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Unknown Lover

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 「はーーーーーーっ」

 「何よ、凛。でっかいため息吐いちゃって。幸せ逃げるわよー」

 ため息くらい吐かせて欲しい。
 だって、今日はいよいよ夏目さんが初恋の女性ヒトと再会する日なのだ。

 「ほら、暇なら冷蔵庫に材料買ってあるから、おでん作っといてよ。からしっかり煮込んだほうが美味しいし」

 「…ごめん。ちょっと今から行くとこあるから無理」

 「えっ!?ダメよ!今日は絶対家でジッとしてなきゃ!!まだ怪しい奴らがウロついてるかもしれないし!!」

 私だってできれば布団の中で一人静かにその瞬間を迎えたかった。
 だけど、そうもいかないのだ。

 そう。
 壱哉が出した条件は─

 『日曜日13時。月乃リゾートに来い』

 ─そのままの意味で受け取れば、たったそれだけのことなんだけど。

 どうも実際は、夏目さんと彼女が再会する場面を見届けろということらしい。
 
 私とは月とスッポン、正真正銘名家のご令嬢と並び立つ夏目さんを見れば、嫌でも私が諦めるとでも思っているのだろう。
 悪趣味。本っ当に性格悪い。

 だけど、夏目さんのためなら─

 「大丈夫だってば。それに、もう約束してるし」

 「ダメったらダメ!!」

 ただならぬ様子の母に、驚きを隠せず、恐る恐る尋ねる。

 「何でそんなに反対するの?何かあるの?」

 「な、何もないわよ!ただどうしても今日凛が作ったおでんが食べたい気分なの!!お母さんもう仕事に行くけど、絶対おでん作っておいてよ!!」

 お母さん、基本的には良妻賢母って感じなんだけど、たまにすっごくワガママになるときがあるんだよなぁ。

 ぼやきつつ、押入れの奥から大きめの箱を引っ張り出す。
 中身は初めての会社の忘年会のビンゴで当てた、圧力鍋。
 フリマアプリで売ろうか迷ったけど、送料がバカにならないからと諦めて正解だった。

 下ごしらえをしたたまご、大根、厚揚げ、こんにゃく、ちくわを出汁といっしょに鍋の中に入れて、スイッチポン。
 これで失敗したら、圧力鍋のせい!

 開き直って、月乃リゾートへと急ぐ。
 壱哉との約束の時間には何とか間に合いそうだ。

 だけど、ホテルのエントランスに差し掛かったところで、私の足に急ブレーキがかかった。

 大きなガラス張りのドアに映る私の姿は酷かった。

 ほぼすっぴん。
 走ったから髪もボサボサで、走ったから額には薄らと汗が滲んである。
 ヨレヨレのTシャツにジーンズ。
 おまけにエプロン付き。

 エプロンは外すにしても、いくらなんでもこんな格好じゃ、月乃リゾート高級ホテルには入れない。
 服を買おうにも時間もお金もない。
 一体どうしたらいいの!?

 ただでさえパニックになっているところに、信じられないものが視界に飛び込んで来た。

 ロビーにいるのは間違いなくこの間私を誘拐しようとした男。
 あの時は暗くて分からなかったけど、以前私のアパートの周りをウロついていたマ●リックスと同一人物だ。

 そして、その男が話をしている相手は、さっき仕事に出かけたはずの母だった。

 いや、厳密には話しているという雰囲気じゃない。
 母の方が叱りつけている感じ。
 それも、一方的に。

 一体どういうこと!?

 何が何だか分からないけれど、どっちにも見つかるわけにはいかない。
 私は壱哉と合流して、夏目さんの再会を見届けなければ。

 とりあえず柱の影に隠れて様子を窺ってると、事態は更にややこしくなった。

 二人のところに、夏目さんが駆け寄って来たのだ。

 そして、今度は夏目さんが二人に加わり言い争いを始めてしまった。

 何で?
 もしかして、夏目さん、まだ私のこと探してる─!?

 壱哉が言っていた約束の時間はもう目前なのに。
 やっとずっと探していた初恋のコに会えるっていうのに、こんなところでそんなことしてる場合じゃないでしょう!

 そう思ったら居ても立ってもいられなくて。

 「夏目さん!!」

 私は自分の格好も忘れて、月乃リゾートのロビーに飛び込んでいた。

 三者三様の表情で同時に駆け寄って来って来たのだけれど。

 「凛!!」

 「凛!?」

 「お嬢様ぁっ!!」

 マ●リックスだけが全く心当たりのない呼び方をしている。

 あ、そうか。
 この男、夏目さんの初恋の人側の人間なんだ!

 それで壱哉や夏目さんと関係のあった私を亡き者にしようと…!
 なるほどね。

 じゃあ、私の後ろにその『お嬢様』とやらが─

 決死の覚悟で後ろを振り返ってみる。
 だけど、誰もいない。

 …どういうこと?

 混乱する私の元にいち早く辿り着いた夏目さんが、二人から庇うように私を抱きしめた。

 「あ!こら!!うちの娘に何するのよ!?離れなさーーい!!」

 「ちょ、夏目さん!?」

 私も腕の中で体を押し返そうとたけれど、ビクともしない。

 回り込んで引き剥がそうとする母とマ●リックスのことも、ダンスでもしているかのようにクルクルと回転しながら躱してしいる。
 
 「もう、凛のバカバカバカ!何で来たのよ?家でおでん作ってなさいって言ったでしょ!」

 「心配しなくてもちゃんと作って来たってば!そんなことより夏目さん、こんなことしてる場合じゃないでしょ!今日は初恋の人に会う大事な日なんでしょう!?」

 夏目さんは回転するのをピタリと止めると、更に強く私の体を抱きしめた。

 「ああ、そうだ。夢にまで見た女性ヒトにやっと会えた…!」

 「え?もう会えたの!?どこ!!?」

 「ここに。俺の腕の中にいる。もう絶対離さない」

 「……は?」

 嬉しすぎて頭がおかしくなったんだろうか?

 「夏目さん、誰かと勘違いしてません??」

 「してない。凛が、凛こそが、20年前俺のことを助けてくれた天使だったんだ」
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