蒼炎の魔法使い

山野

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第百二十八話 学校行事とは苦行である

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塩湖と緑豊かな山々が美しいサンレヴァンの王都。
その心洗われる様な綺麗な自然と調和のとれた色合いの建物は階層が低く、豊かな自然と相まって誰もが目を奪われる景観を作り出してた。

精霊視が出来れば、街を飛び交う個性豊かな精霊達も加わり、より一層街の華やかさに一役買う事だろう。

空を映した大きな塩湖の真ん中には城があり、その幻想的な雰囲気に思わず息を飲んだのは言うまでもない。

そんな美しい街並みとは裏腹に国王が変わってからというもの格差は拡大、貧富の差が顕著に表れている国でもある。

この国では王の命令が絶対である、というのもこの国の王の言葉はサンレヴァンの守り神、湖の精霊、山の精霊の言葉として受け取られる為、精霊信仰の厚いこの国では大体の事はまかり通ってしまうのだ。

俺がここに来た理由は勿論、他の大精霊の情報を得る為なのだが、大精霊の情報は極秘扱いらしく、その情報は学園のどこかにある隠された書庫にあるらしい。
しかも入るのにも特殊なカギが必要というガードの固さだ。

「そしてそのカギは城の宝物庫にあります」
こめかみをトントン叩きながら少し後退した青髪の40代後半の男性がニヤリと笑う。

「…要するに観覧したければ王を挿げ替えるのに協力しろって事ですよね、ハミルドさん?」

「察しがいいですね。その通りです」
以前ペネアノの西で一戦交えたサンレヴァンの将軍の一人ハミルドだ、その後ろには十字槍を携えた男、ハミルドの息子のグスタフもいる。

ウルに出会う少し前、俺はハミルド、グスタフと密会していた、学園に簡単に入学できたのは彼らのお陰だ。

そして彼らは国の重鎮で有りながら、王を打ち取らんとする革命軍の一員でもある。

「それならさっさとそうすればいいのに、どうして学園に入学させたりするんですか?」

「挿げ替える王が居ないのですよ。ですがあの学園には湖の精霊様と山の精霊様の血を色濃く受け継いだ者が居ると、精霊様方から伺ったのです。ショウ殿にはその方を探して欲しいのですよ」
この国の始祖は湖の精霊を伴侶とし、人間と精霊の子を授かり、その子が山の精霊と結ばれ子を成した。

以降は精霊と交わる事なく血を繋いで来たので精霊の血は限りなく薄まったのだが、精霊達が言うには自分達の気配を強く持つ物が居るのだそうだ。

「隔世遺伝とかそういう感ですか、その子を旗印にして反旗を翻そうって事ですね。まだ子供でしょうから傀儡にもしやすいでしょうし確かに都合がいいですよね」
俺がそういうとハミルドは何とも苦い表情になった

「でもそんな大事な事をこの前戦った相手に頼みますか普通?」

「貴方は樹の大精霊様の伴侶ではありませんか、大精霊様という高尚な方が契りを交わす相手を間違えるはずがないのです」
んー大人の時のエメならなんとなく言ってる意味わかるけど、俺が見てるのはいつもお菓子を食べては腹出して眠る怠慢な大精霊…ダラダラしてて俗世間になんて興味ないただの子供だから高尚とか言われても全くピンとこない…

「本来精霊様との契約は、【使役】【従属】【友好】【契り】とレベルがありますが、実際友好迄しか交わせないというのが通例です」
俺が腑に落ちないという顔をしていると後ろに控えていたグスタフが補足を入れて来た

「というのも人と【契り】を交わす事が出来るのは人型の上級精霊様以上の力を持つ精霊様だけの上に、普通の人間では受け皿が小さく、精霊様の力に飲み込まれて命を落とします。うまく受け入れる事が出来ても一体化してる時などは精神力が大幅に削られるので気が狂う方も多く、精霊様が人と【契り】を交わすのは稀なんですよ」
そんな事一言も言ってなかったじゃん! 下手したら俺死んでたじゃん!
帰って詰めようかと思ったけど、お兄ちゃんごめーん、大好きだから許してとか言って甘えた声で誤魔化されるだけなのでやめておくことにした。

「【契り】を交わしているというだけで力と人格の証明になっているのです」
大精霊というハイスペックな生き物を嫁にしているのに全然精霊の事知らないんだよなぁ…
これを機会にもうちょっと学んでみるのも良いかもしれない。

「まぁ取り合えず海底都市に行く渦潮が発生するまでの間はここに居るので、それまでに何とか出来ればいいんですけどね、でどうやってその血が濃いとかってわかるんですか?」

「この精霊球を対象に近づけてください、内包する霊力の強さで何かしらの反応があるはずです。普通の者は反応しませんので」
霊力とは精霊の扱う力で、俺が持った所で何も反応はしない。
グスタフからビー玉サイズの球を受け取り俺はその場を後にして学園に入学したのだが…

「まさかこんなに反応があるとはな…しかも全員同じクラスとか…」
この学園は生徒数約300人で2年制である。
四日かけて学園内を練り歩き反応を見ると、うちのクラスの4人だけに反応して後は無反応だった。

今はお昼休み、俺、ジル、アンジェとウルはジョンが腕を噛み千切った事件現場で昼食を取っていた。

いつもサンドイッチを持ってきていたウルも俺達には合わせているのか購買で買った物を食べている。

校内にアンデッドが居るという噂が流れ、事件現場になったここには誰にも近づかなくなったので丁度いい場所なのだ。

それに早く帰るよう促されるし、見回りも強化されたのでウルが汚される事も一時的ではあるだろうが、今の所はなくなっていた。

だが教室でのイジメはやはり続いている。

魔術の授業が終わり教室に戻ってみるとウルの服や下着が切り裂かれていたのでローブのままで授業を受けていいか聞いたが許可は下りず、胸や下半身を露出しながら学園で過ごして衆目に晒され続けられたので、前にも増して学園中の笑い者だ。

またある日は教師に頼まれたプリントをクラスの女子に渡すだけの簡単な事なのに、受け取って貰えず、受け取って欲しいなら靴を舐めろと言われて頭を踏みつけられ、言う事を聞いて舐めると、何本もしゃぶった汚い舌で舐めんじゃねぇよと顔面を蹴り上げられた。

ウルの髪がショートボブなのが、ただ髪を切ってみたいという理由だけで、長く、綺麗に伸ばした髪を切られたから仕方なく短くしたのだ、という話を力なく笑って話してくれた時は本当に殺意が芽生えたのだが、殺せない理由もある。

ジルなんかは本当にいつ飛び出してもおかしくなかったけど、ダメだ。
ここで止めてしまえば自分の無力さに押し潰されてしまう。

「何してるの?」
ウルが精霊球をみてぼーっとしている俺の顔を下から覗き込んで来る。
耳にかけた髪が零れない様に抑える仕草がとても可愛い。

ちょっと童顔なのが後輩っぽくてまたいいんだよなぁ…

「えっとね…」
ウルならいいかと思って革命やら王を挿げ替えるやらそういう話は抜きにして、精霊の血を色濃く受け継いだ者を探しているという事を伝えた。

勿論ウルには精霊球の反応はないのウルは除外だ。

「そっか、そんな凄い人が私達のクラスに居るんだね」

「みたいだね、で、ちょっと聞かせて欲しいんだけど、あの金髪でフワフワっとした髪のいつも本読んでる子はどういう子なの?」

「ベラルアちゃんの事だね、お父さんが確か西の方の領主様で、中央にも発言力のある大貴族の娘らしいよ。通うのは遠いからこっちの寮で暮らしてるみたい」
この子はウルのイジメには加わってない、というか無関心でいつも従者二人を引きつれているが特に会話もない。
孤高の存在的な雰囲気を出しているけど時折ウルや周りの様子を伺っている辺り、多分大学での俺と一緒だ、孤高気取りのボッチ確定。

「じゃあカーキ色の髪を編み込みでまとめてるあの子は?」
ウルの眉尻が少し下がる

「あー…フォーセル様だね。貴族じゃないんだけど、サンレヴァンで一位二位を争う位おっきな商会で下手な貴族よりも力がある家なんだって」
ウルの眉尻が下がるのも良くわかる、フォーセルという女は事ある毎にウルに難癖をつけてくるし、タチの悪い事にクラスの女子の仕切り役で女子カーストの頂点、まさにクラスの癌といった存在だ。

「前にウルに絡んだあの色黒の奴は?」

「イクセ様。王都の大臣の息子みたいで、誰もイクセ様には頭が上がらないの」
皆こいつとは仲良くしようとしているのがはたから見ても良くわかる、親の権力の強力な後ろ盾があるから自然と態度が横柄。
ウルの谷間に残ってたのもこいつの一部で、正直そこは羨ましいと思ったのは言うまでもないが、やり方が最低なのでこいつだけは、やっぱりジョンにアソコを食い千切って貰うべきだったと後悔している。

「ベンノはどんな奴なの?」

「んー良くわからないの、貴族なのか平民なのか…自分の事を話さないけど、身振り手振りから育ちが良さそうだなーっていうのはわかるんだけど」
育ちは確かに良さそうなんだけど、死にそうになるまで殴るのを見てカチカチにするのとかちょっとおかしいんだろうけどな

「後…噂なんだけど、女子よりも男子が好きとか…」
うん、思い当たる節がある。出来るだけ近寄らないようにしよう…

貴族の娘べラルア
大商人の娘フォーセル
大臣の息子イクセ
素性がさっぱりなベンノ

カードは出揃ったけど、どれもこれも次の国王にしたくないやつばかり。
しいて言うなら無関心を貫いてるベラルアがマシそうだが…
フォーセルにイクセは男と女のカーストトップでありクラスの癌。

かといってイジメとか嫌いな陽キャがトップの場合もボッチには辛いのは変わらない。
クラスの雰囲気は明るくて楽しい物になるけど、みんなで思い出残そうよ、なんて青春真っ只中な発言でボッチを困惑させ、文化祭などのボッチには辛いイベントにもどうせ暇でしょ?と出たくもないのに強制参加させられ、みんなが楽しく回る中仕事を押し付けられるか、トイレで何時間も己との対話を余儀なくされる。

絆、友情、仲間、思い出、青春そんなキラキラしたワードで武装した者に抗う者は悪とされる風潮があり、無理くり合わせるしかないので、集団の中で感じる疎外感に時折苦しめられることになるのが通例だ。

一番酷くイジメるフォーセル、イクセを即刻葬ってやりたいが精霊球が反応した以上それが出来ないのがもどかしい。

「そっか助かったよ、ありがとね」

「うんうん、私は何も出来ないから。こんな事ならいつでも…ショウの力になるよ」

「いつも俺の名前呼びにくそうにしてるけど、何かあるの?」
最初は普通に呼んでくれてたのに、最近は名前を呼ぶたびに少し引っかかるのに違和感を感じていた。

「え?! 違うのなんか恥ずかしくって… よくよく考えたら男の子を呼び捨てって大胆だなーって思って。愛称とかの方が呼びやすいかなーとか…」
急に恥ずかしくなったみたいで膝を抱えて顔を隠すけど、髪を掛けた耳までは隠せず真っ赤なのがよくわかる。
こんな可愛い子を汚いとか言った奴は誰だ!

「そっか…じゃあ…先輩とかってどう?」
欲求駄々洩れである。
俺の欲望を敏感に嗅ぎ取ったジルの目が軽蔑の眼差しへと変わり、アンジェは一歩俺から距離を取った。うんいつも通り。

ウルは抱えた膝の上に頬を乗せ、潤んだ瞳で横に居る俺を見つめてた。
パラパラと落ちた手触りの良さそうな髪が、クリームを塗られた少しぷっくりとした唇に張り付いている。
無自覚に漂わせる色気は、フララや大人エメが放つ一度引きずり込まれたら抜け出せなくなる様な熟れた物ではなく、瑞々しく爽やかながらも理性に隠した欲望を剥き出しにさせる程の威力を持っていた。

少しトーンの高い声で、俺の欲した言葉を何本か髪を張り付けたままの唇が紡ぐ。
「…せーんぱい」
自分で言って恥ずかしかったのか、ハニカンだ笑顔を浮かべて誤魔化す様にパラパラ落ちた髪を細くて綺麗な指で耳にかけた。

耳から入り込んだ甘い毒が俺の全身へと一気に回る。
細胞の一つ一つをウルがとんでもなく可愛いという事実が侵食していく。

「先輩、どうしたの?」
顔を赤くして黙っている俺に、心配そうな表情を向けてきたので手を伸ばすと体が拒否した様にピクンと硬直した。
ジルがそれに気付いてウルに抱き着き俺を威嚇した

「ガルルル、ダメだよウーちゃん。今エッチな目になってるから変な事されちゃうよ?!」

「その通りでございます、ショウ様が執務室であの目をした時、数時間後、誰かがヘトヘトになって出てくると聞き及んでおります」

「お前ら一体俺を何だと思ってんだよ」

「淫獣ピストーン」「腰振りオートマタでございます」
ジルと、アンジェの冷たい視線が痛い。アンジェはいつもだが。

「酷いなお前ら!」
俺達のやり取りを聞いてウルは楽しそうに笑っていた。
女子三人は教室でこそ話さない様にしているが、こうしていると友達と呼んで遜色ない関係だと思う。

「ウーちゃん、こういう時はね、中指を立てて。引っ込んでろ! って言うといいよ」
それ俺の元の世界の文化だから、しかも外国の。

「え?! そんなそんな…別に私は…嫌じゃないっていうか…助けて貰ってるのに…そ、そう言えばアンジェさんっていつも落ち着いてるけど、怒ったり笑ったりしないの? 自分の事もソレっていうし」
手振りながら否定した後、それ以上は突っ込んで欲しくないのかアンジェに話題を振った。
アンジェは自分の過去を惜しげもなく、無表情に淡々と事実だけを抑揚なくウルに話していく。

それを聞いたウルは何とも言えない表情となってしまう。

「そう…なんだ…私はアンジェさん好きだしソレっていうのは冷たくて寂しいな。いつか…自分の事を大事って思えたら…その時は自分の事をソレっていうの止めない?」

「そう思う事が出来れば止める事をお約束致します」
詰まる所自分の事をモノと思っているからそうやって自分の事を呼ぶんだよな。
自分が誰かにとって大事な存在だと認識出来れば、自分の事をもっと大切にしてくれるんだろうけど。

「暗い、暗いよ! アンジーはまず笑う練習をしよう、私が教えてあげるからさー」

「いいえ、ジル様のお言葉は私の理解の及ばない事が多くあるだけではなく、有益な物とは思えないのでご遠慮願います」
うわーきちー…この二人相容れなさそうなんだけど、ジルが果敢に挑んで行くんだよなぁ…

「リンリンだって辛い時こそ笑おうって言ってたでしょ? ほら少し下を向いて肩を揺らして
クックックッ…はいウーちゃんも一緒に!」
いやその笑い方は違うと思うんだ…

「え? 私も?!」
困惑した様に俺を見るが、諦めろ、と目で伝えるとウルも観念して肩を揺らしてクックックと笑い始める。

美女三人が肩を揺らしてクックックと笑うのは余りにも奇妙だが、ジルの指導に熱が入ってしまったことにより、休み時間が終わるまで続いた。

休みが終わり教室に別々に戻ると校外授業の班決めが行われていて、3人1組になりなる様言われたのでもう決まった様なものだ。

このクラスは40人、となると確実にウルが余る。
そして最後にウルが戻って来るとニタニタ笑ってフォーセルがウルの下に行く

「またあんただけ余るねぇ、今回もあのキメェ教師と組めよ、結構あんた達お似合いだよ?」
キモい教師とは、校外授業の時だけに来る小太りで禿げ散らかしているのに毛深い中年教師の事だ。

無精髭で小汚く、常に脂ぎっているが実力は確からしい。

「その女は俺のサンドバッグにしたいから俺の班に入ってもらうつもりだけど?」
俺がそう言うとベンノは目をキラキラ輝かせ、フォーセルとイクセは大爆笑、ベラルラは我無関心といった様子だ。

「悪いがそれは無理だ、3人1組なのは変えれない。今回も君には僕の手伝いをしてもらうよ」
突然割って入ってきたのは話していたキモい教師だった。
ウルの肩に手を乗せ、いやらしい手つきで撫でて口角を上げている。

「はい…よろしくお願いします」
そう言っているウルの様子は明らかにおかしい。
小刻みに震えているし、暑くもないのに汗も止まらないみたいだ。

そうして俺達の校外授業が始まる。
そこで誰かが犠牲にするとも知らずに…
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