32 / 53
脱出と特攻服
2
しおりを挟む
朝から夕方までの肉体労働。
壱哉の襲来。
誘拐未遂。
そして何より、夏目さんに秘密を打ち明けたこと。
色々ありすぎて、その日の夜はお風呂から上がった途端疲れが押し寄せてきて、泥のように眠った。
そして翌朝─
頭上でカシャカシャ鳴り響く機械音で目が覚めた。
「…何やってるの?」
枕元に正座してスマホを構えている弟に尋ねると、
「凛ちゃんの寝顔があんまり可愛かったから、受験のお守りにしようと思って!」
と、満面の笑みで言い放つ始末。
スルーして顔を洗いに行こうとすると、足首を掴まれ、引き留められた。
「…ねえ凛ちゃん、実家に帰ってきたってことは、あの男とは別れたってこと?」
途端、部屋の二面に立て付けられた穴だらけの襖が一斉に開き、父と母が顔を出した。
「別れたって…ええっ!?凛、彼氏できたの!?誰?どんな人!?」
「は?彼氏ぃ?どこのどいつだ!俺に挨拶もなしに!!」
さすがオシドリ夫婦!
息ぴったり!!
言い方こそ違うけど、聞いている内容自体は同じだ。
なんて感心していたら、蓮の口を止め損なってしまった。
「それが、結構すごい人なんだよ。あの夏目グループの御曹司なんだって!」
何故か漣が鼻高々で言った途端、母が手に持っていたおたまを落とした。
かと思ったら、物凄い剣幕で私に駆け寄り、肩を強く掴んで揺さぶった。
「な、夏目グループの御曹司って…、凛の彼氏…まさか夏目壱哉なの!?」
母の口から壱哉の名前が飛び出し、私の口からは心臓が飛び出しそうになる。
「違うよ母さん。凛ちゃんの彼氏の名前は仁希さんって言うんだよ。イチヤって誰だよ?」
「あ…、いや、たまたま。そうたまたま!この間次期夏目グループの社長って、テレビで紹介されてたから!!」
「え?本当に?ってことは、その人仁希さんの兄弟なの?凛ちゃん、知り合い?」
知り合いも何も、三年間私のことを騙してた男だなんて。
そしてそれが夏目さんの実の兄だったなんて。
口が裂けても言えない。
特に父の前では。
押し入れの奥に今だに特攻服と木刀が眠っていることを、私は知っている。
「し、知らない!夏目さんとはもう別れたし、付き合って日も浅かったから、全然知らない!!」
「そう…なの?」
まだ疑いの眼で見ている母を無視して、そそくさと話を切り上げて、今度こそ洗面所に行こうとしたとき─
「夏目…壱哉って…なんか…」
この家の洗面所の方面には、漣の『余計な一言ボタン』でも張り巡らされているのだろうか。
「凛ちゃんのこと三年も騙してたクズ男の偽名と名前似てない!?」
漣の余計な一言に、今度は父が、スパーンと勢いよく押し入れの襖を開けた。
「三年…?騙されてた…?どういうことなの、凛!?お母さん何も聞いてないんだけど!」
「れ、漣の勘違いだって!な、夏目グループの次期後継者がそんな雑な偽名名乗るわけないじゃん!」
本当は、全然勘違いなんかじゃないんだけど。
「ってことは…凛を三年も騙くらかしてた野郎がこの世に存在するんだな?」
「や、ちょ、お父さん、特攻服着始めるのやめて!!」
「ねえ、雑な偽名って…なんて名前だったの?」
「あ、秋本一哉…」
「うわ!それ絶対本人じゃない!!」
「ち、違うってば!!あ!ちょ、お父さん、木刀はダメだって!!」
「凛ちゃん、会ったことないのに、何で分かるの?あ、もしかして、弟もグルだったりして!」
「夏目さんはそんな人じゃない!!」
思った以上に大きくなった怒鳴り声で、狭いアパートが静まり返った。
「ご、ごめん。でも、とにかく夏目さんは違うから!」
「待ちなさい!」
逃げるようにその場を離れようとする私を、なおも母が引き留める。
「ねえ、『夏目さん』とはどうして別れたの?もしかして…背中の傷のせい?」
「…ヤだなあ。次男とはいえ夏目グループのお坊っちゃまだよ?そんな人と続くわけないじゃん。価値観の違いってやつだよ」
振り返らずにそう告げて、ようやく顔を洗った。
壱哉の襲来。
誘拐未遂。
そして何より、夏目さんに秘密を打ち明けたこと。
色々ありすぎて、その日の夜はお風呂から上がった途端疲れが押し寄せてきて、泥のように眠った。
そして翌朝─
頭上でカシャカシャ鳴り響く機械音で目が覚めた。
「…何やってるの?」
枕元に正座してスマホを構えている弟に尋ねると、
「凛ちゃんの寝顔があんまり可愛かったから、受験のお守りにしようと思って!」
と、満面の笑みで言い放つ始末。
スルーして顔を洗いに行こうとすると、足首を掴まれ、引き留められた。
「…ねえ凛ちゃん、実家に帰ってきたってことは、あの男とは別れたってこと?」
途端、部屋の二面に立て付けられた穴だらけの襖が一斉に開き、父と母が顔を出した。
「別れたって…ええっ!?凛、彼氏できたの!?誰?どんな人!?」
「は?彼氏ぃ?どこのどいつだ!俺に挨拶もなしに!!」
さすがオシドリ夫婦!
息ぴったり!!
言い方こそ違うけど、聞いている内容自体は同じだ。
なんて感心していたら、蓮の口を止め損なってしまった。
「それが、結構すごい人なんだよ。あの夏目グループの御曹司なんだって!」
何故か漣が鼻高々で言った途端、母が手に持っていたおたまを落とした。
かと思ったら、物凄い剣幕で私に駆け寄り、肩を強く掴んで揺さぶった。
「な、夏目グループの御曹司って…、凛の彼氏…まさか夏目壱哉なの!?」
母の口から壱哉の名前が飛び出し、私の口からは心臓が飛び出しそうになる。
「違うよ母さん。凛ちゃんの彼氏の名前は仁希さんって言うんだよ。イチヤって誰だよ?」
「あ…、いや、たまたま。そうたまたま!この間次期夏目グループの社長って、テレビで紹介されてたから!!」
「え?本当に?ってことは、その人仁希さんの兄弟なの?凛ちゃん、知り合い?」
知り合いも何も、三年間私のことを騙してた男だなんて。
そしてそれが夏目さんの実の兄だったなんて。
口が裂けても言えない。
特に父の前では。
押し入れの奥に今だに特攻服と木刀が眠っていることを、私は知っている。
「し、知らない!夏目さんとはもう別れたし、付き合って日も浅かったから、全然知らない!!」
「そう…なの?」
まだ疑いの眼で見ている母を無視して、そそくさと話を切り上げて、今度こそ洗面所に行こうとしたとき─
「夏目…壱哉って…なんか…」
この家の洗面所の方面には、漣の『余計な一言ボタン』でも張り巡らされているのだろうか。
「凛ちゃんのこと三年も騙してたクズ男の偽名と名前似てない!?」
漣の余計な一言に、今度は父が、スパーンと勢いよく押し入れの襖を開けた。
「三年…?騙されてた…?どういうことなの、凛!?お母さん何も聞いてないんだけど!」
「れ、漣の勘違いだって!な、夏目グループの次期後継者がそんな雑な偽名名乗るわけないじゃん!」
本当は、全然勘違いなんかじゃないんだけど。
「ってことは…凛を三年も騙くらかしてた野郎がこの世に存在するんだな?」
「や、ちょ、お父さん、特攻服着始めるのやめて!!」
「ねえ、雑な偽名って…なんて名前だったの?」
「あ、秋本一哉…」
「うわ!それ絶対本人じゃない!!」
「ち、違うってば!!あ!ちょ、お父さん、木刀はダメだって!!」
「凛ちゃん、会ったことないのに、何で分かるの?あ、もしかして、弟もグルだったりして!」
「夏目さんはそんな人じゃない!!」
思った以上に大きくなった怒鳴り声で、狭いアパートが静まり返った。
「ご、ごめん。でも、とにかく夏目さんは違うから!」
「待ちなさい!」
逃げるようにその場を離れようとする私を、なおも母が引き留める。
「ねえ、『夏目さん』とはどうして別れたの?もしかして…背中の傷のせい?」
「…ヤだなあ。次男とはいえ夏目グループのお坊っちゃまだよ?そんな人と続くわけないじゃん。価値観の違いってやつだよ」
振り返らずにそう告げて、ようやく顔を洗った。
0
あなたにおすすめの小説
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない
花里 美佐
恋愛
☆『君がたとえあいつの秘書でも離さない』スピンオフです☆
堂本コーポレーション御曹司の堂本黎は、英国でデビュー直後のピアニスト栗原百合と偶然出会った。
惹かれていくふたりだったが、百合は黎に隠していることがあった。
「俺と百合はもう友達になんて戻れない」
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる