蒼炎の魔法使い

山野

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第百二十一話 赤から青へ

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 甲冑を着込んだ大勢の騎士達がルーメリア様と騎士団長、ダーヴァイン様を取り囲み、戦いが始まるのを今か今かと見守っていました。

 今回の戦いで何が大変かと言いますと、騎士達を出来るだけ傷付けずにこちら側に引き入れるという事。

 騎士団長曰く、自分の首を取るのが一番と言いますが果たしてそうでしょうか?

 私はそうは思いませんし、恐らく姫様もそうでしょう。

 そして、お互いの武器が求め合うかの様に引き寄せられ、一騎討ちが始まりました。

 戦いが始まると騎士達は剣の枝でリズミカルに盾を打ち鳴らし、勝敗の行く末を見守るのが作法の様で、辺りは異様な熱気に包まれています。

 騎士達が打ち鳴らす独特のリズムと、両者の意地がぶつかって生まれる音が織り成す音色は場を高揚させ、熱気は高まる一方。

 そんな空気の中、一般の騎士なら、簡単に吹き飛ばされしまう様な重い一撃も易々とタワーシールドで防いで、的確に反撃をしてくるかなりの手練れに姫様は苦戦している様でした。

「あの盾が邪魔で攻撃が通らないのです……物理メインのルーメリアさんには辛い相手ではないのです?」
 シャロ様は甲高い金属音が響き渡る度に狐耳をピクつかせ、心配そうに眉尻を下げて2人の戦いを見守っていました。

「防御をメインとする騎士の戦い方は、やり辛いと思いますが、ここからが本番と言った所でしょう」

「ふむ、流石ですな。攻撃を盾で防ぐ度に足が大地から離れてしまいそうだ。ですが、その程度では私の防御は破れませんよ?」

「……流石騎士団長、固い。少し本気で行く。紫炎武装【 フューシャ 】」
 ルーメリアの持っている大鎌が赤紫の炎に包まれ、周辺にゆらゆらと立ち上る陽炎が景色を歪ませる。

 ブイズの時よりもさらに青が混じった赤紫。
 紫炎武装には何段階か有り、青の濃度が濃くなる程に威力も増すが、その分消費も激しくなるし、リスクも伴う。

「それでは私も全力で受けましょう! 【集約闘気法・堅牢】」
 分散していた【闘気】が盾に集約し、ただでさえ固い守りが更に強固なものとなった。

「全ての攻撃を受け切れば私の勝ち、受け切れなければルーメリア王女、貴女の勝ちです」

「……そう。」
 その時のルーメリア様の顔は何処か悲し気でした。
 ダーヴァイン様の覚悟が伝わったのでしょう。
 本来であれば戦う必要等ないのですが、そんな無粋な事を言う姫様ではありません。

 ルーメリアが大鎌を持つ手を強く握り直し、へこみを作る程の力で地面を蹴って勢いよく飛び出し強烈な一撃を放つ!
 ダーヴァインの盾がルーメリアの持つ大鎌の切先と衝突すると、轟音と共に赤紫の火柱が立ち昇る。

「何であの盾を貫けなかったのです?! いくら【闘気】を纏っているからといってあの攻撃は普通耐えられないのですよ?!」
 衝突した際に起こった爆風でパタパタと靡いている巫女服を抑えながらシャロがイレスティに問いかけた。

「多分ですが、盾に集約しただけでなく、更に範囲を限定して防御力を高めたのではないでしょうか?」
【闘気】を集約し範囲を狭めるのはかなりの高等技術で、範囲を狭めれる程爆発的に武器や防具の性能を高める事が出来るが、その分【闘気】を纏えてない部分は装備品本来の性能しか発揮できず脆い為、うまく扱うにはかなりの戦闘経験が必要である。

 しかしダーヴァインの戦闘経験はかなりの物で、ただ攻撃を待つだけではなく、自ら攻撃を受けに行く事により、大抵の攻撃ならテニスボール位に範囲を狭めても枠内に収める事が出来るのだ。

「……紫炎武装【クラーレット】」
 先程の【フューシャ】よりも青みかかった赤紫の炎が、先程よりも激しく燃え滾り、更に景色を歪ませる。

 現時点で姫様がノーリスクで発動できるのはここまで……これでケリがつかなければ……

 ルーメリアの身を案じ、へその辺りで重ねられた手でギュッとメイド服のエプロンを握ったイレスティに気付いたシャロが、そっと手を置いて無事を祈りながら、2人の戦いの行く末を黙って見守いた。

 ルーメリアが体を捻り、遠心力を加えた重い一撃を再度盾に叩き込むが、ダーヴァインの盾捌きには非の打ちどころがなく、攻撃を誘導されているのかと勘違いしてしまう程見事に狭めた範囲の中に納まっていく。

 が、ルーメリアの炎の熱さが先程の比ではないので、【闘気】を纏えていない部分が解け始めているだけではなく、防いでいるとは言え、確実に炎のダメージが蓄積していた。

「これで終わりなら私の勝ちになるんですけど、どうですかね?」
 盾からドロドロと滴り落ちる金属を見て苦笑いを浮かべながらルーメリアに問うと、ルーメリアは何とも言えない表情でゆっくりと首を振って答えた。

「……まだ終わりじゃない。紫炎武装【バイオレット】」
 赤と青の比率が変わり、今度は青紫の炎が大鎌を包んだだけではなく、ルーメリアの腕にも薄っすらと青紫の炎が纏わりつく。近づく者を焼き払うだけではなく、彼女自身も己の炎に焼かれているのだ。

 姫様の肉の焼ける匂い……普段密着して香る香りと違ってこれはこれで……
 私ったら姫様が大変な時になんて事を!! でも最後にもう一回だけ肺一杯に吸っておきましょう。

 イレスティが深呼吸しているのを横目に、ルーメリアは腰を落として大きく構え、それに応えるようにダーヴァインも盾を何度が叩き受けとめる体制を取った。

 大きく振りかぶって放たれた左薙ぎを受け止めようと踏ん張るが、回を増すごとに重くなっていく攻撃に一瞬体が宙へと浮いてしまいダーヴァインはようやく気付く。
 あの紫炎武装というのは単に物理攻撃に炎の特性が乗るだけではなく、【オーラ】を燃やす事で生まれるエネルギーを使って、身体能力は相当強化されるのだが、その代償に自分も焼かれていくのだと。

「諸刃の剣というやつですか……」
 何とか耐えきったダーヴァインだが、立派なタワーシールドの面影などはもうなく、【闘気】を纏った所以外は殆ど溶けてしまっていた。

「……ダーヴァインの覚悟が本気だから。だから私も本気でその覚悟をへし折りに行く。紫炎武装【オーベルジーヌ】」
 青に近い紫、赤みが大分なくなった炎は、ルーメリアの【オーラ】を食って彼女の全身を炎で包んで燃え上がる

「ふむ、流石にこれは受け切れないやもしれませんな」

「……それじゃあ戦わずに逃げる? あの時みたいに。」

「これは手厳しい。ここまで華々しく散るお膳立てをして貰って置いて逃げるなど、騎士道云々ではなく、人間として最低でしょうな。さぁ、私の最後の雄姿、見届けて貰いましょうぞ!」
 両者が構えながらニコっと笑った後、先程とは比べ物にならない速さで飛び出したルーメリアの振り下ろした大鎌が盾にぶつかる瞬間、ダーヴァインは自分の中に湧き上がる何かを感じた。
 それは生への渇望、生への執着、生への欲求……言葉を尽くせば切りがない、様々な想いが彼を生へしがみ付くよう激しく促す。

 原因は明白。

 目の間に居る銀髪紅瞳の女性、女神と仰ぎたくなる程の美しさと、己の身を焼いて迄手厚く葬ってくれようとする慈悲深さを兼ね備えた女性。

 彼は気高く可憐なルーメリアに忠義を尽くしたくなってしまったのだ。
 勿論そう思ったのは彼だけではなく、2人の戦いを一挙手一投足見逃すまいと見ていたこの場にいる騎士達全員に言える事なのだが。

 そんな想いがダーヴァインの力をもう一段階押し上げ、テニスボール程にしか集約出来なかった範囲を500円玉サイズにまで狭める事に成功したのだ。

 そして両者の武器が激しくぶつかるが、今回はこれまでとは様相が違い、振り下ろされた鎌の切先がメリメリと盾に食い込んで行く。
 するとこれまでのがお遊びだったかと思う位の火柱が天へと高く舞い上がり、余りの衝撃波と爆風に、力の至らない者は後方へと吹き飛んだ。

 飛躍的に高められた防御力を持っていてもルーメリアの一撃を受け切る事は出来ず、盾は裂かれて一瞬で溶け、青紫の炎が彼の腕を侵食して行く。

 満足した顔で死を受け入れたダーヴァインの左肩から先が突然切り落とされた事により、それ以上炎が体に侵食する事なく切り落とされた腕だけが灰となった。

 切断面は美しく、未だ切断された事を体が理解してしないかのように、肉は痙動し、心臓の動きに合わせて内側からジワリと血液が染み出てくる。

「どうして……」
 焼け焦げた匂いを漂わせながら、全身に火傷を負い煙が上がっているルーメリアに、ダーヴァインが不思議そうに問う

「……ダーヴィンがやっているのはただの独りよがり。周りを見て。」
 全員が彼の無事を知り安堵した様子だったので彼は驚いた。

 ここに居る者は誰もダーヴィンのやった事を責める者などいない、むしろ家族の為に命を差し出す覚悟で慈悲を乞うた彼に感謝すらしているし、彼こそ騎士の中の騎士だと誰もが思っている。

「……勝負は私の勝ち。私はダーヴァインを殺してあげる程優しくはない。それに私はブイズの人達を人質に取ってる。こちらに寝返らないと全員殺す。ただ帝国から飼い主が変わるだけ。プライドや誇りだけでは家族を助けられないのをダーヴァインは良く知ってるはず。それを知りもしない者を私は騎士と呼ぶに値しないと思っている。誰が何と言おうと、ダーヴァインは本物の騎士だと私は言い続ける。家族を殺されたくないのなら従いなさい。帝国が何か言って来たら次は堂々と抗えばいい、今度は私達と一緒に。」
 全く、人質等とは笑ってしまう程に下手な嘘です。誰がそんな慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべている姫様の言葉が本当だと信じましょうか。

 ですがこの空気やはり王族の血筋でしょうか?
 最初の懐疑的な視線などは嘘の様で、既に主君を見るような眼差しを送っている者までいるとは……

 ダーヴァインは戦いで負け、そして彼女の魅力にも負けた。
 彼女は試しているのだ、騎士という者は誇りやプライドだけが高い生き物だと思われているが、騎士として一番なのは守る事、その為ならば時には誇りやプライドも捨てなければならない、お前は再度それが出来るのかと。

「笑ってしまう位に私という男は惨めだ。一騎打ちを申し込んだ相手には負け、慈悲で生かされた上に、誰もが分かってしまう程の下手な嘘で、遠回しに助けると言われているのだからな。いいでしょう、貴女様の為ならプライドでも誇りでもこの命さえ差し出しましょう!」
 彼の顔は晴れ晴れとしていた、初めて本当に自分の命を差し出してもいいと思えるほどの主君に出会えたのだから。

 それはこの場にいる誰もが同じ気持ちを抱いていた……のにも関わらず!!

「……それはちょっと重い……」

「え?」

「……え?」

 両者困惑。
 あれほど熱気を帯びていたはずの場所が一気に凍り付いた。

 熱く語っていたルーメリアに触発され、騎士達の気持ちも昂っていたのに彼女の温度差に騎士達は何が何だかわからないといった様子だ。

「おーい、ルー大丈夫?! 今治すから!」
 騎士達がザワザワした所で、先程頭上で戦っていた赤い大きな鳥から誰かが飛び降り、煙を上げながら体中火傷を負っているルーメリアの下へ駆けていくのを男に、その場にいた全員の注目が集まる。

「……ありがとう……まだ蒼い炎はうまく扱えないみたい。」

「無理すんなよ、ベリルから聞いたよ、今回大分無理したって。しかも火傷だらけじゃん……」

「……うん一杯嫌な事あって、気持ちの整理がまだついてない……後で聞いてくれる?」

「勿論!」
 そこに居たのは先程迄の王族らしい見事な立ち振る舞いや、慈悲深くて気高いルーメリアではなく、紅い瞳に映した男を見て浮かべる笑顔は、先程と比にならない程可憐さを増し、漂わせる雰囲気は柔らかくて愛らしい。話し方や声色さえも弾んだ様に感じさせる、女としてのルーメリアだったのだ。

「そちらの方は?」
 皆が疑問に思った事をダーヴァインが代表して聞いた

「……言ってなかった? ダーヴァイン達の家族を預かってるエクランの領主で、みんなの新しい君主。そして……」
 ルーメリアは冴えない男の頬に手を置いて、頬を紅潮させながら血色の良い桜色の唇で言葉を続ける

「……私の婚約者。」
 その言葉を聞いた騎士達はダーヴィンを筆頭に口から魂が抜けたように膝を折り地へ着けた。

 あちゃー、ここで言っちゃうのはまずかったんじゃないでしょうか?
 まぁでもいずれわかる事ですし……

「すみません、貴女はあの方とはどういう関係で?」
 私の後ろからどこからともなく、少し恥じらうような声色で一人の騎士が声を掛けてきました。私の返答にに注目が集まるのはなんだかむず痒いですが、嘘を言っても仕方がないので正直にいいましょう。

「はぁ……私も婚約者ですが、それを聞いてどうするのですか?」
 またもやドサドサっと騎士達が膝を折り地へと着けた。
 え?! 何なのですか一体?! 

 本人は気付いていないが、普通に可愛いし、メイドなので家事もこなせるイレスティは結構モテる、普通に可愛いのが手に届きそうで余計に彼女の人気に拍車をかけるのだが、自己評価が低い彼女は自分が好かれている等とは思いもせず、ずっと今期を逃して来たタイプの女性である。

 腕章付けた帝国の、低級とはいえ指揮官を一撃で沈めた手腕に惚れ惚れした者も多かったようでファンを獲得していたみたいだ。

「な、なぁお嬢ちゃん、お嬢ちゃんもまさかあの方の婚約者とかじゃ……」
 シャロ様も同じような事を聞かれていますが、それを聞いた所でどうするつもりなのでしょうか?

「シャロは違うのですよ、婚約者ではないのです! あの人は恩人なのです。まぁでもどの道シャロから離れる気はないのですよ。なので小さな希望は豚の餌にでもしてやるといいのです!」
 見た目愛らしい狐の獣人ですからファンが出来てしまうのも当然ですね、私もその一人ですし。
 夏になれば白いにニーハイソックスに短い緋袴を着せて……
 おっといけません、考えるだけで余りの愛らしさににやけてしまう所でした。

 よく見れば騎士様達が全員口を開けて放心状態ですが、これは作戦成功なのでしょうか?

 その日騎士達は帝国とは違った形で新たな主君に膝を折り、騎士として仕える事となったのだった。

 まぁでも、あんなルーメリア様を見たら確かに、私でも妬いてしまうという物ですよ。
 だって、ご主人様と一緒に居る時の姫様はどんな瞬間よりも輝いているのですから。
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