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第七話 恐怖の魔王会議
しおりを挟むとある通達が来ると我の心は重くなる。
イブマリーにしばらく留守番を頼み、我とカイウスはエレニウス山の噴火口にひっそりと存在する、秘密の集会所でとある奴等を待っていた。
『アルベルト様、どうかなさいましたか(^^;』
首なしだが有能な部下が手帳片手に問い掛ける。
「いやなに……これから始まることが憂鬱なのだ……。ところでその顔はなんだ。小馬鹿にしているのか?」
『会議ですよね? そんなに嫌そうな顔をなさるほどのものなのでしょうか……』
『この顔はイブマリー様に感情が分かりづらいと言われて書きたしてみたのですがどうでしょう(^^;?』
「はぁ……イブマリーが言うなら仕方ないな。流石我の妻、天才的な発送だ。今日の会議はだな……魔王たちの会議だよ」
夜を統べる者の国(国と言うほど大きいものではないが)はおおよそ四つ存在する。特に国名などはなく、北の国、南の国と方角で呼んでいる。
そして我が統べるのは東の国。東の国というのは昔から悩みごとが絶えない地域なのだ。
「ほう、もう来ていたのか東の王」
ほら来た。後ろを振り返ると貴族の格好をした黒ヒョウとでも表現しようか、南の王アレンが底意地が悪そうな笑みを浮かべていた。
「久しいなアレン。何年ぶりだろうか」
「何百年ぶりの間違いだな、アルベルト。いよいよ数も数えられなくなったか?」
こういう昔から余計な一言が多い奴なのだ。嫌みを言いながら席に着いたアレンはまず我の隣に立つカイウスに目をつけた。
「ほう、人間との戦いで部下を失ったとは聞いていたがいよいよ人間を使うようになってしまったか」
「成り行きでな、あまり我の部下にちょっかいを出してくれるな」
「たかが人間風情が月夜を選んだところでそう穴埋めになるとは思えんがな」
「試してみるか?」
すると、アレンは乱暴に席から蹴り上がると、腰にさしていた細身の剣を目に求まらぬ速さで抜き、こちらに斬りかかってきた。
我の目にもはっきりとは見えない程の速度。やはりこいつの剣の腕はずば抜けている。
しかし、対等に渡り合える者はここにいるのだ。
ガキンと乾いた金属音が鳴り響いた。いつの間にか剣を抜いていたカイウスが我の前に立ち塞がり、アレンと剣を交差させている。
『お怪我は?』
「何ともない」
虚を突かれたアレンが目を丸くしてしばしカイウスを見つめている。それもそうだろう、小馬鹿にしていた相手に難なく攻撃を受け止められてしまったのだから。
『俺を馬鹿にするのは構いませんが、主を傷つけるのは見過ごせません。どうぞ剣を納めください』
右手には剣、左手には手帳という不思議なスタイルだが、彼は確かに強かった。天性の才能もあるだろうが、日々鍛練をしてきたのだろう、重厚なその背中がそれを物語っていた。
アレンは力なく剣を納めると、大人しく席に着き直した。すると大口を開けて笑い出す。
「まさかこの私の剣技と対等に渡り合える者がいるとはな。貴様、名はなんという?」
『カイウスと申します』
「首なし剣士か……実に面白い。いや、先程は無礼な態度大変失礼した。カイウス殿はアルベルトには勿体無いぐらい素晴らしい部下だな」
然り気無く我を小馬鹿にするのは辞めていただきたい。
「先から黙って聞いていれば……アレン、お前は黙って待つことも出来ないのか。おお、すまない。君は忠犬ではなく猫だったな」
ぶちっとアレンの頭の血管が切れる音がする気がした。
「なんだと? 貴様、私を猫扱いするのはやめろと前にも言ったはずだが?」
「おお、すまない。最近は物忘れが激しくてな……お詫びに今度マタタビでも贈ろうか」
「貴様!!」
「また喧嘩しているんですか、あなたたちは」
怒りに身を任せてこちらに飛び掛からんとするアレンを押し留めるように、鈴のように軽やかで美しく、しかしそれでいて威圧感のある声がそう広くない会議室に響き渡る。
「ジュード殿……」
借りてきた猫のように大人しくなるアレンとは裏腹に、黒いマスクをすっぽり被り、驚く程長身で細身のその男、北の王ジュードは川のせせらぎのように無駄のない動作で席につく。
「呼び出したのは私なのに遅刻してしまいすいませんー。さて、人も揃ったことですし、会議を始めましょうか」
伸びやかで優しい声で言うけども、その表情は分からない。
「待て、また西の王が来ていない」
アレン……余計なことを口にするな。我の正面は未だに空席。ここの席に座る奴こそ一番苦手なあの女。出来ればこのまま来て欲しくないのだが……。
「まぁシャルロットさんの遅刻は毎回のことですし……」
先に始めてましょうかというジュードの鶴の一言を合図に、こうして恐怖の会議は始まった。
願わくばあの女が来る前に会議が終わりますように。
◇◇◇
「ではまず今回の議題、アルベルトさんが治める東の国について意見を交換したいと思います」
今回「も」の間違いだろと我は心のなかで毒づく。
ジュードは更に言葉を続ける。
「派遣されてくる勇者の度重なる襲撃によって東の国はもはや壊滅的状況ではないのでしょうか? 早めにこちら側に移った方が良いと私は思います」
するとアレンがけらけらと笑いだした。
「そいつは無理な話だジュード殿。こいつの祖先は稀代の変わり者。人間との共存を夢見てエレニウス山脈を越えたのだから」
そう、遥か昔、『夜を統べる者』と『太陽を好む者』は南北を貫くエレニウス山脈によって決して交わることのないよう隔たれていた。しかし『太陽を好む者』の豊かな感情、国を作り出すその団結力に魅入られた我が祖先は山脈を渡り、彼らとの共存を望んだ。
「しかし彼らはアルベルトさんの祖先が伝えた魔結晶に目をつけ、私たちを魔族、魔王と呼び、目の敵にしている。違いますかね?」
「……合っている」
アレンがはーっと深く溜め息をつく。
「もう馬鹿な祖先の尻拭いなんてやめてさっさと戻ってこい。所詮分かり合えないんだよ、私たちは」
「今はそうかもしれない……だがゆっくり一歩ずつ歩んでいけばいつかは!」
「くどいぞアルベルト、そんな夢物語、思い描くだけ無駄だ」
ギラリとアレンが牙を覗かせるが、そんなことに怯む我ではない。本当に怖いのはこいつではない。
「まぁまぁ、アレンさん。そんなに怒らなくても良いじゃありまへんか。いざとなれば彼らを滅ぼすことだって難しいことじゃないんだから」
さらっと恐ろしいことを口にするジュード。マスクの下の表情は分からないがきっとニタニタ笑ってるに違いない。
「じゃあ今回の結論も現状維持って訳か? 前回もそうやって東の王一人に任せていたら、結局は何も変わらず、むしろ状況は悪くなる一方だ」
「確かに……んー、でも特に私たちがやれることもありませんしねー。正直なところ、私は人間たちが魔結晶を求めて山脈を越えてこちらに来なければそれで構いません」
裏を返せば東の国がどうなろうと知ったことではないということだ。
「まぁそうだな。今のところ人間がこちら側に来たという報告もないし……」
「アルベルトさん、頑張ってくださいね。私も夜と昼が交わった国を見てみたい気持ちはありますから」
これだから同種族というのは嫌なのだ。自己中心的で冷酷。祖先が山脈を越えて人間の世界に夢見たのも少し分かる気がする。
「あれ、そういえばアルベルトさん、その指輪はどうしたんですか?」
左手の薬指の指輪を目ざとく見つけたのか、ジュードが不意に声をあげた。
「あぁ、これか。つい最近妻を娶ったのだ」
本当は言いたくなかったのだが、この際隠しても仕方がない。
するとアレンが口に含んだコーヒーを噴き出した。
「妻だと!? 何百年と独り身だったお前が!? どんな女に騙されてるんだ! 目を覚ませ!」
頭に血が昇るのを感じた。
「イブマリーはそんな女じゃない! 清廉で清らかでそれでいて芯の通った我に勿体無いぐらいの妻だ!」
「そんな嘘つくなよ見苦しい。まぁ本当に妻がいたとしてもどうせ醜女なんだろうよ」
「醜女だと!? 貴様もう一度言ってみろ、その首を撥ね飛ばして噴火口に捨ておいてやろうか! イブマリーはな、栗色の髪が太陽にキラキラと光り、陶器のように白くて透ける肌、ぱっちりとした青色の瞳は海の底を思わせるように美しくて……」
あのー、とジュードが呆れたように声をあげる。黙れ! イブマリーの良いところなんてまだまだ語り尽くせんわ!
「シャルロットさん来ましたけど……」
咄嗟に後ろを振り返ると、そこには我が世界で一番苦手とする女、シャルロットがわなわなと肩を震わせてそこに立っていた。
「アル? それ、どういうこと?」
「やぁシャル……久々だな」
一見普通の人間の娘に見えるが、彼女の鳥の脚と翼が変形したような手は異形のものであることを示している。
この女との関係は一言で言うと、腐れ縁だ。それでいて嵐のような性格をしたこの女に何度振り回されたか数えたらきりがない。
「あたしというものがありながら妻ですって!? そんな……あたしたち、結婚を誓いあった仲じゃない!」
「誓いあった覚えなど小指の爪の先ほどもない!」
「どこの馬の骨よ、そのイブマリーってやつは!」
「馬の骨なんてとんでもない! 彼女はれっきとした人間の姫……」
まずい、口が滑ってしまった。
「人間ですって~~~~!? 許せない……。あたしのアルをたぶらかすなんて……」
「お前のものになった覚えなどない!」
涙目になりながらシャルロットは言葉を絞り出す。
「ちょっとあたし、そいつに話つけてくるわ!」
「おい! ちょっと待って!」
我の制止を振りほどき、シャルロットは再び飛び立つ。そして目にも止まらぬ早さで我の城がある方向へと飛び去っていった。
会議はテキトーに進めといてー! という台詞だけを残して。
呆然と立ち尽くす我に、アレンが珍しく同情の視線を送っていた。
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