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本当のコンプレックス

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 私の背中には、子供のころ誘拐されたときに起きた事故でできた傷痕がある。
 それも、一つや二つではない。
 大きなものから小さなものまで、数えきれないほど。

 まだ漣が生まれる前のこと。
 細かい記憶は曖昧。

 母が家事をこなしている間、退屈を覚えた私は一人近所の公園に行った。
 そこで見知らぬ男に、「おじいちゃんが君に会いたがっている」と声をかけられ、つい車に乗ってしまったのだ。

 連れて行かれた先は、ピカピカのホテル。
 そこでは楽しそうなパーティーが開かれていて、私も、見たことのないような可愛いドレスを着せてもらって、すっかりお姫様気分だった。
 
 でも、楽しかったのは最初だけ。
 周りは見知らぬ大人ばかり。
 『おじいちゃん』もいない。

 すぐに寂しくなって、会場を抜け出し、一人泣いていたら、同じ歳くらいの男の子がやってきた。

 ちょっと偉そうな子だったけど、両親を探してくれると言う。
 思いのほか繋いでくれた手が優しくて。
 両親が会場にいないことは分かっていたのに、言い出せなかった。

 だから、気持ちの悪い酔っ払いに絡まれ、彼が殴られそうになったとき、その後ろめたさから、体が勝手に動いていた。

 私が倒れ込んだ場所には、割れたシャンパングラスが散らばっていて─

 そこからは、痛みと恐怖でほとんど覚えていない。
 
 気付いたら病院のベッドの上で、両親が心配そうな顔で覗き込んでいた。
 
  何があったのか説明しようとしたけれど、泣きじゃくる母に「忘れなさい」と言われてしまい、男の子の安否も、「おじいちゃん」の存在についても、それ以上聞くことはできなかった。

 背中の傷跡は醜く残ってしまったけれど、水泳の授業のときは、許可をもらってラッシュガードを着ていたし、温泉など背中を晒すようなレジャーは避けて生活していた。
 だから、トラウマなど残ることなく、母の言いつけどおり、事件の恐怖自体は忘れていった。

 でも、短大に進学して、年上の彼氏と初めて関係に進もうとしたとき─

 「うわ、何これ。萎える」

 と言われてしまったのだ。

 日頃意識してなかった分、ショックも大きくて。
 自分は『傷物』なのだと強烈に意識させられた。

 もちろんその彼氏とは即効でサヨナラをし、それ以降はコンプレックスを理由に、上半身は服を脱がないという条件を飲んでくれる人と何人か付き合ったけれど、どれも長続きしなかった。

 つまり、家柄だけならまだしも、私は逆立ちしたって夏目さんに相応しくない女なのだ。
 
 動揺した夏目さんの声を思い出し、泣きながら夜道を駆け抜けていると、

 「凛!待って!」

 あり得ないことに、夏目さんが追いかけてきた。

 「話を聞いてくれ!」

 振り切るように加速しようとしたとき─

 突如道路脇に停めてあった黒塗りの車のドアが空き、中に引き込まれてしまった。
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