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第五話 あなたの好きなもの
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式は私がアルベルトを心底愛するようになってから行いたい、という彼の気遣いから、仮の結婚式とでもいう余りにも淡々としたそれは、ただ指輪の交換を行うのみでした。
見届ける人がカイウスしかいないその式を不思議に思った私が、アルベルトには部下や友人はいないのですか? と問いかけたところ、全員勇者に殺されてしまったよ。と彼は軽い調子で答えました。
私は同じ人間として彼に謝罪の言葉を告げましたが、彼は我らには同胞の死を悲しんだり悼んだりする気持ちはないから気にするな。と答えました。ですが、この心にぽっかり穴が空いたような気持ちは何だろうな? とぽつりと呟いたのでそれが悲しいということですよと言うしかありませんでした。
結婚して変わったことと言えば左手の薬指で光る指輪の存在と、あ、そうそうアルベルトとカイウスの希望から、二人に様を付けて呼ぶのをやめました。でもそれぐらいです。
それからというもの、私は手持ち無沙汰な日々を送っていました。
「暇ですね……」
私はふかふかなベッドに寝っ転がったまま呟きました。目まぐるしく色々なことが起きた日々から一転し、平和な日常を取り戻しました。
私が彼を好きになるまで寝室は別にしようという配慮から、私は広い部屋に一人ぼっち。
それに彼とカイウスはお仕事で忙しいようです。そういえば彼らの仕事ってなのでしょう? 今度聞いてみたいです。
そのため今このお城にいるのは私だけ……。
話し相手もおらず、外出をしようにも常に濃い霧が立ち込める障気の森では北も南も分かりません。
仕方がないので私は王国にいたときと同じように過ごそうと思い立ちました。
ん? お城にいたとき、私は何をしていましたっけ……?
ふと思い返してみると、楽器や社交ダンスを習ったり、乗馬をしたり、ここでは出来ないことばかりです。……今思えばあまり役に立たないことをしていた気がします。
「そうだわ!」
私はここでも出来そうなことを思い付き、弾かれたようにベッドから飛び上がりました。
美しい漆黒のドレスから、動きやすいローブに着替え、長い髪を束ねて服装は完璧です。
何を隠そう、こうみえて私は料理と掃除が得意なのです! ロディア様のため努力していたのですが……この際忘れましょう。
私は厨房へ、今どんな食材があるのか確認に向かいました。
「なんという……」
しかしそこにあったのは埃を被り、乱雑に置いた食器でめちゃくちゃになった厨房と言っていいのかというぐらい荒れ果てた場所。
長らく人が入っていないのでしょうかネズミが顔を覗かせます。
「まずはここの掃除からですね……」
骨は折れそうですが、俄然やる気が湧いてきました。
◇◇◇
半日を費やし、私は何とか厨房の掃除を終えました。真っ黒だったシンクは銀色に、汚れきった食器は元の輝きを取り戻してきちんと棚におさめられています。手や顔は真っ黒になりましたが我ながら頑張ったと思います。 さぁ一度体の汚れを落として料理に取り掛かりましょう!
食材を確認すると見慣れないものばかりでした。グロテスクな魚や黒真珠色にテラテラ光る不思議な肉。気味の悪い顔がついたカブなど、食べても平気なのか私には判断がつきません。が、ここにあるということは大丈夫なのでしょう。食材の量は十分ですので、私はさっそく調理を始めました。
と、その前にアルベルトはどんな食べ物が好きなのでしょうか? そもそも「夜を統べる者」にも食事という概念があるのでしょうか……?
夫婦でありながら私は彼の好みすら知りませんでした。聞く機会がなかった。とも言えますが。
さっそく帰ったらどんなものが好きなのか聞いてみましょう。色々な料理を作ったら一品ぐらいはお口に合うものがあるかしら? 私は楽しくなって一人笑みを浮かべました。
あ、もし彼は食事をする必要がなかったらどうしましょう。まぁそのときは私が全部食べてしまえば良いかしら。
◇◇◇
「一体何のお祝いなんだいイブマリー……」(アルベルトにも私のことを名前で呼ぶようお願いしました)
『凄い御馳走ですね( ; ゜Д゜)』
帰宅したアルベルトとカイウスが唖然とするぐらいの豪華な料理を食卓に並び終え、私は達成感でいっぱいでした。
「お帰りなさい、アルベルトにカイウス。今日は一日中暇だったので料理をしてみましたの。お口に合うか分からな……」
ここで私は冷静さを取り戻しました。もしアルベルトが食事を必要としていなかったら? このテーブルを埋めつくさんばかりの食べ物を私が全部食べなければいけません。少々作りすぎてしまった気がします。
「な」
アルベルトがうつ向いたままわなわなと震えます。
どうしましょう、これは怒らせてしまったかしら。
「なんという幸せだ!! イブマリーの手料理が食べれるなんて」
あら? 思っていた反応と違います。
「お、怒っていらっしゃらない……?」
「怒るなんてとんでもない! イブマリーが料理上手なことは知っていたけど、我の為に作ってくれるなんて……食べても良いのか?」
子どもみたいに目を輝かせるアルベルトに向かってノーなんて絶対に言えません。私はどうぞ食べてくださいと言うと、彼は一目散に席に着きました。
「頂きます」
丁寧に手を合わせた後、アルベルトは次々に料理を平らげていきます。細身の体のどこに食べ物が入っているのでしょう……。不思議です。余りにも美味しそうに食べるので私は自分の分も彼にあげてしまいました。
そしてあれよあれよという間に、テーブルを埋めつくしていた大量の料理はお皿だけになってしまいました。
「御馳走様でした。ふむ、今まで食べてきた食べ物の中でイブマリーの手料理が一番美味しかった」
「ありがとうございます……」
満面の笑顔でお礼を言われ、私は頬が熱くなるのが分かりました。そうだ、今こそアルベルトの好きな食べ物を知るチャンスです。
「えっと、何が一番美味しかったですか?」
「ん? 全部一番美味いが」
それじゃあ困るのです。
「そうではなくて、アルベルトは何が好きですか?」
「イブマリーの作るものなら何でも好きだ」
恥じることなくそんな台詞を吐けるこの人に私は一生勝てる気がしません。
「違います! 私はアルベルトの好きなものを知りたいのです」
「我の好きなものが知りたい?」
「あ、その、えっと、せっかく夫婦になったのですし、好きなものぐらい知っておきたいなんて……深い意味はないですけど」
するとアルベルトがにやーっと何かイタズラを思い付いたような顔をします。
「そうかそうか、我の好みを知りたいと」
そうだな……としばらく前置きをすると彼は口を開きます。
「まず甘いものは好きだな。砂糖菓子なんて口の中で転がしていると幸せな気持ちになる。後は肉汁がたっぷり溢れるステーキも好きだし、香り高い果物も良い」
「以外と甘党なんですね」
「ま、一番はイブマリーだがな」
「え?」
今してるのは食べ物の話ですよね? それは私を食べたいという ……。恐る恐るアルベルトの方を見ると、飄々としています。どうやらからかわれたようです。
「イブマリーは何が好きなんだ?」
その後、一晩中私たちは互いの好きなものについて教え合いました。私は食べ物はチーズが好きで、好きなことは料理とピアノを弾くこと。後は人とお喋りしたり夜空を見るのも好き。アルベルトは本を読んだりもふもふした動物に触るのが好きらしいです。
今回分かったのは私の旦那様は私が思っているよりもずっと、可愛らしい人だったということでした。
見届ける人がカイウスしかいないその式を不思議に思った私が、アルベルトには部下や友人はいないのですか? と問いかけたところ、全員勇者に殺されてしまったよ。と彼は軽い調子で答えました。
私は同じ人間として彼に謝罪の言葉を告げましたが、彼は我らには同胞の死を悲しんだり悼んだりする気持ちはないから気にするな。と答えました。ですが、この心にぽっかり穴が空いたような気持ちは何だろうな? とぽつりと呟いたのでそれが悲しいということですよと言うしかありませんでした。
結婚して変わったことと言えば左手の薬指で光る指輪の存在と、あ、そうそうアルベルトとカイウスの希望から、二人に様を付けて呼ぶのをやめました。でもそれぐらいです。
それからというもの、私は手持ち無沙汰な日々を送っていました。
「暇ですね……」
私はふかふかなベッドに寝っ転がったまま呟きました。目まぐるしく色々なことが起きた日々から一転し、平和な日常を取り戻しました。
私が彼を好きになるまで寝室は別にしようという配慮から、私は広い部屋に一人ぼっち。
それに彼とカイウスはお仕事で忙しいようです。そういえば彼らの仕事ってなのでしょう? 今度聞いてみたいです。
そのため今このお城にいるのは私だけ……。
話し相手もおらず、外出をしようにも常に濃い霧が立ち込める障気の森では北も南も分かりません。
仕方がないので私は王国にいたときと同じように過ごそうと思い立ちました。
ん? お城にいたとき、私は何をしていましたっけ……?
ふと思い返してみると、楽器や社交ダンスを習ったり、乗馬をしたり、ここでは出来ないことばかりです。……今思えばあまり役に立たないことをしていた気がします。
「そうだわ!」
私はここでも出来そうなことを思い付き、弾かれたようにベッドから飛び上がりました。
美しい漆黒のドレスから、動きやすいローブに着替え、長い髪を束ねて服装は完璧です。
何を隠そう、こうみえて私は料理と掃除が得意なのです! ロディア様のため努力していたのですが……この際忘れましょう。
私は厨房へ、今どんな食材があるのか確認に向かいました。
「なんという……」
しかしそこにあったのは埃を被り、乱雑に置いた食器でめちゃくちゃになった厨房と言っていいのかというぐらい荒れ果てた場所。
長らく人が入っていないのでしょうかネズミが顔を覗かせます。
「まずはここの掃除からですね……」
骨は折れそうですが、俄然やる気が湧いてきました。
◇◇◇
半日を費やし、私は何とか厨房の掃除を終えました。真っ黒だったシンクは銀色に、汚れきった食器は元の輝きを取り戻してきちんと棚におさめられています。手や顔は真っ黒になりましたが我ながら頑張ったと思います。 さぁ一度体の汚れを落として料理に取り掛かりましょう!
食材を確認すると見慣れないものばかりでした。グロテスクな魚や黒真珠色にテラテラ光る不思議な肉。気味の悪い顔がついたカブなど、食べても平気なのか私には判断がつきません。が、ここにあるということは大丈夫なのでしょう。食材の量は十分ですので、私はさっそく調理を始めました。
と、その前にアルベルトはどんな食べ物が好きなのでしょうか? そもそも「夜を統べる者」にも食事という概念があるのでしょうか……?
夫婦でありながら私は彼の好みすら知りませんでした。聞く機会がなかった。とも言えますが。
さっそく帰ったらどんなものが好きなのか聞いてみましょう。色々な料理を作ったら一品ぐらいはお口に合うものがあるかしら? 私は楽しくなって一人笑みを浮かべました。
あ、もし彼は食事をする必要がなかったらどうしましょう。まぁそのときは私が全部食べてしまえば良いかしら。
◇◇◇
「一体何のお祝いなんだいイブマリー……」(アルベルトにも私のことを名前で呼ぶようお願いしました)
『凄い御馳走ですね( ; ゜Д゜)』
帰宅したアルベルトとカイウスが唖然とするぐらいの豪華な料理を食卓に並び終え、私は達成感でいっぱいでした。
「お帰りなさい、アルベルトにカイウス。今日は一日中暇だったので料理をしてみましたの。お口に合うか分からな……」
ここで私は冷静さを取り戻しました。もしアルベルトが食事を必要としていなかったら? このテーブルを埋めつくさんばかりの食べ物を私が全部食べなければいけません。少々作りすぎてしまった気がします。
「な」
アルベルトがうつ向いたままわなわなと震えます。
どうしましょう、これは怒らせてしまったかしら。
「なんという幸せだ!! イブマリーの手料理が食べれるなんて」
あら? 思っていた反応と違います。
「お、怒っていらっしゃらない……?」
「怒るなんてとんでもない! イブマリーが料理上手なことは知っていたけど、我の為に作ってくれるなんて……食べても良いのか?」
子どもみたいに目を輝かせるアルベルトに向かってノーなんて絶対に言えません。私はどうぞ食べてくださいと言うと、彼は一目散に席に着きました。
「頂きます」
丁寧に手を合わせた後、アルベルトは次々に料理を平らげていきます。細身の体のどこに食べ物が入っているのでしょう……。不思議です。余りにも美味しそうに食べるので私は自分の分も彼にあげてしまいました。
そしてあれよあれよという間に、テーブルを埋めつくしていた大量の料理はお皿だけになってしまいました。
「御馳走様でした。ふむ、今まで食べてきた食べ物の中でイブマリーの手料理が一番美味しかった」
「ありがとうございます……」
満面の笑顔でお礼を言われ、私は頬が熱くなるのが分かりました。そうだ、今こそアルベルトの好きな食べ物を知るチャンスです。
「えっと、何が一番美味しかったですか?」
「ん? 全部一番美味いが」
それじゃあ困るのです。
「そうではなくて、アルベルトは何が好きですか?」
「イブマリーの作るものなら何でも好きだ」
恥じることなくそんな台詞を吐けるこの人に私は一生勝てる気がしません。
「違います! 私はアルベルトの好きなものを知りたいのです」
「我の好きなものが知りたい?」
「あ、その、えっと、せっかく夫婦になったのですし、好きなものぐらい知っておきたいなんて……深い意味はないですけど」
するとアルベルトがにやーっと何かイタズラを思い付いたような顔をします。
「そうかそうか、我の好みを知りたいと」
そうだな……としばらく前置きをすると彼は口を開きます。
「まず甘いものは好きだな。砂糖菓子なんて口の中で転がしていると幸せな気持ちになる。後は肉汁がたっぷり溢れるステーキも好きだし、香り高い果物も良い」
「以外と甘党なんですね」
「ま、一番はイブマリーだがな」
「え?」
今してるのは食べ物の話ですよね? それは私を食べたいという ……。恐る恐るアルベルトの方を見ると、飄々としています。どうやらからかわれたようです。
「イブマリーは何が好きなんだ?」
その後、一晩中私たちは互いの好きなものについて教え合いました。私は食べ物はチーズが好きで、好きなことは料理とピアノを弾くこと。後は人とお喋りしたり夜空を見るのも好き。アルベルトは本を読んだりもふもふした動物に触るのが好きらしいです。
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