【完結】不運体質な公爵様はハズレ姫を娶らされる

雫まりも

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 とある日の昼下がり、執務室の窓から外を見たレスリーは庭にクレアがいるのを見つけた。
 花を見ているにしては花壇から距離が近く、座り込んでいるようだ。
 何をしているのだろうかと、レスリーは様子を確認しに庭へと降りることにした。

「クレア様、良い天気ですね」
「レスリー様、こんにちは」

 少し急ぎ足でクレアの元に向かったが、そんなふうに何気なく声をかけた。
 レスリーの声かけに反応して振り返ったクレアに、レスリーは驚いた。
 クレアはどうやら花を食べているようだった。
 だが、レスリーはなんとか驚きを隠して、また注意するようなことを言わないように意識してクレアに尋ねた。

「美味しいのですか?」

 そう言って、レスリーはクレアが食べていた花と同じものを取って自分も食べてみた。
 少し酸っぱいような変な味だ。
 美味しいとは思わなかったが、食べられなくはなかった。
 微妙な表情のレスリーにクレアは小さく笑った。

「前に王宮にいた時に、同じ花をよく食べていたんです。このお屋敷のお庭にも咲いていたのでつい食べてしまいました」
「そうだったんですね。この花はいろいろなところに咲いていますよね」

 クレアが手に持つ黄色の小さな花はカタバミといって、実は花壇で育てている花ではなく雑草だ。
 けれどレスリーは、今後は庭師に指示してその花の花壇を作ることにしようと決意した。

 クレアがプレスコット公爵邸に来てから2週間が経とうとしていた。
 初めてクレアが屋敷に来た日の夜、泣きながら眠りについた彼女は目が覚めると付き物が落ちたように明るくなった。
 レスリーや使用人たちによく話しかけたり、屋敷の中を楽しそうに回ってみたりしていた。
 その中で、クレアには全く意図はないのだろうが、普通とは違った驚くような行動をすることが多々あった。
 きっと王宮ではほとんど1人で過ごしてきたクレアにとっては普通のことなのだろうが、プレスコット邸の人間たちは驚かされてばかりだった。
 屋敷の主人であるレスリーはそのクレアの行動に振り回されてはいたが、レスリーにとってそのことは全く苦ではなかった。

「この花は幸運の花なんです」

 クレアは新しく摘んだ花を口に運びながら嬉しそうにそう言った。
 レスリーはこの花について名前は知っていたが、そういった話は聞いたことがなかった。

「幸運の花ですか?」
「はい。王宮にいた時、お腹が空いてどうしようもないと思っていた時に見つけました。食べても大丈夫なものなのか分かりませんでしたが、食べてみたらお腹を壊すこともなくちょっと元気にもなったんです」
「……そうですか。そんなにお腹が空くことがあったのですね」
「あ、でも、他にもお腹が空いている時に、空からうっかり鳥が落としたパンが降ってきたことがあったり、動物が起き忘れたのか扉の前に木の実が置いてあることもありました。そんな幸運ばかりでした」

 クレアはそうやって明るく嬉しそうに話すが、レスリーは彼女に共感できず、酷く胸が痛んだ。
 クレアは本心から良かったと思っているのだろう。
 彼女は自分が置かれていた状況をおかしいと思うことなく受け入れてきたから。
 クレアは話を聞いて黙り込んでしまったレスリーに、不安げな表情を向けた。

「私はまた何か、間違ったことを言ってしまいましたか?」
「あなたは何も間違っていません。あなたが色々なことに幸運だと思うことは素敵なことです。ですが、あなたの今までの状況は全部間違っています。あなたがそんなことをされていたことが許せません」

 クレアの王宮での暮らしは普通以下で、本来なら当たり前に受け取れることさえ受け取れずにいた。
 そんな環境にいれば常識など分かるはずもなく、幸運の基準も低くなるだろう。
 彼女が幸運だと思えることは素晴らしいことだ。
 けれど、今の彼女の幸運を当たり前にして、さらに幸運なことはこの世に溢れていることを彼女に知ってもらいたいと思った。

「クレア様。きっとあなたはこれから色々なことを知って、色々なことを感じていくと思います。その中で、僕と一緒に新しい幸運もたくさん見つけていきましょう」

 レスリーは優しくクレアの手を取り、そう言った。
 クレアは言われたことの意味を完全には分かっていないようだった。
 けれど、レスリーからの提案に嬉しそうに頷いた。



 執務室に戻ったレスリーは、机の上に置いていた報告書に目を落とした。
 今朝届いたばかりの王宮でのクレアについての報告書だ。
 クレアはハズレ姫と呼ばれ、王宮でも冷遇されていたのだろうと想像はしていたが、その報告書には予想以上のことが書かれていた。
 小さい子供の頃からクレアを王宮内の小屋に追いやり、身の回りの世話も十分にしない。食事も十分には与えない。
 王族としての教育をしないどころか、使用人さえクレアを王族として扱っていなかったという。
 しかも、やはりクレアは成人していなかった。
 成人まではあと半年あるという。
 正直なところ、もっと幼いのではないかと思っていたが、王宮での生活では十分に成長できなかったのだろう。

 そして、レスリーが一番気になっていたクレアの母親について。
 クレアの母親が亡くなった原因は、やはりクレアが王宮の人間から言われていたようなものではなかった。
 それどころか、クレアの母親は国王に殺されていた。
 クレアが生まれてすぐに魔力がないと分かった国王がクレアを殺そうとした。
 それを阻止しようとして、母親は殺されてしまった。
 そして、殺される直前、彼女は最大級の加護魔法“母の敬愛”をクレアにかけた。

 “母の敬愛”は実際にはまじないのようなものだ。
 子供が大人になるまでに病気にかからないように、事故に遭わないように成長できますようにという願いを込めたもの。
 だが、偉大な魔術師の母親がかけたそれは、まじないどころではなく国宝級の魔法といっても過言ではなかった。
 クレアに危害を加えることはできないし、そんなことをした者には災いが降りかかるだろうとされていた。
 だから、クレアは酷い扱いであっても生かされ、王宮に置かれていた。
 加護魔法があるうちはクレアには誰も何もできない。
 だが、母親の加護魔法が切れた後は、魔力も一切ないクレアを守るものは何もない。
 もし、クレアがあのまま王宮で暮らし、成人を迎えて加護がなくなっていたら……

 そうだった時のことを考えたレスリーは報告書を破り捨てたい気持ちになったが、部下が苦労して作成してくれたことを思い出して机に置いた。
 そして心の内を整えるように、先ほどクレアが帰り際「これは特別に美味しそうです」と選んで渡してくれた花に視線を移した。
 劣悪な環境にいたにも関わらず、純粋で優しい心をもったクレアには幸せになってもらいたい。
 幸せにしてあげたい、そう思わずにはいられない。
 ……でも、彼女にとってのその存在が自分でいいのだろうか。

 レスリーは鍵のかかった引き出しを開けて、1つの封筒を見つめた。
 その中には、未記入の離婚届が入っている。

「またそんなもの眺めて。出すつもりなんてないくせに」

 ティーセットを持って部屋に入ってきた執事のロイが呆れたようにレスリーに声をかけてきた。

「公爵家の主人に対して、なんて口の聞き方だ」
「これは大変失礼いたしました。使用人としてではなく、乳母兄弟としての助言が必要かと思いましたので」

 ロイはトレイを手にしたまま器用に礼儀正しく深々と頭を下げた。
 主人に対して手本のような所作ではあったが、どこか呆れた感じが伝わってくる。
 ロイには全部見透かされているようだ。
 侍女だったロイの母親を乳母として育ったレスリーはロイとは小さい頃は兄弟のように接していた。
 楽しいことも悩みも共有してきた。
 だから、ロイにはレスリーの今の悩みもバレバレなのだろう。

「怖いんだ。クレア様にもいつか見放される時が来るんじゃないかって」
「だから、その前にクレア様から離れようと?クレア様と必要以上に関わらないようにしようと?まあ、それは全然できていませんけど」
「うっ……それは……。クレア様は危なっかしくて放って置けないから。それに、彼女にはまだ助けが必要だ。だから、つい気にしてしまうというか」
「クレア様もレスリー様も楽しんでいらっしゃるのですから、それでいいのではないですか?」

 そう、クレアと話すのも過ごすのもとても楽しいのだ。
 だからこそ、これ以上親密になってから彼女が自分から離れていくようなことがあると考えると辛い。

 レスリーにはこの屋敷の人間以外にほとんど親密な人間はいない。
 親しかった人間も、皆、何度もレスリーの不運を目にするといつの間にか遠ざかっていく。
 それは仕方がないことだ。
 誰だって、そんな不運ばかりの人間と一緒にいたいとは思わないだろう。
 巻き込まれることもあるかもしれないと、忌避するのは当然だ。
 だから、レスリーは誰かと親密になることを諦めていた。

 今のクレアは雛鳥のようなものだ。
 不当な扱いから正当な扱いを初めて受けて、普通の世界を知り始めたばかりだ。
 レスリーを好意的に見てくれているのも、まだ他の世界を知らないから。
 クレアはレスリーの不運を何度か目にしているのに、レスリーと一緒にいることを嫌がらない。
 レスリーと親しくなろうとしてくれている。
 けれど、他にも王宮以外には素敵な人がたくさんいると知ったら、不運ばかりのレスリーにはきっと愛想を尽かして見捨てるだろう。

「……本当にそう思いますか?クレア様がそんな人間だと」
「思わない。彼女はそんな人じゃない!」

 さすが、長い付き合いの男だ。
 レスリーが考え、悩んでいることなどお見通しのようで、その上どう言えばレスリーにハッパをかけられるか分かり切っていた。
 思わず声を上げたレスリーに対して、ロイはにっと兄弟に向けるように笑った。

「じゃあ、どうすればいいか分かるだろう?自分の心に従えばいいだけだ」

 分かっている。
 分かってはいるけれど、まだレスリーにはその言葉にすぐに頷くことはできなかった。
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