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しおりを挟むクレアは夢を見る。
まるで暗い闇の中にいるような夢。
光のない闇の中でも目が見えるから不思議だ。
声が聞こえる。赤ちゃんの泣き声。
この世に生まれたことを力一杯主張するように泣いている。
でも、その赤ちゃんに誰も見向きもしない。
「ハズレだな」
赤ちゃんの泣き声の他に男の人の声が聞こえた。失望するような冷たい声だ。
そして、女の人の泣き声も聞こえてきた。
(待って……!!)
クレアは女の人がしようとしていることに気づいて、声を上げようとした。
だが、声は伝わらず、目の前には悲しい光景が広がる。
女の人が自らの胸を刺し、命を絶ってしまったのだった。
赤ちゃんがハズレだったことに絶望して。
(お母様!!)
その声も届かない。
クレアに魔力がないハズレだったから、クレアが生まれたから、母は死んだ。
「……様、クレア様!」
心配するような声、揺すられる感覚の中、クレアは目を覚ました。
怖かった、悲しかった。
そんな感情が余韻として残っている。
「クレア様、大丈夫ですか?酷くうなされていましたが、夢見が悪かったのですか?」
クレアの隣で寝ていたレスリーがうなされるクレアに気づいて起こしてくれたようだった。
夢見は悪かった。何度も見る夢だ。クレアが生まれた時の夢。
怖くて悲しくて何もできなくて、自分がどんな存在なのかを思い出させるような夢。
クレアは瞳からいつの間にか溢れていた涙を拭った。
「……大丈夫ではないです」
「そんなに悪い夢だったのですね。僕に何かできることはありますか?」
夜中に起こされることになったのに、レスリーはそうやって心配してクレアを気遣ってくれる。
やっぱり、大丈夫じゃない。
こんなに優しい人と自分が結婚することは、間違っていた。
「レスリー様。私との結婚をなかったことにしてもらえませんか?私は、レスリー様の結婚相手には相応しくありませんから」
「……どうして、突然そんなことを思ったのですか?」
「私はレスリー様みたいに優しくて素敵な方と結婚してはいけないんです。私はハズレだから。私は本当は生まれない方が良かったから」
自分が生まれたせいで母は死んでしまった。
ハズレの自分が生まれなければ、今も優秀な魔術師の母は生きていた。
自分が母を殺した。
そんな人間を誰も愛さない。
そんな人間だから愛されてはいけない。
何度も何度も言われた言葉。
少し優しくしてもらったからって、忘れてはいけない言葉。
だから、忘れかけようとしていたクレアに夢を見せたのだろう。
思い出せて良かった。
「クレア様はハズレなんかではありませんよ。純粋な素敵な方です」
「レスリー様は知らないんです!お母様は私がハズレだから、自ら命を絶った。私はお母様にもお父様にも愛されない。そんな人間なんです!」
言いたくなかった。レスリーには知られたくなかった。
でも、自分は本当はそんな人間なのだから仕方がない。
レスリーも王宮の人と同じように、自分のことを嫌なものを見るような目で見るようになるだろうか。
クレアはレスリーの様子を伺ったが、彼の反応はクレアが予想していたものとは違った。
彼は怒っていた。
それも目の前にいるクレアではない何かに怒っているようだった。
「……誰かにそんなことを言われたのですか?」
「お父様にも王宮の皆にもそう言われました。皆、私がハズレの悪い子だって知っています。私は誰にも愛されない子だって」
「違います!愛されないなんてそんな嘘、信じないで下さい。あなたはちゃんと愛されています!」
「それこそ嘘です!そんなこと信じられません!」
クレアはもうこれ以上レスリーの言葉を聞きたくないと耳を塞ごうとした。
だが、その前にレスリーがクレアの腕を掴んだ。
「クレア様、聞いて下さい。あなたは愛されています。だって、あなたには母親が自分の子供にしかかけられない加護魔法“母の敬愛”がかけられていますから」
「……かご……まほう?」
クレアはレスリーの言葉に腕の力を抜いた。
聞き馴染みのない言葉。
だが、クレアはレスリーが自分を慰めるためだけに、根拠なくそう言っているわけではないことが分かった。
「はい。加護魔法です。その人のことを大切に想い、傷ついてほしくないと想い、守るための魔法。その魔法があなたにはかけられているんです」
「私のお母様が私にその魔法をかけてくれたということですか?」
「はい、その通りです。それも強力なものが。偉大な魔術師だったあなたのお母様にしかできない術です。あなたはお母様に愛されていたんですよ。僕はクレア様に初めて出会った時から、あなたが愛されている人なんだと分かっていましたよ」
レスリーは優しく穏やかな表情で、けれど力強く真っ直ぐにクレアを見つめてそう言った。
(……私が愛されている人?)
クレアはレスリーが言ったことを頭の中で繰り返したけれど、すぐに理解することができなかった。
まるで夢のような話で現実味がなかったから。
誰かに愛されていればと願ったことがある。
そして何より、家族に愛されたかったと願っていた。
「……お母様は私が嫌で命を絶ったのではないのでしょうか?」
「こんな加護魔法をかける人がそんなことをするなんて、絶対に有り得ません」
レスリーはクレアの問いを強く否定した。
「……お母様は私のことを愛してくれていたのでしょうか?」
「はい。絶対にあなたのことを心から愛していましたよ」
レスリーはクレアの言葉を優しい笑顔で強く肯定してくれた。
クレアは自分は誰にも愛されていないと思っていた。
父にも母にも見捨てられた自分は、愛されることはないと思っていた。
けれど、自分は母に愛されていた。
それを知ったクレアは、自分の中に温かい母からの愛があるような気がした。
「……お母様」
クレアは呼びかけるようにそう口にした。
もちろん返事はない。
けれど、クレアは自分を産んでくれた、愛してくれた母の存在を感じた。
「お母様……お母様!」
その言葉を口にするたびに、クレアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、いつの間にかクレアは大声で泣き出していた。
それは今はこの世にいない母を寂しく思っての涙か、母に愛されていたことを嬉しく思っての涙か、本人にも分からなかった。
ただ、今まで仕舞い込んでいた感情が溢れ出して止まらなかった。
そんなクレアの肩に手の温もりを感じた。
レスリーが泣きじゃくるクレアに何も言わず、ただ肩を抱いてくれていた。
クレアはレスリーに縋り付くように涙を流し続けた。
今までの辛かったこと、悲しかったことを全て出し切るように。
明日から自分も自分を愛していけるように。
そんなクレアが泣き疲れて眠るまで、レスリーはクレアの傍にいてくれた。
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