抄編 水滸伝

N2

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第7回 花和尚、菜園にて怪力をあらわすこと

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錫杖はりゅうりゅうと水車のごと、刀は虎の爪のごと、たがいの武器のぶつかり合う音は、こだまを響かせ深い山裾やますそにすい込まれてゆきました。
と、若者は深編笠ふかあみがさをバッと払うと、野太刀を下げて一歩飛びずさります。
「ちょっと待ってくれ!あんたの声に聞き覚えがある。俺たちはひょっとすると知り合いじゃないか」
「なんだと?貴様のことなんて知るもんか!敵わんからといって誤魔化しても無駄だぞ、降参するならハッキリ言え」
「ならこっちから名乗ろう。俺は史進だ。御坊は渭州の魯兄貴ではないか」
魯智深おどろきながら、目を丸くして相手の顔を見つめました。
「えっ。。。なんだ史進君だったのか、いかにも拙僧は魯達だ。するとこりゃ、俺たちは互いを知らずに追い剥ぎし合っていたわけか」
「やっぱり。えらく強い坊主だと思っていたら」
ふたりは天を見あげて大笑い。憲兵から坊さまになった魯智深に、庄屋の若旦那から野盗になった史進。おたがい姿が変わりすぎていたのです。

ふたりは渭州で別れたあとの流転の日々を語り合いました。史進はといえば、突然魯達がゆくえを晦ましたと思ったら、肉屋の鄭を殺したかどでお触れ書が回っている。無事でいてくれよと念じながら師匠を追って延安府に足を向けたは良いのですが、延安にも王進はおらず、とうとう会えずじまい。そうこうするうち路銀が尽きて、あちこちの街道すじで追い剥ぎ稼業かぎょうをやって生活しているとか。
「ワシが鎮関西を殺めたばっかりに、お前さんがたまで累を及ぼしちまったなあ。ときに兄弟、迷惑ついで、ちっと手伝って欲しいことがある」
「なんだいかしこまって。腹がすくなら干し肉に焼きまんじゅうくらいならあるよ」
「ありがてえ!それもいただくが、こっち、こっち」

ふたりして石橋のとこまで戻ってみると。「あっ、まだいやがった!」生鉄仏は欄干に腰かけて、夕風に吹かれていました。
たちまち斬り合いの再開です。
「さっきまでの拙僧とはちがうぞ!」そこ腹の入った花和尚、錫杖のうなりも冴えもたしかに別ものです。崔道成たまらず防戦一方となるのを見、あわてて飛天夜叉が助太刀に入ります。と、バッと灰色の影が動いたかと思えば、史進があいだに割りこみました。
「お前さまの相手はおれだよ」
かくして一対一がふた組となりましたが、かたや金剛力士みたいな大入道、かたや禁軍きんぐん仕込みの流れるよな刀さばき。背中あわせの仁王と羅刹らせつに、手だれとはいえ田舎の武芸者ふたり、なんで支えきれましょう。崔道成は錫杖をあばらにもらい、橋の下へとまっ逆さまに落ちていきます。「いけねえ!」とようやく不利を悟った丘小乙、きびすを返して逃げかかるところを、史進の太刀が背中からブスリと貫きます。
あわれ悪党、山門にならんでかばねを晒す結末になりました。

さてお寺に戻ってみますと、庫裡の老僧も中庭の女人にょにんも、みな首をくくって死んでおりました。
「ああなんちゅうことだ、ワシが負けたんでやつらふたりの仕返しを恐れたか。堪忍してくれよ」
魯智深、がっくり肩を落とします。
「こんな中途半端な寺があるうちは、また何度でも匪賊のねぐらになろう。いっそ焼いちまおう、供養もかねて」
「よしきた、それがええ」
かまの火をもらってほうぼうに点けてまわり裾をからげて退散しますと、お山を下りるころには一切合切を焼く紅蓮の炎が、遠くからでもはっきりとながめられました。
花和尚しばし立ちつくし、へたくそな経文など口のうちでブツブツ唱えておりましたが、やがて「いこう」と赤松林をあとにしました。

「俺はふるさとの少華山にもどって、朱武のところにまた厄介になるよ」と史進、「じゃあこの追分おいわけでさよならしよう。魯兄貴、みやこでりっぱな阿闍梨あじゃりになるんだぜ」
ふたりの豪傑、西と東に生きざまをわかちます。


それから数日、魯智深のまえに巨大な城楼がすがたをあらわしました。ようやく東京開封府に着いたのです。
相国寺の長老衆、智深と紹介状をかわりばんこにながめますが、どうも書いてあることと違います。
「なになに。『ゆくすえ大悟だいご(最高のさとり)にいたるだろう高僧のたまごを送る。そちらでたんと修行をさせてやって欲しい』だと。はてな、お香を焚くにもまごついとるこの荒法師あらぼうしが?はあ、さては向こうのお山でももてあますほどの暴れん坊を、体よく当院に押しつける気だな。さりとて寺どうしはもちつもたれつ、断わればカドが立つ、どうしたもんか」
「いい手がございますよ。東岳廟とうがくびょうのほど近くに当院所有の野菜畑がありますが、なにぶん広大なため管理が届いておりません。さいきんは付近のごろつきに食われ放題だとか。智深坊はあの面相、じっさい役に立つか立たぬかはべつとして、泥棒よけの番犬にはなるでしょう」

かくして花和尚、新天地でのしごとは菜園のはたけ番と決まりました。肩書きだけは“大相国寺役僧だいしょうこくじやくそう”とけっこうなもんですが、ようはただの見張りです。ところが自由が好きな魯智深にとっては絶好のお役目、酒を飲んで昼まで寝ていても誰にも叱られることがありません。
「ここの連中は話しがわかる。適材適所とはこのことだわい」ご満悦の智深でしたが、ある朝小屋の戸をたたく者があります。
「ご免くださいまし。わっしらは近所のものでございます。このたびお坊さまの着任祝いに、ささやかながらさけさかななどご用意してごぜえます。ぜひいらしておくんなさい」
“やくざはやくざのカモにはならぬ”ともうします。魯智深、天性のカンで早くも「こいつら無理に小ぎれいな言葉をつかっておるが、はみ出しもののにおいがするな」と気づきました。「まあいいさ、ひとつ騙されておいてやろう」
寝起きの体を引きずってひょこひょこ着いて行きますと、
「それッ!」「覚悟しな新入り坊主!」
とつぜん左右の脚にごろつきどもがくみつきました。そのまま足もとをすくって横あいの肥だめに投げ入れる、それがならず者たちによる“洗礼”だったのです。
ところがどっこい、智深のからだは根がはえたようにぴくりとも動きません。「どうしたどうした、こんなもんか」
あいては勝手がちがって眼を白黒させています。そこを花和尚パッと蹴とばしますと、ふたりとも肥溜めに頭から落ちてゆきました。
「ひえっ、こんどの番人はふつうじゃないぞ」周りのやくざ者たち、あわを食って逃げだすところへ和尚の大喝、「馬鹿もん!仲間を見すてる奴があるか!こっちへ来て助け出してやんなさい」
ごろつきというもの、とかく腕っぷしと義理人情には弱い連中ですから、いっぺんに大人しくなりました。畑のすみっこに一例ならんで平伏いたします。
「お許しください、もうしません。これからは番人さまを親分だと思ってお仕えします」
「そりゃいい心がけだ、酒宴でもてなしてくれるてえのは嘘じゃないだろうな」
「ハイ、ハイ、毎日でもいたします」
まさに平身低頭へいしんていとう、手のひら返しのあざやかさ、魯智深は可笑しくってたまりません。
と、そこへ。カラスが二三羽、カアカア鳴きながら舞い降りてきました。ごろつきたちは上下の歯をかちかちいわせ、口々にこんなまじないことばを唱えます。

  赤いくち、空にのぼれ
  白いした、土にもぐれ(悪口はここにとどまってはいけない)

「なんじゃ、おまえたち今のは?」
「和尚さまは関西のお生まれ、この辺の博徒はげんかつぎをよういたします。カラスが鳴くのはくち喧嘩のきざし。邪気を払わにゃなりません」
智深はご覧の性分、「そんな訳あるか。カラスが鳴くのは、近くに巣があるからだ」と信じません。
「ちげえねえ、たぶんあすこ、ほれ塀のそばのでっかい柳の木ですよ」
「はしごでもかけて取っちまうか」
「えい、しち面倒な!」と花和尚、「ひっこぬけばこと足りる」
やおら立ちあがると柳のまえで深呼吸。法衣を片肌ぬぎにして右手を下に半身ひねり、丹田たんでんに力をこめ幹をつかんでひとゆすり。たちまち根っこがあらわになって、さしもの大木もあっという間に横だおしに転がされてしまいました。
ごろつきどもは腰をぬかす者あり、口をぱくぱくさせる者あり、しばし呆然としておりましたが、「お、和尚さまの怪力は尋常ではないよ、まっこと金剛神の化身かもしれねえ!」智深への尊敬はいや増すばかり。

これよりのち、ほんとうに酒や肉が届くようになりました。その場で彼らにも振る舞うので、どんちゃん騒ぎの毎日です。
「こうもお布施ふせをもらいつづけるのは悪いなあ。どれ、きょうはお返しに拙僧の技まえを見せてやろう」
中庭にひとを集めると、手下に錫杖を取りにやらせました。六十二斤の鉄錫杖はふたりがかりでヨロヨロと運ばれてきましたが、魯智深ぷいと奪いとり、まるで燈心をひねるように軽々振りまわします。
ごろつきどもはやんややんやの大喝采。つづいて演武のかたをひととおり披露しておりますと、「おお、見事見事」と知らぬ声がいたします。
あたりを見回せば、やぶれた築地塀ついじべいの向こうからこちらを伺う顔がひとつ。
「やい、ワシの武芸がすごいのは当たり前。あんたなにさまだ?」
はてさてこの男、いったい何者なのでしょう?
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