蒼炎の魔法使い

山野

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第百二十話 小は大を兼ねたい

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「……ねぇベリル、何で私を背に乗せてくれないの?」

「我が背は主の領域、主と共にならば構わないが、例えルーメリアとて、お前単体では無理な話だ」
 この炎神鳥と呼ばれる鳥は意外と義理堅く、主であるショウがいないと、他の者を背に乗せる事を頑なに拒否する。

 私とイレスティ、シャロ、ベリルとその眷属のグリフォン達は、ペネアノに進行してくるメーラ帝国が率いるブイズの騎士団達の下へと空を飛んで向かっている道中だ

「……ショウは大丈夫そうだった?」

「あぁ、多少魔力の消費が激しい様だが、特に問題はなさそうだ。心配か? ふふ、まぁすぐに会えるだろうて」
 そっか、無事ならそれでいい。私は私のやるべき事をやらなきゃ!

「姫様見えて参りました! そう言えばシャロ様、新しいブラはお持ちなのですか?」
 ブイズに侵入する際、見張りの兵を誘い出す為にシャロのブラを使ってしまったので現在シャロはノーブラである。

「ないのです。だから戦う時に揺れるのが邪魔なのですよ……」

「ブラを付けていないと結構揺れますものね」
 イレスティとシャロが話している、邪魔な程胸が揺れるってどういう現象なのか私にはさっぱりわからない。なんだか疎外感を感じて、私は思わず拳をギュッと握ってしまっただけでなく炎も出してしまっていた。
 でも激しい運動をしてもぴったりと付いて来る私の胸はやっぱり高性能なのかな?

 先陣を切ってペネアノに進行をしているのは、重そうな甲冑を着込み、盾と剣を持ったいかにも騎士らしき軍勢で、数に聞いていた通り約2000。

 フラミレッラと対面したアラクネの将軍は本国へと既に帰還しており、 帝国兵の数はそんなに多くなく、騎士の後ろを付いて行く形を取っていた。

 多分、騎士団が全員戦死すれば同じく帰還する腹積もりなのだろう。

「ルーメリア、来るぞ」
 飛竜に乗った部隊が幾つかこちらへと向かってきているのを目視で捉え、戦いの始まりを予期させた。

「……空は、ベリル達に任せる、私達は地上の騎士団達の説得に行くね。」

「いいだろう、小蝿共は任せよ」
 私達はグリフォンと共に騎士団の前に降り立ち、対話を試みる。
 空の上ではベリル達と飛竜達の戦闘が始まっていて、激しい戦闘音と共に火の粉が地上へと降り注いでいた。

「……ブイズの騎士達、私はリールモルト王国第一王女、ルーメリア・レネ・リールモルト。貴方達の家族は安全な所へと送り届けた、もう帝国に従属する必要はない、私達と一緒に来くれば家族に会える。」
 騎士達は突然現れた銀髪紅目の絶世の美女に思わず目を奪われ、ゴクリと生唾を飲んで一瞬時を止めたが、次第に冷静さを取り戻し、ルーメリアの言っている事を吟味しながら隣に居る仲間の顔を見合わせて困惑した。

 無理もない、頭上では激しい戦闘が行われているし、いきなり見た事もない女が現れ、別大陸の王女と名乗って人質を解放したというのだから不審に思うだろう。

「ふん、全く信用できないな。一体なんの利益がリールモルト王国にあるのだ?  それとも何か本当だと証明する何かがあるのかな?」
 一際立派な甲冑を着こんだ男の籠った声がルーメリアの耳に届き、彼女は話が通じる相手で良かったと安堵した。

 私達は胡散臭くて仕方がないと思うけど、私には騎士団長の娘ジェシカからの手紙が……

「あっ……」
 ルーメリアが力強く握っていた手を開くと灰に変わった何かが風に攫われていく……
 先程のイレスティとシャロの、ノーブラだと胸が揺れるというルーメリアでは一生理解が及ぶことのないであろう悩みを聞いた時に湧き上がった謎の感情によって引き起こされた炎が、手に握っていた手紙を燃やし、灰へと変えてしまっていたのだ。

 ルーメリアは泣きそうな顔で後ろに居るイレスティとシャロの方へと顔を向ける。

「姫様何故大事なジェシカ様の手紙を燃やしてしまわれたのですか?!」

「あわわわわ! 何してるのですルーメリアさん!! こじゃあ説得するのが物凄く大変になってしまうのですよ!!」
 ジェシカが騎士団長の父に宛てた大事な手紙を燃やしてしまった事に大いに驚き、2人してあたふたしていた。

「ほう、では何も証拠がないという事かな? 騎士団各位、竜殺陣を展開! 戦闘態勢を取れ! こちらの方が人数が多いからと油断するな! 確実に戦力を分断して各個撃破していけ!」
 ブイズの騎士呼の特徴は、彼ら独自の陣形を利用し、長年の鍛錬によって鍛え上げられた強靭な肉体と、強固な信頼関係から生まれる凄まじい連携を使った集団戦闘である。

 一小隊25人とし、五人一組の五グループに分かれ、攻撃に特化した陣形だ。

「……計画通り。やっぱり実力を見せないとどの道信じてもらえなかっただろうから!!  大丈夫大丈夫……ちょっと物理で話せばわかってくれるから!!  拳で語れば仲良くなれるから!!」
 ルーメリアは早口で自分のミスを弁解する様に誤魔化しながら、赤黒い大鎌を出して臨戦態勢を取った。

「姫様!  すぐバレる嘘はおやめ下さい!  それにそんな青臭い友情物語の様な事はおじさんと、少女では起こりませんよ!」

「そうなのですよルーメリアさん!  おじさんと少女では爛れた物理になってしまうのです!」
 イレスティにシャロ、ベリルの眷属グリフォン達も戦闘態勢へと移行し、両陣営は今にも衝突しそうな状況だ。

 刹那

 頭上で起こった爆発音を開始の合図に騎士達が先に動いた!
 騎士達の一部が勢いよく突進して来たのを皮切りに、代わる代わる波状攻撃を仕掛けてくるのを大鎌で受けては反撃して行くが、盾で受け流される。
 この猛攻はルーメリア達に回避する余裕を与えない為の物だ。

「フォーメーションアーツ【竜殺鋭爪】」
 後ろに控えていた25人の騎士達が同時に力強く剣を縦に振り下ろし、斬撃を飛ばす。
 一グループごとに、放たれた斬撃が合わさり一つの大きな斬撃へと変化。
 25人によって生み出された5つの強大な斬撃は、獰猛な獣の爪が如く、激しい土煙を巻き起こしながらルーメリア達の所へと飛んで行く。

 本来ならルーメリアも斬撃を飛ばして迎撃するなり避けるなりするのだが、絶え間なく続けられた騎士達の攻撃にその余裕もなく、受けるしか選択肢がなかった。

 そうさせたのは騎士達の連携の賜物だと思う。

 真一文字に向けられた大鎌の柄に、五つの強大な斬撃がぶつかり、火花を散らす。
 接触時の衝撃は凄まじく、辺りに摩擦で起こる焼けた匂いや、鼓膜を引き裂くような甲高い音が轟いた。

 中々消えない斬撃はガチガチと鎌を揺らし、押し返そうと支えているルーメリアのか細い両腕の骨を軋ませ、筋肉の束をブチブチと千切っていく。

 やっとの事で【オーラ】を高めて押し返し、斬撃の威力を殺して消滅させた時には、元居た位置から数メートル後方まで押されており、地面に出来ている、踏ん張った両足で作った長い線から彼等のフォーメーションアーツと呼ばれる連携攻撃の威力の高さが伺えた。

 あんなの何発もやられたら正直辛い、でもきっと彼らはそのつもりだろう。

 攻撃を受け止めれた事に安堵したのだが、相手は休む暇を与えてくれず左右から鋭い突きが放たれた。
 ルーメリアが間一髪で反応した事により、左右から放たれた鋭い突きがルーメリアの胸の前を通過していく。
 
 ほら、見てイレスティにシャロ! 二人のどっちかだったら絶対に今ダメージ受けてたからね?!
 私だからノーダメージで済んだんだからね?!

 巨乳なんて肩こるし、こういう時ダメージ受けるし、いやらしい視線を向けられるし、思ったよりもプラスなんてなくて損ばっかりだし、何なら悩む事の方が多いし良い事ないもんね。

 もう変える事の出来ない事で悩むとか、なんて虚しい事なんだろう、そんなの巨乳じゃなくて虚乳!
 本人が思っているよりも胸のコンプレックスが肥大化しているのは、エメやイレスティ、フラミレッラとベットを共にする時、明らかにショウがエメとイレスティの胸の方ばかりを揉んでいるのを知っているからだ。

「ち、貧相な胸に救われたか、運のいい奴め」
 ルーメリアの意識が戻った時には、突きを避けられ悪態をついていた二人は遥か後方へと吹き飛んでいる所だった

 はっ?! 私は一体何を…

 ルーメリアがはっとして周りをみると、イレスティとシャロもやはり苦戦を強いられているようで、グリフォンに乗って空に退避し体勢を立て直そうかと考えていた時、威厳がありながら、人の良さも感じれる低い声が私の耳に届いた。

「やめーい! ふむ、まさかこんな可憐な少女に受け切られるとはな。名を教えてくれまいか?」
 大勢をかき分けて馬上から声を掛けて来たのは髪にも髭にも白髪が多く混じった50代と思しき渋い顔立ちの中年男性だ。
 誰の物よりも立派で使い込まれた甲冑だけでなく、顔にまでついた傷が歴戦の勇士だという事を物語っており、一目で他の騎士達とは格が違うという事が理解出来た。

「……私はリールモルト王国第一王女、ルーメリア・レネ・リールモルト。」

「これはこれは、そんな高貴なお方でいらっしゃいましたか。そんなお方に先に名乗らせてしまい大変申し訳ない。私はこの騎士団を率いているダーヴァイン・フィアンブリックと言う者です。それで、一体何の御用で?」

「……貴方達の家族は解放した。今は安全な場所に移送して匿っている。だからもう帝国側に付く必要はない。そしてこちらに寝返って欲しい。」

「ふむ、中々ストレートに言いますな。確かにあの攻撃を受け切る事が出来るだけの実力ならば、ブイズに留まっている帝国兵をどうにか出来るかもしれない。が、信憑性に欠けるというのも事実」
 やはり先程の部隊長同様、騎士団長も懐疑的な視線を私達に向けて来た。
 手紙燃やしちゃったしなぁ……どうしよう? あっそう言えば……

「……貴方の娘、ジェシカ・フィアンブリックからの伝言がある。騎士道を捨てた腑抜けたバカ親父、早く帰ってきて飯を作りやがれ!! 飯当番押し付けたの忘れてないからな!! と言っていた。」

 それを聞いた瞬間、厳格さを保っていた表情が破顔し、声を上げて笑い出した
「あーはっはっはっ! どうやら本当にジェシカは無事な様だ安心した。これで……やっと……ルーメリア・レネ・リールモルト王女、そなたに一騎打ちを申し込みたい!」

「……どうしてそうなるの?」
 ちょっと意味が分からない、人質が居なくなった今帝国に従う理由なんてないはずだけど……

「私は騎士道に背いた者に厳重な処罰を与えて来たのです。押し入った村や、街での略奪や尊厳を踏みにじる行為をした者の首を刎ねたのも一度や二度ではない。本国が帝国に滅ぼされた事を知り、保身の為に誰よりも一番最初に膝を折り慈悲を乞うたのは、そんな事をして来た私です。他人に騎士道を強要しておいて自分は貫けないなんて、みっともないとでしょう?」
 本当にそうかな? 
 今まで培ってきた騎士としての誇りを捨ててまで何か守りたい物があっただけなんじゃないかな?

「娘の無事を知ったからと言って、私が新たな主君である皇帝陛下に逆らうというのは、捨てたはずのちんけな騎士の誇りが許さない。彼らは私と違い誇り高き騎士です、それ故、私が存在する限りここに留まってしまう。私が居なくならないと家族の下にも帰れないのです。彼らを寝返らせるには、私の首を取るのが一番なのですよ」
 そう言って彼は付き物が取れた様な顔で笑って見せた。
 そっか、帝国に与した事を全ての自分一人で背負うつもりなんだ。

 ……でもこの人は何もわかってない。

「何をしているダーヴァイン! 俺の許可なしに勝手に話を進めるな!」
 私とダーヴァインの邪魔をするように後ろから腕章を付けた帝国軍人が馬に乗りながら声を荒げる

 はぁ……こういう時ほど邪魔が入るのはお約束だよね。

 私がイレスティに目配せをすると彼女は小さく頷いた後、気配を消し腕章を付けた男の後方へと回り、短剣を喉に深々と刺す。

 切先が首の骨に到達すると、生肉や頸動脈を裂いて行く感触を短剣を持つ手に感じながら「あっ……あっ……」と血を吐き出して漏らす粘り気のある声を耳に残し、切先で触れている首骨を軸にして半月型に手前へと強く引いて右半分を切り裂き、最後の仕上げに短剣を持っていない方の手で頭部を思いっきり左へと倒す。

 すると、右半分が切り裂かれている事で、まだ繋がっている左半分も易々とブチブチと肉が引き千切れていき、ボキっと折れた首骨が露出する。

綺麗に切られた右半分の断面と違って、左半分は無理やり力を加えられて千切られ、ギザギザと肉がささくれた断面を作り出していた。
 
「今大事な所なのです、邪魔をしないで下さい。他の方々も、わかりましたね?」
 心臓の動きに連動して、首の断面から断続的に噴き出す鮮血を顔に浴びてにっこり笑うイレスティに帝国兵は戦慄して後退り、馬が動く度に文字通り首の皮一枚で繋がった首がパカパカとくっ付いたり離れたりする上官を、ただただ見ている事しか出来ない。

 上空で戦っていたベリルの戦いはもう済んだ様で、黒焦げになった最後の飛竜が地上へと落下して行く所だった。

「……ダーヴァイン、わかった。一騎打ちを受ける。」

「感謝する。そなたの胸を借りさせてもらう!」

「……いじめ?」
 そうして多くの者が見守る中、ルーメリアとダーヴァインの一騎打ちが始まろうとしていた。
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