31 / 595
1.恋愛初心者
31.靄
しおりを挟む
■■■
体育祭の翌日はみんな疲れている様子だった。
かなり遅くまで打ち上げを開いていたらしく、クラスの半分くらいが授業中に寝ていて、さすがに先生もため息をついていた。
毎年のことだから先生も慣れているみたいだけれど、私はオセロみたいになっている授業中の光景に苦笑してしまう。(オセロは白黒反転させるだけだけど)
当然永那ちゃんも、机に突っ伏しているうちの1人。
休み時間中、黒板上にある時計を見ていたら、ふと私の目の前が遮られた。
見上げると、佐藤さんが立っていた。
予想外の人物が仁王立ちしていて、私はただまばたきすることしかできないでいた。
彼女がしゃがんで、私よりも視線が低くなる。
「ねえ、空井さん?」
女の子らしい、可愛い声。大きな瞳に、くるんと上向いた長いまつ毛。
薄化粧しているのか、目元にラメがついている。唇はほんのりピンク色で、少し艶がある。
髪は肩くらいの長さまであるショートで、毛先がふわっと巻かれている。
胸元のボタンが第二ボタンまで外されていて、姿勢を低くされると、目のやり場に困る。
「ねえ」
思わずじっくり彼女を見てしまった。
「は、はい」
「永那といつの間に仲良くなったの?」
可愛らしい笑顔を浮かべているけれど、圧を感じるのは気のせい?
「あの…」
いつも彼女が私と話すとき、彼女は敬語だった気がする。
突然のことに頭が真っ白になる。
「先週の火曜日…だったかな。急に永那がみんなに掃除するように頼んで、あなたの腕を掴んでどこかに消えたの。あの後追いかけたんだけど、見つからなくて」
彼女が机の端に頬杖をついた。
…追いかけられていたことにびっくりだ。見つからなくてよかった。あんなところを見られていたら、恥ずかしくて学校に来られなかったかもしれない。
「その後は体育祭。“好きな人”のカードであなたを連れて行く意味がわからなかった。…永那は誤魔化してたけど」
もう彼女の目が笑っていない。
「それで、決定的だったのは打ち上げのとき」
私はゴクリと唾を飲む。
「永那が電話をかけたの。二次会でカラオケに行ったんだけど…珍しく、真ん中じゃなくてドアの近くに座るなあと思っていたら、すぐに出て行っちゃってね。帰ってこなかった」
佐藤さんの大きな瞳がまるで蜘蛛の巣みたいで、私はそれにかかった虫みたいな気持ちになった。
「気のせいかもしれない。…でも、あたし確かに“穂”って聞いたと思うんだよね。穂ってなんだろう?って考えていて、ふとあなたの名前だって気づいたの。委員長さん…それとも、副生徒会長って言ったほうがいいかな?」
そう言って彼女は私の胸元を指さした。
「ねえ、そんなに怯えないで」
気づけば私は、膝の上で手を握りしめていた。
「あたしね、中学のときいじめられてたの」
そっと顔が近づいて、小声で言われる。
「そのとき永那が助けてくれて、それからずっと、永那が好き。永那だけが好き」
香水の香りがふわりと鼻をつく。
「永那が誰とセックスしてもよかった。…そりゃあ、あたしも相手にされたかったし、今でも、いつでもウェルカムだけど…永那はなんでか、あたしを相手にしてくれない。それだけ大切にされてるから?って、昨日までは呑気に過ごしてた。でも…」
可愛いはずなのに、声のトーンが少し低くなって、圧が強まる。
「あたしの手を振り払ったことなんてなかったの。今まで、一度も。なのに、あなたの名前を呼んで、私の手を振り払って、永那は帰ってこなかった」
…ああ、違う。これは…この感じは、必死に涙を堪える声だ。
胸が痛む。恋をするって、辛い。こんなにも辛いものなんだ。
自分事じゃないのに、もし私がそれを永那ちゃんにされたら…と考えただけで、胸が張り裂けそうだ。
そう思っていたら、チャイムが鳴った。
彼女は俯いて顔を見せないまま、席に戻る。
先生が入ってきて、授業が始まっても、私の体は動かなかった。
授業が半分くらい進んだところで、ようやく私は顔を動かして、佐藤さんを見た。
彼女は机に突っ伏していたけれど、肩が震えていた。
私はなんとかシャープペンを手に持って、今更ながら、黒板に書いてある内容をノートに書き写す。
恋をするだけで、こんなにも世界が変わる。知らなかった。
本当に私は、知らないことばかりだ。
体育祭の翌日はみんな疲れている様子だった。
かなり遅くまで打ち上げを開いていたらしく、クラスの半分くらいが授業中に寝ていて、さすがに先生もため息をついていた。
毎年のことだから先生も慣れているみたいだけれど、私はオセロみたいになっている授業中の光景に苦笑してしまう。(オセロは白黒反転させるだけだけど)
当然永那ちゃんも、机に突っ伏しているうちの1人。
休み時間中、黒板上にある時計を見ていたら、ふと私の目の前が遮られた。
見上げると、佐藤さんが立っていた。
予想外の人物が仁王立ちしていて、私はただまばたきすることしかできないでいた。
彼女がしゃがんで、私よりも視線が低くなる。
「ねえ、空井さん?」
女の子らしい、可愛い声。大きな瞳に、くるんと上向いた長いまつ毛。
薄化粧しているのか、目元にラメがついている。唇はほんのりピンク色で、少し艶がある。
髪は肩くらいの長さまであるショートで、毛先がふわっと巻かれている。
胸元のボタンが第二ボタンまで外されていて、姿勢を低くされると、目のやり場に困る。
「ねえ」
思わずじっくり彼女を見てしまった。
「は、はい」
「永那といつの間に仲良くなったの?」
可愛らしい笑顔を浮かべているけれど、圧を感じるのは気のせい?
「あの…」
いつも彼女が私と話すとき、彼女は敬語だった気がする。
突然のことに頭が真っ白になる。
「先週の火曜日…だったかな。急に永那がみんなに掃除するように頼んで、あなたの腕を掴んでどこかに消えたの。あの後追いかけたんだけど、見つからなくて」
彼女が机の端に頬杖をついた。
…追いかけられていたことにびっくりだ。見つからなくてよかった。あんなところを見られていたら、恥ずかしくて学校に来られなかったかもしれない。
「その後は体育祭。“好きな人”のカードであなたを連れて行く意味がわからなかった。…永那は誤魔化してたけど」
もう彼女の目が笑っていない。
「それで、決定的だったのは打ち上げのとき」
私はゴクリと唾を飲む。
「永那が電話をかけたの。二次会でカラオケに行ったんだけど…珍しく、真ん中じゃなくてドアの近くに座るなあと思っていたら、すぐに出て行っちゃってね。帰ってこなかった」
佐藤さんの大きな瞳がまるで蜘蛛の巣みたいで、私はそれにかかった虫みたいな気持ちになった。
「気のせいかもしれない。…でも、あたし確かに“穂”って聞いたと思うんだよね。穂ってなんだろう?って考えていて、ふとあなたの名前だって気づいたの。委員長さん…それとも、副生徒会長って言ったほうがいいかな?」
そう言って彼女は私の胸元を指さした。
「ねえ、そんなに怯えないで」
気づけば私は、膝の上で手を握りしめていた。
「あたしね、中学のときいじめられてたの」
そっと顔が近づいて、小声で言われる。
「そのとき永那が助けてくれて、それからずっと、永那が好き。永那だけが好き」
香水の香りがふわりと鼻をつく。
「永那が誰とセックスしてもよかった。…そりゃあ、あたしも相手にされたかったし、今でも、いつでもウェルカムだけど…永那はなんでか、あたしを相手にしてくれない。それだけ大切にされてるから?って、昨日までは呑気に過ごしてた。でも…」
可愛いはずなのに、声のトーンが少し低くなって、圧が強まる。
「あたしの手を振り払ったことなんてなかったの。今まで、一度も。なのに、あなたの名前を呼んで、私の手を振り払って、永那は帰ってこなかった」
…ああ、違う。これは…この感じは、必死に涙を堪える声だ。
胸が痛む。恋をするって、辛い。こんなにも辛いものなんだ。
自分事じゃないのに、もし私がそれを永那ちゃんにされたら…と考えただけで、胸が張り裂けそうだ。
そう思っていたら、チャイムが鳴った。
彼女は俯いて顔を見せないまま、席に戻る。
先生が入ってきて、授業が始まっても、私の体は動かなかった。
授業が半分くらい進んだところで、ようやく私は顔を動かして、佐藤さんを見た。
彼女は机に突っ伏していたけれど、肩が震えていた。
私はなんとかシャープペンを手に持って、今更ながら、黒板に書いてある内容をノートに書き写す。
恋をするだけで、こんなにも世界が変わる。知らなかった。
本当に私は、知らないことばかりだ。
36
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる