オーリの純心

シオ

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「背中の傷が薄くなってきましたね」

 目の前に見える白い背中に触れながら発した俺の声は、湯殿の中でわずかに反響する。湯の中に体を浸し、オーリ様を背後から抱きしめるような姿勢で俺は湯船の中に座っていた。

「本当か?」
「えぇ。明らかに色味が落ち着いてきていますよ。薬が合っていたんでしょうか」

 髪が濡れないように結い上げているオーリ様が、背後を振り返って俺の方を見た。医者に処方された保湿性のある薬は、痣やしみになってしまったものを薄くしていく作用があるそうだ。

 夕食を終えて、二人でのんびりとした時間を過ごした。そうして、いつも通りの流れで湯殿へと向かう。これから愛し合う可能性を考えて、今は髪を洗っていない。

 オーリ様の髪は俺が願った通りに長く、洗うのにも乾かすのにも多くの時間を要する。愛し合ったあとで全身を清める時に髪も洗った方が、時間を無駄にすることがない。とはいえ、愛し合うかどうかは、オーリ様の気分次第なのだが。

「……嬉しい。テオが毎日、私に薬を塗り込んでくれているおかげだ。ありがとう」

 痣が薄くなっていることに、オーリ様は喜ばれていた。体の痣をずっと気にしておられ、それがオーリ様の心を苦しめていることは分かっていた。だからこそ、その苦しみの原因を取り除いて差し上げたいとずっと思っていたのだ。

「他のところも、薄くなっていくといいですね」
「あぁ。でも……このあたりはあまり変化がないようだ」

 そう言ってオーリ様が見たのは、そのお体の前の部分。胸や腹部、臍といったところだった。確かに、薄くなっていく背中の傷とは異なり、未だに傷跡や痣の痕がくっきりと残っている。

「そう言った場所は少し、薬が塗りづらくて」
「塗りづらい……?」
「オーリ様の体に薬を塗っていると、……その、気持ちが良いのかオーリ様がとても切ない声をだされることがあるのです。……情けないことに、その声で私のものが反応してしまって。なかなか塗り進まなくなってしまうのです」

 背中や手足であれば問題はないのだが、どうにも体の前の部分に触れているとオーリ様は感じてしまうらしい。そうして発せられる声は、俺の下半身へと強く響くのだ。

「……それは、すまない」
「いえ、オーリ様が謝られることではありませんよ」

 顔を赤らめながら、オーリ様が謝罪を口にされた。だが、それは違うのだ。オーリ様が悪いわけではない。発情期の獣のごとき俺がいけないのだ。

「テオに触れられていると……堪らなくなる。……自分でも、不思議に思うほどだ。体がおかしくなってしまったのかと思うほどに……」

 口に手を当てて、恥じらいながらそんなことを言うオーリ様を見て、俺の下半身に血が集まっているのを感じた。このままではまずい、と焦りつつも、愛らしいオーリ様から目が離せない。

「……こんなに、自分が淫らだとは知らなくて」
「淫らなどではありませんよ」
「そう……だろうか」
「はい。私がオーリ様を求めすぎるからいけないのです」
「そんなことはない。テオに求められて、私は嬉しい」

 ほぼ毎日、体を重ね合っているように思う。吐き出す精はどんどん薄くなるのだが、それでもこうして体を触れ合わせていると必ずそれは立ち上がってしまうのだ。

「私たちは……お互いに、求めすぎている、ということだろうか」
「そのようですね」

 そんな結論に行き着いて、オーリ様は可笑しそうにふふ、と笑われた。愛しているから、求めてしまう。口付けを交わしていれば、抱きたいと願ってしまう。

「つまり……その、私がテオに触れて欲しいと願う回数が多くても……仕方ない、ということだな?」
「はい、仕方のないことだと思います。……今もまた私は、オーリ様に触れたいと願ってしまいます」
「あぁ……、分かっている。テオのものが、あの、ふ……触れているので」

 気付かれていないと思っていたが、どうやらオーリ様には気取られていたようだ。緩く立ち上がったものが、オーリ様の腰をかすめていたらしい。恥ずかしくて、口から言葉が出せなくなる。

「私のものも、……立ち上がってしまいそうだ」

 オーリ様が小さく囁く。俺は湯の中で手を動かし、オーリ様の腹部を撫でた。そしてそこから下へとおりて、オーリ様の中心へと手を伸ばす。確かにそこにあったものは、少しばかり硬度を増していた。

 俺がオーリ様の気分を高揚させたわけではない。高めるための愛撫などは一切していなかった。だというのに、この空気と、俺のものが立ち上がっているという事実だけで、オーリ様のそれはそのようなことになっているのだ。嬉しくないわけがなかった。

「あ……っ」

 局部を撫でていた手を動かし、今度はオーリ様の胸元へ。湯の中で、オーリ様の胸を撫でていく。先端には触れず、胸全体を軽く揉むように触れる。それだけで気持ちがいいのか、オーリ様の体は小さく震えていた。

「……テオ、そこ……あ、ぁ……ゃあ……っ」

 両手で、両方の胸の突起に触れる。指の腹でぐりぐりと押し込み、そうしたら次は先端を摘み上げて少し引っ張った。それを数度繰り返していると、オーリ様が大きな声を出しながら俺へ全体重を預けてくる。

 俺の胸にぴったりと背中をつけたオーリ様の頭が、丁度俺の顎下に収まった。抱き寄せる形で、乳首を押し込み捏ね回す。俺は反り立ったものをオーリ様の腰に擦り付けていた。

「やだっ、だめ……そこ、ばっかり……あぁっ!」

 指で押しつぶしたり、摘んだり、捏ね回したりを繰り返していると、オーリ様が一際大きな声を出して体を痙攣させた。恐らくは達したのだろう。精を吐き出したかどうかは、湯の中にいるせいでよく分からなかった。

 呼吸を荒くし、涙目で振り向いたオーリ様は少し拗ねたような顔をされていた。胸だけで達したのが苦しかったのかもしれない。そして、オーリ様は俺に手を伸ばし、首に腕を回して唇を重ねてきた。

 必死に吸い付いてくるオーリ様は、悶絶する程に可愛らしく俺のものが更に張り詰める。互いの呼吸を貪るような乱暴な口付けをした。それが離れた瞬間には、銀色の糸が俺とオーリ様の間を繋ぐ。

「テオ……、なか……中に、欲しい」

 胸だけでは物足りないと、オーリ様が俺に強請る。熱を帯びた薄灰色の瞳に欲しがられ、俺は無意識的に唾を嚥下していた。

「テオで、満たして」

 冷静に振る舞おうと努力はしたが、願った通りに出来ていたかは自信がない。俺はオーリ様を湯船の中から立たせ、壁に手をつける姿勢にさせた。もちろん、体はしっかりと支えている。腰を突き出すような体勢になってもらい、俺は後ろの孔にそっと指をつけた。

「入口が、とても柔らかくなっています」
「……テオが、そうしたんだよ」
「えぇ、もちろんです。私がオーリ様をこうしたんです」

 後ろの孔は、女性器もかくやという程に柔らかく、すんなりと俺の指を受け入れた。毎日ここを使わせて頂いているせいで、指に馴染んでしまっているのだ。

 オーリ様の体をこうしたのは、俺なのだ。オーリ様に暴力を振るっていた連中ではない。この俺だ。そう思うと、どんどんと興奮の度合いが増していく。

「あ……っ、あ、ぁあっ……テオっ……、もう、早く……っ」

 指を後孔に入れ、中にあるしこりをトントンと叩く。その刺激が、オーリ様の下半身に直接届いているのだろう。悶えるような声を出して、オーリ様は俺に貫かれることを望んだ。

 すっかり硬くなり、はち切れそうな怒張のそれをオーリ様の孔にぴったりと付け、そこからゆっくりと中へ入れていく。オーリ様の中はとても熱く、蕩けてしまいそうな程に気持ちが良かった。

 緩やかに前後に体を動かし、オーリ様の中を擦る。その動きに合わせ、オーリ様の喉からは嬌声が溢れていた。俺も、あまりの気持ちよさに獣のような唸り声が出る。

 薄くなったとはいえ、やはり背中に残る傷跡はまだまだその存在を強く主張していた。それでも、その傷さえ愛おしい。オーリ様が、加虐に耐えて生き延びて下さった証なのだ。それは、勲章にも等しいものだった。

 オーリ様がこの傷を受け入れるのには、時間が掛かった。
 己自身で受け入れるため、そして乗り越えるために。
 それらを、俺に晒したのだ。

「……私が、体に刻まれた傷を乗り越える様を、見守っていてくれる?」

 ジグムントと何事かを話した日の夜、オーリ様はそう言った。その瞬間は、何をどう見守ればいいのかが分からなかったが、それでも俺の返答は一つ。見守らせてください、と願い出た。

 それは、オーリ様にとって、とても過酷な行為だっただろう。一つ一つの傷を直視し、それが一体何であったのかを打ち明ける。自分自身ですら見たくないものを、他人である俺に晒すのだ。

 そんなにご自身を追い詰めないでください、と額づいて頼みたい気持ちに駆られた。そんな苦しいことをするくらいならば、貴方様を救えなかった私を詰ってくださいと、そう願いたかった。

 だがそれは、オーリ様にとって必要な儀式だったのだと思う。傷を認めて、過去の辛い記憶を乗り越える。そのために必要な、苦しさだったのだ。

 だからこそ、俺も見守った。噛み締めた唇からは血が滲んでいた。だが、そんなことはどうでもいいのだ。涙を流しながら、己の傷と対峙するオーリ様を見守る。俺にはそんなことしか出来ないから、せめてそれだけは全力で全うしようと努めた。

 今まで知らされていなかった暴力もあった。それらを耳にして、怒りが抑えきれずに物に当たってしまう。どこまでも未熟な俺を、殴りつけたかった。

「救って」

 オーリ様を救えなかったことを、いつまでも惨めに嘆く俺に、オーリ様が凛とした声でそう言うのだ。オーリ様は、もう泣いていなかった。まっすぐに、俺だけを見つめている。

「今、救って」

 それがオーリ様の、過去との決別だったのだ。過去ではなく、今。今、救えと俺にやり直しの機会を与えてくださった。強くなられたと、心の底からそう思った。ジグムントの小屋で再会してから、急速に強くなられた。

「貴方の全てが愛おしい。御身が汚れているのだと思うのであれば、私も汚して頂きたい。……汚れてもなお美しい貴方を、オーリ様だけを、愛しているのです」

 それが俺の全てだった。それ以外に語る言葉など持ち合わせていない。貴方を愛している。どんな貴方だって、その感情が揺らぐことはない。それだけを必死に伝える俺を見て、オーリ様は涙を流しながら微笑んだ。

「……ありがとう、テオ」

 オーリ様のその言葉が合図であったかのように、俺たちは口付けを交わした。寝たふりをした俺の額にもたらされた物ではない。初めて与えられる唇へのキスだった。


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