婚約者から愛妾になりました

文字の大きさ
6 / 20

婚約者から愛妾へ

 
 ……
 …………

 最後に意識がぷつんと切れたメリルが目を覚ましたのは、閉められたカーテンの隙間から差し込む陽光の眩しさを当てられたから。重たい瞼をゆっくりと開いた。身体は誰かに強く抱き締められていた。顔を上げると、起きている普段とは違った美しいフィロンの寝顔が間近にあった。更に、昨日の行為を思い出して、顔に体温が集中した。フィロンを起こさない様に慎重に拘束から逃れた。

 初めてなのに何度も抱かれ、処女を喪失した際に襲った痛みは回数を重ねる毎に消えた。最後には、自分からフィロンを求めた。普段の言動と行動からは想像も出来ない程優しく――挿入された時は多少の乱暴さはあったが――抱かれた。フィロンとのキスはメリルにとって至福の時間。体を重ねる行為もそうなってしまうだろう。
 でも――


「……フィロン、様……」


 行為の最中フィロンは名前を呼べとメリルに言った。普段は殿下としか言わない――言えない――メリルにしたら、ハードルが高かった。大好きな人の名前を口にするだけで恥ずかしがっているとフィロンが知る筈もない。口を割らせようと意地悪をされ、最終的には――


『言うことを聞いたらもっと気持ち良くしてやる』


 甘さが多分に含まれた低い声で耳元を刺激され――……気付くと、無我夢中にフィロン様と呼んでしがみついていた。


「……」


 フィロンが自分を抱いた理由は何なのか。メリルは考えてみる。


「私がずっと殿下のもので、いなくなるのが惜しくなった……?」


 有り得ないと首を軽く振った。魔王である父と第2王子である弟にしかフィロンは完全に心を許していない。幼少期に起きたトラウマのせいで他人が大嫌いなフィロンの婚約者に選ばれた理由をメリルは聞かされていない。単に、魔力量が多いのと純粋な魔族の中でも始祖の魔王の血縁たるラウネル公爵家の令嬢だから、と考えている。
 フィロンの寝顔をじっと見つめた。青みがかった銀糸、髪と同じ色の長い眉と睫毛、陶器のように白い肌、整った顔立ち。魔族の容姿は魔力量が多ければ多い程美しくなる。フィロンも例外ではない。寝顔は若干幼く見える。


「……」


 婚約者でなくなる自分が最後にフィロンに抱かれた。もうこれでいい、これだけでいい。初めてをずっと片想いしていたフィロンに捧げられた。魔力を失ったメリルでは何処の貴族にも嫁げない。幸い実家は公爵家。派手は好まず、慎ましい生活を好むメリル1人ずっと養うくらい何ともない。
 脳裏に焼き付くようにフィロンの寝顔を再度見つめた後、シーツの中から抜け出した。下腹部を重い鈍痛が襲い、全身鉛みたいに重い。だが、綺麗に洗われていてネグリジェを着せられている。

 このまま出て行って、速やかに屋敷に戻り領地へ行けば、フィロンも――


「きゃっ!?」


 足が床に着く辺りで腰に回された腕が強引にメリルをベッドへ戻した。強く押し倒されたと同時に口付けをされた。驚き瞳を開くメリルを、険しい紺碧が見下ろす。


「でん、んん、んあ……」
「……メリル……、んん……ふ……」


 殿下と言いそうになった声は、口内に舌を入れられ何も発せなくなった。ぎゅっと瞼を閉じると頭を撫でられた。ふわり、ふわりと優しく撫でられてメリルは身体から力を抜いた。キスの合間に「メリル」と囁かれて更に熱くなる。それが顔なのか、身体なのか自分で分からなくなった。
 唇が離れ、ゆっくりと瞼を上げた。
 険しい紺碧は消え、代わりに縋るような色を宿していた。フィロンが自身の額とメリルの額を合わせた。


「……どこへ……行こうとした……」


 寝起き特有の掠れた低い声。フィロンが意識しなくても声色には十分な色気が含まれており。メリルは顔を赤くしつつ、答えた。


「その……屋敷に帰ろうと思って」
「……その格好でか?」
「あ……」


 フィロンに指摘されてメリルは今更ながら後悔した。気絶した後着せられたネグリジェでは、外を出歩くには露出が多い。魔力の無しとはいえ、公爵令嬢の自分がこんな格好で城内を歩いていたと知られれば、父や家名に傷がつく。
 ふと、メリルは漏らした。


「……あ、の、……フィロン、様」


 殿下と一瞬呼びそうになった。その一瞬でさえフィロンは許してくれず、睨まれた。フィロンと呼べば殺気を和らげてくれた。


「家に……帰りたいです」


 外の明るさから、1日が過ぎたのは明白。明るい内から抱かれていたが今は更に明るい。最後に覚えている外は暗くなりつつあったとぼんやり思い出す。
 元々城に呼び出されたのは、正式にフィロンとの婚約を破棄される為。こんなことになるとは露ほども予想していなかった。父ジランドが心配していると杞憂して。
 ……けれど、次のフィロンの言葉にメリルは瞠目した。


「お前はもう部屋から出さない」
「え……」
「お前が眠っている間に公爵や父上とは話をつけた。メリル、お前はおれの婚約者ではなくなる。だが同時に、おれの愛妾となると決まった」
「……」


 婚約者ではなくなる……これはいい。最初から決まっていたから。
 愛妾……どうして? と脳内が混乱する。魔王エフメスの言葉が蘇った。
 側に置きたいなら愛妾にしろ、と。
 フィロンがそれを了承したのなら、次の婚約者は誰になったのか。メリルはイレーネの名前を出した。次の婚約者と確定していると言っても過言ではない、アールズ公爵家令嬢。他人嫌いのフィロンに唯一触れられる令嬢。

 メリルの顔に何度もキスをしていたフィロンは、イレーネの名を出され不快に感じたのか不機嫌そうに顔を顰めた。


「……次の婚約者となった。それがなんだ」
「イ、イレーネ様は私がフィロン様の愛妾になるのを承諾したのですか?」
「何故他人の承諾がいる? おれがお前を愛妾にと選んだんだ。嫌なら婚約者の座から降りればいい」


 フィロンはイレーネが好きではないのか。
 社交界では、下手をしたら夜会の手紙がメリルに届かないよう仕向ける程フィロンが婚約者を嫌っていると有名だ。隣にはイレーネが常にいると、引きこもり同然のメリルの耳にも届いていた。なのにフィロンは、心底どうでも良さそうな顔をし、メリルが目が合うと唇を重ねた。


「ん……」


 触れるだけの厭らしさもないキスが大きな安心感を生み出す。恐る恐る腕を大きな背に回した。するとフィロンも応えるようにメリルを抱き締めた。横に寝転がったフィロンはメリルを抱き締めたまま、栗色の頭に頬を寄せた。


「メリル。今日からお前は居るべき場所は此処だ。おれのものであるお前がおれの側を離れるのは許さない」
「はい……」


 婚約者ではなくなっても、愛妾として側に居続けられる。
 幸せなのか、不幸なのか。
 それを判断するには時間はかかる。

 フィロンの腕の中。メリルは、イレーネに対する申し訳なさとフィロンといられる幸福に暗い喜びを抱いて瞳を閉じた。
 大好きな薔薇の香りと温もりに包まれて……。




感想 0

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。