いたずらはため息と共に

常森 楽

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6.さんにん

407.冷たい

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「でも、そこにいたのは、紛れもなく永那ちゃんで…無視することだって出来たはずなのに、無視せずに人の役に立とうと思ったのは永那ちゃんでしょ?」
「…なんか、前にも似たようなこと、言ってくれたね」
「そう、だっけ?」
「うん。…嬉しい。好き、穂」
なんだか照れくさくなって、俯いて、頬が緩むのを隠した。

気づけば駅についていた。
「じゃあ穂、気をつけて帰ってね」
「うん、永那ちゃんも」
彼女は頷いて、小走りに改札を通った。
見えなくなる直前に手を振ってくれたから、振り返す。
久しぶりの触れ合い。
幸せだった。
その気持ちを胸で抱きしめながら、私も小走りに帰った。

翌日の生徒会は忙しかった。
生徒会長である私と副生徒会長の2人は、期末試験後の土曜日に行われる3年生の卒業式に出席するからだ。
在校生代表として私はスピーチを行い、副生徒会長2人は卒業生代表(元生徒会長)に花束を贈呈することになっている。
そして期末試験最終日には、生徒会総出で体育館を卒業式仕様にしなければならない。
来週の火曜日は期末試験1週間前となるため、生徒会を含む全ての部活動は禁止されている。
だから今日、しっかり前準備をしておく必要がある。
ちなみに3年生の期末試験は1月末にあるので、卒業式直前に試験が行われることはない。
先生との打ち合わせも慌ただしく行われ、下校時間は7時近くになっていた。

「いやあ…疲れましたね」
日住君が自転車を押しながら苦笑する。
「そうだね。…でも、なんだか卒業式って感慨深いね。中学の時はあんまり思わなかったけど、どうしてだろう?」
「俺は…まだ、全然実感わいてないです。だから、ただ忙しいって感じで…」
彼がポリポリと頭を掻く。
「空井先輩が卒業するってなったら、別かもしれないですけど」
日住君が俯くから、つられて私も俯いた。

しばらくの沈黙の後、日住君が「そういえば」と口を開いた。
「この前、金井と動物園に行ったんですよ」
「そうなんだ!」
デート…羨ましいなあ。
私も永那ちゃんとデートしたい。
「あいつ、サイが好きらしくて…」
「サイ?…なんで?」
「わかんないっす…。でも、なんかめちゃくちゃ好きらしくて、サイ見た瞬間にかなり興奮してたから、笑っちゃいましたよ。相変わらず、金井はよくわかんないなあって思います」
「それは確かに、よくわかんないかも」
2人でクスクスと笑い合う。
「その…先輩は、どの動物が好きですか?」
「え…なんだろう?…キリンは、好きかな」
「キリンですか。目が大きくて可愛いですよね」
前までは、日住君と帰る時、勉強の話や生徒会の話をすることがほとんどだった。
私が何が好きかなんてほとんど聞かれたことはなかったし、私も彼に聞いたことはなかった。
私達の関係性が、ただの先輩後輩という関係から友人という立場に進展したような感じがハッキリとする。
「日住君は?」
「俺は…特にはないですけど、強いて言うならライオンですかね?」
「百獣の王だね」
「動物園のライオンは、百獣の王って感じはしないですけどね。檻の中にいるからですかね?走ってる姿でも見られれば、感じられるのかもしれないけど」
「動物園でライオンが走ってる姿は見たことないね」
いつからか、こんなくだらない話も楽しくできるようになった。

いつもの十字路。
「じゃあ…次会うのは卒業式の前日だね」
「そう、ですね」
私は頷いて、家の方に歩き出す。
「先輩…!」
呼ばれて、振り向く。
「あの…」
彼が俯く。
数歩行った道を戻って、日住君のそばに立つ。
「どうしたの?」
「あの、俺…」
彼は自転車のハンドルを強く握った。
「金井に、手、繋がれそうになって」
金井さん、頑張ったんだ…!
「ビックリして、思わず…振り払っちゃったんです」
自分のことじゃないのに、胸がチクリと痛む。
「前にも何度か、繋がれそうな雰囲気出されてたのはわかってたんですけど、その度にポケットに手入れたり、鞄持ったりして誤魔化し続けて…。申し訳ないなって、思うんですけど…なんでか、繋いであげられなくて…。俺、最低ですよね」
あれから金井さんに相談されることはなかった。
だから上手くいっているものなのだとばかり思っていた。
そういうことに気づけないところ、全然直らないな…。
「どうすればいいと、思いますか?」
日住君は、苦しそうに笑みを作った。

どうすれば…。
そんなの、私にもわからない。
もしかしたら永那ちゃんだったら…あるいは千陽だったら適切な答えがわかるのかもしれない。
でも、私には…私にも、わからない。
「俺…先輩に言われた通り、金井のこと、ちゃんと見ようとしたんです」
私に、言われた通り…。
「でも、やっぱ、金井のことはよくわかんないし…友達としか思えなくて。あいつが俺のどこを好きになってくれたのかもよくわかんなくて、俺…どうすれば…」
日住君は片手で自転車を掴んだまま、目元を隠すように、空いた手の指で額を押した。
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