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第九十三話 強欲なジル
しおりを挟むあれからあの手この手で鬼ごっこガチ勢の黄龍に挑戦したのだが、一撃を与える事は全くできないのに何度も殺されかけた。 ある時は風の刃で手足を吹き飛ばされ、ある時はその巨体を鞭の様にして激しい一撃を入れられ地面に叩き落された… それでも全力だと俺達に勝ち目はないのでかなり手を抜いているらしい。
色々な作戦を考え挑んだのだがあと一歩が届かないのだ。
今では週に二回、OLがホットヨガに通う感覚で黄龍に挑むのが俺とベリルの日課になっている。 そして季節は流れいつの間にか春だ。
エクランの城から四方の城門に伸びる大きな道の両脇に植えられた桜は満開になっており、その美しい街の景観を一目見ようと観光客がどっと押し寄せ、エクランの観光事業が活性化した事により街は活気に溢れている。
お陰様で仕事も忙しく今も仕事から逃げ出して、お気に入りの見晴らしいの良い場所へと一人足を運ぶ。 ストリンデがロメオと出会った大きなしだれ桜の木が一本あるあの場所だ。
「うおー凄いな」
大きな桜を見上げながら思わず声が漏れてしまう程綺麗に咲き誇った淡いピンクの花びらは、大して花に興味のない俺のですら心躍らせた。
春の風が吹きシャランと鈴の音が何処からか俺の耳へ届く
「綺麗だよね。 しだれ桜」
鈴の音に気を取られていると、いつの間に女性が俺の近くに来ており、重さでしなった枝に咲いた花に細くて繊細な手を伸ばしながら声をかけて来た。
オレンジの髪を鈴の付いたリボンでツインテールにした大きなクリっとした目が特徴的なかなり可愛い顔立ちの女の子だ。 歳は同じか少し上だと思う。 ミニスカにニーハイという元の世界を思い出す格好をしていてそれがとても良く似合っている。 繊維革命起こして良かった! 絶対領域万歳!
タイツもニーハイも今ではエクランの特産品だ。
「英語ではweeping cherry tree。 それを知ると、なんだかすすり泣いているようにも見えてきたり。」
どこか物悲しい表情でしだれ桜に触れる彼女はとても儚く綺麗で目を奪われずにいられない。
……?? 英語??
鈴を鳴らしながら物悲し気な表情でさくらを見ていた顔を笑顔に変えて横に居た俺を向く。
「いきなりごめんなさい、私はジル。 よろしくね。 ってやめようか」
彼女は握手を求める様に手を差し出したけが俺を見て苦笑いを浮かべてすっと引っ込めた。
俺みたいな冴えないやつには触りたくないってか? べ、別に傷ついてなんかないんだからね!!
「あ、違うからね? ショウ君こういうの嫌だと思って」
気を使ってくれてたのか… 今では大分改善されてるけど何で俺がコミュ障気味なの知ってるんだろう? それに何故名前まで?
「何で僕の名前を知ってるんですか? それと大丈夫ですよ」
俺が引っ込めた彼女の手に手を伸ばし握手すると彼女はまるで信じられない物を見るような目で俺をみた
「よ、よろしく… 私も冒険者だから二つ名持ちの冒険者位は頭に入れてるよ。 それにここの領主様は有名だから」
そう言ってクスっと笑われたけど、一体何がどう有名なの?!
「後ね、私も異世界人なんだよ」
「マジですか?! 本当に?!」
俺以外にもこの世界に飛ばされた人が居たのか! なんだか嬉しい!
「あれ? でもそれなら何でジルって名乗ってるんですか?」
「私はトラックにひかれて、のじゃロリ神様に生まれ変わらせてもらった転生者だから」
「そんなベタ中のベタな展開ある?! つか神様いるのかよ! じゃあ何かチート的な物貰ってるんですか?」
「ふふふ、左手の封印を解けば時間を操る事が出来るわ! そう私は時を刻印する装置により、時の鎖に縛られ次元の狭間に取り残された時の魔術師! 場に一枚カードを伏せてターンエンドよ!」
何故かジルさんの顔は誇らしげだ。 俺の一瞬でも可愛いとか思った気持ち返せ。 要するに前世はタイムカード切って働いてた普通の会社員って事よな多分。 魔力を凝らしてみてるが封印術の類は全く施されていないが、この力の感覚どこかで…
彼女は俺が中学二年の時に迷った路頭に未だに迷っているじゃなかろうか?
てかカードなんてどこにもないんですが… 要するに俺の番って事ね。
「僕なんて学校の帰りにいきなり黒い渦に飲み込まれたらこっちにきちゃってましたよ」
「え? 黒い渦? ショウ君って確かトラックに…」
ジルさんは謎のテンションのまま眉間に皺を寄せて何か考えているようだった
「トラック? というか何で俺が異世界人だと知ってるんですか?」
「 ううん、何でもない。 簡単な事だよ、ショウ君の二つ名は蒼炎の魔法使いでしょ? 魔法使いなんていう言葉この世界にないからすぐにピンと来たの。 それに…異世界人同士は引かれ合う!!」
あーその立ち方はだめですよー。 俺達背後にオラオラオラとか言うやついませんからね?
「それで帰る方法ってあるの?」
風が鈴の音を鳴らしながらツインテールを揺らす。 風に乗ってウォーターフルーツの様な透明感のある香りの後に仄かにミントの様な爽やかさを感じさせる彼女の香りを運んできた。
「方法ありますよ。 とりあえずそのポーズやめてください…」
「トラップカード発動! だが断る!」
伏せカード使って来た!! トラップなんぞ使わず普通に断れ! ていうか融合させるな、強欲か!
俺は奇妙なポーズを取るジルさんを元の体勢に戻し、簡単に大精霊や必要なアイテムの事を伝えた
「それじゃあ、黄龍ちゃんとの遊びで勝ったら、水の大精霊様のいる海底都市ウルレルノから行こう」
「でもマーメイド居ないと行けないと思うんですが」
「大丈夫、だって私マーメイドだもん、ハーフだけどね」
「時の魔術師どうした…」
「時の魔術師で音魔術も使うマーメイドハーフなの! 」
「ごった煮かよ…」
「ふふふ、いずれ私の血の一滴がお前の体を蝕み浸食していく。 紅よりも紅い血の一滴はやがてお前を闇深き海へと誘うだろう」
「ジルさんの血の一滴を飲めば海の中でも活動できるって事ですか?」
「………」
なーに物欲しそうな顔してんだ
はぁ…俺は溜息を吐き出し、普通の人には見えない異界の物から陰ながら人々守っている中学生という脳内設定で、全身黒一色、指ぬきグローブ、サングラスを装着し駅前を徘徊していたあの頃の気持ちを思い出す。 こういうのは中途半端が一番恥ずかしい、やるならやり切る!
俺は意を決し、左手をパーに広げて顔を隠し例のポーズを取りながら真っすぐジルさんを見つめ、肺一杯に息を吸い込こみ唇を動かす
「母なる海に愛されし者の身体を流れる紅く滾るその血の一滴が我の一部となりし時、その身体は女神に愛され夜よりも暗い深淵の闇を打ち払い、母なる海へと旅立つ事が出来るのだな」
俺が決め顔で言い終わると、ジルさんはお前も中々やるなみたいな主人公を認めたライバルの様な表情で腕を組みうんうんと頷いた。 正直自分でも何言ってるか全然わからないが、お互いに認め合う事が出来た事で満足感が生まれ、二人の間にはある種奇妙な連帯感が漂っていた。
お互いの健闘を称え肩を揺らしながらクククと笑っていると背中の方から聞き覚えのある声を俺の耳が拾う
「…ショウ。 今の何?」
「貴方の病気… まさかそこまで進行していたなんて…」
ルーとフララ?! 見られていた?! やだ! 振り返りたくない!!
トラップカードが知らない間に仕掛けられていただと?!
いや違う! 俺が花見でもしようとみんなを誘ったんだ! 墓穴!
「ふふふ、良いだろう人も集まった所で、私に封印されし右手の力を解放し…」
「うわぁバカ! てかさっきは左手って言ってただろ!!」
三者面談の為に学校に来た自分の親のズレたおめかしをクラスの子に見られた様な気恥ずかしさを感じて慌ててジルさんの口を押える
そして俺は見てしまったんだ… ルーやフララを筆頭に引きつった顔をしている面々を…
俺はメンタルにダイレクトアタックをくらいLPが0になり気絶した。
これが俺とジルの出会い。 忘れちゃいけない大事な大事な出会い。
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本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
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