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番外編 【傷と恋】
父親
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「鷲塚ー、いるんだろぉ? お前の担任の代理で来たぞ!」
橋元先生が赤ちゃんをおぶったまま、ドア越しに声をかけてきた。
平日の昼間の団地アパート。
あまり人はいないけど、大きな声で話されると恥ずかしい。
でも。
私は、ティシャツと短パンという格好だったし、橋元先生は、童顔であっても体育バカな厳つい男性だ。
男性に恐怖心を抱き始めていたのに、中に入れる勇気はなかった。
「なんか、預かったものがあるんですか? なら、そこに置いててください」
そもそも、なんで担任じゃなく橋元先生?
担任が腫れ物のように私を見てるのは、病院でのお見舞い時に分かったけど。
……私の返事に先生は、
「おー、いろいろ大事なプリントあるんだけど、……それより、ちょっと、お湯をくれないか?」
「え」
意味不明の事を言ってきた。
「息子がミルクくれって泣くんだよ」
赤ちゃんの泣き声が聞こえたので、仕方なくドアを開けて中に入れることに。
「……子連れで仕事してるんですか?」
「急遽だよ、俺の嫁さん入院しちゃって」
「え」
「どうも婦人科の病気らしいんだけどな。直ぐに嫁さんの親も来れなくて。あ、ポットのお湯貰うぞ」
橋元先生は、遠慮なく部屋に上がると、居間のポットを見つけて器用にミルクを作り出した。
「……赤ちゃん、寝かせなくていいんですか?」
抱っこ紐でおぶられたままの赤ちゃんは、とても窮屈そうだった。
「お、そーだ、忘れてた。そこの座布団に寝かせていいか?」
「はい」
私は、普段あまり接することのない赤ちゃんを、先生の背中からそっと離して、その柔らかい感触にとろけそうになった。
「……かわいい」
「そうだろ? 俺に似てなくて良かったよ」
哺乳瓶に作ったミルクを、自身の頬に当ててから赤ちゃんに与える橋元先生は、
「……お父さん、ですね」
学校で、きびきびと生徒を指導する姿とはまるで違っていた。
そんな和やかな雰囲気の先生に見とれていると、ちょっと気まずそうに口を開いてきた。
「こんな時にアレだけどな、修学旅行の積立金の引き落としが出来なかったってお手紙もそこの封筒に入ってる」
「……修学旅行……」
橋元先生が指差したA4サイズの封筒には、今月の予定表やらPTAのお便りやら、色々入ってて、その中に、【保護者様へ 重要】と書かれた茶封筒を見つけた。
それを見て怒りだとか、恥ずかしいとかの感情は湧かなかった。
我が家の現実を知ってるからだ。
お母さん、きっと、今月はキツかったんだろうな。
先月、風邪引いて、パート休んでたもの。
「もう、やめようかな」
……ポツリと言うと、橋元先生が驚いたように、こっちを見た。
「何をだ? 修学旅行か?」
「……違います」
「じゃ、なにを?」
「学校です」
それは、あの事件から、頭のどこかにあった事だった。
橋元先生が赤ちゃんをおぶったまま、ドア越しに声をかけてきた。
平日の昼間の団地アパート。
あまり人はいないけど、大きな声で話されると恥ずかしい。
でも。
私は、ティシャツと短パンという格好だったし、橋元先生は、童顔であっても体育バカな厳つい男性だ。
男性に恐怖心を抱き始めていたのに、中に入れる勇気はなかった。
「なんか、預かったものがあるんですか? なら、そこに置いててください」
そもそも、なんで担任じゃなく橋元先生?
担任が腫れ物のように私を見てるのは、病院でのお見舞い時に分かったけど。
……私の返事に先生は、
「おー、いろいろ大事なプリントあるんだけど、……それより、ちょっと、お湯をくれないか?」
「え」
意味不明の事を言ってきた。
「息子がミルクくれって泣くんだよ」
赤ちゃんの泣き声が聞こえたので、仕方なくドアを開けて中に入れることに。
「……子連れで仕事してるんですか?」
「急遽だよ、俺の嫁さん入院しちゃって」
「え」
「どうも婦人科の病気らしいんだけどな。直ぐに嫁さんの親も来れなくて。あ、ポットのお湯貰うぞ」
橋元先生は、遠慮なく部屋に上がると、居間のポットを見つけて器用にミルクを作り出した。
「……赤ちゃん、寝かせなくていいんですか?」
抱っこ紐でおぶられたままの赤ちゃんは、とても窮屈そうだった。
「お、そーだ、忘れてた。そこの座布団に寝かせていいか?」
「はい」
私は、普段あまり接することのない赤ちゃんを、先生の背中からそっと離して、その柔らかい感触にとろけそうになった。
「……かわいい」
「そうだろ? 俺に似てなくて良かったよ」
哺乳瓶に作ったミルクを、自身の頬に当ててから赤ちゃんに与える橋元先生は、
「……お父さん、ですね」
学校で、きびきびと生徒を指導する姿とはまるで違っていた。
そんな和やかな雰囲気の先生に見とれていると、ちょっと気まずそうに口を開いてきた。
「こんな時にアレだけどな、修学旅行の積立金の引き落としが出来なかったってお手紙もそこの封筒に入ってる」
「……修学旅行……」
橋元先生が指差したA4サイズの封筒には、今月の予定表やらPTAのお便りやら、色々入ってて、その中に、【保護者様へ 重要】と書かれた茶封筒を見つけた。
それを見て怒りだとか、恥ずかしいとかの感情は湧かなかった。
我が家の現実を知ってるからだ。
お母さん、きっと、今月はキツかったんだろうな。
先月、風邪引いて、パート休んでたもの。
「もう、やめようかな」
……ポツリと言うと、橋元先生が驚いたように、こっちを見た。
「何をだ? 修学旅行か?」
「……違います」
「じゃ、なにを?」
「学校です」
それは、あの事件から、頭のどこかにあった事だった。
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