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しおりを挟む庭から屋敷に戻る途中、レスリーはクレアを夜食に誘った。
寝る前に寝室で食べながら少し話をすることになった。
食堂よりも小さな丸いテーブルを2人で挟む。
そのテーブルの上には先程のりんごが食べやすいようにカットされて置かれた。
「どうしてお腹が空いていたのに夕食を食べなかったのか、聞いても良いですか?」
促されてりんごを3切れほど食べたクレアに、レスリーが少し聞きにくそうに質問した。
「マナーが……」
「マナー?」
質問に答えようとしたクレアだったが、その先を言い留まった。
マナーに不安があって十分に身についていないことを怒られないように、夕食の時は気づかれないように頑張っていた。
ここで言ってしまっては意味がない。
だから、クレアはその続きを言うのが躊躇われた。
(……でも、本当にマナーができないことを言ったら怒られるのかな?)
こんなにも、クレアの話を真剣に聞こうとしてくれる人は今までいなかった。
そんな人が聞き出したことで怒るとは思えなかった。
言葉の続きをなかなか言い出そうとしないクレアを前にしていても、レスリーに面倒そうな様子はなく、ただクレアが話し出すのを待っていてくれた。
「……マナーに自信がなくて、ゆっくり少しずつしか食べられませんでした。それに、手が痛くて上手に食器が使えなかったんです」
「そうだったんですね。これからは僕との食事の時はマナーを気にせずに食べてもらって大丈夫ですから、いっぱい食べて下さいね」
レスリーは拍子抜けするくらいあっさりとクレアの告白を受け入れて、マナーのことも許してくれた。
言おうかどうしようか、悩む必要なんてなかったようだ。
そして、レスリーはロイに目配せして、サンドイッチが乗った皿を机の上に運ばせた。
「りんごも美味しいですが、サンドイッチもどうですか?きっと、夜食にピッタリだと思います」
どうぞ、とレスリーはクレアに手に取るように促す。
ふわふわのパンと新鮮な食材が挟まった見た目から食欲のそそられるようなサンドイッチだ。
だが、クレアは食べたいと思いつつも、まだすぐには手を伸ばせずにいた。
「食べられそうであれば、遠慮せずにどうぞ。僕もいただきますね」
レスリーはクレアにそれ以上強くは勧めず、自らがサンドイッチを手で掴んで口に運んだ。
その姿を見たクレアは、同じようにサンドイッチを手に取って口にした。
「美味しい……」
クレアの口の中には、新鮮な野菜とハム、ふわふわなパンの食感が広がっていた。
こんな美味しいものは初めて食べた。
クレアには豪華な食事を食べる機会が今までにも何度かあった。
でも、その時はいつもマナーで緊張していて味なんて分からなかったから、これが安心して味わって食べられた初めての食事だった。
「そうですよね。美味しいでしょう?うちのシェフの腕はとても良いんです。だから、マナーを気にして残すよりも、そうやって美味しそうに食べてくれた方がシェフ達も喜びます」
「あ……」
クレアは言われてその時気づいた。
マナーばかりに気を取られていたけれど、料理を作ってくれた人たちに申し訳ないことをしていたことに。
「これからは、残さず食べようと思います」
「ぜひそうして下さい」
クレアの返事に、レスリーはさらに嬉しそうに頬を緩めた。
やっぱり自分は知らないことが多い。
けれど、この屋敷に来てから知ったことは、温かい気持ちになれることばかりだとクレアは思った。
レスリーとサンドイッチを分け合って、一緒に美味しいですねと言いながら食べる。
一緒に話をする。
クレアは優しい彼のことを知って、自分のことも彼に知ってもらえている感覚がした。
「これが“初夜”なんですね」
「……はい?」
そんな感覚の中、クレアはふと思ったとこを呟いた。
だが、クレアのその言葉を聞いたレスリーはどこか戸惑ったような声を出した。
また、間違ったことを言ってしまったのだろうかとクレアは不安になった。
「結婚初日の夜に、夫婦の仲を深めるために交流するのが初夜だと教わりました。レスリー様との仲が深まっていると思ったのでそうだと思ったのですが、違いましたか?」
クレアは不安げにそう尋ねたが、その言葉を聞くとレスリーは表情を緩めた。
「そうですね、その通りです。間違っていませんよ。僕とクレア様が仲良くなれていると、僕もそう思います」
クレアは自分が言ったことが間違いではなかったことに安堵した。
そして、レスリーもそう思ってくれていて良かったと思った。
「レスリー様」
「はい、なんですか?」
クレアは自分の胸の内から沸き起こる感情を抑えきれずに、彼の名を呼んだ。
そして、自分の気持ちを伝えた。
「レスリー様にはハズレ姫の私と結婚するなんてとても不運なことだったと思いますが、そんな私を受け入れてくださったこと、とても感謝しています。私と結婚していただいて、ありがとうございます」
レスリーが不運体質だから、ハズレ姫の自分と結婚することになった。
それなのに、レスリーは嫌な顔をせずにクレアのことを受け入れてくれた。
そのことをクレアは申し訳ないと思いつつも、同時に心から感謝していたからそのことを伝えたかった。
すると、クレアの目の前にいるレスリーは少し微妙な顔をして首を振った。
「クレア様。あなたは勘違いしています。僕はクレア様との結婚が不運だったとは少しも思っていません。むしろ、幸運なことだったと思っています。こちらこそ、この屋敷に来てくださって、僕と結婚してくださってありがとうございます」
レスリーはクレアに対して、そんなふうにお礼を言ってくれた。
本当に優しい人だ。
クレアに気を遣ってそう言ってくれたのだろうとクレアは思った。
でも、本当にレスリーがそう思っていてくれたらどんなに嬉しいだろうかとも思っていた。
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