すべては花の積もる先

シオ

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スイ編

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 夜、務めを終えた俺が部屋に戻ると、そこには兄さんがいる。それが俺の日常となって、もう数ヶ月が経っていた。バイユエの問題が片付いたとしても、日々のやるべきことは山積みで、俺はこの国の役人たちよりも忙しなく日々を過ごしている。けれど、寝台で書物を読んでいる兄さんの姿を見るだけで、疲れが吹き飛ぶのだ。

 すでに兄さんは湯浴みを済ませており、眠る準備も整っているようだった。それでも起きていてくれるのは、俺が帰っていなかったからだろう。どれだけ帰りが遅くなっても、兄さんは必ず起きて俺を待っていてくれる。蝋燭の灯りを頼りに書を読んでいた兄さんが、それを閉じて寝台そばの背の低い棚の上に置いた。

「おかえり、スイ」
「ただいま、兄さん」

 寝台の上に乗りながら、兄さんに向かって手を伸ばす。俺が何を求めているかを理解している兄さんが、恥じらいをおもてに浮かべながらも近づいてきてくれた。唇と唇が触れ合って、舌と舌が絡み合う。深い口付けをすることにも慣れた兄さんは、この行為を気に入っているようだった。

「兄さん、……今夜はしてもいい?」

 俺は毎晩、兄さんにお伺いを立てている。大抵のお願いであれば聞いてくれる兄さんだが、このお願いばかりは許される回数が少ない。昨日したばかりだから、だとか。明日は歩いて写生に出かけるから、だとか。そう言った理由で袖にされることも多い。だからと言って、不満が募るわけではない。兄さんがしたくないことを強いたくないと言う思いが俺にはあるからこそ、素直に気持ちを言ってくれる兄さんに感謝をしているくらいだった。

「……いいよ」

 今日は許されるという自信があった。最後に触れ合ってから、もう七日も経っているし、明日の予定がないことも調査済みだ。だからこそ俺はこの部屋に来る前に手早く湯浴みも済ませている。案の定、兄さんが頷いてくれた。心の中で大喜びしながら、俺は兄さんを押し倒そうと肩に手を置く。

「でも待って」

 すぐにでも貪りたい気持ちで一杯なのだが、兄さんの言葉が俺を止めた。俺はその言葉に従って、動きを止める。兄さんの手が俺の胸に当てられ、小さな力で押しのけられる。離れなさい、ということだ。

「スイは足を痛めているんだから、あまり動いては駄目だよ」
「もう大丈夫だよ、兄さん。杖を必要とすることも減ったし」
「でも痛みはあるんでしょう?」

 確かに、全くない、ということではない。兄さんの前では極力嘘を吐かないようにしている俺は、推し黙る。肯定もしなければ否定もしないという形で俺は逃げたのだ。歩くことにも、走ることにも若干の苦痛を伴うが、それでも兄さんと交わっているときにそんなものを感じる余裕などないのだ。貪欲に求めるばかりで、理性が焼き切れている。そんな有様で、痛みを感じるわけがなかった。だから大丈夫だと訴えても、きっと兄さんは許してくれないだろう。

「スイ、兄さんの言うことが聞けないなら、今夜はしないよ」
「……分かったよ、兄さんに従う」
「お利口だね。それなら、ゆっくりと座って」

 兄さんの指示通りに体を動かした結果、俺は寝台の枕元にある背もたれに背中をつける形で腰を下ろしていた。足はまっすぐに伸ばしている。そんな俺の足を跨ぐようにして兄さんが近づいてきた時、俺の心臓が激しく跳ねた。ゆらゆらと揺らめく燭台の灯りすらも、艶かしく思える。そんな光に照らされた兄さんは、もっと妖艶だった。

「動いたら駄目だからね」

 念押しされた上で、兄さんが俺に向かって手を伸ばす。その手は、俺の腰帯を解いて引き抜いた。寝着ほどではないにしても、軽装であった俺の帯は容易く抜かれ、衣を左右に開かれる。兄さんの手は下帯をずらして俺のものをそっと取り出した。すでにそれは怒張し、天を向いている。

「もう硬くなってる」
「……兄さんが俺に触ってくれるから、嬉しくてこうなるんだよ」

 兄さんはずっと、深窓の姫君すら裸足で逃げ出すほどの初心な人だった。自分の体に触れられるのも、見られるのも恥ずかしくて、俺のものをまじまじと見ることさえ強い抵抗を覚えていたのだ。だというの今では、硬くなる俺のものを眺めては嬉しそうに微笑んでいる。あまりにも淫靡で、頭の血管がいくつか切れそうだった。

「スイは可愛いね」

 硬くなった俺のものを両手で掴みながら、その先端をぺろぺろと兄さんが舐める。子猫のような舌先が触れるたびに、俺の腰が震えるのだ。早く兄さんにこの熱の塊を打ち付けたくてたまらない。寝台の敷布を掴みながら、俺は暴れ出しそうになる己の情欲を抑えた。

「……っ、……」

 大きく口を開いた兄さんが、俺の肉棒を飲み込んでいく。歯を立てないように気をつけてくれていることが、動きから分かった。どれだけ口を大きく広げようとも、兄さんの口はとても小さくて、その狭さが俺のものを強く刺激するのだ。

「兄さん……、もう、兄さんの中に入りたい」

 限界だった。兄さんの口も勿論気持ちが良いのだが、今の俺の凶暴な欲望はそれだけでは満足できなくなってしまっている。早く兄さんの中に入りたい。泣いて善がる兄さんを見ながら、腰を打ち付けたい。我慢の出来ない子供のような駄々をこねた俺を見て、兄さんが口の中から俺のものを出した。そして微笑む。

「うん、今から入れてあげるからね」

 兄さんは自ら腰の帯を抜き取ると、足を大きく開いたままで俺の太腿の上に乗った。腰を浮かせ、硬くなった俺のものを片手で握りながら腰を落としていく。俺のそれは、兄さんの入り口にぴたりと引っ付いた。興奮していた心は一瞬で冷静さを取り戻し、俺は慌てる。

「待って、兄さん。流石に準備をしないと」
「大丈夫だよ」

 男同士の行為は、難儀なものだ。準備と手間暇が多くかかる。だが、それを怠れば無理な挿入となり、兄さんを傷つけてしまうことになるのだ。それは俺にとって本意ではない。だからこそ、いつもしっかりと解して濡らして、兄さんの体を整えていたのだ。それは兄さんも分かっているはず。だというのに、大丈夫だと言い切るということは。

「まさか……兄さん」

 兄さんの入り口はひくひくと開閉を繰り返し、俺の先端を刺激する。腰を下ろす兄さんの動きに合わせて、俺のものが中へと入っていく。もはや、膣と化した兄さんの後孔は、激しく抵抗することなく俺を受け入れていく。そうして俺は、確信をした。兄さんは、準備をしてくれていたのだ。

「今日は、私も……したかったから」

 恥ずかしそうにそう言う兄さんの頬は、熱と興奮で赤らんでおり、瞳も潤んでいた。一体、どうやって準備をしたのだろう。自分の指で後ろを解したのなら、俺もその光景を見たかった。見れなかったことに対する悔しさと、準備をしてくれたことへの喜びで、俺の心は滅茶苦茶になっていた。

「兄さん……!」
「あっ! ま、待って、スイ……!」

 俺は兄さんの名を叫びながら、兄さんの細い腰を両手で掴む。そして、兄さんの体を下へと下ろした。隘路を貫くその感覚が、俺を一気に極楽へと導く。背中をしならせて、兄さんが高い声で泣く。言葉にならないその嬌声は、美しい鳥の声にも聞こえて、兄さんは迦陵嚬伽の生まれ変わりなのかもしれないと、そんなことを本気で考えた。

「ぁあ……っ、だめ、ぁああっ、深、ぃ……っ!」

 いつもとは姿勢が異なるために、普段は到達出来ないところまで兄さんの中に入っているのだろう。俺のものを根元まで咥え込んだ兄さんは苦しそうな顔をしているというのに、俺の肩に手をついて己の体を上下させていた。兄さんの全身で、俺は愛撫されている。

「スイ、スイ……っ、ぁ、あぁん、……ぁっ、……き、……気持ち良い……?」

 こんな瞬間でさえ、兄さんは俺のことを考えてくれている。苦痛と快楽の狭間で揺れながら、それでも俺を想ってくれていた。あまりにも幸せで泣きそうだ。感極まった体の中では、早い速度で血が巡っており、その血が全て下半身へと向かっている。

 より一層硬くなったそれで、兄さんを強く兄さんを貫いた。限界まで至り、俺は欲望の全てを兄さんの中に放つ。歯噛みした俺の口の間から、雄叫びが漏れ出ていた。兄さんも、一等高い声で悲鳴を上げる。あとには、二人分の荒い呼吸音だけが残された。

「ごめん、兄さん。また、中で……。あとで、必ず掻き出すから」

 中で出すことを、俺は控えていた。その行為が、兄さんの腹に不調をきたすことが分かっていたから。だというのに、我慢が出来なかった。繋がったままで、上体を倒して俺に凭れている兄さんを見る。兄さんの口の端からは、涎が垂れていた。舐めて取りたいが、今は俺の口が近づけない体勢になっている。呼吸が整ってきた兄さんは、俺を見て微笑むと、手を伸ばして俺の頬を抓った。

「いけない子だね、スイ。赤ちゃんが出来ちゃったら、どうするの?」

 可愛い戯れの言葉だ。俺も兄さんも男であって、どれほど愛し合おうとも子が宿ることはない。そんなことは、分かっているのだ。それでも兄さんはそう言って、中へ出した俺の行為をやんわりと非難する。兄さんにとっては、ただそれだけの悪戯めいた咎めの言葉だったのだろう。だが俺にとっては、更なる燃料となってしまった。

「兄さん……!」

 兄さんの体を支えながら、その体を押し倒す。勿論、繋がったまま。俺の上に乗っていた兄さんは、寝台に背をつけて俺の下に。そして、兄さんに跨られていた俺は、今や膝立ちになって兄さんに覆い被さり、自分の腰を動かしながら欲望を打ち付けている。俺を咎める言葉の、なんと淫靡なことか。どこか淫乱さを感じてしまうのは、俺の感性が狂っているからなのかもしれない。だが、兄さんの一言が俺の理性を完膚なきまでに破壊したことは確かだった。

「あぅっ、スイ、駄目……っ、足を、痛める……!」
「俺は大丈夫だから、痛みなんてもう全然感じてないよ……っ」

 どこまでも兄さんは俺のことを案じてくれていた。確かに、膝立ちの姿勢は銃弾を受けた足に負荷をかける。だが、この期に及んでそんなことを気にする余裕など微塵もなかった。吐精したばかりだというのに、俺のものはもう硬くなっている。見れば、兄さんも少しだけ精を吐き出していたようだ。力なく垂れる兄さんのものが、犬の尾のようにぶらぶらと揺れていた。

「兄さん……! 兄さん、愛してる……!」

 獣のように、兄さんを求める。所詮、俺は兄さんの愛だけを貪る獣なのだ。一時は、もう駄目だと思った。それはジャンインに撃たれた瞬間ではなく、ラオウェイのことを兄さんに知られて、兄さんに拒絶された時だ。兄さんに嫌われたら、もう生きていけないと思った。否、生きている意味がないと思った。けれど今は、兄さんを愛することを許され、こうして体を繋げることも受け入れられている。

 欲望のままに、腰が動き続けていた。肌と肌がぶつかる乾いた音が、部屋の中に響く。兄さんの体は、俺の腰の動きに合わせて前後に揺れていた。大きく足を開き、俺のものをしっかりと飲み込んで、兄さんは嬌声をあげながらも俺に微笑む。

「私も」

 そして、ちらりと舌先を出した。先ほど、俺のものを舐めてくれた子猫の舌が俺を誘う。これは、兄さんからのお誘いなのだ。口付けがしたいという意思表示。それも、激しく求め合う口付けを求められている。俺はすぐに、体を動かして兄さんの唇に噛み付いた。

 舌と舌が互いを求め合い、ぬるぬるとした感覚が腰を刺激する。角度を変え、時に呼吸を挟みながら、俺たちは口付けを続けた。次第に、兄さんの腕が俺の首の後ろに回って、俺を引き寄せる。求められていることが嬉しすぎて、俺は瞳が潤むのを感じた。唇が離れたその一瞬、兄さんがにこりと笑みを浮かべて俺を見る。そして、小さく囁いた。

「だいすき」

 その夜、兄さんをなかなか寝かせてあげられなかったことを、俺はのちに咎められることとなる。だが、兄さんが可愛すぎるからいけないと思うのだ。などということを胸に秘めながら俺は兄さんに叱られた。叱責の声すら甘く、兄さんはどこまでも俺に優しい兄さんだった。
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