ラヴィニアは逃げられない

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36話

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 夕食を終えて湯浴みも済ませたラヴィニアが部屋に戻ると先に入っていたメルが待っていた。こっちにおいでとメルの座るソファーの隣を叩かれ、誘われるがまま座った。


「公爵様から連絡は?」
「少し前に来たよ。明日の朝、城の地下にある貴族牢の前に来いだって」
「貴族牢って……」


 貴族牢はその名の通り、罪を犯した貴族が入れられる牢。今其処にはフラム大公一家と皇帝が入れられているとか。


「こ、皇帝陛下が?」


 意外過ぎる人物まで入れられていると知り、素っ頓狂な声を出したラヴィニアは恥ずかし気に顔を赤らめるも、無理もないとメルは首を振った。


「普通、皇帝にそんな真似はしない。父上くらいなものだ」
「公爵様は罪に問われたりしない?」
「ある意味、皇帝が最も恐れているのが父上だ。皇帝に度胸があれば罪になるかもしれないが……」

「まあ、無理だろうな」とはメルの台詞。長年、フラム大公夫人と不倫関係を続けた挙句、ロディオンとプリムローズ二人共不貞の末の子供という事実が判明した時点でヴァシリオスの中で皇帝は切り捨てられていた。今まで見逃されていたのは自分に対して害がないから放置していたに過ぎない。

 今回動いたのは愛する妻の名を使ったから、である。一応ラヴィニアやメルの為という名目もあるらしいがほぼ前者の理由で動いた。


「父上曰く、二人に掛けられていた魔法が解けると皇帝に似た姿になったらしい」


 皇族に受け継がれる黒髪と空色の瞳に変貌した……否、戻ったロディオンとプリムローズどちらにもフラム大公の面影は無かったとか。


「なんだか大公が哀れに思えてきた」


 今までの事があり同情はしてやれないが少しの哀れみを抱いた。帝国では、フラム大公家の家族仲は誰もが羨む程良好であった。愛する妻と子供達がいれば幸せだとよく豪語していた大公は二度と同じ言葉は紡げない。


「父上は陛下を退かせ、エドアルトを皇帝の座に就かせるつもりのようだ」
「皇太子殿下の婚約者が決まらないままで?」
「さあ。俺やラヴィニアには関係ない」
「そうね……」


 フラム大公家を除いて誰よりもプリムローズを大事にしていたエドアルト。エドアルトに関しても良い思い出は一つもない。
 フラム大公家が表舞台から完全にいなくなれば、ラヴィニアの側をうろつく煩わしいものが一つ消える。


「ラヴィニア」
「なあに」


 額にチュッとキスをされつつ、明日がフラム大公家と会える最後になるから言いたい事があるなら考えておくようにとメルに告げられ、お返しのキスを頬にしながらラヴィニアは頷いたのだった。



 翌日の朝、まだまだ寝ていたいのを我慢し、早朝から起きて身支度を整え、ヴァシリオスに連れられメルと共に城の地下貴族牢の前に立った。重厚な扉の先にフラム大公家が捕らわれていると説明を受け、逆上した相手に攻撃されないよう扉付近には逃走防止の結界が展開され危険はないと聞きながらヴァシリオスが開けた扉の先を見つめた。


「……」


 ラヴィニアとメルが見たのは、憔悴し切ったフラム大公とたった一日で頬が窶れたロディオン、シーツにくるまり泣いているプリムローズ。最後に、頬に痣があるフラム大公夫人の四人。殺害防止の結界も展開されており、万が一が起きないよう徹底されていた。


「普段から威張り散らす輩に限って精神は脆い。少し強く突いただけでこれだ」
「随分と愉しそうに言いますね」
「いや? 全然楽しくないよ」
「皇帝陛下が見当たりませんよ」
「私の部下の監視の下、執務室で仕事をさせている。帝位を退くまでしっかりと仕事をしろと脅しておいた」


 最も敵に回したくない男。それがヴァシリオスである。


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