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12話
しおりを挟む「メル……」
メルが来るまで帰らないと言い張るプリムローズを全て侍女に丸投げし、隣に寝転がったまま動く気が更々ない様子に安堵している自分がいる。メルはプリムローズの許へ行かない、此処にいてくれる。行ってほしくない、此処にいて。言葉にしたら自分はとても嫌な女だと自嘲したくなる。だから言葉にせず、擦り寄って胸元に顔を埋めた。嗅ぎ慣れた香水の香りと抱き締められる温もりがプリムローズの来訪を聞き不安な心に落ち着きを戻してくれる。
「ラヴィニア。眠いなら寝ていいんだ」
「……私が寝たらプリムローズ様のところへ行くの?」
「行かない」
ラヴィニアからプリムローズの名前を出されるのがとても嫌なのが顔に出ていた。あからさまに顔を歪められるもラヴィニアからは不安は取り除けなかった。
けれど、次にメルから紡がれた言葉には耳を疑った。
「俺の婚約者だからとラヴィニアを大公夫妻や周囲を使って虐めていたあいつに会うのは御免だ」
「!」
ずっと黙っていた秘密はメルにとっては何ら秘密じゃなかったと解り、慌てて顔を上げると上体を起こされ寝台の上で向かい合う。
「知ってたの……?」
「ずっと知ってた。プリムローズが生まれつき病弱なのは知っているな?」
「うん」
また、大公夫妻にとっては念願の娘ということもあり、蝶よ花よと大層大切に育てられた。病弱故に自由に遊べず、満足に起きていられることも出来ないプリムローズを不憫に感じた夫妻は可愛い娘の願いを何でも叶えてきた。歳の離れた兄も同じだ。
「皇女を母に持つ俺はよくプリムローズの遊び相手として大公家に呼ばれたんだ。そこでベッドの上にいるプリムローズに付き合った。と言っても、大半は人形遊びか絵本の読み聞かせだがな」
「メルが読んでいたの?」
「ああ。世話役の乳母がいたというのに……」
毎回読まされていたのは王子様とお姫様の恋愛物語。似たような内容や同じ内容の本を会う度に読んでとせがまれ、次第に嫌になっていったとメルは語る。絵本の読み聞かせ以外でするのは人形遊び。メルは王子様、プリムローズはお姫様の人形を使って絵本ごっこをする。
プリムローズの遊び相手を任されたのはラヴィニアと婚約を結んで割とすぐらしく、頻繁に呼び出されて迷惑がっているのをシルバース公爵が夫妻に伝えたところで頻度は月一となった。
プリムローズからは前のようにもっと遊んでほしいと泣かれるが面倒でしかないメルは断った。
それよりも。
「ラヴィニアと会いたかった」
「私?」
「母上が定期的にラヴィニアを呼んだり、屋敷に泊まらせていただろう? あれは、俺が頼んでいたんだ。ラヴィニアとちょっとでも長くいたくて」
「メル……」
言葉に嘘偽りはなく、熱を帯びた空色の瞳に見つめられ、頬に手を添えられキスをされた。
メルの気持ちを聞かされ、胸が熱くなるのと一月半前の口付けは何だったのかという気持ちが芽生え俯いてしまった。頭上から降った声に名前を呼ばれてゆっくりと顔を上げると両頬をメルの大きな手に上へ固定されてしまう。
「下を見ないで、俺を見ているんだ」
「私、メルは、本当はプリムローズ様が好きなんだって思ってた、プリムローズ様にはとっても優しいから」
「一度たりとも好きだと思ったことがない。さっきも言っただろ、ラヴィニアを虐めるあいつをどうして好きになれる」
虐めの内容は多岐に渡る。
初めて出会った時は既にメルと婚約して四年が過ぎていた十歳の頃。フラム大公家のお茶会に後妻とプリシラ共々呼ばれて参加した。当日は体調が良かったらしいプリムローズは大公夫人と招待客を出迎えていて、やって来たキングレイ家が挨拶をすると給仕が運んだブドウジュースをラヴィニアの頭から全てかけたのだ。オレンジとブドウが混ざった不味そうなフルーツだと大公夫人と揃って嘲笑い、周囲も二人に釣られるよう笑い続け、挙句後妻とプリシラまで笑い続けた。帰ることは許されず濡れた姿のままお茶会が終わるまでいさせられた。
翌日風邪を引くが後妻に「お前のせいで我が家はとんだ恥を晒したわ! 罰として医者は呼びません!」と言い捨てられ、見兼ねた使用人達が平民の診療所から購入した薬を密かにラヴィニアに飲ませ熱は下がった。
咳を発しながらも熱が引いたラヴィニアを見た後妻が放った一言に周囲はその時凍り付いた。
“そのまま死んでしまえばいいものを。母親と違って図太い娘だこと”
と。
ただ、その日の内にシルバース家から迎えが来て凡そ数か月シルバース家で過ごした。治り掛けていた風邪は再発するも、夫人が手配した医師の力により数日後には全快した。
プリムローズからの嫌がらせは初めて出会った時で終わる訳がなく。定期的に呼ばれてはジュースを掛けられたり、一人話題が分からず除け者にされたり、庭園を案内すると言いながらラヴィニアだけを置いて行ったりと、色々。相手は侯爵家よりも家格が上の大公家。断れる筈もなかった。
幸いにも呼び出しは二ヵ月もしない内に終わった。シルバース夫人に労われたことから、夫人が裏から手を回して止めてくれたのだと感謝した。
最初にされた嫌がらせを話すとメルの相貌は見たことがないくらい怒気を孕んでいた。怒りを向けているのはラヴィニアではないのに、自分に向けられていると錯覚してしまいそうになる。
「怒らないで、もう過ぎたことだから」
「侯爵は知っているのか?」
「私がプリムローズ様に嫌がらせを受けていたこと?」
「それもそうだが、後妻がプリムローズ達と混ざってラヴィニアを虐げていたのを」
「知らないわ。お父様は私が風邪を引いて寝込んでいた時も食事を抜かれていた時も不在だったし、知ったところでお前が悪いって言われておしまいよ」
「……」
大層不機嫌な感情を隠そうともしないメルに苦笑しか浮かばない。今まで優しいメルしか見てこなかったから。
「メル。お父様はね、私をキングレイ侯爵令嬢として育てる気はあってもどうなろうが知ったことではなかったの。何があっても私が悪くて、自業自得だって済ませてた。お父様にとって私はお母様を殺して生まれた憎い娘だもの。嫌がらせを受けるのは当然だと言いそう」
愛された記憶は一つもない。
父に抱っこをされてはしゃぐプリシラを羨ましく思ったがそこまで。側に微笑む後妻がいて気付いた。
家族はあの三人であって、自分は家族じゃないのだと。
自分があの輪の中に入ろうとしたら、異物を追い出そうと排除してくる。
また、誕生日プレゼントを一度たりとも貰っていなければ、お祝いの言葉を言われた覚えもない。
誕生日になると普段の二倍増しに嫌そうな目でラヴィニアを睨んでくるだけ。
父親として有り得ない行動の数々を聞かされたメルは愕然とし「…………あの時の侯爵は何だったんだ……?」と何かを呟く。
「メル?」
「いや……何でもない」
釈然としない面持ちのメルは視線を逸らしまだぶつぶつと口にする。声が小さ過ぎて近くにいてもラヴィニアには聞こえない。メル、と呼ぶと漸くラヴィニアを見た。
「ごめんなさい、プリムローズ様の話からこんな話をして。メルには関係ないのに」
「いや……気にしなくていい」
「本当に……会わなくていいの? プリムローズ様に」
「いい。会う気はない」
「……ねえメル、聞かせて。あの時プリムローズ様にあんなキスをした理由を」
今なら聞けると怖がる自分に喝を入れ思い切ってメルに訊ねた。空色の瞳が揺らぐも、メルは言い難そうにしながら口を開いた。
「俺の具合を見て二日後にラヴィニアを呼んだと母上に聞かされて、あの時ラヴィニアが来るのを待っていたら……」
誰かが部屋に入って振り向いた先にいたのはラヴィニアだったとメルは言う。
正確にはラヴィニアの姿に変装をしたプリムローズ。
単純な変装魔法なら直ぐに見抜いていたメルだが、その時はプリムローズが対象者の目を惑わす幻覚魔法を使ったことでラヴィニアの姿に見えてしまった。
涙で青の瞳を潤ませ、心底心配したと不安がるラヴィニアから口付けられたのが不謹慎だが嬉しくて、変装したプリムローズだと知らず引き寄せてしまったのだとか。
偽物だと気付けたのは鼻孔を刺激した香水の香り。
「甘い薔薇の香りがする香水を好んで使うのは、俺の近くだとプリムローズしかいない。それにラヴィニアはきつい香りがする香水は苦手だって知ってるから気付ける要素となった」
「……」
ラヴィニアが見たのはプリムローズを引き寄せキスをするメル。自分の予想が当たったと思って逃げた。
キスをしているのがラヴィニアではなく、プリムローズだと気付いたメルは即突き放し使用人達に命じてプリムローズを屋敷から追い出した。いつも側に控える従者がいないのを見ると強硬手段に取ると口煩く言う彼がいると出来ないと踏んだからだ。
ラヴィニアが来ていないことを聞かされ残念に思いながら、この場面を見られなかったことに安堵した。
プリムローズが来ていたと知らなかったシルバース夫人は驚愕したと共に誰がプリムローズを入れたかと厳しく追及した。ら、侍女の一人が白状した。売れば高く売れる宝石を握らされ、欲に負けて屋敷に入れてしまったと。
侍女は即解雇。
フラム大公家に厳重な抗議をするも、向こうは向こうでプリムローズの唇を奪ったメルに責任を取れと迫る始末。
そこにラヴィニアの代わりとして婚約者になろうと画策するプリシラとプリシラを援護する後妻まで突撃してくるのでシルバース家はラヴィニアが出奔してからの一月大騒ぎであった。
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