の思いを抱くことが出来なかった。
「それでも、俺からしたら、初めての恋愛だったから……思い出にな……」
私のリアルな恋は、ヨシと出会う前に始まっていたんだから……。
ヨシの冷えきった手が、私の濡れた頬を包んだ。
風になびくヨシの髪と私の髪が、何度も唇に侵入してくるのを指先で排除しながら、ヨシは、ゆっくりと顔を近づけてきた。
鼻先が頬に触れるとくすぐったくて、冷たくて、ここに長居し過ぎたことを気付かせてくれる。
「一応、芸能人だし、人がいるから……」
コートを広げて、それで私を包み込み隠すように、唇を重ねてきた。
冷たいけれど、温かな唇だった。
コートの中で、二人分の体温が逃げていかないように、私はヨシを抱き締めた。
最後の抱擁だった。
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