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影と傷

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外に出れば、いつの間にか日が高く昇っていて、すでに多くのお店が開店している時間帯になっていた。

ふと目に止まった、ショーウィンドウに映る自分の姿にギョッとした。

いくら病人の看病をしていたとはいえ、髪はボサボサ、メイクはヨレヨレを通り越して、ほとんど残っていない。

さっき目の当たりにした森永さんの美しさの足元にも及ばない。
何も変わっていない。
まるで10年前、高嶺くんから逃げ出したときとほぼ同じだった。

あの時もー

いつものようにお弁当を持って高嶺くんのところ行こうとしたとき、仲のいい男子達と話しているのを偶然聞いてしまったのだ。


「景、俺見たぞ。昨日お前の家から音無が出てくるの」

「は?音無ってあの、いるかいないか分かんない、地味眼鏡の陰キャ女子??どーなってんだよ!?お前には森永がいるだろ!?」

「浮気か?」

ちげ―よ」

「じゃあ、セフレ!?」

「…音無がセフレとか、ありえねーだろ」


高嶺くんがそう言って嗤うのを。

恋人だと思われていないことくらい分かっていた。
でも、せめてセフレくらいの位置づけだろうと思っていた私の心は粉々に砕かれた。

『私なんかとシてるなんて、他の男子に知られたくないんだ』

そう思ったら、惨めで、情けなくて。
鞄も置きっぱなしで、泣きながら家に帰ったあの日と、何も変わっちゃいない。

こんなので『本当に、信じても、いい?』なんて。
よくもヒロインごっこができたものだと我ながら笑えてきた。

声に出して笑いそうな私に同調するようにスマホが鳴り始める。
ディスプレイには高嶺くんの名前。

そうだ。
昨日連絡先交換したんだった。

これが再会してから初めての電話。
そして、最後の電話。

自分の立場を『下僕』と呼んでいたのは、戒めだった。
二度と、同じことを繰り返さないための。
だからー

「そんなに手作りのご飯が食べたきゃ森永さんに作ってもらいなよ」

吐き捨てて、拒否ボタンからの即ブロック。

やるなら徹底的にやらなきゃ。
続けて画面に指を滑らし、通話ボタンをタップした。

「もしもし、瑞希?私、明日から通常レッスン入るから」

「んあ?何よこんな時間に。高嶺様はどうしたのよ?」

大丈夫。
策はある。

「どうしたもこうしたもないわよ。あのひと恋人いるみたいだから出禁にして。電話も着信拒否で。規約違反ってことで、前払いしてもらったレッスン料も返さなくていいから大丈夫でしょ?」

「あ、そうなの?おっけーおっけー。ちょうど静花向けの新規登録があったのよ。んじゃまた明日―」

持つべきものは、友人だわ。
ちょっと私利私欲に忠実過ぎるけど。

これでもう奇襲同じ手を食うことはない。

瑞希のお陰か、それ以降、高嶺くんがLove Birdsに現れることはなかった。
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