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6.さんにん
402.冷たい
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「その…私も、できれば、永那ちゃんと、シたいなって、思ってたよ」
「うん」
嬉しい。
「あの…シないと、なんかね、変な感じがするの」
「え…?」
寒さのせいなのか、それとも恥ずかしいからなのか、穂の耳も頬も赤い気がする。
暗いからよく見えないけど、なんとなく。
ギュッと手が強く握られる。
「じ…自分で…さわってみたりしたんだけど」
衝撃の告白。
必死に笑みを堪える。
たぶん、堪えきれてない。
「でも…うまく、できなくて…」
やばい。
ちょっと鳥肌立った。
もちろん、嬉しくて。
そんなにシたいって思ってくれてるんだって、嬉しくて。
「自分で、さわったんだ?」
「う、うん…。千陽が、してるし…やってみようかなって…」
「ハァ」と上向きに息を吐くと、空が白く染まる。
そんなこと、普通言わないよ。
穂はなんで、逐一教えてくれるんだろう?
めちゃくちゃ嬉しいけど。不思議だ。
でも、安心する。すごく。
穂が前髪を指で梳いている。
やっぱり言うの、恥ずかしいんだよね?
ホント、なんで言ってくれるんだろう。
「…永那ちゃん?」
空を見ていたから、彼女が私を見ていることに気づかなかった。
呼ばれて、ハッとする。
彼女が不安そうな顔をしていた。
「ねえ、来週の月曜日、学校終わりにデートしない?」
「いいよ。どこ行く?」
「…ト…カフェ」
声が小さくて、よく聞き取れない。
「ん?カフェ?」
「ネ、ネットカフェ…!」
彼女が瞳を潤ませながらジッと私を見た。
彼女の優しさに、心臓がギュッと掴まれる。
「穂…」
「なに?」
「私に気を遣わなくていいんだよ?」
「特別気遣ってるわけじゃ、ない。…言ったでしょ?私だって…」
言いかけて、俯いてしまう。
「そっか、ありがと」
「…どうすればいいのか、わからないの」
彼女の横顔を見る。
眉間にシワを寄せていた。
「私も永那ちゃんと一緒にいたいよ。でも、そのせいで…お母さんが不安定になるなら、それも良くないなって思う。せっかく良くなってきたなら、乱したくない」
お母さんのことを考えると、頭が重くなる。
ズシリとした重石を頭に乗せられたみたいに。
「お母さんが不安定になって、永那ちゃんが大変な思いをするのは、見てて…聞いてて、辛い」
私の力ではどうすることもできない、分厚くて高い壁を目の前にしているような感覚。
「最近、永那ちゃん、すごく疲れてるみたいだし。私、すごく心配なんだ」
すごく疲れてるわけではないけど、尋常じゃない眠気に襲われているのは確かだ。
「永那ちゃんには、なるべく休んでほしい。無理をしないでほしい。…でも、永那ちゃんの願いも叶えてあげたい。…もちろん、永那ちゃんの願いは、私の願いでもあるんだけど。だから…どうすればいいのか、わからないの」
深く息を吐く。
私の反応が気になるようで、穂は不安そうに私を見た。
「どうすれば、いいんだろうね」
遠くに駅が見えている。
もうお別れの時間かと思うと、とてつもなく寂しくて、強く強く彼女を抱きしめた。
彼女が抱きしめ返してくれる。
「私、穂との3カ月間があまりに幸せ過ぎて、前の日常を忘れちゃったみたい」
彼女が相槌を打つように小さく頷く。
「病院から帰ってきて、お母さん、前より元気そうに見える。じいちゃんとも…前は絶縁状態だったけど、少しずつ、上手くやれてるみたいで。自助グループにも参加して。穂とか、千陽とか優里とかと関わってから明るくなって、それは、すごく嬉しいんだ。…昔、私が小学生の頃、うろ覚えだけど、友達を家に連れていったら、いつもお母さん嬉しそうだったなって思い出す」
彼女がまた頷く。
小学校低学年の時の話だ。
私が友達を家に連れて行くと、お母さんはいつも張り切って手作りのおやつを出してくれた。
サッと作って、夜勤の仕事に行ってしまう。
昔の私は、その後ろ姿を見送るのが、寂しかった。
高学年になるにつれて、自分の家がボロくて狭いことに恥ずかしさを覚え始めた。
お母さんの手作りおやつも。
誰かに何か言われたわけじゃない。
ただ、友達の家に行った時、勝手に比較して勝手に恥ずかしく思った。
お母さんはずっと働いていたし、家に帰って休むのなんてたった数時間だったから、私がそんな風に思っていたなんて気づいていないんだろうけど。
「でも、同時に…なんていうか…こんなにウザかったっけ?って思う」
自分で“ウザい”と発言しておきながら、胸に痛みが走る。
「でも…でも、確かに、父親と離婚してからのお母さんはずっと不安定だった。わかってる。忘れたわけじゃない。わかってるんだけど…」
息を吐くと、気づいたら涙が頬を伝っていた。
それを穂に気づかれたくなくて、何度も唾を飲み込む。
わかってるんだけど、穂との2人の時間を、奪わないでほしいと願ってしまう。
いつまでも私が一緒にいてあげられるわけではないのだと、自覚してほしいと、願ってしまう。
「私ね」
言葉に詰まっていると、彼女が口を開いた。
「最近、いろいろ調べるの」
「い、いろいろ…?」
“寒いから鼻を啜った”みたいな自然な感じを演出しながら、私は鼻を啜る。
「うん」
嬉しい。
「あの…シないと、なんかね、変な感じがするの」
「え…?」
寒さのせいなのか、それとも恥ずかしいからなのか、穂の耳も頬も赤い気がする。
暗いからよく見えないけど、なんとなく。
ギュッと手が強く握られる。
「じ…自分で…さわってみたりしたんだけど」
衝撃の告白。
必死に笑みを堪える。
たぶん、堪えきれてない。
「でも…うまく、できなくて…」
やばい。
ちょっと鳥肌立った。
もちろん、嬉しくて。
そんなにシたいって思ってくれてるんだって、嬉しくて。
「自分で、さわったんだ?」
「う、うん…。千陽が、してるし…やってみようかなって…」
「ハァ」と上向きに息を吐くと、空が白く染まる。
そんなこと、普通言わないよ。
穂はなんで、逐一教えてくれるんだろう?
めちゃくちゃ嬉しいけど。不思議だ。
でも、安心する。すごく。
穂が前髪を指で梳いている。
やっぱり言うの、恥ずかしいんだよね?
ホント、なんで言ってくれるんだろう。
「…永那ちゃん?」
空を見ていたから、彼女が私を見ていることに気づかなかった。
呼ばれて、ハッとする。
彼女が不安そうな顔をしていた。
「ねえ、来週の月曜日、学校終わりにデートしない?」
「いいよ。どこ行く?」
「…ト…カフェ」
声が小さくて、よく聞き取れない。
「ん?カフェ?」
「ネ、ネットカフェ…!」
彼女が瞳を潤ませながらジッと私を見た。
彼女の優しさに、心臓がギュッと掴まれる。
「穂…」
「なに?」
「私に気を遣わなくていいんだよ?」
「特別気遣ってるわけじゃ、ない。…言ったでしょ?私だって…」
言いかけて、俯いてしまう。
「そっか、ありがと」
「…どうすればいいのか、わからないの」
彼女の横顔を見る。
眉間にシワを寄せていた。
「私も永那ちゃんと一緒にいたいよ。でも、そのせいで…お母さんが不安定になるなら、それも良くないなって思う。せっかく良くなってきたなら、乱したくない」
お母さんのことを考えると、頭が重くなる。
ズシリとした重石を頭に乗せられたみたいに。
「お母さんが不安定になって、永那ちゃんが大変な思いをするのは、見てて…聞いてて、辛い」
私の力ではどうすることもできない、分厚くて高い壁を目の前にしているような感覚。
「最近、永那ちゃん、すごく疲れてるみたいだし。私、すごく心配なんだ」
すごく疲れてるわけではないけど、尋常じゃない眠気に襲われているのは確かだ。
「永那ちゃんには、なるべく休んでほしい。無理をしないでほしい。…でも、永那ちゃんの願いも叶えてあげたい。…もちろん、永那ちゃんの願いは、私の願いでもあるんだけど。だから…どうすればいいのか、わからないの」
深く息を吐く。
私の反応が気になるようで、穂は不安そうに私を見た。
「どうすれば、いいんだろうね」
遠くに駅が見えている。
もうお別れの時間かと思うと、とてつもなく寂しくて、強く強く彼女を抱きしめた。
彼女が抱きしめ返してくれる。
「私、穂との3カ月間があまりに幸せ過ぎて、前の日常を忘れちゃったみたい」
彼女が相槌を打つように小さく頷く。
「病院から帰ってきて、お母さん、前より元気そうに見える。じいちゃんとも…前は絶縁状態だったけど、少しずつ、上手くやれてるみたいで。自助グループにも参加して。穂とか、千陽とか優里とかと関わってから明るくなって、それは、すごく嬉しいんだ。…昔、私が小学生の頃、うろ覚えだけど、友達を家に連れていったら、いつもお母さん嬉しそうだったなって思い出す」
彼女がまた頷く。
小学校低学年の時の話だ。
私が友達を家に連れて行くと、お母さんはいつも張り切って手作りのおやつを出してくれた。
サッと作って、夜勤の仕事に行ってしまう。
昔の私は、その後ろ姿を見送るのが、寂しかった。
高学年になるにつれて、自分の家がボロくて狭いことに恥ずかしさを覚え始めた。
お母さんの手作りおやつも。
誰かに何か言われたわけじゃない。
ただ、友達の家に行った時、勝手に比較して勝手に恥ずかしく思った。
お母さんはずっと働いていたし、家に帰って休むのなんてたった数時間だったから、私がそんな風に思っていたなんて気づいていないんだろうけど。
「でも、同時に…なんていうか…こんなにウザかったっけ?って思う」
自分で“ウザい”と発言しておきながら、胸に痛みが走る。
「でも…でも、確かに、父親と離婚してからのお母さんはずっと不安定だった。わかってる。忘れたわけじゃない。わかってるんだけど…」
息を吐くと、気づいたら涙が頬を伝っていた。
それを穂に気づかれたくなくて、何度も唾を飲み込む。
わかってるんだけど、穂との2人の時間を、奪わないでほしいと願ってしまう。
いつまでも私が一緒にいてあげられるわけではないのだと、自覚してほしいと、願ってしまう。
「私ね」
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