【完結】不運体質な公爵様はハズレ姫を娶らされる

雫まりも

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 クレアはあまり自ら望みを口にすることはなかったが、学習欲のある人間のようだった。
 この屋敷では出来なくても咎められることはないが、マナーを気にしていたクレアに学びたいかと尋ねたところ、目を輝かせて頷いた。
 クレアの希望通り、マナーの講師をつけるとどんどんと上達していった。

 そして、文字が読めないことも気にしていた彼女にレスリー自ら文字を教えた。
 文字が読めるようになると、自由に使うことを許可した屋敷の図書館で1日に何冊もの本を読んだ。
 クレアは着実に知識と教養を身につけつつあった。

 しかし、今まで培ってきた彼女の中の常識と世間一般の常識のすり合わせは一朝一夕にはいかない。
 クレアは突然木に登ったり、物置に行って姿を消したり、変なものを作ったり予想外の行動をする。
 その度にレスリーがフォローに走った。
 レスリーがクレアと関わることについて考える暇もないくらいに。
 レスリーはクレアと毎日顔を合わせて交流し、仲を深めていった。
 そしてある日の休日、2人は初めてのお出かけをすることになった。

「レスリー様。お忙しいのに私をお出かけに誘っていただいてありがとうございます。本で読んでからピクニックというものに行ってみたいと思っていたので、とても嬉しいです」
「こちらこそ、ありがとうございます。僕もクレア様と行けることをずっと楽しみにしていました」

 明るい表情で馬車の中から窓の外を眺めたり、レスリーに笑いかけたり忙しく浮き足立っているクレアを前に、レスリーはほっこりした気持ちで本心を述べた。
 2人で出かけることは直前まで悩んでいたが、こんなに喜んでくれるのなら計画して良かったと思った。

 クレアは屋敷に車で、一度も王宮を出たことがなかったという。
 そして、今までは外の世界を知りようがなかったが、本で読み、人から話を聞けば興味を持つことは必然だ。
 だから、外出に誘った。
 その時のクレアの嬉しそうな顔は目に焼き付いている。
 お天気の中での昼食がとても楽しみだと言っていた。
 窓の外を見るクレアと一緒にレスリーも馬車の中から空を見上げた。
 雲ひとつない晴天。
 大丈夫だろう……大丈夫だろうか。

「レスリー様?」

 クレアが心配そうにレスリーに声をかけた。
 レスリーの表情は、自分では気づかないうちに固くなってしまっていたようだ。

「すみません。少し馬車に酔ってしまったようです。外の空気を吸ったら落ち着いたので、もう大丈夫です」

 レスリーはクレアを心配させないように、自分自身の不安を消し去るようにそう誤魔化した。

 目的地には日が真上に登りきる前には着くことができた。
 昼食の時間にもちょうど良い。
 順調に行き過ぎているくらいだった。
 晴れ間が覗く木漏れ日の中、屋敷から持ってきたお弁当を広げてピクニックの準備を進める。
 あとは食事を始めるだけとなったため、気を利かせて使用人達は皆、下がっていった。
 ここまでくれば、もう大丈夫だろう。

「クレア様、それではいただきましょうか」
「はい。では、私がお茶を注ぎますね」

 持ち運び用のカップを受け取って、クレアが注ぎやすいように掲げていたところ、レスリーの手に水滴が落ちたような感覚がした。
 クレアはまだ容器を傾けていないので、中身が溢れて手に掛かったわけではない。
 レスリーは恐る恐る空を見上げた。
 つい先程まで雲ひとつなかった空は、急激に分厚い雲に覆われ始めていた。
 そして、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきたかと思うと、すぐに大粒の雨が降り出した。

「確か、あちらに洞窟がありました。避難しましょう!」
「はい。わかりました!」

 2人は急いで広げたお弁当をまとめ直すと、洞窟へと走った。
 急いで片付けて駆け込んだものの、洞窟へ着く頃にはかなり雨に降られてしまった。

「……申し訳ありません。僕のせいでクレア様までこんな目に合わせてしまって」
「レスリー様のせいではありません。山の天気は変わりやすいと、この間読んだ本に書いてありましたから。今度、ピクニックに行く時は傘を持って行けば安心ですね。レスリー様の分も準備しますね」
「あなたは、また僕とピクニックへ行こうと思ってくれるのですね」

 レスリーはクレアの言葉に、ついそんな本音をこぼした。
 クレアは雨で髪も服も濡れてしまっているが、そのことを少しも気にしていないというようにレスリーに微笑んでいた。
 クレアがこの屋敷に来てから彼女と一緒にいる時にレスリーに不運が降りかかりことは度々あった。
 そんな時、クレアはいつもレスリーに心配そうな表情を向けることはあっても、うんざりしたような表情を向けることは一度もなかった。
 クレアがレスリーと一緒にいることを嫌がったり、躊躇ったりすることは決してなかった。

 レスリーのせいではないと、心から信じて言ったくれた彼女。
 不運に巻き込まれても嫌な顔一つしない彼女。
 そんな彼女を前に、レスリーは真実を隠していることを後ろめたく思った。
 それに、クレアにだったら言っても良いのではないか。クレアには伝えるべきなんじゃないのか。
 レスリーはふいにそう思った。

「クレア様はそう言ってくれると思っていました。ですが、本当に僕のせいなんです」
「……どういうことなのでしょうか」

 レスリーの様子に冗談を言っているのではないと感じ取ってくれたクレアが、真剣に向き直った。
 そんな彼女を前に、レスリーはやはり話すことを決めた。

「プレスコット公爵家は代々、聖地や大聖堂を抱えるセントリーベル領を納めてきました。そして、公爵家には何代かに1人、“幸運”を扱える者が生まれます。それが僕でした。そして、僕は小さい頃に病気で生死を彷徨った時に“幸運”の力を使い、生きることができました。
 しかし、その代償として“不運”という現象が起こりやすくなりました。だから、今日の雨も僕の不運のせいなんです」

 申し訳ありません、とレスリーは再びクレアに謝った。
 こんな話を聞けば、優しいクレアもさすがにレスリーを煩わしく思うだろう。
 もう一緒にいたいと思わないかもしれない。
 そもそも、こんな嘘みたいな話、信じられないかもしれない。
 どちらにしろ、レスリーはクレアから良い反応が得られるとは少しも思っていなかった。
 しかし、クレアはレスリーの予想と反して、ただぽかんとした表情をしているだけだった。

「そうだったんですね。そのような力が存在することを初めて知りました。最近は本を読んで知識を得られてきていると思っていましたが、まだまだ知らないことばかりです」
「いえ……このことは世間一般には知られていないようなことなので、クレア様が知らなくても当然のことなのですが……」

 クレアの反応はレスリーの斜め上の返答で、そう返すだけで精一杯だった。
 レスリーが“幸運”の能力を使えること、プレスコット公爵家がそのような家系だということは公爵家の秘密だ。
 クレアだから話した。
 今、そのことを伝えてももっと混乱しそうなので、どうしようかと考えているとクレアの方が先に口を開いたのだった。

「それでも、やっぱりレスリー様に謝っていただく必要はないと思います。雨が降ったことがレスリー様の“不運”に関係していたとしても、私は雨が降ったことを嫌だとは思っていませんから。こういうの、ハプニングっていうんですよね。ちょっとしたハプニングがあった初めてのピクニック。レスリー様と手を繋いで洞窟へ駆け込んだのは、少し楽しかったくらいでした。きっと、ハプニングのなかったピクニックよりも、もっと楽しかった思い出として今日のことは心に残ると思います」

 あっけらかんとそう言ったクレアに、今度はレスリーがぽかんとすることになった。
 クレアがそんなことを言うなんて、思ってもいなかった。
 “不運”で起こった出来事を、そんなふうに良いものとして考えたことなんて一度もなかった。

「でも、きっとこの先も僕といればさまざまな不運が起こって、あなたもそれに巻き込まれることがあるかもしれませんよ。穴に落ちて汚れたり、物が落ちてきて怪我をしたり。そんな僕が嫌になる日がきっと来るはずです」

 レスリーは自暴自棄にもそんなことを口にしていた。
 レスリーと関わってきた人々は皆、最初は良くても最後は嫌な顔をして離れていく。
 だから、期待するよりも前に自分の方から先に言ってしまった方が傷つかないと、無意識に思った。
 しかし、クレアはそんなレスリーを前にしても、目を背けることはなかった。

「そんな日は絶対に来ません。レスリー様に起こった不運な出来事を嫌だと思うことがあったとしても、レスリー様を嫌だと思うことはこれからも絶対にありません」

 クレアは真っ直ぐにキッパリと、少し怒ったように言い放った。
 その言葉には、力強さがあった。
 その言葉を信じても大丈夫なんじゃないかと思わせるような力があった。
 それでも、まだマゴマゴとしているレスリーにクレアは言葉を続けた。

「それに、レスリー様は不運だと気にしすぎなんだと思います。穴に落ちた日があっても、受け身の練習になった、登る時に良い運動になった、汚れた服を着替えて気分転換になった。そう思えば、不運な出来事も嫌なだけではなくなるかもしれません。レスリー様がよく怪我をされるのは心配ですけれど、そのおかげで治癒魔法も上達されたのですよね。そうやって良いところにも目を向ければ、もっと気楽に過ごせるようになるのではないでしょうか?」
「……そんなふうに不運を考えたことなんて、ありませんでした。気楽に過ごすことなんて、できるでしょうか」

 レスリーはもう少しも取り繕おうとはせずに、素直な不安を口にしていた。
 自分より年下の女の子に、こんな弱音を吐くなんて普段ならあり得ないことだけれど。
 なぜだか、クレアには話したいと思った。

「きっとできます。1人ではできそうにないと思うのなら、私のことをどんどん巻き込んで下さい。私は不運が起こっても嫌なことだけでは終わらせませんから。それに、レスリー様が私に言ってくれたのではありませんか。一緒に幸運を見つけていこう、と。一緒に、不運の中の幸運を見つけていきましょう」

 一緒に幸運を見つけていきましょう。
 それは確かにレスリーがまだ屋敷に来たばかりのクレアに言った言葉だった。
 その時は、彼女の幸運を思って言った言葉だった。
 それが、別の意味を併せ持って自分に帰ってくるとは思ってもいなかった。
 そして、そう言ってもらえることが、こんなにも嬉しいことだとは知らなかった。

「ありがとうございます。不運の中に幸運を見つける。クレア様と一緒なら、できる気がしてきました」

 レスリーの言葉を聞いたクレアは嬉しそうに表情をパッと明るくした。
 自分のことのように喜んでくれた。
 その時、まるでクレアを照らすように洞窟の外から光が差し込んだ。
 急な雨は止んだようだった。

「あ!レスリー様、見てください!虹が出ていますよ。これも雨が降ったおかげですね」

 虹の下、クレアが楽しそうにクルクルと回っている。
 ああ、これが不運の中の幸運なのか。
 レスリーは心の中に染み入るようにそう感じた。
 虹を見られたことよりも、虹を見て喜ぶクレアの姿を見られたことがレスリーにとっては幸運だった。
 だからきっとこの先もクレアがいてくれるだけで、自分はどんなことがあっても幸運を感じられるのだろうと心から信じられた。

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