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脱出と特攻服
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「ギャーッ!離せ、変態っ!!」
「大丈夫です!もう変質者はいませんから!!落ち着いて、暴れないで!!」
私を車に引き込んだスーツの男が必死に訴えてくるけど。
全然大丈夫じゃないし、不審者はこの男だし、落ち着いていられるわけがない。
「わ、私なんて誘拐しても、うちの親、本っ当に貧乏なんで、身代金は小銭程度しか払えませんって!」
喚き散らすと、男は胸ポケットからハンカチを取り出し、目頭を押さえた。
え?泣いてる??
こんな貧乏人誘拐しちゃったって後悔してる?
ワンチャン解放してもらえるかも!
貧乏万歳!
なんて期待していたら、あっという間に結束バンドで両手を拘束されてしまった。
「わ、私は私で、副業先の社長に男子高校生と間違われるくらいなんで、いかがわしいお店に売り飛ばしたって1円にもなりませんよ!?」
更に必死に口角泡を飛ばしても、男は再び目頭を覆っているものの、やはり解放してくれる気配はない。
こうなったら─
諦めて大人しくするフリをして油断させ、信号待ちで停車したとき。
縛られた手首を、思い切りお腹に打ち付けて弾き飛ばし、ドアロックを解除して外へ飛び出した。
三十分以上車が追って来られなさそうな、細い路地ばかりを選んで駆け抜け、どうにか逃げ切れた。
さて、これからどうしよう。
お財布は持っていないけど、幸い出かける前に掴んだコートにスマホを入れっぱなしにしていた。
コレさえあれば何でもできる時代で本当に良かった。
まずは夏目さんに連絡しなくちゃ。
目の前で拉致なんてされちゃったから、絶対心配してるよね。
と、発信ボタンを押そうとした手がピタリと止まった。
─そうだ。
背中の傷、見せたんだった。
夏目さん、びっくりしてたな。
そりゃあ、こんなもの見せられたら、仕方ないよね。
服も着ているし、大して人通りもないのに、背中を隠すように壁にもたれる。
追いかけてきてくれたのは、きっとただの同情。
あの人、変に正義感強かったりするし。
壱哉に騙されたという話をした時も、当時一アルバイトでしかなかった私のために、夏目グループの本社から子会社まで調べてくれたっけ。
ほんの数ヶ月前のことなのに、懐かしくて涙が滲む。
拉致されて良かったのかもしれない。
自分から離れるなんて、できなかった。
こんな形で引き離されていなければ、今頃私は夏目さんの優しさに甘えていただろう。
誘拐犯の件もあるし、もうアパートには帰らない。
夏目さんの連絡先を閉じ、代わりに別の人物の連絡先をタップした。
万一誘拐犯に狙われていたらと思うと、友達の家に押しかけるのも気が引けてしまって。
結局、頼る先は実家しか思いつかず、電話をかけた先は母だった。
本当は、漣の勉強の邪魔になるから、できるだけ帰りたくはなかったんだけど。
「…ただいまー」
私の一人暮らしのアパートに、負けずとも劣らないオンボロアパートのドアを開けると、漣ではなく母が飛び出してきた。
「凛っ!!」
そのままの勢いで思い切り抱きしめられる。
「ああ、無事で良かった…!大丈夫?怪我はない!?」
「ちょ、お母さん!苦しい、苦しいってば!!」
「また誘拐されかけたって聞いて、心臓止まるかと思ったんだから…!お父さんに迎えに行かせるって言ったのに、居場所言わずに電話切っちゃうし!」
だって、それだけは絶対避けたかったから。
父は個人事業主として運送業をやっていて、仕事でもプライベートでも愛車は現代では化石と化したデコトラ。
そう。父は、所謂元ヤン。
あんな目立つ車で来られていたら、また誘拐犯に見つかってしまう。
何より、恥ずかし過ぎる。
「ちゃんと上手く撒いたから大丈夫って言ったでしょ。で、お父さんは?」
「凛のこと心配して飛び出しちゃったわよ。居場所も分からないのに。ちゃんと家に着いたって連絡してあげなきゃ」
「漣は?」
「まだ予備校。いつもお金ありがとうね。蓮、すごく頑張ってるわよ。もうすぐ帰ってくるから、凛、先にお風呂入っちゃって」
母に促され、年季の入ったお風呂場へ向かう。
正方形に近い深めのバスタブに浸かると、思わず「狭っ!」と呟いてしまった。
いつの間にか夏目さんのマンションの広いお風呂に慣れてしまっていたらしい。
これが、現実。
もう忘れなきゃ。
言い聞かせて、湯船の中に頭まで潜った。
「大丈夫です!もう変質者はいませんから!!落ち着いて、暴れないで!!」
私を車に引き込んだスーツの男が必死に訴えてくるけど。
全然大丈夫じゃないし、不審者はこの男だし、落ち着いていられるわけがない。
「わ、私なんて誘拐しても、うちの親、本っ当に貧乏なんで、身代金は小銭程度しか払えませんって!」
喚き散らすと、男は胸ポケットからハンカチを取り出し、目頭を押さえた。
え?泣いてる??
こんな貧乏人誘拐しちゃったって後悔してる?
ワンチャン解放してもらえるかも!
貧乏万歳!
なんて期待していたら、あっという間に結束バンドで両手を拘束されてしまった。
「わ、私は私で、副業先の社長に男子高校生と間違われるくらいなんで、いかがわしいお店に売り飛ばしたって1円にもなりませんよ!?」
更に必死に口角泡を飛ばしても、男は再び目頭を覆っているものの、やはり解放してくれる気配はない。
こうなったら─
諦めて大人しくするフリをして油断させ、信号待ちで停車したとき。
縛られた手首を、思い切りお腹に打ち付けて弾き飛ばし、ドアロックを解除して外へ飛び出した。
三十分以上車が追って来られなさそうな、細い路地ばかりを選んで駆け抜け、どうにか逃げ切れた。
さて、これからどうしよう。
お財布は持っていないけど、幸い出かける前に掴んだコートにスマホを入れっぱなしにしていた。
コレさえあれば何でもできる時代で本当に良かった。
まずは夏目さんに連絡しなくちゃ。
目の前で拉致なんてされちゃったから、絶対心配してるよね。
と、発信ボタンを押そうとした手がピタリと止まった。
─そうだ。
背中の傷、見せたんだった。
夏目さん、びっくりしてたな。
そりゃあ、こんなもの見せられたら、仕方ないよね。
服も着ているし、大して人通りもないのに、背中を隠すように壁にもたれる。
追いかけてきてくれたのは、きっとただの同情。
あの人、変に正義感強かったりするし。
壱哉に騙されたという話をした時も、当時一アルバイトでしかなかった私のために、夏目グループの本社から子会社まで調べてくれたっけ。
ほんの数ヶ月前のことなのに、懐かしくて涙が滲む。
拉致されて良かったのかもしれない。
自分から離れるなんて、できなかった。
こんな形で引き離されていなければ、今頃私は夏目さんの優しさに甘えていただろう。
誘拐犯の件もあるし、もうアパートには帰らない。
夏目さんの連絡先を閉じ、代わりに別の人物の連絡先をタップした。
万一誘拐犯に狙われていたらと思うと、友達の家に押しかけるのも気が引けてしまって。
結局、頼る先は実家しか思いつかず、電話をかけた先は母だった。
本当は、漣の勉強の邪魔になるから、できるだけ帰りたくはなかったんだけど。
「…ただいまー」
私の一人暮らしのアパートに、負けずとも劣らないオンボロアパートのドアを開けると、漣ではなく母が飛び出してきた。
「凛っ!!」
そのままの勢いで思い切り抱きしめられる。
「ああ、無事で良かった…!大丈夫?怪我はない!?」
「ちょ、お母さん!苦しい、苦しいってば!!」
「また誘拐されかけたって聞いて、心臓止まるかと思ったんだから…!お父さんに迎えに行かせるって言ったのに、居場所言わずに電話切っちゃうし!」
だって、それだけは絶対避けたかったから。
父は個人事業主として運送業をやっていて、仕事でもプライベートでも愛車は現代では化石と化したデコトラ。
そう。父は、所謂元ヤン。
あんな目立つ車で来られていたら、また誘拐犯に見つかってしまう。
何より、恥ずかし過ぎる。
「ちゃんと上手く撒いたから大丈夫って言ったでしょ。で、お父さんは?」
「凛のこと心配して飛び出しちゃったわよ。居場所も分からないのに。ちゃんと家に着いたって連絡してあげなきゃ」
「漣は?」
「まだ予備校。いつもお金ありがとうね。蓮、すごく頑張ってるわよ。もうすぐ帰ってくるから、凛、先にお風呂入っちゃって」
母に促され、年季の入ったお風呂場へ向かう。
正方形に近い深めのバスタブに浸かると、思わず「狭っ!」と呟いてしまった。
いつの間にか夏目さんのマンションの広いお風呂に慣れてしまっていたらしい。
これが、現実。
もう忘れなきゃ。
言い聞かせて、湯船の中に頭まで潜った。
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