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1.恋愛初心者
31.靄
■■■
体育祭の翌日はみんな疲れている様子だった。
かなり遅くまで打ち上げを開いていたらしく、クラスの半分くらいが授業中に寝ていて、さすがに先生もため息をついていた。
毎年のことだから先生も慣れているみたいだけれど、私はオセロみたいになっている授業中の光景に苦笑してしまう。(オセロは白黒反転させるだけだけど)
当然永那ちゃんも、机に突っ伏しているうちの1人。
休み時間中、黒板上にある時計を見ていたら、ふと私の目の前が遮られた。
見上げると、佐藤さんが立っていた。
予想外の人物が仁王立ちしていて、私はただまばたきすることしかできないでいた。
彼女がしゃがんで、私よりも視線が低くなる。
「ねえ、空井さん?」
女の子らしい、可愛い声。大きな瞳に、くるんと上向いた長いまつ毛。
薄化粧しているのか、目元にラメがついている。唇はほんのりピンク色で、少し艶がある。
髪は肩くらいの長さまであるショートで、毛先がふわっと巻かれている。
胸元のボタンが第二ボタンまで外されていて、姿勢を低くされると、目のやり場に困る。
「ねえ」
思わずじっくり彼女を見てしまった。
「は、はい」
「永那といつの間に仲良くなったの?」
可愛らしい笑顔を浮かべているけれど、圧を感じるのは気のせい?
「あの…」
いつも彼女が私と話すとき、彼女は敬語だった気がする。
突然のことに頭が真っ白になる。
「先週の火曜日…だったかな。急に永那がみんなに掃除するように頼んで、あなたの腕を掴んでどこかに消えたの。あの後追いかけたんだけど、見つからなくて」
彼女が机の端に頬杖をついた。
…追いかけられていたことにびっくりだ。見つからなくてよかった。あんなところを見られていたら、恥ずかしくて学校に来られなかったかもしれない。
「その後は体育祭。“好きな人”のカードであなたを連れて行く意味がわからなかった。…永那は誤魔化してたけど」
もう彼女の目が笑っていない。
「それで、決定的だったのは打ち上げのとき」
私はゴクリと唾を飲む。
「永那が電話をかけたの。二次会でカラオケに行ったんだけど…珍しく、真ん中じゃなくてドアの近くに座るなあと思っていたら、すぐに出て行っちゃってね。帰ってこなかった」
佐藤さんの大きな瞳がまるで蜘蛛の巣みたいで、私はそれにかかった虫みたいな気持ちになった。
「気のせいかもしれない。…でも、あたし確かに“穂”って聞いたと思うんだよね。穂ってなんだろう?って考えていて、ふとあなたの名前だって気づいたの。委員長さん…それとも、副生徒会長って言ったほうがいいかな?」
そう言って彼女は私の胸元を指さした。
「ねえ、そんなに怯えないで」
気づけば私は、膝の上で手を握りしめていた。
「あたしね、中学のときいじめられてたの」
そっと顔が近づいて、小声で言われる。
「そのとき永那が助けてくれて、それからずっと、永那が好き。永那だけが好き」
香水の香りがふわりと鼻をつく。
「永那が誰とセックスしてもよかった。…そりゃあ、あたしも相手にされたかったし、今でも、いつでもウェルカムだけど…永那はなんでか、あたしを相手にしてくれない。それだけ大切にされてるから?って、昨日までは呑気に過ごしてた。でも…」
可愛いはずなのに、声のトーンが少し低くなって、圧が強まる。
「あたしの手を振り払ったことなんてなかったの。今まで、一度も。なのに、あなたの名前を呼んで、私の手を振り払って、永那は帰ってこなかった」
…ああ、違う。これは…この感じは、必死に涙を堪える声だ。
胸が痛む。恋をするって、辛い。こんなにも辛いものなんだ。
自分事じゃないのに、もし私がそれを永那ちゃんにされたら…と考えただけで、胸が張り裂けそうだ。
そう思っていたら、チャイムが鳴った。
彼女は俯いて顔を見せないまま、席に戻る。
先生が入ってきて、授業が始まっても、私の体は動かなかった。
授業が半分くらい進んだところで、ようやく私は顔を動かして、佐藤さんを見た。
彼女は机に突っ伏していたけれど、肩が震えていた。
私はなんとかシャープペンを手に持って、今更ながら、黒板に書いてある内容をノートに書き写す。
恋をするだけで、こんなにも世界が変わる。知らなかった。
本当に私は、知らないことばかりだ。
体育祭の翌日はみんな疲れている様子だった。
かなり遅くまで打ち上げを開いていたらしく、クラスの半分くらいが授業中に寝ていて、さすがに先生もため息をついていた。
毎年のことだから先生も慣れているみたいだけれど、私はオセロみたいになっている授業中の光景に苦笑してしまう。(オセロは白黒反転させるだけだけど)
当然永那ちゃんも、机に突っ伏しているうちの1人。
休み時間中、黒板上にある時計を見ていたら、ふと私の目の前が遮られた。
見上げると、佐藤さんが立っていた。
予想外の人物が仁王立ちしていて、私はただまばたきすることしかできないでいた。
彼女がしゃがんで、私よりも視線が低くなる。
「ねえ、空井さん?」
女の子らしい、可愛い声。大きな瞳に、くるんと上向いた長いまつ毛。
薄化粧しているのか、目元にラメがついている。唇はほんのりピンク色で、少し艶がある。
髪は肩くらいの長さまであるショートで、毛先がふわっと巻かれている。
胸元のボタンが第二ボタンまで外されていて、姿勢を低くされると、目のやり場に困る。
「ねえ」
思わずじっくり彼女を見てしまった。
「は、はい」
「永那といつの間に仲良くなったの?」
可愛らしい笑顔を浮かべているけれど、圧を感じるのは気のせい?
「あの…」
いつも彼女が私と話すとき、彼女は敬語だった気がする。
突然のことに頭が真っ白になる。
「先週の火曜日…だったかな。急に永那がみんなに掃除するように頼んで、あなたの腕を掴んでどこかに消えたの。あの後追いかけたんだけど、見つからなくて」
彼女が机の端に頬杖をついた。
…追いかけられていたことにびっくりだ。見つからなくてよかった。あんなところを見られていたら、恥ずかしくて学校に来られなかったかもしれない。
「その後は体育祭。“好きな人”のカードであなたを連れて行く意味がわからなかった。…永那は誤魔化してたけど」
もう彼女の目が笑っていない。
「それで、決定的だったのは打ち上げのとき」
私はゴクリと唾を飲む。
「永那が電話をかけたの。二次会でカラオケに行ったんだけど…珍しく、真ん中じゃなくてドアの近くに座るなあと思っていたら、すぐに出て行っちゃってね。帰ってこなかった」
佐藤さんの大きな瞳がまるで蜘蛛の巣みたいで、私はそれにかかった虫みたいな気持ちになった。
「気のせいかもしれない。…でも、あたし確かに“穂”って聞いたと思うんだよね。穂ってなんだろう?って考えていて、ふとあなたの名前だって気づいたの。委員長さん…それとも、副生徒会長って言ったほうがいいかな?」
そう言って彼女は私の胸元を指さした。
「ねえ、そんなに怯えないで」
気づけば私は、膝の上で手を握りしめていた。
「あたしね、中学のときいじめられてたの」
そっと顔が近づいて、小声で言われる。
「そのとき永那が助けてくれて、それからずっと、永那が好き。永那だけが好き」
香水の香りがふわりと鼻をつく。
「永那が誰とセックスしてもよかった。…そりゃあ、あたしも相手にされたかったし、今でも、いつでもウェルカムだけど…永那はなんでか、あたしを相手にしてくれない。それだけ大切にされてるから?って、昨日までは呑気に過ごしてた。でも…」
可愛いはずなのに、声のトーンが少し低くなって、圧が強まる。
「あたしの手を振り払ったことなんてなかったの。今まで、一度も。なのに、あなたの名前を呼んで、私の手を振り払って、永那は帰ってこなかった」
…ああ、違う。これは…この感じは、必死に涙を堪える声だ。
胸が痛む。恋をするって、辛い。こんなにも辛いものなんだ。
自分事じゃないのに、もし私がそれを永那ちゃんにされたら…と考えただけで、胸が張り裂けそうだ。
そう思っていたら、チャイムが鳴った。
彼女は俯いて顔を見せないまま、席に戻る。
先生が入ってきて、授業が始まっても、私の体は動かなかった。
授業が半分くらい進んだところで、ようやく私は顔を動かして、佐藤さんを見た。
彼女は机に突っ伏していたけれど、肩が震えていた。
私はなんとかシャープペンを手に持って、今更ながら、黒板に書いてある内容をノートに書き写す。
恋をするだけで、こんなにも世界が変わる。知らなかった。
本当に私は、知らないことばかりだ。
感想 56
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