いたずらはため息と共に

常森 楽

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9.移ろい

518.大人

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永那ちゃんが千陽に食べさせてあげるのを眺めながら、私はお菓子をつまむ。
「パーティって大変だね」
「そうだね。私も、もっと楽しい場所をイメージしちゃってた」
「美味しいもんだけ食べられたら良いのにね」
「そうだね。なかなか都合良くはいかないね」
「…あたしは、2人がいてくれて、いつもより楽しい」
「泣いてんのに?」
「…いつものことだもん」
「そっか…」
久米さんが“守りたい”と思ったのは、実際に千陽が苦労していたからなんだと思う。
でも…本当に守ってあげるなら…ただ千陽のそばにいてあげるだけでも良かったんじゃないかな?
欲を言えば、千陽が嫌がる相手を、さり気なく遠ざけてあげてほしかった。
…そんな存在を、千陽は求めているんじゃないのかな。
私にはその器量はないけれど、永那ちゃんにはある。
永那ちゃんは実際、自分を身代わりに、接待をしてあげていた。
嫌がる素振りなんて、この家に来てから少しも見せていない。
永那ちゃんは私をかっこいいと褒めてくれたけれど、本当にかっこいいのは永那ちゃんだって知っている。

「私の分のケーキ、全部食べやがった」
「おいしかった、ありがと」
「後でちゃんと私の分のケーキ取っといてよ?」
「残ってれば、ね」
「何が何でも確保して!?」
「永那、ママと食べたんでしょ?」
「人の話聞いてたら、まともに味わえないでしょーが!」
「そんなの知らない」
永那ちゃんの目の下がピクピクと痙攣し始める。
「お前なー…」
「え、永那ちゃん…私が、取ってきてあげるから」
「だめ!穂のことは絶対にひとりにしない!」
「え!?どうして!?」
「悪い大人と話してほしくないから!」
「悪い大人って…」
「穂は私の宝物なの!わかる?汚れてほしくないの…!」
「永那が1番汚してたりして…」
「お前…!いい加減、怒るぞ!?」
「いいよ?」
永那ちゃんの顔が真っ赤に染まり始めたので、慌てて永那ちゃんを抱きしめる。
「よしよし、落ち着いて?…千陽も、そんなに永那ちゃんに意地悪しないの」
千陽はフンと顔を背ける。

…これは、永那ちゃんに甘えてるってことなのかなあ?
彼女の横顔からは、全くわからない。
本当に拗ねているようにも見えるし、安心しているようにも見える。
…安心しているから、拗ねられるの、かな?
だとしたら、やっぱり甘えてるんだ。
「千陽は、どうしてそんなにいじけているの?」
口を窄めながら、千陽が横目に私を見る。
すぐに視線を逸らされる。
「千陽?」
私の腕の中で、永那ちゃんが怒って暴れている。
「私は穂のこと大事にしてる!」って、すごく抗議している。
バタバタと手足を動かすから、ぶつかりそうで少し怖い…。
「千陽!」
叱るように言うと、彼女は不満げに眉間にシワを寄せた。

「あたしのことは…」
永那ちゃんの頭を撫でて、落ち着かせる。
なんだかんだぶつくさ言いながらも、永那ちゃんも千陽の言葉に耳を傾け始めた。
「あたしのことは、ひとりにした」
千陽が瞬きをすると、その瞳から涙が零れ落ちた。
「助けてくれなかった」
声が小さく震える。
体育座りになって、膝を抱えるように座った。
「助けに来てくれなかった」
「はー!?お前の代わりに色んな人と喋ってたんじゃん」
「わかってる…!わかってるけど…」
心細かったんだね…。
千陽の気持ち、すごくよくわかる。
永那ちゃんがその場にいてくれるだけで、無意識に“助けてくれるはず”って思っちゃうもん。
でも、永那ちゃんだって、体がいくつもあるわけじゃない。
同時に何もかも出来るわけがない。
「わ、私が、疎くて…すぐに久米さんから離れなかったのが良くなかったね」
「穂は悪くない」
「穂は悪くない!」
ほとんど同時に2人が言う。

「視界には入れてたよ?…でも、悪くない人っぽかったし、千陽だってパーティ慣れてるんだろうからって思ったんだよ」
「嫌な人じゃないのはわかってる。けど、恋愛対象として見られてるのが、無理…」
「え、待って…。千陽って、そもそも恋愛対象として見られたら、相手のこと好きじゃなくなるの?」
「…知らない」
「もし私か穂がお前のこと恋愛的に好きってなったら、私達のこと好きじゃなくなるの?」
「…好きになってみて?」
「無茶言うなよ…」
私の腕の中に収まっていた永那ちゃんが項垂れる。
腕を離そうとしたら、ガッチリ掴まれた。
なので、そのまま永那ちゃんを抱きしめ続ける。
「優里とか桜とか…もし付き合おうって言われたらどうすんの?」
「考えられない」
「…じゃあ、そもそも千陽のこと好きになっちゃダメなやつじゃん。千陽のこと好きになった時点でアウトじゃん」
「優里と桜は友達だし。…それ以外は、そもそも、性格もろくに知らないのに“好き”って思われるのが嫌」
「まあ、気持ちはわかるけどさ?しょうがないじゃん、千陽、可愛いんだから」
千陽が目を見開く。
パチパチと何度も瞬いて、耳がリンゴみたいに赤くなる。
唇の先端がヒクヒクと動いて、それはまるで、恋する乙女を見ているかのよう。
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