いたずらはため息と共に

常森 楽

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7.向

483.序開

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「え?…ああ、それは…本人のいないところで、その人の話をするのがあんまり好きじゃないんだよね!」
篠田さんと2人きりになった日、彼女はそう笑った。

「篠田さん、ウチと2人の時、両角さんとか佐藤さんの話するの、避けてなかった?」と聞いたら、快活に返された。
「2人と仲良くしてるからか、よくみんなに色んなこと聞かれるんだよ~。最初は普通に答えてたんだけど、段々、永那も千陽もそういうの勝手に言われるの嫌だよねって気づいて、なるべく言わないようにしてる!」
お得意のサムズアップを披露された。
「なんか、嫌な思いさせちゃってたなら、ごめんね?」
「い、いや…全然…全然、平気だよ」
「そお?良かった~!」

勘違いしてた自分!めちゃくちゃ恥ずかしい!
優越感に浸っていた自分!めちゃくちゃ恥ずかしい!
“告白されるまで秒読み”とか言ったの誰だよ、ホント…。
“油断し過ぎじゃない?”って、どんだけ自惚れてるんだ…。

「ちなみに…」
「ん?」
「篠田さんって好きな人とか、いる?」
「いないよ!初恋もまだなんだ~」
「そっか…」
ズキズキと胸が抉られるように痛む。
頭痛もしてきた気がする。
「高野さんは?」
「ウチは…気になる人は、いる…かな」
「え!?いいな~!私も恋してみたい!」
「恋、できるといいね」

2、3日、自分のことが恥ずかしく思えて、悶えに悶えた。
“その子、麗良のこと好きだったりして~!”と言った友人を恨んだりもした。
ひと通り羞恥心に押しつぶされてから、思考を切り替える。
せっかく念願の佐藤さんとお近づきになれたんだ。
この機会を逃すわけにはいかない。
思い出すだけでドキドキする。
初めて彼女を目にした入学式の日を思い出す。
彼女の美貌に男女共にざわついて、果ては対面式で先輩方までざわつかせた。
芸能界からのスカウトなんて日常茶飯事だと聞く。
綺麗すぎて、同性だけど話しかけられないと言う人達がいる。
彼女の取り巻きになる人もいる。
なかには両角さん目当てで「綺麗だね」って近づく輩もいるらしいけど、そんな人は稀だ。
両角さんも綺麗だけど、彼女のほうが話しかけやすい雰囲気がある。
それでも両角さんにガチ恋してる人からすれば、偵察も兼ねているのだろうし、佐藤さんに話しかけるのが得策と考えるのも無理はない。
だけど、両角さんは空井さんと付き合っていると大々的に公表した。
佐藤さんに偵察する人は、もういないだろう。
偵察するなら、相手は空井さんになる。

春休み、何日か、佐藤さんは予備校に来なかった。
篠田さん達との会話から、両角さんと空井さんと過ごしていたのだと知った。
佐藤さんが好きだという、噂の相手とは過ごさないのだろうか?
…それとも、両角さんと空井さんと遊んだ後にこっそり会っていて、みんなに言わないだけ?
焦りにも似た感情がふつふつと湧き上がってくる。
カモフラージュだと直感したのに、その直感を信じきれない自分がいる。
でも、これから受験まで同じ予備校に通い続けるなら、少しずつ仲良くなればいい。
焦る必要はない。

「さっ、佐藤さん」
声が上ずる。…恥ずかしい。
彼女が目を細めて、見下ろすようにウチを見た。
「ウチも…名前で呼んじゃ、ダメかな?」
「勝手にすれば?」
「や、やった!…ち、千陽…ちゃん、よろしく」
興味なさげに、彼女は視線を机に移す。
こんな会話をするだけで、やたら喉が渇く。
小刻みに震えた指先でペットボトルの蓋を開けて、ゴクゴクとお茶を飲んだ。
やばいやばいやばいやばい。
名前呼びしちゃったよ…!
「私も、優里でいいよ?」
「あ…!うん!わかった。あと…桜ちゃんで、いいかな?」
桜ちゃんが頷く。
「ウチも、麗良でいいから」
「おっけー!うらっちー!」
「うらっち…。中学の時、そう呼んでた子もいたな。懐かしい」
「私とセンス同じな子だ!」
優里ちゃんが楽しそうに笑う。
…あ、落ち着く。
優里ちゃん、めちゃくちゃ落ち着く!!

佐藤さんは予備校でも目立っていた。
当然だ。
下心丸出しで近づいてくる奴らを熱血先生が叱る。
佐藤さんはどうでもいいことみたいに、澄まし顔で過ごしていた。
彼女を優里ちゃんと桜ちゃんが挟むように座るのが定番で、ウチが入る隙なんてなかった。
意外だったのは、両角さんがいないことだ。
1年生の時は、常に両角さんが佐藤さんを守っている感じがしていたのに。
やっぱり空井さんと付き合い始めたからなのかな?
2人はどうやら通信制の予備校を利用しているらしく、本当に佐藤さんとは別行動だという。

これは本当の本当にチャンスだと思えた。
佐藤さんが誰を好きなのかはわからない。
わからないけど、付き合っているわけじゃないなら、ウチにもチャンスはあるはず。
一部では、付き合ってるという噂もあるけど…。
そんなのは関係ない!…たぶん。
ウチの直感ではカモフラージュだし!
優里ちゃんと先に仲良くなれたことで、ウチはその他大勢より一歩抜きん出てるはず。
だから大丈夫。
自信を持て!
自信を持っていたから、ウチはサッカーに夢中になれたんだ。

気づけば頭の中は佐藤さんのことでいっぱいになっていた。
どうしたら振り向いてくれるだろう?って、そればっか考えてた。
“夢中”になっていた。
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