オーリの純心

シオ

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 何もかもが信じられなくて、ずっと幸福な夢を見ているのだと思った。気安く触れることすら許されなかったオリヴィエ殿下が、オーリ・ヴィンツとして俺の妻になっている。あまりにも都合の良い夢だった。

「……テオ?」

 二人で使っている大きな寝台の上に、俺は仰向けになって体を休めていた。そんな俺の上に、オーリ様が乗っている。その背徳的な光景だけでも、随分と俺の理性を飛ばす程に刺激的だった。

 オーリ様の中には、俺のものが深々と楔のように突き刺さっている。俺の腹の上に両手を置いて、その腕の力でなんとか体を上下していた。ぬちぬち、と粘性の高い水音が響いて、その音が鼓膜を震わせると頭が焼き切れそうな程に興奮してしまう。

「良く、ない?」
「いいえ、そのようなことは。良すぎて、目を開きながら夢を見ているようで……少しぼうっとしてしまいました」

 反応のない俺に不安になったのか、オーリ様がそっと尋ねてきた。良くないわけがなかった。良すぎて、頭がおかしくなりそうだというのに。

「……ん、……っ、あ……」

 ゆっくりとした動きで繰り返される上下運動。優しい動きで、物足りなさはあるが、それよりも俺の上で体を揺らすオーリ様という光景が強烈すぎて、眺めているだけ果ててしまいそうだった。

「すご、い……テオのが、奥まで……きてる」

 自分の臍のあたりを撫でながら、オーリ様が微笑む。荒い呼吸、肌を流れ落ちていく汗の雫。その全てが美しい。かつてのオーリ様からは想像も出来ないほどに、妖艶だった。

 こうして肌を重ね合うことを、楽しいと思ってくれているようだ。それは嬉しい。加虐の記憶を、俺との思い出が上塗りしているようで嬉しいのだ。

 だが、どんどんと淫靡になっていくオーリ様に、戸惑う気持ちもあった。俺の記憶の中の幼いオリヴィエ様から、急速に成長されているのだ。妖しく育ち切った俺の奥方に、興奮した心が落ち着かない。

「……オーリ様、私も、動いてもいいでしょうか」
「私の動きでは物足りない?」
「いえ……そのようなことは……。ただ、私もオーリ様を気持ちよくして差し上げたいのです」

 正直なことを言えば、物足りない。どうしても足に力が入らないオーリ様では、律動が弱くなる。もちろん俺も達することが出来ずに苦しいが、このままではオーリ様も辛いだろう。

「……私は、テオに乗ったままがいい」
「分かりました。ではこのままの体勢で。あとは私にお任せください」

 俺の上に乗りたい、と最初にオーリ様が恥ずかしそうにそう言い出した時は一体どうしたのかと思ったものだ。だが、俺に否やはなかった。オーリ様の願いを叶えるべく、ベッドの上に仰向けで横になった。

 己の手で自分自身を立たせようとしたところで、オーリ様が俺のものを咥えて下さった。驚いて腰が引けたのだが、オーリ様の手がしっかりと俺の体を捕まえていたのだ。

 オーリ様の口の中は温かく、すぐに俺のものは硬くなってしまった。早すぎて羞恥を抱く程だった。果てる、と思った瞬間にオーリ様は俺から口を離す。まだだめだ、と言って微笑みながら俺のものの根元をぎゅっと掴むオーリ様は小悪魔的な可愛らしさを持っていた。そうして、反り立った俺の物の上に自ら腰を下ろしたという流れがある。

「あ……っ!」

 俺の両手はオーリ様の腰を掴み、持ち上げては落とした。それと同時に、俺自身の腰も動かし、オーリ様の尻たぶに腰を打ち付ける。急に動いたせいで、オーリ様が大きな嬌声をあげた。

「テオ、テオ……っ、ああっ、あ、あぁ……!」

 先に果てたのはオーリ様だった。前には一切触れていない。後孔だけでオーリ様は達していた。感じすぎているのか、涙を流し体が小刻みに震えている。その光景を見て、俺もオーリ様の中に精を吐き出す。

「……はぁ……、はぁ……。……きもち、いぃ」

 寝言のような小さな声でオーリ様がそう漏らした。気持ち良いと仰った。体を重ねて、オーリ様が快感を抱いてくださった。俺は嬉しくて、堪らなくなる。オーリ様の中の嫌な記憶全てを上書き出来たような、そんな喜びが湧いてきた。

 自分で体を支えることが出来なくなったのか、オーリ様が俺の胸に倒れ込んでくる。その体をしっかりと抱きとめた。その動きで、俺のものがオーリ様の中から出てくる。

「私は、とても幸せだよ。テオ」

 俺の腹部と、オーリ様の腹部の間には俺が吐き出した精があって、それがぬるぬると互いの腹を濡らしていく。そんな状況で、オーリ様は恍惚の笑みを浮かべながらそう言った。

「過去のことを忘れたわけじゃない。大切な家族のことは、一生思い続ける。それでも……今の私は、テオと一緒に幸せになって良いんだ。テオと、幸せに……なりたい」

 想像を絶する凄惨な出来事に苛まれたオーリ様の口から、そんな言葉を聞くことが出来るなんて。いつだって自罰的で、幸福になることを避けているようなところがあった。そんなオーリ様が、幸せになりたいと、そう言った。

 胸が苦しくて、言葉が出てこない。情けないことに、泣いてしまいそうだった。だが、オーリ様の前で女々しく泣く姿は見せたくなかった。腹の上にいるオーリ様に手を伸ばし、抱きしめる。オーリ様は、笑っていた。

「私と、一緒に幸せになってくださいますか」
「……もちろん」

 それからはお互いに汗だくになるまで愛し合って、俺は体に力の入らなくなったオーリ様を抱き上げて湯殿へと連れて行った。いつも通り、体を清めている間にオーリ様は眠ってしまって、俺はオーリ様を体の隅々まで綺麗にしていく。

 何一つとして苦ではなかった。むしろ、侍従でもないのにオーリ様の何もかもをして差し上げられることに喜びを感じる。俺たちが湯殿にいる間に、使用人たちの手によってベッドは改められていた。

 清潔になったベッドの上にオーリ様をそっと置いて、穏やかな眠りを見守る。小さな体を抱きしめて眠った。オーリ様に触れながら目を閉じると、幸せな夢しか見ないのだ。その夜も、幸福な夢を見ていたような気がする。

 朝、目を覚まして額を突き合わせながら微笑む。おはようの挨拶をして、口付けを交わした。オーリ様と過ごす時間は、一分一秒その全てが幸せに満ち溢れていた。

 身支度と朝食を済ませ、今日も庭園の散歩へと向かう。木靴に履き替えたオーリ様は一人で歩く練習をしていた。杖も持たず、俺の支えもなしで、自分の足だけで歩こうとされているのだ。

「テオ!」

 並んで歩いていたと思ったら、どうやら俺だけ歩を進めていたらしい。オーリ様を置いて一人で歩き続けるとは、なんという失態か。焦った俺に、オーリ様は大きな声で俺の名を呼び笑いかける。

「そこで待っていて!」

 オーリ様のもとへ向かおうとした俺へ、制止の声がかかる。俺は踏み出した足を地面へ着けた。広い青空の下で、オーリ様が笑顔のままで進み始める。

 ゆっくりとした足取りだ。木靴を履くと足首が自由にならないために、不恰好な歩行でもある。それでもオーリ様は、自分一人の力で俺の方へと歩いてきていた。

 踏み出される一歩一歩を見守る。心地の良い風が走り抜けた。風によって弄ばれた髪を手で押さえながらオーリ様が進む。髪が乱れるのが面白かったのか、声を出して笑われていた。

 オリヴィエ様は、よく笑われる方だった。明るく、誰に対しても優しい。聡明で、天使のような方だった。陰鬱な表情の多かったオーリ様に、やっとオリヴィエ様の影が重なる。

 やっと、全てを取り戻されたのだ。失ったものはたくさんある。奪われたものばかりだった。それでも、オーリ様はやっとご自身を取り戻された。それが分かって、体が震える。

「テオ」

 逞しい足取りで俺のもとまでやってきたオーリ様が、俺に抱きついた。そんな小さな体を、俺も目一杯の力で抱きしめた。腕に込めた力が強すぎて、オーリ様を苦しめているかもしれない。だが、どうか。どうか、今だけは許して欲しかった。

「見ていてくれたか? 一人で歩けた」
「ええ、見ておりました。しっかりと、見届けさせて頂きました」

 華奢で、頼りない体だと思っていた。俺が守って差し上げなければ、と。だが、そうではなかった。女性物の服に身を包んでいようとも、オーリ様は雄々しくご立派だった。

「生きていて下さって、ありがとうございます」

 口を突いて出てきた言葉は、陳腐なものだった。感極まった俺が吐き出せる言葉は、それだけしかなかったのだ。ただただ、深く感謝する。オーリ様が生きているということに。生きて、俺のそばにいて下さるということに。

「……私が生き残れたのは、テオのおかげだ。苦しい時はずっと、テオのことを考えていた。テオがいてくれたから、私は今、生きているんだよ。……私のことを諦めないでいてくれて、ありがとう。テオ」

 諦めることなど出来なかった。生きているか、死んでいるかも分からない状況でも、その生存を疑うことだけはしなかった。根拠もなく、ただひたすらに生きていて下さるということだけを信じ続けた。

 オーリ様と再会し、拒まれた時でも諦めようなどという気は微塵も湧かなかった。もう二度と離れたくないと願う心が騒ぐばかりだった。他のことはどうでも良い。ただ、俺はオーリ様にまつわることでは、何一つとして諦めたくなかったのだ。

「愛しています。貴方の心も、体も。その全てを」

 そんなありふれた言葉しか出てこない己を恨む。もっと、言葉を尽くして思いの丈を伝えたいのに上手く言葉が紡げない。オーリ様の前でなければよく回る口なのだが、どうにもオーリ様の前では形無しになってしまう。

「分かってるよ」

 俺の腕の中でオーリ様はそう言って微笑んだ。薄灰色の瞳が真っ直ぐに俺を見る。オーリ様から齎された言葉に、ハッとする。分かっている、などと今までのオーリ様は仰らなかった。

 愛している、と伝えると嬉しそうに笑ったり、喜んでくれはしたが、分かっている、と受け止めることはなかったのだ。やっと思いの全てが届いたのだと、そう直感する。オーリ様の両腕が強く俺を抱きしめた。堪らず、俺は目頭が熱くなる。

「私を愛してくれて、ありがとう」

 暴動の果て、加虐の地獄を乗り越えて、オーリ様は俺の腕の中へと辿り着いた。俺がこの細い手を離す事は二度とないだろう。





<オーリの純心・完結>
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みんなの感想(5件)

夜曲
2023.11.13 夜曲

こんにちは!

また最初から読み直させて頂いてまして、今再会してテオに連れ帰られる所までの感想なのですが、
「私がされたことをテオドールだけには知られたくなかった」
この一文をみた時に、あのまま穏やかに日々を過ごして欲しかった気持ちもあり、でもやっと本当の意味で幸せにしてくれるだろうテオに出会えたという喜びもあり、読んでいて、それぞれの行動の選択とその葛藤が凄く美しいなと思いました。凄く切ない…けど、その切なさが素敵です💓

「淡い気持ちを抱くことさえも己を許さない」ほど、自分を追い込んでしまっているオーリが、今後テオの手によってどう凍てついた心を溶かされるのか…改めて楽しみです😊

シオ
2023.11.19 シオ

夜曲さん、こんにちは!
拙作を何度もお読み頂けているようで、本当に光栄です…✨

オーリの純心は、ズタボロにされて、穢れてしまって、自分のことを攻めに相応しくないと思っている受けの葛藤が書きたかった作品だったので、その点を楽しんで頂けて嬉しいです☺️💕
一歩引いてしまう感じの受けが大好きなので、オーリは自分の好みが良い感じに表現できた受けだなぁと今でも思います!

この作品だけでなく、他の作品にまでご感想くださり、本当にありがとうございます🙇‍♀️
とても励みになります!

解除
miian
2023.11.11 miian

とても面白かったです!一気に読ませて頂きました。最後幸せになれて本当に良かったです。

シオ
2023.11.11 シオ

ご感想をくださり、ありがとうございます💕楽しんで頂けたのであれば、とても光栄です!

解除
夜曲
2023.11.09 夜曲

こんにちは!

BLにハマり始めたばかりの時、シオ先生の作品で性癖作られちゃった人です。先生の作品大好きです❤️

こちらの作品のお陰で、受けのピンチに攻めが間に合わないことが性癖の一つになってしまっています…( ̄^ ̄)ゞ

BL大賞勝手ながら、応援しています。ちょくちょく感想書かせて頂くかもしれませんが、ご返信が負担になってご迷惑になるかもしれないのも怖く、全然返信不要ですので、お気遣いなく承認だけして頂いて(ポイント入るので)後は放置して頂ければと思います。

今日はひとまずシオ先生へのラブコールとご挨拶を。

シオ
2023.11.10 シオ

ご感想をくださり、ありがとうございます💕

拙作を好いて頂けて、とても嬉しいです🥰BL大賞の応援、ありがとうございます!ご感想を頂けると、とても幸せな気持ちになりますので、負担だなんてちっとも思わないです✨これからも私の作品をお読み頂けたら、光栄です!

解除
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