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脱出と特攻服
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朝から夕方までの肉体労働。
壱哉の襲来。
誘拐未遂。
そして何より、夏目さんに秘密を打ち明けたこと。
色々ありすぎて、その日の夜はお風呂から上がった途端疲れが押し寄せてきて、泥のように眠った。
そして翌朝─
頭上でカシャカシャ鳴り響く機械音で目が覚めた。
「…何やってるの?」
枕元に正座してスマホを構えている弟に尋ねると、
「凛ちゃんの寝顔があんまり可愛かったから、受験のお守りにしようと思って!」
と、満面の笑みで言い放つ始末。
スルーして顔を洗いに行こうとすると、足首を掴まれ、引き留められた。
「…ねえ凛ちゃん、実家に帰ってきたってことは、あの男とは別れたってこと?」
途端、部屋の二面に立て付けられた穴だらけの襖が一斉に開き、父と母が顔を出した。
「別れたって…ええっ!?凛、彼氏できたの!?誰?どんな人!?」
「は?彼氏ぃ?どこのどいつだ!俺に挨拶もなしに!!」
さすがオシドリ夫婦!
息ぴったり!!
言い方こそ違うけど、聞いている内容自体は同じだ。
なんて感心していたら、蓮の口を止め損なってしまった。
「それが、結構すごい人なんだよ。あの夏目グループの御曹司なんだって!」
何故か漣が鼻高々で言った途端、母が手に持っていたおたまを落とした。
かと思ったら、物凄い剣幕で私に駆け寄り、肩を強く掴んで揺さぶった。
「な、夏目グループの御曹司って…、凛の彼氏…まさか夏目壱哉なの!?」
母の口から壱哉の名前が飛び出し、私の口からは心臓が飛び出しそうになる。
「違うよ母さん。凛ちゃんの彼氏の名前は仁希さんって言うんだよ。イチヤって誰だよ?」
「あ…、いや、たまたま。そうたまたま!この間次期夏目グループの社長って、テレビで紹介されてたから!!」
「え?本当に?ってことは、その人仁希さんの兄弟なの?凛ちゃん、知り合い?」
知り合いも何も、三年間私のことを騙してた男だなんて。
そしてそれが夏目さんの実の兄だったなんて。
口が裂けても言えない。
特に父の前では。
押し入れの奥に今だに特攻服と木刀が眠っていることを、私は知っている。
「し、知らない!夏目さんとはもう別れたし、付き合って日も浅かったから、全然知らない!!」
「そう…なの?」
まだ疑いの眼で見ている母を無視して、そそくさと話を切り上げて、今度こそ洗面所に行こうとしたとき─
「夏目…壱哉って…なんか…」
この家の洗面所の方面には、漣の『余計な一言ボタン』でも張り巡らされているのだろうか。
「凛ちゃんのこと三年も騙してたクズ男の偽名と名前似てない!?」
漣の余計な一言に、今度は父が、スパーンと勢いよく押し入れの襖を開けた。
「三年…?騙されてた…?どういうことなの、凛!?お母さん何も聞いてないんだけど!」
「れ、漣の勘違いだって!な、夏目グループの次期後継者がそんな雑な偽名名乗るわけないじゃん!」
本当は、全然勘違いなんかじゃないんだけど。
「ってことは…凛を三年も騙くらかしてた野郎がこの世に存在するんだな?」
「や、ちょ、お父さん、特攻服着始めるのやめて!!」
「ねえ、雑な偽名って…なんて名前だったの?」
「あ、秋本一哉…」
「うわ!それ絶対本人じゃない!!」
「ち、違うってば!!あ!ちょ、お父さん、木刀はダメだって!!」
「凛ちゃん、会ったことないのに、何で分かるの?あ、もしかして、弟もグルだったりして!」
「夏目さんはそんな人じゃない!!」
思った以上に大きくなった怒鳴り声で、狭いアパートが静まり返った。
「ご、ごめん。でも、とにかく夏目さんは違うから!」
「待ちなさい!」
逃げるようにその場を離れようとする私を、なおも母が引き留める。
「ねえ、『夏目さん』とはどうして別れたの?もしかして…背中の傷のせい?」
「…ヤだなあ。次男とはいえ夏目グループのお坊っちゃまだよ?そんな人と続くわけないじゃん。価値観の違いってやつだよ」
振り返らずにそう告げて、ようやく顔を洗った。
壱哉の襲来。
誘拐未遂。
そして何より、夏目さんに秘密を打ち明けたこと。
色々ありすぎて、その日の夜はお風呂から上がった途端疲れが押し寄せてきて、泥のように眠った。
そして翌朝─
頭上でカシャカシャ鳴り響く機械音で目が覚めた。
「…何やってるの?」
枕元に正座してスマホを構えている弟に尋ねると、
「凛ちゃんの寝顔があんまり可愛かったから、受験のお守りにしようと思って!」
と、満面の笑みで言い放つ始末。
スルーして顔を洗いに行こうとすると、足首を掴まれ、引き留められた。
「…ねえ凛ちゃん、実家に帰ってきたってことは、あの男とは別れたってこと?」
途端、部屋の二面に立て付けられた穴だらけの襖が一斉に開き、父と母が顔を出した。
「別れたって…ええっ!?凛、彼氏できたの!?誰?どんな人!?」
「は?彼氏ぃ?どこのどいつだ!俺に挨拶もなしに!!」
さすがオシドリ夫婦!
息ぴったり!!
言い方こそ違うけど、聞いている内容自体は同じだ。
なんて感心していたら、蓮の口を止め損なってしまった。
「それが、結構すごい人なんだよ。あの夏目グループの御曹司なんだって!」
何故か漣が鼻高々で言った途端、母が手に持っていたおたまを落とした。
かと思ったら、物凄い剣幕で私に駆け寄り、肩を強く掴んで揺さぶった。
「な、夏目グループの御曹司って…、凛の彼氏…まさか夏目壱哉なの!?」
母の口から壱哉の名前が飛び出し、私の口からは心臓が飛び出しそうになる。
「違うよ母さん。凛ちゃんの彼氏の名前は仁希さんって言うんだよ。イチヤって誰だよ?」
「あ…、いや、たまたま。そうたまたま!この間次期夏目グループの社長って、テレビで紹介されてたから!!」
「え?本当に?ってことは、その人仁希さんの兄弟なの?凛ちゃん、知り合い?」
知り合いも何も、三年間私のことを騙してた男だなんて。
そしてそれが夏目さんの実の兄だったなんて。
口が裂けても言えない。
特に父の前では。
押し入れの奥に今だに特攻服と木刀が眠っていることを、私は知っている。
「し、知らない!夏目さんとはもう別れたし、付き合って日も浅かったから、全然知らない!!」
「そう…なの?」
まだ疑いの眼で見ている母を無視して、そそくさと話を切り上げて、今度こそ洗面所に行こうとしたとき─
「夏目…壱哉って…なんか…」
この家の洗面所の方面には、漣の『余計な一言ボタン』でも張り巡らされているのだろうか。
「凛ちゃんのこと三年も騙してたクズ男の偽名と名前似てない!?」
漣の余計な一言に、今度は父が、スパーンと勢いよく押し入れの襖を開けた。
「三年…?騙されてた…?どういうことなの、凛!?お母さん何も聞いてないんだけど!」
「れ、漣の勘違いだって!な、夏目グループの次期後継者がそんな雑な偽名名乗るわけないじゃん!」
本当は、全然勘違いなんかじゃないんだけど。
「ってことは…凛を三年も騙くらかしてた野郎がこの世に存在するんだな?」
「や、ちょ、お父さん、特攻服着始めるのやめて!!」
「ねえ、雑な偽名って…なんて名前だったの?」
「あ、秋本一哉…」
「うわ!それ絶対本人じゃない!!」
「ち、違うってば!!あ!ちょ、お父さん、木刀はダメだって!!」
「凛ちゃん、会ったことないのに、何で分かるの?あ、もしかして、弟もグルだったりして!」
「夏目さんはそんな人じゃない!!」
思った以上に大きくなった怒鳴り声で、狭いアパートが静まり返った。
「ご、ごめん。でも、とにかく夏目さんは違うから!」
「待ちなさい!」
逃げるようにその場を離れようとする私を、なおも母が引き留める。
「ねえ、『夏目さん』とはどうして別れたの?もしかして…背中の傷のせい?」
「…ヤだなあ。次男とはいえ夏目グループのお坊っちゃまだよ?そんな人と続くわけないじゃん。価値観の違いってやつだよ」
振り返らずにそう告げて、ようやく顔を洗った。
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