運命の落とし穴

恩田璃星

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もう一つの落とし穴2

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 羽立くんの家は前住んでいたアパートより会社から少し遠い。

 帰宅すると9時前になっていた。

 「ただいま…」

 そっと玄関の扉を開いても、出迎えはない。

 リビングの灯りは点いているので、帰っているはずなのに。

 お風呂にでも入ってるのかな?

 内心、この間宮本くんの家から帰って来たときのように、玄関で待っているかもしれないと思っていたので、拍子抜けした。

 でもまあ、今朝ケンカみたいな感じで飛び出しちゃったし、矢吹のこともあるし、好都合と言えば好都合だ。

 顔を見ても動揺しないよう、心を整えながら一人朝ごはんの残り物をつまんでいると、羽立くんが現れた。

 「あ…ただいま」

 「…おかえりなさい」

 あれ?

 羽立くんの方こそ何か様子が変?

 

 ドアのところで固まっている。

 心なしか目が泳いでいるような気がする。

 よく分からないけど、これはプロジェクトのことを話して、迎えに来ないように釘を刺すチャンスかもしれない。

 「あの、遅くなってごめんね。実は、ちょっと重たい案件を任されることになっちゃって、これからもちょこちょこ残業になるかもしれないんだ」

 「知ってます。高倉円香から連絡がありましたから」

 まさかの返しに、私は呆気なく言葉を失った。

 何で円香が?

 いつの間に羽立くんの連絡先を??

 全く予想していなかった情報の漏れ方に、頭がついていかない。

 「で、どうだったんですか?」

 「どうって、何が?」

 「会ったんでしょう?に」

 間違いない。

 羽立くんの様子がおかしかったのは、矢吹のことを聞いたからだ。

 まさか、こんなにすぐにバレてしまうなんて。

 視界がグニャリと捻れたような気がした。

 「奏音さん?どうしたんですか?顔、真っ青ですよ?」

 「な、なんでもない」

 「なんでもないって顔じゃないですよ。まさか、もう何かされたんですか?」

 「何かって…何もないよ。ただ、ちょっと昔話はしたけど」

 連絡先を交換したなんて言って、すぐにでも会わせて欲しいと言わせたくなくて、その部分は咄嗟に伏せた。

 「昔話?ああ、そういえば同級生だったらしいですね。俺も知ってる人ですか?」

 『知ってるも何も、矢吹は羽立くんが高校の時恋い焦がれていた相手じゃん!!』という言葉を、すんでのところで飲み込む。

 何かがおかしい。

 少しだけ頭も心も冷静さを取り戻し始めた。

 「ちょっと待って。誰の話してるの?」

 「誰って…社長の息子に会ったんでしょう?」

 「社長の息子ぉっ!!?」

 ますます分からない。

 全然話が噛み合ってない。

 私が今日会ったのは矢吹であって、社長の息子なんかじゃない。

 「あ。もしかして奏音さん、今日会った相手が社長の息子って知らなかったんですか?」

 羽立くんの言葉に、カバンを置いていたソファまで駆け寄ってスマホを取り出した。

 連絡先一覧からさっき自動で登録されたばかりの「矢吹海斗」の名前を必死で探しても見つからない。

 その代わり見つけたのは「ぜん海斗」の名前。

 うちの会社の社長の名前は、『善家』だ。

 本当に矢吹が社長の息子だったんだ。

 そういえば一課で「矢吹」と呼んだとき、変な目で見られた気がする。

 何らかの事情で名字が変わったのだろう。

 でも、矢吹には悪いけど、そんなこと、今の私にはどうでも良い。

 まだ矢吹のことが羽立くんにバレたわけじゃなかった。

 全身の力が一気に抜け、私はその場にへたり込んだ。
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