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Unknown Lover

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 「えーーーっっ!!?」

 と、絶叫したのは私ではなく母で。

 私はと言えば、いい年したオニイサンから『天使』なんてメルヘンな単語が飛び出すものだから、他の言葉が全然頭に入って来ない。

 「あなた、まさか、あの時の!?」

 「はい。僕も色々確信が持てない点はありましたけど、がここに現れたことが何よりの証拠です」

 へ?
 何で夏目さんと母、分かり合っちゃってるの?
 
 そこで漸く脳内で夏目さんのセリフを巻き戻し再生してみる。

 …20年前?

 ……夏目さんを助けた??

 「…って、えーーーーっっっ!!??夏目さんが、あの時の!?」

 母よりも大きな声をホテルのロビーに轟かせてしまった。
 
 嘘!?
 そんな偶然ある!?

 ってことは、背中の傷を見たときも、引いたんじゃなくて、ただ驚いただけ?

 いやいやいやいや。
 誰かから傷のことを聞いて、なりきってるだけかもしれない。

 必死に記憶を辿って、あのときの男の子のことを思い出す。

 「で、でも、だって、あの時のコは、ちょっと偉そうで…」

 「うん」

 「だけど、優しくて…」

 「うん」

 ダメだ。
 思い出せば思い出すほど、目の前にいる夏目さんと似ているところしか思い出せない。

 もはや原型を止めていられないほど緩みまくっている夏目さんの濃い顔に、変な汗が止まらない。

 違うところ!
 違うところを思い出さなきゃ!!

 辛うじて、夏目さんとは全然違う、繋いでくれた手の、ふっくらとした感触を思い出す。
 そう、あの時の男の子は─

 「ちょっと小太りだったし!!!」

 今しがた崩壊しかかっていた夏目さんの顔面が、一瞬で凛々しさを取り戻した。

 「ちょ、小太りって!背が高かったからガタイ良く見えただけだろう?」

 「いや、本当に!だっての手、ものすごくふくふくしてましたよ!!」

 「それを言ったら凛だって─!」

 いつものような小競り合いが始まりかけたとき、

 「お取り込み中申し訳ありません」

 マ●リックスとはまた違うタイプの男が颯爽と現れた。

 何ていうか、上品な、年配の。
 そう。
 ドラマに出てくる執事みたいな。

 物腰は柔らかいのに、有無を言わせぬ威圧感もそう思わせる要因の一つだ。
 初対面のはずなのに、何故か知っているような気がする。
 夏目さんも同じなのか、二人して口を噤むと、母がまた驚いた声を出した。

 「高藤…!」

 高藤と呼ばれたその男は、母に丁寧に頭を下げた。

 「お久しぶりです。蘭様」

 「あなた…まだいたの!?」

 「もちろんです。凛お嬢様の幸せをなお姿を見るまでは、隠居などできません」

 蘭
 ??

 言いようのない違和感に襲われ、思わず夏目さんのスーツの裾を握りしめる。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、高藤さんは背筋をシャンと伸ばして、エレベーターの方を指し示して言った。

 「お待ちかねですので、ご移動をお願いします」

 大きな窓から、緑あふれる日本庭園が見える広い和風の個室に案内された。

 既に席についている面々の中に、真っ先に壱哉を見つけてしまい、思わず顔が歪む。
 壱哉の方は、私を見ようともしない。

 その隣の、壱哉にそっくりな塩顔の優しそうな女性は、多分夏目兄弟のお母さん。
 夏目さんにそっくりのギリシャ彫刻顔の男性は、お父さん。

 そして、あと一人。
 会ったことはないけれど、テレビや新聞で顔と名前だけは知っている。
 国会議員の真壁博武。

 もう結構な年齢のはずなのに、触れたら切れそうな、ピリピリした空気を纏っているその人が、私をギロリと睨んだ。

 「高藤」

 高藤さんとは比べ物にならないほど圧の強い声で呼びつける。

 「はい。申し訳ございません。すぐに」

 名前を呼ばれただけで理解できるって、高藤さん、執事としてデキすぎでしょう。

 なんて感心していたら、高藤さんに別室に行くように促された。

 自分で案内しといて追い出すなんて!
 でも仕方ないか。
 よく分からないけど、どう考えても私は部外者だし。

 諦めて、案内された部屋に入ると、そこには見たことのないような美しい着物が掛けてあり、数人の着物姿の女性たちが待機していた。
 彼女たちは、高藤さんが退室したのを合図に、飛びかかるようにして私の服を脱がした。
 そして、あれよあれよという間に私に振袖を着付け、頭にも上品なつまみ細工を飾ると、元の部屋に戻した。

 全員の視線が一気に集まる。
 ものすごく居心地が悪い。

 誰か、何か言って─!

 私の心の叫びに応えたのは、一番意外な人物だった。

 「お、お爺ちゃんだよ、凛」
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