社長の×××

恩田璃星

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律の十字架 1

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 静かにな部屋に響く、微かな寝息。

 暗闇の中、スマホの灯りでテーブルの上を照らし、ホットミルクの入っていたマグカップが空になっているのを確認する。

 起きないことは分かっている。
だけど、念のため物音を立てないよう気をつけて、セミダブルのベッドに腰掛けた。

 背後から柔らかく抱きしめ、彼女の香りと温もりを確かめる。

 もう何度こんな夜を過ごしただろう。


 葵。


 好きだよ。
 誰よりも。


 さっき絡ませた舌をもう一度絡ませたい。

 もう一度、この白い首筋に噛みつきたい。

 甘い唇を味わったせいでいつもは抑え付けている感情が制御できなくて、熱く固くなった欲の塊を取り出す。

 「…あお…」

 その無防備な、小さく開いた口に…捻じ込みたい。


 葵が、好きだ。


 でも、俺と葵は絶対に結ばれることない。


 これは卑怯なことをして葵を俺の側に置いた罰。


 だからせめて、お前のことを純粋に愛してくれるヤツと幸せになって。


 それだけが俺の希望のぞみ





 俺と葵は真田家の本家の息子、分家の娘。
 ただそれだけの関係だったけど、年が同じなのは俺たちだけで、ほとんど生まれたときからの付き合いだ。


 「葵ちゃんの夢はなあに?」

 あれはまだ俺たちが小学生の頃。

 真田家の集まりで大人たちが難しい話をしている間、子供同士で暇を潰していると、数多くいる親戚のうちの一人が何気なく葵に尋ねた。

 屈託のない笑顔で語った葵の夢は

 「大好きな人のお嫁さんになること」

だった。

 真田家の男の将来は医者一択。
 それ以外、ない。

 過去に疑問を抱く者もいたかもしれないが、結局は皆医者に収まった。
 そしてその時代、状況に応じ、有力者の娘と結婚して姻戚関係を結ぶことによって真田家は家を発展させてきた。

 当時の俺は恋もまだ知らなくて、自分が親の決められた女と結婚することを疑問に思ってもいなかった。

 だから、この時は折角女に生まれて医者以外に選択肢があるのに、そんなつまらない夢しかないのかと心の中で葵を嘲っただけだった。

 今思い返せば本当の意味で屈託のない葵の笑顔を見たのはそれきりで。
 その後の葵は、根っこは明るくノー天気なままだったけど、会う度に笑顔がどこかぎこちなくなっていった。
 両親の関係が上手くいっていないと大人たちが噂するのを聞いたのは小学校高学年になってから。

 すぐにあの屈託のない向日葵のような笑顔と、一緒に語った夢を思い出した。

 ジワリと葵が俺の心の中にみた瞬間。

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