11 / 47
第九話 実在した吸血鬼
しおりを挟む
パステル調のテーブルクロスの上には、上品なデザインの食器に盛りつけられた料理が、ところ狭しと並んでいる。キッチンはおいしそうな匂いで満たされていた。
「酒まで準備してるとはねぇ。もしかして聖夜、いつも家で飲んでんのか?」
「教師の目を盗んでこっそりとね。実は父さんのストックしてるテーブルワインを、だまってもらってきたんだよ」
肩をすくめてウインクしながら、聖夜は答えた。
そしてテーブルについたところで、慣れた手つきで栓を抜く。ワイングラスがなかったので代わりにビアグラスにつぎ、ふたりは乾杯した。
「こんなふうに、だれかの家に集まってパーティーなんて、したことなかったな」
一口飲んだあとでグラスをテーブルにおき、うつむき加減で孝則がポツリとつぶやいた。
「これからだよ、こんなことができるのは。大学に行っても夏休みや冬休みには帰るだろ。そのときみんなでやろうよ」
聖夜は食事の手を止め、孝則を励ますように笑顔を浮かべた。
「そう、だな」
「バラバラになるって言っても距離だけだよ。ネット使えば顔見ながらチャットだってできる。その気になればいつでも集まれるんだ。ぼくらはいつだって一緒にいるようなものさ」
「なのに……美奈子はそれが解らなかった」
孝則は手にしたフォークをにぎりしめた。絞り出すような声だった。
その直後。孝則が急に目を見開いた。
頬がわずかに紅潮し、口元は自然に浮かぶ笑みを無理矢理消そうとしている。隠し切れない喜びを浮かべる一方で、にぎられた拳は微妙に震えている。
期待と不安が交差する姿に、聖夜の胸がざわめいた。
「感じる……美奈子がきた」
孝則は叫ぶと同時に勢いよく立ち上がり、隣のリビングに駆け込む。聖夜も孝則を追いかけようと席立った瞬間。
一瞬のうちにあたりの空気が変わる。真冬の寒さとは異なる異常な冷気だ。あの夜、美奈子の病室で感じたのと同じものだった。
ドアの向こうから伝わる妖気に、聖夜は頭痛と吐き気を覚えた。椅子にしがみついて呼吸を整える。そして気力だけを頼りにしてリビングの扉を開けた。
ソファーには胸をはだけた孝則が横たわっていた。皮膚を数箇所切り裂かれ、血を流している。そして傷口に覆いかぶさるようにしている少女がいた。
新たな人物の出現に、少女が顔を上げる。
「そんな、まさか」
それは行方不明になった美奈子だった。目は獣のように光り、口元は血で染められている。唇からわずかに見える犬歯は肉食動物を思わせるほどに伸びていた。
その姿は吸血鬼そのものだ。
新たな獲物の出現を喜ぶように、美奈子が聖夜に微笑みかけた。
「へえ。月島くんも一緒だったんだ」
美奈子は聖夜の血の味を想像するように、唇をなめた。
孝則の話は幻覚ではなく、事実だった。ではあの夜、病室で体験したことは夢ではなかったのか。
孝則から離れ、美奈子は聖夜に近づく。逃げようにも妖気に当てられて動けない。
聖夜は美奈子の歩みを、スローモーション・フィルムを見るような思いでながめていた。
光を反射して輝く瞳に意識を吸いこまれそうだ。
その刹那。
なにかに共鳴するように聖夜の動悸が激しくなった。身体を駆け巡る血がざわめき、熱を帯びる。
美奈子の肩越しに、横たわったまま動かない孝則が見えた。遠目には首筋に新しい牙の痕が見られない。
今ならまだまにあうだろう。孝則が吸血鬼になる前に手を打てば、人間のままでいられるはずだ。フィクションの世界を信じるならば。
だが、まばたきすらできない今の聖夜に、なにができる? 相手は闇の帝王、吸血鬼だ。
無力な人間にすぎない聖夜たちは、傷つけられ、仲間にされるか殺されるか、ふたつにひとつの道しか残っていない。
——いやだ。
心の中で叫んだ。
心臓の鼓動が耳につく。
——殺されるのも……吸血鬼になるのも。
鼓動が早くなり、激しさをます。
身体中の血が熱くたぎる。
極度の緊張で体温が上昇する。
「月島くんの血はどんな味がするんだろ」
好物のスイーツを目の前にしたときように、美奈子の口調は無邪気だ。
伸ばされた手が聖夜に触れた。冷たさに体温が奪われ、背筋がぞくっとした。半開きになった唇から牙が姿を見せ、聖夜の首筋に近づく。
そのうしろでは、孝則が額を押さえながら、なんとか立ち上がっていた。だが聖夜を救うような余裕は残っていない。
科学的な解釈などせず、孝則の話を素直に信じればよかった。そうすればなにか別の方法を見つけられただろう。だが今となってはすべてが遅すぎる。
聖夜はくやしさのあまり、唇を噛み切ってしまった。わずかに出血し、口の中に血の味が広がる。
それに気づいた美奈子は、聖夜の唇にキスをして血を飲もうと、顔を近づけてきた。
そのとき。突然、美奈子の口元から笑みが消えた。
「まさか、そんな——」
美奈子が目を見開き、聖夜をじっと見た。唇がわずかに震えている。
ふっと妖気が和らぎ、聖夜にかけられた呪縛が解け、身体が軽くなった。
美奈子に一瞬の隙が生じる。
今だ。このタイミングを逃してはならない。
身を沈めて美奈子の腕をかわし、聖夜は孝則に駆け寄った。動きの鈍い孝則の腕を引っぱる。
「待ちなさいっ」
聖夜は孝則をつれて家の外に飛び出した。
美奈子はふたりを追って出てきた。だが聖夜たちに近寄らない。距離を保とうとしているのは美奈子の方だ。
ふりかえった聖夜と視線がぶつかる。そのとたん、美奈子の顔が驚きから別のものに変化した。
そこにいたのは、恐れを抱き、近づくことを拒否する吸血鬼だ。
見まちがいだろうか。だが美奈子の眼力は完全に失われて、今度はルビーの瞳に動きを奪われることはなかった。
聖夜は孝則の腕をひき、やみくもに走った。
凍りつくような空気の中、聖夜の胸元で月光が反射する。
そこにあったのは母、流香の形見の十字架だった。
* * *
「酒まで準備してるとはねぇ。もしかして聖夜、いつも家で飲んでんのか?」
「教師の目を盗んでこっそりとね。実は父さんのストックしてるテーブルワインを、だまってもらってきたんだよ」
肩をすくめてウインクしながら、聖夜は答えた。
そしてテーブルについたところで、慣れた手つきで栓を抜く。ワイングラスがなかったので代わりにビアグラスにつぎ、ふたりは乾杯した。
「こんなふうに、だれかの家に集まってパーティーなんて、したことなかったな」
一口飲んだあとでグラスをテーブルにおき、うつむき加減で孝則がポツリとつぶやいた。
「これからだよ、こんなことができるのは。大学に行っても夏休みや冬休みには帰るだろ。そのときみんなでやろうよ」
聖夜は食事の手を止め、孝則を励ますように笑顔を浮かべた。
「そう、だな」
「バラバラになるって言っても距離だけだよ。ネット使えば顔見ながらチャットだってできる。その気になればいつでも集まれるんだ。ぼくらはいつだって一緒にいるようなものさ」
「なのに……美奈子はそれが解らなかった」
孝則は手にしたフォークをにぎりしめた。絞り出すような声だった。
その直後。孝則が急に目を見開いた。
頬がわずかに紅潮し、口元は自然に浮かぶ笑みを無理矢理消そうとしている。隠し切れない喜びを浮かべる一方で、にぎられた拳は微妙に震えている。
期待と不安が交差する姿に、聖夜の胸がざわめいた。
「感じる……美奈子がきた」
孝則は叫ぶと同時に勢いよく立ち上がり、隣のリビングに駆け込む。聖夜も孝則を追いかけようと席立った瞬間。
一瞬のうちにあたりの空気が変わる。真冬の寒さとは異なる異常な冷気だ。あの夜、美奈子の病室で感じたのと同じものだった。
ドアの向こうから伝わる妖気に、聖夜は頭痛と吐き気を覚えた。椅子にしがみついて呼吸を整える。そして気力だけを頼りにしてリビングの扉を開けた。
ソファーには胸をはだけた孝則が横たわっていた。皮膚を数箇所切り裂かれ、血を流している。そして傷口に覆いかぶさるようにしている少女がいた。
新たな人物の出現に、少女が顔を上げる。
「そんな、まさか」
それは行方不明になった美奈子だった。目は獣のように光り、口元は血で染められている。唇からわずかに見える犬歯は肉食動物を思わせるほどに伸びていた。
その姿は吸血鬼そのものだ。
新たな獲物の出現を喜ぶように、美奈子が聖夜に微笑みかけた。
「へえ。月島くんも一緒だったんだ」
美奈子は聖夜の血の味を想像するように、唇をなめた。
孝則の話は幻覚ではなく、事実だった。ではあの夜、病室で体験したことは夢ではなかったのか。
孝則から離れ、美奈子は聖夜に近づく。逃げようにも妖気に当てられて動けない。
聖夜は美奈子の歩みを、スローモーション・フィルムを見るような思いでながめていた。
光を反射して輝く瞳に意識を吸いこまれそうだ。
その刹那。
なにかに共鳴するように聖夜の動悸が激しくなった。身体を駆け巡る血がざわめき、熱を帯びる。
美奈子の肩越しに、横たわったまま動かない孝則が見えた。遠目には首筋に新しい牙の痕が見られない。
今ならまだまにあうだろう。孝則が吸血鬼になる前に手を打てば、人間のままでいられるはずだ。フィクションの世界を信じるならば。
だが、まばたきすらできない今の聖夜に、なにができる? 相手は闇の帝王、吸血鬼だ。
無力な人間にすぎない聖夜たちは、傷つけられ、仲間にされるか殺されるか、ふたつにひとつの道しか残っていない。
——いやだ。
心の中で叫んだ。
心臓の鼓動が耳につく。
——殺されるのも……吸血鬼になるのも。
鼓動が早くなり、激しさをます。
身体中の血が熱くたぎる。
極度の緊張で体温が上昇する。
「月島くんの血はどんな味がするんだろ」
好物のスイーツを目の前にしたときように、美奈子の口調は無邪気だ。
伸ばされた手が聖夜に触れた。冷たさに体温が奪われ、背筋がぞくっとした。半開きになった唇から牙が姿を見せ、聖夜の首筋に近づく。
そのうしろでは、孝則が額を押さえながら、なんとか立ち上がっていた。だが聖夜を救うような余裕は残っていない。
科学的な解釈などせず、孝則の話を素直に信じればよかった。そうすればなにか別の方法を見つけられただろう。だが今となってはすべてが遅すぎる。
聖夜はくやしさのあまり、唇を噛み切ってしまった。わずかに出血し、口の中に血の味が広がる。
それに気づいた美奈子は、聖夜の唇にキスをして血を飲もうと、顔を近づけてきた。
そのとき。突然、美奈子の口元から笑みが消えた。
「まさか、そんな——」
美奈子が目を見開き、聖夜をじっと見た。唇がわずかに震えている。
ふっと妖気が和らぎ、聖夜にかけられた呪縛が解け、身体が軽くなった。
美奈子に一瞬の隙が生じる。
今だ。このタイミングを逃してはならない。
身を沈めて美奈子の腕をかわし、聖夜は孝則に駆け寄った。動きの鈍い孝則の腕を引っぱる。
「待ちなさいっ」
聖夜は孝則をつれて家の外に飛び出した。
美奈子はふたりを追って出てきた。だが聖夜たちに近寄らない。距離を保とうとしているのは美奈子の方だ。
ふりかえった聖夜と視線がぶつかる。そのとたん、美奈子の顔が驚きから別のものに変化した。
そこにいたのは、恐れを抱き、近づくことを拒否する吸血鬼だ。
見まちがいだろうか。だが美奈子の眼力は完全に失われて、今度はルビーの瞳に動きを奪われることはなかった。
聖夜は孝則の腕をひき、やみくもに走った。
凍りつくような空気の中、聖夜の胸元で月光が反射する。
そこにあったのは母、流香の形見の十字架だった。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる