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3.成長
174.まだまだ終わらなかった夏
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「あいつの、寂しさを…埋めてあげたいと思ってるのも、本当なんだ」
永那ちゃんは宙を見る。
「できれば、穂以外の人を見つけてほしかったけど…きっと、あいつは、私が穂を好きになったから、安心してあいつも穂を好きになれたところもあるんだと思う」
私は、まだ、2人がどういう絆で結ばれているのか、あまりよくわかっていない。
ただ、佐藤さんが中学のときにいじめられていて、永那ちゃんがそれを助けた…ということしか、わからない。
そして、今でも永那ちゃんは佐藤さんを守り続けている。
…なぜ?
永那ちゃんは、佐藤さんがひとりぼっちだと言ったけど、ひとりぼっちなのは…佐藤さんだけ?
もう、佐藤さんは誰からもいじめられていないのに。
どうして佐藤さんにとっては、永那ちゃんしかいないの?
どうして佐藤さんは、永那ちゃんしか信用できないの?
どうして佐藤さんが、あんなにも泣くほど…私なんかに縋りつくほど、寂しさを抱えているのか…。
私には、わからない。
わからない。
永那ちゃんが、佐藤さんにこだわる理由も。
「穂?私は…穂みたいに自制心があんまり利かないから…千陽には腕組ませたりすることしかできないけど…穂は…穂は…」
永那ちゃんは俯いて、眉間にシワを寄せた。
私は疲れきった体を起こして、彼女の頭を抱く。
「わかった。…でも、私は、永那ちゃんのだからね?」
腕のなかで、彼女が頷く。
「いつか、佐藤さんが、寂しくなくなる日は、くるのかな?」
「…わからない。でも、そう、あってほしい」
「そうだね」
しばらく彼女を抱いていた。
「好きだよ、永那ちゃん」と言うと、彼女の手が私の背中に回って、抱きしめ合う。
「穂は、私のどこが好き?」
初めての質問に、ドキッとする。
今までは、私から質問することが多かった。
もちろん“どんな食べ物が好き?”とか“趣味は?”とか、“誕生日は?”とか、そういうことは聞いてくれていた。
でも、こういう、本質的な質問は初めてだ。
「私の気持ちに、気づいてくれるところ。…私の世界を、変えてくれたこと。永那ちゃんだけが、私の手を、掴んでくれたから」
私の胸に顔をうずめていた彼女が、顔を上げる。
「世界を、変えた?」
彼女が首を傾げる。
それが可愛くて、頬が緩む。
寒くなって、私は下着も着けずにシャツを着る。
膝には、布団をかけた。
「私、お父さんが好きだったの」
彼女が姿勢を正す。
その姿も、愛おしい。
「お父さんとの記憶は、少ししかないんだけど…一緒にたくさん遊んで、悪ふざけもして、2人でお母さんに叱られたこともあった」
永那ちゃんの薄茶色の瞳が、まっすぐ私を見る。
「でも、離婚して…お父さんと会えなくなるって、知って」
フゥーッと息を吐く。
「悲しかった。…寂しかった」
彼女が手を握ってくれるから、嬉しくなる。
「お母さんは仕事で忙しくしていたし、誉はまだ赤ちゃんだったし…私がしっかりしなきゃいけないんだって気を張って。悪ふざけとか、そういうことも絶対しちゃだめなんだって思った。…そしたら、気づいたら、ひとりぼっちだった」
彼女の、私の手を握る力が強くなる。
「でもね、ひとりぼっちなことにも、全然気づかなかった。気づかないように、してた。全然平気だって、思い込んでた」
過去の自分を思い出す。
小学生のときから“優等生”だった。
“みんな、先生が話してるんだから、ちゃんと聞こうよ”
私の声が教室に響く。
“なんでちゃんと掃除ができないの?今は遊ぶ時間じゃないでしょ?”
みんなの引きつった顔。
“食事中は喋らない!肘もついちゃダメ!なんでそんなこともわからないの?”
おばあちゃんから教わったことを、同級生に教えるつもりで言っていた。
“しっかりしてよ!ちゃんとしてれば、こんなことにはならないでしょ?”
誰かが失敗しても、それが許せなかった。
誰かが悪ふざけしたら、それが許せなかった。
私が、お父さんと悪ふざけをしたから、失敗したから、お母さんは怒ったのかもしれないとか…そんなことを考えた日もあった。
自分が、許せなかった。
「永那ちゃんが、私の手を掴んでくれた、あの日…。もしかしたら、同じクラスになった日から…私は、私が何を言っても全然気にしない永那ちゃんが、好きだったのかもしれない。私が何度起こしても寝続ける。私が何を言っても笑ってる。…そんな永那ちゃんを、好きになった」
彼女をまっすぐ見ると、彼女は目を潤ませて、上唇を噛んでいた。
「永那ちゃん?」
永那ちゃんは眉間にシワを寄せて、唇をモゴモゴ動かした。
私はフフッと笑って、話し続ける。
「私のことなんて、無視できたと思う。でも、永那ちゃんは無視せずに、手を掴んでくれた。その手をどんどん引っ張って、私を…私の世界を、変えてくれた。いつぶりかの友達…もしかしたら、初めての友達も、永那ちゃんのおかげでできた。たくさんの感情を、知れた。…ああ、こんなに生きるのって楽しいんだなって、生きるのって難しいんだなって、思えたよ」
永那ちゃんは宙を見る。
「できれば、穂以外の人を見つけてほしかったけど…きっと、あいつは、私が穂を好きになったから、安心してあいつも穂を好きになれたところもあるんだと思う」
私は、まだ、2人がどういう絆で結ばれているのか、あまりよくわかっていない。
ただ、佐藤さんが中学のときにいじめられていて、永那ちゃんがそれを助けた…ということしか、わからない。
そして、今でも永那ちゃんは佐藤さんを守り続けている。
…なぜ?
永那ちゃんは、佐藤さんがひとりぼっちだと言ったけど、ひとりぼっちなのは…佐藤さんだけ?
もう、佐藤さんは誰からもいじめられていないのに。
どうして佐藤さんにとっては、永那ちゃんしかいないの?
どうして佐藤さんは、永那ちゃんしか信用できないの?
どうして佐藤さんが、あんなにも泣くほど…私なんかに縋りつくほど、寂しさを抱えているのか…。
私には、わからない。
わからない。
永那ちゃんが、佐藤さんにこだわる理由も。
「穂?私は…穂みたいに自制心があんまり利かないから…千陽には腕組ませたりすることしかできないけど…穂は…穂は…」
永那ちゃんは俯いて、眉間にシワを寄せた。
私は疲れきった体を起こして、彼女の頭を抱く。
「わかった。…でも、私は、永那ちゃんのだからね?」
腕のなかで、彼女が頷く。
「いつか、佐藤さんが、寂しくなくなる日は、くるのかな?」
「…わからない。でも、そう、あってほしい」
「そうだね」
しばらく彼女を抱いていた。
「好きだよ、永那ちゃん」と言うと、彼女の手が私の背中に回って、抱きしめ合う。
「穂は、私のどこが好き?」
初めての質問に、ドキッとする。
今までは、私から質問することが多かった。
もちろん“どんな食べ物が好き?”とか“趣味は?”とか、“誕生日は?”とか、そういうことは聞いてくれていた。
でも、こういう、本質的な質問は初めてだ。
「私の気持ちに、気づいてくれるところ。…私の世界を、変えてくれたこと。永那ちゃんだけが、私の手を、掴んでくれたから」
私の胸に顔をうずめていた彼女が、顔を上げる。
「世界を、変えた?」
彼女が首を傾げる。
それが可愛くて、頬が緩む。
寒くなって、私は下着も着けずにシャツを着る。
膝には、布団をかけた。
「私、お父さんが好きだったの」
彼女が姿勢を正す。
その姿も、愛おしい。
「お父さんとの記憶は、少ししかないんだけど…一緒にたくさん遊んで、悪ふざけもして、2人でお母さんに叱られたこともあった」
永那ちゃんの薄茶色の瞳が、まっすぐ私を見る。
「でも、離婚して…お父さんと会えなくなるって、知って」
フゥーッと息を吐く。
「悲しかった。…寂しかった」
彼女が手を握ってくれるから、嬉しくなる。
「お母さんは仕事で忙しくしていたし、誉はまだ赤ちゃんだったし…私がしっかりしなきゃいけないんだって気を張って。悪ふざけとか、そういうことも絶対しちゃだめなんだって思った。…そしたら、気づいたら、ひとりぼっちだった」
彼女の、私の手を握る力が強くなる。
「でもね、ひとりぼっちなことにも、全然気づかなかった。気づかないように、してた。全然平気だって、思い込んでた」
過去の自分を思い出す。
小学生のときから“優等生”だった。
“みんな、先生が話してるんだから、ちゃんと聞こうよ”
私の声が教室に響く。
“なんでちゃんと掃除ができないの?今は遊ぶ時間じゃないでしょ?”
みんなの引きつった顔。
“食事中は喋らない!肘もついちゃダメ!なんでそんなこともわからないの?”
おばあちゃんから教わったことを、同級生に教えるつもりで言っていた。
“しっかりしてよ!ちゃんとしてれば、こんなことにはならないでしょ?”
誰かが失敗しても、それが許せなかった。
誰かが悪ふざけしたら、それが許せなかった。
私が、お父さんと悪ふざけをしたから、失敗したから、お母さんは怒ったのかもしれないとか…そんなことを考えた日もあった。
自分が、許せなかった。
「永那ちゃんが、私の手を掴んでくれた、あの日…。もしかしたら、同じクラスになった日から…私は、私が何を言っても全然気にしない永那ちゃんが、好きだったのかもしれない。私が何度起こしても寝続ける。私が何を言っても笑ってる。…そんな永那ちゃんを、好きになった」
彼女をまっすぐ見ると、彼女は目を潤ませて、上唇を噛んでいた。
「永那ちゃん?」
永那ちゃんは眉間にシワを寄せて、唇をモゴモゴ動かした。
私はフフッと笑って、話し続ける。
「私のことなんて、無視できたと思う。でも、永那ちゃんは無視せずに、手を掴んでくれた。その手をどんどん引っ張って、私を…私の世界を、変えてくれた。いつぶりかの友達…もしかしたら、初めての友達も、永那ちゃんのおかげでできた。たくさんの感情を、知れた。…ああ、こんなに生きるのって楽しいんだなって、生きるのって難しいんだなって、思えたよ」
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