蒼炎の魔法使い

山野

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第百三十二話 最後の一仕事

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 今度の死体はちゃんと四肢があった。

 あったのだが……

「な、なにこれどうなってるの?!」
 地方貴族の娘のべラルアが目の前にある五つの死体の異常性に気付いて声を上げ、余りの声量に死体に群がり目玉を突いていた鳥達が驚き飛び去って行く。

 声を出せただけでもかなり冷静だと思う、普通こんなのを見たら気が滅入るどころの騒ぎじゃない。

 俺達の目の前にはバラバラにされた手足、胴体、頭部が本人の体とは別の体に乱雑に縫い付けられた死体が五体。

 縫われた所は溢れた血が赤黒く固まっているので、どこが切断されたのか分かりやすい。

 縦に真っ二つに割られた男性と女性の胴体は雑に縫い付けられていて、豊満な乳房を右側に、引き締まった胸板を左側に持つ中性的……いや両性的死体。

 手足も片方はツルツルで女性的なのに片方はゴツゴツと毛が生えていて男臭い。顔も真ん中の縫い目を境目に女と男がはっきりと分かれていた。

 下半身は……ジェンダーフリーだ。

 切った物を適当にくっつけただけの雑なパッチワーク。
 だから、目の前の死体が誰の死体と言っていいのかわからない。

 そんな死体が五体とが流石に醜悪過ぎる。
 犯人は余程猟奇的なのか、それとも余程恨みがあるのか……

 そんな思考に耽っていると生徒の何人かがウルを取り囲んで詰め寄っている所だった。

「昨日お前居なくなっていたよな? お前がやったんじゃないのか?」

「そうよ、お前ならこの子達を恨んでたし殺すには十分すぎる理由を持ってた!」
 ウルは胸倉を掴まれて詰め寄られた事に怯えて硬直して今にも漏らしそうにぶるぶると震えていた。

「それはないと思うよ」
 懐疑的な視線がウルに集まり、その瞳に宿る感情が憎しみへと変わりかけた時、死体を恍惚とした表情で見ていたベンノが声を上げた、下半身はギンギンである。

「仮にも全員精霊使いだよ? 魔術も精霊も扱えないウルリースが一人で全員を倒すのなんて無理がありすぎるんじゃない? それにこの糸、昨日の縄もそうだったけど霊力で出来てる、ほら繊維の精霊の仕業だよ」
 ベンノが手をかざすと霊力で出来た糸が消え、繋がっていた肉塊が赤黒い糸を引きぐちゃぐちゃと音を立て離れて中身がドロリと垂れて来た。

 精霊には多くの種類がいる、火や水といった自然界に存在する物や、繊維や鉄といった無機物から生まれる精霊もいると授業で学んだ。

「繊維の精霊だね、ウルリースは精霊は扱えないしこんな芸当出来ないでしょ?」

「じゃあ一体誰が何の目的でこんな事するのよ! 一昨日からこんなのばかりじゃない! もう嫌、私は帰らせてもらうわ!」
 あーそれは死亡フラグってやつですよ…… 大体そうやって一人で何処かへ行くと犯人に殺さるのはお約束でしょ?

「ダメだ、こういう時はみんなでいるのが一番安全なんだから勝手なことすんなよ!」
 女生徒の一人が癇癪を起して馬に乗って逃げようとしたところをイクセが大声を張り上げ制止したが、女生徒も食って掛かる。

 女生徒に賛同して帰ると言い出した者達と、みんな一緒にいた方が安全だ主張するイクセに付いた者に分かれて言い争いが始まった。

「帰りたければ好きにすればいい。ただし途中放棄したと報告させてもらうし、帰りの安全も保障しない。この辺りの魔物は比較的おとなしいが、昨日の様なスライムだっていないわけじゃない。今日のスライム討伐が終われば帰還するがさてどうする?」
 チビデブハゲが鼓膜に絡みつくじめっぽい声で女性にそう問いかけると、女生徒達は渋々ながら納得した様だ。

 お互いに遺恨が残ったままで雰囲気は最悪、まぁこんな状況で心を一つにしてなんて言うのは無理な話だと思うけど。

「今回は村には寄らず直接叩きに行く、では出発だ」
 昨日の様に亡くなった学生たちを弔ってから遺体を焼き、馬を走らせた。

 林を抜け、深い谷に掛かるつり橋を超え辿り着いたのは広大な湿地帯。
 蹄の跡がしっかりと残る程足場が緩く、空気も湿っぽい。皆前方を走る馬の蹴り上げた泥でローブが汚れてしまっている。

「ここに今日の獲物が居る」
 教員は楽しそうな笑顔を浮かべていたが、見た感じ何処にもスライムなんてのはいない。

 が、生徒の一人が異変に気付いて声を上げた。
「お、おい! これ沼じゃない、スライムだ!」

 生徒達が乗っている馬が立っていた沼の正体は、全員を一度に飲み込めてしまう巨大なスライムだった。

 全員が馬を捨てて地面に降り立つ、沼だった場所が盛り上がって行き、やがてスライムを形どっていくが、余りの大きさに一同唖然、諦めた様子で腰を抜かしている者までいる。

 最初に餌食になるのはそういう者達だ。

 巨体の割に俊敏な動作のスライムの体内に腰を抜かして震えていた数人が取り込また。
 今までのスライムと違いは、大きさは言うまでもないが溶かす速さだ、体内に取り込んですぐに肌が融解し、顔は最早元の面影がない。

 体内からは助けて……という声が虚しく聞こえる。

 フォーセルとイクセは一目散に逃げた、前を走っている者の服を掴んで後ろに放り投げ他人をスライムに食わせて自分達は逃げ出した。相変わらずクソだ。

 ベンノも戦う気はないらしく誰かを犠牲にしたわけではないが、うまい事距離を取れている。
 こっちとしては守る手間が省けるのでありがたい。

 貴族の娘ベラルアは勇まし、2人の従者と共に飛ばしてくる溶解液を交わしながら精霊魔術で応戦しながら撤退していていた、殿役のつもりだろうか?

「先生助けて下さい! 生徒だけじゃ無理です、先生!」
 縋る様な声で懇願しているフォーセルに教師は鼻でふっと笑って返す。

「君達都合がいいんじゃないか? 普段はチビデブハゲと陰で罵って蔑んでいるくせにこういう時だけ助けて欲しいなんて」

「ふざけるな、お前教師だろ? 教師が生徒助けなくていいのかよ!」
 食って掛かったのはイクセだ。

「お前こそ、さっきまで仲間だったアレを犠牲にしただろう? 何を偉そうなことを言ってるんだ?」
 教師が指差した先には、既に皮が全て溶け赤い肉が丸出しになっているかつての学友が、恨みの籠った目でイクセやフォーセルを見ていた。

「良いのか? あれらを助けたら犠牲にした恨みでお前達殺されるぞ? どうする? 助けるか? それとも溶かされていくのをここで見ているか……さぁ……さぁ……どうする? 早く答えろ!!」
 嫌な笑いを二人に向けながら二人に詰め寄って行く、その鬼気迫る雰囲気に二人は後退り絞り出した答えは……助けない事だった。

 それを聞いた教師はすっかり二人に興味を無くしてしまったようだ。
「全くつまらない。つまらな過ぎる。元々薄汚れてるお前達になんて興味はない。綺麗な者が汚れていくのがいいんだ。汚れて汚して、壊れた所を……ふふふ」
 そんな狂気じみた笑いを、スライムに向かって走り出す少女に向ける教員に二人は戦慄し、今までチビデブハゲの三拍子揃った気持ち悪いだけの教員という考えを改めさせられたのだった。

 そして俺達はというと、巨大で俊敏なスライムの魔の手から泥まみれになって逃げている所だ。

「ショーぐーん! おいでがないでー、ひどりにじちゃやだー!」
 ジルは涙と泥で顔がぐちょぐちょだ。

「うるせぇ泣くな! 後あんまり動くな首が苦しい!」

「このままではスライムに追いつかれると進言致します。私の片足が少し溶けておりますので、もう少し早く走る様お願い致します」
 アンジェの伸び切った足がスライムの体に接触している為、右足のつま先が溶け始めていた。

「二人も引きずって早く走れるか!」
 俺のローブの首元にバールの様な物のL字を引っかけ引きずられているジルの胴体にアンジェが捕まって同じく引きずられている状態だ。

 こんな状態になってしまったのも、生徒の誰かが俺達をかき分け逃げ出した時にジルとアンジェがバランスを崩して転倒。【結束魔糸】を括りつけて逃げるはずが、背を向けたのを捨てられると勘違いしてヘラってしまったジルが逃がさないとばかりに泣きながらバール引っかけれこの有様となった。いやにしてもおかしいだろ!

 軽く振り返ってみると最初に取り込まれた者なんかは既に骨だけになり果てていて、アンジェの足からはオートマタの骨組みに使われる特殊な金属が少し覗いている。

 早くしないとアンジェが溶かされてしまう、【フライ】を使うにしても二人を抱えてとなると走るよりも遅い、周りの目は気になるけど湿地帯だしイオでも呼ぶか?

 どの道一旦体制を整えないと掴まっている二人のせいで反撃すらままならない。
 次の手を考えていると、急に軽くなった事に違和感を感じて振り返るとアンジェがジルの体から離れてしまいスライムに飲み込まれてしまう所だった。

「アンジェ!」「アンジー!」
 俺とジルが手を伸ばすが少し離れているので届きそうになく、名を呼ぶ声がだけが湿地帯に虚しく響く。
 半分飲み込まれた所で、俺達の者ではない別の手がアンジェの手を掴み引き抜いた! が、代わりに自分が取り込まれてしまう。

 それなのに悲愴感なんかはなく、安堵の表情を浮かべながらこちらに微笑みかける少女。教師の馬に乗っていたので安全地帯に居たはずのウルだ。

 俺は無我夢中で走り、スライムの中に飛び込んでウルの手を取って抱き寄せた。
 目を瞑っているので表情はわからないが、やっぱり不安だったのかウルも手を回してくる。

 スライムの中は意外と粘度高く身動きが思ったよりも取れないし、全身焼けるように熱くて息苦しい。溶けている感触が皮膚の表面だけでなく、穴という穴からスライムの体液が少しずつ入って来るので、体の内側からも焼かれる感触がある。

 スライムの中で死ぬのはかなりの拷問だ、溶け切るまで意識があるのだから絶え間ない苦痛から逃れる事は出来ない。そういう意味ではこのスライムは溶かすのが早い分良心的なのかもしれいな。

 どっちにしても時間がない前のスライムは五分って死ぬって言ってたけど、更に上位のこのスライムだともっと猶予はないかもしれない。

 核を探さないと……瞑っていた目を開けると濃硫酸の様な体液が眼球を焼く、名状し難い痛みが全身を駆け巡り口を開けて声を発っそうとすると、大量に入って来た体液が喉を焼き、胃を満たして更に痛みが増す。

 ウルを見てみると苦痛に表情が歪んでいるのに何処か満たされた面持ちで諦めている様子である。そう簡単に諦めさせないけどな!

 空間魔法【空間把握】
 膨大な量の情報が脳に一度に入ってきて処理が追い付かず、脳味噌が熱くなり頭が割れそうな程痛い。使いたくはなかったけど巨体な上に泥を多く取り込んでいるので視界が悪く目視で核を見つけるのは困難だったので選択の余地はなかった。

 結構核迄の距離が遠いな……体内に居るので火や水といった属性魔法は多分届かないし、結晶魔法等の物理も核に届く前に消滅してしまうだろう。

 今の俺にはまだ扱いきれないけど仕方がない。指輪を外し、実践使用した事がないのに、魔法ストックのスペースを殆ど埋め尽くす程の魔法、最大魔力二回分も使う大魔法を放った。

時計仕掛けのクロックワーク魔法マジック空間魔法【空断格子】」
 瞬間、空間と共にスライムの体が格子状に綺麗に分断され、核も無事破壊、核が消滅した事により形を保てなくなった体液からウルと無事脱出する事が出来た。

「ショウ君大丈夫?!」
 全身体液塗れで這い出てきた俺達に慌ててジルが駆け寄って来るが、話は後、やばいのはこれからなのだ。再生魔法を軽くかけ「走れ!」と声を掛けてウルを抱きかかえて全力で走った。

 魔法を放った場所を見ると空間が切られ、歪んだままの景色が徐々に元に戻って行く。
 その際に空間の裂け目が全てを飲み込むような強力な引力を発生させ、周りの土や沼、辺りの木々を飲み込んで圧縮、飲み込んだ物が一気に放出された後、最初に見た地形と大幅に変わってしまっていた。

 この魔法を余り使いたくない理由は、空間が戻る時の反動を抑えることが出来ないからだ。
 空間魔法や時魔法は扱いが容易ではない、下手すれば自分や仲間を巻き込みかねない危険性を孕んでいる。

 にしても被害は大きかったといえる、8人は死んだんじゃないだろうか?
 朝の言い争いの一件で統率が取れてない誰もが疑心暗鬼で自分が助かりたいばかりなのだから連携取れないし仕方ないとは思うけど……

「ウル、何で来たの?」
 泥だらけの体でアンジェやジルに抱き着いて安堵している彼女の聞いた。
 疑問だった、何故魔術も精霊魔術も使えないウルが俺達の前に現れアンジェの身代わりになろうとしたのか。

「友達だから。初めて出来た友達だから。なくしたくなかった」
 理由はシンプル。彼女に取ってはかけがえのない物、それこそ自分の命をなげうってでも守りたくなる程の。思った以上に俺達は彼女の心のより何処になっていたらしい。一人になる位ならいっそ一緒に、そういう事なのかもしれない。

「にしても流石に無理しすぎ、今後ああいう事は止めてね」

「うん、ごめんね……」
 ウルは怒られたみたいに体がビクンと硬直し、シュンとしてしまった
 彼女は手を伸ばしたり、近づいたりするだけで一瞬ビクンと硬直してしまう位の小心者だというのにあんな大胆な事が出来るなんて意外だな。

「あれはお前がやったのか?」
 俺達が全員無事な事に安心して喜びを分かち合っていると、背後から耳に纏わり付くような嫌な声が聞こえてきた。あの教師だ。

「さぁ、勝手にスライムが裂けていったので俺達はよくわかりませんね」
 暫く教師がこちらの目をじっと見てニヤっと笑って見せた。不気味な男だ。

「へぇ、あんた達も運良く助かったんだ、って言うか何この状況?」
 次に声を掛けて来たのはフォーセルだ、何処か小馬鹿にした様な物言いが癇に障る。
 ウルがアンジェやジルに抱き着いている様子が気に入らないらしい。

「あんた達その女の一体なんなの?」

「フォーセルさん、違うんです、私はただ……」

「お前は黙ってろよ! 私はあんたじゃなくてこいつらに聞いてるんだってのー」
 ウルの慌てて弁面する様子に苛立った声で遮ったフォーセル、一体何がそんなに腹だしいのか。

 ウルの視線がフォーセルと俺達の間を何度も行き来する。
 俺達が返答に困って、ウルの視線が何往復かした時アンジェが立ち上がり口を開いた。

「ウルリース様はソレの……いや私の友達でございます」
 何も悪びれる事もなく言った一番最悪の回答に、俺は頭を抱える。
 この場で友達なんて言って良い事があるはずがないのだが、そんな事よりも、アンジェが自分の事を初めて私と言った事に俺は驚きが隠せず、アンジェの表情が気持ち柔らかく映った。
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