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9.移ろい
527.大人
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彼女が私の項に腕を回す。
重みで少し前屈みになると、唇が触れ合った。
私の前髪からポタポタと雫が落ちる。
離れると、彼女の鼻に雫が乗っていた。
まるで、見つかって逃げるみたいに、スッと肌を流れていく。
無造作に上がった前髪、メイクを落としても上がっている長い睫毛、大きな瞳、透き通るような白い肌、筋の通った小さな鼻。
全てが可愛らしい。
整った、広すぎず狭すぎない額すら、彼女の美しさを物語っている。
「綺麗…。どうして永那ちゃんは、千陽じゃなくて、私を選んだんだろう…?」
「嫌味?」
「あ!そ、そんなつもりは、なくて…ごめんなさい…」
フッと彼女が笑う。
「べつにいいけど。洗って?」
背中を向けられるので、ボディソープを手につけて彼女の背を洗う。
「逆に、なんで穂は…あたしじゃなくて永那を選んだの?永那じゃなくて、あたしが恋人でも良かったじゃん」
「え?…それは、永那ちゃんが最初に私を見つけてくれて…永那ちゃんがいたから千陽や優里ちゃん、森山さんとも仲良くなれて…私も、少しずつだけど、変われたかなって思ってるから」
「永那が最初に…」
「千陽のことも大好きだよ、本当に。でも、私が変われたのは、永那ちゃんのおかげだって思ってる」
「あたしじゃ変われなかった?」
「そういうわけじゃないけど…永那ちゃんが私を“好き”って言ってくれなかったら、千陽ともこんなには仲良くなれていなかったでしょ?」
「そうだね」
彼女の背を洗い終えて、自分の体を洗い始める。
「でも、たまに想像する」
「想像?」
「小学生の時に穂に出会えてたら、あたし、今と違ったのかなって。穂が叱ってくれたり、いろんなこと教えてくれたりしたら、あたし…。でも、それじゃあ結局穂は変われないか」
彼女は腕を洗いながら、横目に私を見た。
その顔に悲しみは窺えず、儚げな笑みを浮かべていた。
「わかってる。穂の特別は永那で、永那の特別は穂。わかってるけど、たまに想像する」
体を洗っている最中、千陽はシャワーを止めない。
浴室内の温度があたたかい状態で保たれるから良いのだけれど、ついもったいないと思ってしまう。
「あたしも、あたしの特別な相手がほしい。けど、相手から好意を向けられると…怖いって思っちゃう」
久米さんを思い出す。
悪い人ではないのだろうけれど、私は好きにはなれない。
「さっき言ったけど、予備校にいる、優里の知り合いも…女だし、優里の知り合いだし、仲良く出来るならしたいって思ってる。でも…本当に、目つきが嫌なの。好意を向けられている目つきが」
「そっか」
「好意と悪意って表裏一体だと思ってる。今まで“可愛い”って言ってくれてた人達が、何かあたしが期待外れなことをすると悪口を言う。“顔だけ”とか“甘やかされてる”とか“金持ちだから”とか、勝手な憶測であたしを型にハメようとする」
私が体を流し始めると、真似するように千陽もシャワーの下に移動した。
目を瞑り、全身にお湯を浴びる姿は、絵画のように美しい。
女性らしい曲線美が、彼女の輪郭を形作っている。
「私が、千陽を見るのは、怖くないの…?」
「怖くない」
「どうして?」
「穂は、あたしを愛してくれてるから」
「愛してるって、好意とは違うの?」
「全然違う。もっと…もっと深い感じ。あたしのこと、ありのまま見てくれてる感じがする。ありのままを受け止めてくれる感じがする」
そう言われても、自分ではよくわからない。
千陽のありのままを見ている意識はなくて、むしろ千陽の言う“好意”に近い感情を抱いていると思っている。
だって、こんなにも千陽の表層を美しいと思っている。
それは結局、他の人が見ている千陽と同じなんじゃないだろうか?
唯一他者と違うのは、私の1番近くに永那ちゃんがいるということ。
きっと永那ちゃんこそ、千陽をありのまま見ている。
もしかしたら私は、永那ちゃんを通して、ありのままの千陽を見ることが出来ているのかもしれない。
「優里ちゃんや森山さんからの好意と、何が違うの?」
フフッと彼女が優しく笑う。
「穂、質問ばっか」
「ご、ごめん…」
「いいよ。こういう話も、たまには楽しいし」
シャンプーを手に取って、洗い始める。
「優里は…優里も、あたしにとっては特別。でも、恋愛とは違う」
「どうして?」
「どうしてだろう?永那に聞かれた時も考えた。…けど、今は“友達だから”としか答えられない。優里は…素直で、いつもまっすぐで…ふざけてる時も多いけど、基本的に真面目な子なの。そこが好き。桜もそう。素直で、真面目。…考えてみれば、穂もそうだね?」
「じゃあ、やっぱり私も友達だよね?…千陽は、その…よく、愛してるって言ってくれるけど…優里ちゃん達と同じってことだよね?」
彼女は笑みを浮かべたまま、一見無関心そうにも見える様子で髪を洗っている。
重みで少し前屈みになると、唇が触れ合った。
私の前髪からポタポタと雫が落ちる。
離れると、彼女の鼻に雫が乗っていた。
まるで、見つかって逃げるみたいに、スッと肌を流れていく。
無造作に上がった前髪、メイクを落としても上がっている長い睫毛、大きな瞳、透き通るような白い肌、筋の通った小さな鼻。
全てが可愛らしい。
整った、広すぎず狭すぎない額すら、彼女の美しさを物語っている。
「綺麗…。どうして永那ちゃんは、千陽じゃなくて、私を選んだんだろう…?」
「嫌味?」
「あ!そ、そんなつもりは、なくて…ごめんなさい…」
フッと彼女が笑う。
「べつにいいけど。洗って?」
背中を向けられるので、ボディソープを手につけて彼女の背を洗う。
「逆に、なんで穂は…あたしじゃなくて永那を選んだの?永那じゃなくて、あたしが恋人でも良かったじゃん」
「え?…それは、永那ちゃんが最初に私を見つけてくれて…永那ちゃんがいたから千陽や優里ちゃん、森山さんとも仲良くなれて…私も、少しずつだけど、変われたかなって思ってるから」
「永那が最初に…」
「千陽のことも大好きだよ、本当に。でも、私が変われたのは、永那ちゃんのおかげだって思ってる」
「あたしじゃ変われなかった?」
「そういうわけじゃないけど…永那ちゃんが私を“好き”って言ってくれなかったら、千陽ともこんなには仲良くなれていなかったでしょ?」
「そうだね」
彼女の背を洗い終えて、自分の体を洗い始める。
「でも、たまに想像する」
「想像?」
「小学生の時に穂に出会えてたら、あたし、今と違ったのかなって。穂が叱ってくれたり、いろんなこと教えてくれたりしたら、あたし…。でも、それじゃあ結局穂は変われないか」
彼女は腕を洗いながら、横目に私を見た。
その顔に悲しみは窺えず、儚げな笑みを浮かべていた。
「わかってる。穂の特別は永那で、永那の特別は穂。わかってるけど、たまに想像する」
体を洗っている最中、千陽はシャワーを止めない。
浴室内の温度があたたかい状態で保たれるから良いのだけれど、ついもったいないと思ってしまう。
「あたしも、あたしの特別な相手がほしい。けど、相手から好意を向けられると…怖いって思っちゃう」
久米さんを思い出す。
悪い人ではないのだろうけれど、私は好きにはなれない。
「さっき言ったけど、予備校にいる、優里の知り合いも…女だし、優里の知り合いだし、仲良く出来るならしたいって思ってる。でも…本当に、目つきが嫌なの。好意を向けられている目つきが」
「そっか」
「好意と悪意って表裏一体だと思ってる。今まで“可愛い”って言ってくれてた人達が、何かあたしが期待外れなことをすると悪口を言う。“顔だけ”とか“甘やかされてる”とか“金持ちだから”とか、勝手な憶測であたしを型にハメようとする」
私が体を流し始めると、真似するように千陽もシャワーの下に移動した。
目を瞑り、全身にお湯を浴びる姿は、絵画のように美しい。
女性らしい曲線美が、彼女の輪郭を形作っている。
「私が、千陽を見るのは、怖くないの…?」
「怖くない」
「どうして?」
「穂は、あたしを愛してくれてるから」
「愛してるって、好意とは違うの?」
「全然違う。もっと…もっと深い感じ。あたしのこと、ありのまま見てくれてる感じがする。ありのままを受け止めてくれる感じがする」
そう言われても、自分ではよくわからない。
千陽のありのままを見ている意識はなくて、むしろ千陽の言う“好意”に近い感情を抱いていると思っている。
だって、こんなにも千陽の表層を美しいと思っている。
それは結局、他の人が見ている千陽と同じなんじゃないだろうか?
唯一他者と違うのは、私の1番近くに永那ちゃんがいるということ。
きっと永那ちゃんこそ、千陽をありのまま見ている。
もしかしたら私は、永那ちゃんを通して、ありのままの千陽を見ることが出来ているのかもしれない。
「優里ちゃんや森山さんからの好意と、何が違うの?」
フフッと彼女が優しく笑う。
「穂、質問ばっか」
「ご、ごめん…」
「いいよ。こういう話も、たまには楽しいし」
シャンプーを手に取って、洗い始める。
「優里は…優里も、あたしにとっては特別。でも、恋愛とは違う」
「どうして?」
「どうしてだろう?永那に聞かれた時も考えた。…けど、今は“友達だから”としか答えられない。優里は…素直で、いつもまっすぐで…ふざけてる時も多いけど、基本的に真面目な子なの。そこが好き。桜もそう。素直で、真面目。…考えてみれば、穂もそうだね?」
「じゃあ、やっぱり私も友達だよね?…千陽は、その…よく、愛してるって言ってくれるけど…優里ちゃん達と同じってことだよね?」
彼女は笑みを浮かべたまま、一見無関心そうにも見える様子で髪を洗っている。
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