いたずらはため息と共に

常森 楽

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1.恋愛初心者

13.好きってなに?

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「今まで?」
日住君が私を図るように見る。
「先輩、恋したんですか?」
私は逃げ場を探すようにキョロキョロする。
日住君は頬杖をついて、ジッと私を見ている。
わかってる、逃げ場なんてないことは!
「い、いや…言葉の綾だよ」
「…そうですか」
全然信じてない、この目は全然信じてないよ!
「穂」
ドクンッと心臓が鳴る。
「先輩のことを名前で呼んでる人なんて初めて見ました」
「あー…掃除してる内に仲良くなったんだよ」
「両角先輩は掃除してませんよね?」
う…。やけに鋭い。永那ちゃんの様子を見ていればすぐわかることかな?
「しかも両角先輩って前に先輩のこと、“空井さん”って呼んでませんでした?」

彼はジトーッと私を見て、私はどんどん追い詰められる犯人みたいな気分になった。
「いつの間に名前を呼ぶ仲になったんですか?」
バクバクと鼓動は速くなって、たらたらと冷や汗が出る。
誤魔化すように、チビチビとコーヒーを飲んでみるけど、味がしない。
「…なんて」
フッと日住君は笑った。
「そんなこと、俺が聞くようなことじゃないですよね」
その笑顔がどことなく悲しげで、チクリと胸が痛んだ。
私が彼を誘ったのに。私が相談に乗ってほしいと頼んだのに。しかもこんな雷雨の中、掃除まで手伝ってくれて。
こちらから何も話さないのは、あまりに都合が良すぎる。

「ご、ごめん」
「なんで先輩が謝るんですか?踏み込みすぎたのは俺のほうで…」
「いや、相談に乗ってほしいとこちらからお願いしておきながら、日住君にばかり話をさせるなんて最低だよ」
「いや、全然最低じゃないですよ」
「最低だよ」
日住君は眉をハの字にさせて、目をまん丸くする。
思わず睨むように彼を見てしまっていたことに気づいて、俯く。
「ハハッ。先輩らしいですね」
日住君の笑顔はいつものもので、私の緊張も少しやわらいだ。

「それで…まあ、日住君の推測通り、恋をしました…たぶん」
心臓の音が大きくなる。吐き気がしそうになるほどの恥ずかしさに、ピューッと頭から湯気が出ていてもおかしくないと思う。
「相手は」
「え…両角さんです」
永那ちゃんと言いかけて、慌てて直す。
「やっぱりそうですよね…。なんか嫌な予感したんですよ」
「嫌な予感って…」
私が苦笑すると、日住君は頬杖をついて興味深そうにする。
「それで、同性だからこそ…友情と恋愛の違いはなんなのか?と考え始めたってわけですか」
コクリと頷く。

「好きの…その先ってなんなんだろう?とも」
「その先?」
「例えば、お互い好き同士になったとして…それで、その後はどうなるの?」
「え、それは…お付き合いを始めるんじゃないですか?」
「手を繋いだり?」
「まあ…そうですね」
「なんか、それがよくわからなくて」
「どういうことですか?」
日住君が苦笑する。
「クラスの女の子たち…友達同士で仲良くて、手を繋いでたりするんだよ。でもあれは、友情でしょ?恋愛で手を繋ぐのと、何が違うんだろう?」

「男同士では手を繋いだりしないから、そこら辺はわからないですが…あくまで俺の考えたことを言うなら、友情の場合は“じゃれ合い”みたいな感じではないでしょうか?」
「じゃれ合い」
「例えば、なんとなーく寂しい時とかってありません?べつに何かがあったわけでもないんだけど、なんとなく寂しい…みたいな」
「ある…かも」
「そういう時、女子は友達とじゃれ合って、その寂しさみたいなのを埋めようとしてるのかな?って思ったりはします」
「なるほど。そして恋愛になるとどうなるの?」
「うーん、寂しさが埋まってじゃれ合う必要がなくなったりするんじゃないですか?」
「なぜ?」
「それは…お互いに特別な相手って思えることで、心が満たされるの…かも?」

日住君は眉間にシワを寄せてしまっている。
自分でも彼に何を聞きたいのか、ハッキリしていたわけじゃない。
ただ漠然と、好きってなんだろう?と、初めてのことに対処しきれなくて、聞いてしまっているような気がしてる。
「日住君はさ、好きな人と付き合えたら、寂しさが埋まる?」
「…そうですね。まあ、それだけではないと思いますが」
照れたように日住君が笑う。
「たぶん付き合えたら、俺、束縛しちゃいそうな気がします」
「え、意外…」
「本当、俺は先輩が思ってるような人間じゃないですよ。独り占めしたいし、他の人と話してほしくないし、それこそ…誰かとじゃれ合ってほしくもない」
生徒会の打ち合わせでもいつも彼はニコニコしている。こんなに真剣な顔を見せるのは初めてかもしれない。

そんなにその人のことが好きなんだな…と高揚感にも似た、でも“それだけじゃない”何かを感じる。
その何かは、すぐにわかる。
「わかる…かも」
共感。…きっと恋愛ってそういうものなんだ。“好き”ってそういうことなんだ。
他の人と、そんなに密着してほしくない。できるなら、私だけを見ていてほしい。
人気者の“彼女”は、みんなとじゃれ合っているように見える。“みんなからじゃれ合われてる”というのが正確か?
私だけを見てほしいなんて願ったところできっと無理で、そういう現実がわかっているから変に冷静になってしまっている。
だから“好きが何か?”なんて考えてしまうんだ。
みんなから好かれる彼女を独り占めできなくても、彼女を好きになってしまっていいのか?と考えてしまうんだと思う。

日住君はフッと少し悲しげな笑みを浮かべた。
「先輩でも、恋をすると嫉妬したりするんですね」
私は苦笑した。
日住君の私への印象ってどんなだったんだろう?恋をしても真面目一辺倒?
私だって一応、女子高生だ。友達だって欲しいし、放課後遊びに行ったりもしたいし、恋人だって欲しい。でもその願いが叶わなかった…叶えられなかった…それだけのことだった。
誰にも求められていない。そんな気がして、自ら一歩引いてきた。

話が一段落した頃には、もう6時を過ぎていた。雨が少し弱まって、私達は帰途についた。
日住君が家まで送ってくれようとしたけど、遅いからと断った。
傘を弾く雨音が少し心地良い。
今まで誰かの恋愛に関心がなかったから、いざ自分がその身に置かれると、相談できる相手もまともにいないことに気付かされた。
これからはもう少し、人の話を自分事として捉えて聞いてもいいのかもしれない。それが後々自分のためになるのかもしれないし。
ただ“好き”という気持ちだけでは突っ走れなかった。何かが胸につっかえていた。それが完全になくなったわけではないけど、誰かと気持ちを共有することで、こんなにも気持ちに整理がつくとは知らなかった。
また今度、日住君の好きな人の話を深く聞いてみよう。
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