王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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その日は朝から大変であった。
レッドは配送の依頼を受けようとしたのだが、久しぶりに顔を出したギルドで職員をはじめ多くの人たちに囲まれて時間を取られてしまったためである。
「……くそっ! 朝から始めたのに、受付終わるまでに昼越えてるじゃねぇか。しかも、荷物が重い……」
「それだけ皆さんが心配していたということですよ、レッド。それと、そこまで重くない荷物にしてるんですけど……、弱ってますね」
リベルテは、レッドより重そうな荷物を軽々と持ってレッドの横を歩いていく。
決してリベルテが怪力と言うわけではない。
自分が情けなくなり、レッドは何も抱えている荷物に集中する。
落とさないように気を払いつつ、配送先までのちょっとした距離を歩くことに努めて、今朝のことを思い返していた。

荷物を持つなどでは、まだ少し弱弱しさが見えるが、歩くことには不安は無くなっていた。
もう、壁に手をつかなくとも大丈夫になっている。
「だいぶ歩けるようになったな」
レッドがスタスタ、と言うほどではないが、普通に歩けるようになっていることに、リベルテは涙を滲ませていた。
毒によってしばらくの間、寝たきりになっていたため、レッドが落とした筋力はかなりなものだったのだ。
立って歩くこともままならず、壁に手をつき、ゆっくりと這うような速度で歩くのがやっとなほどであったが、レッドは諦めず、ひたすらに筋力を取り戻す訓練を続けてきた。
家の中で出来ることは限られていて、壁に手をつきながら歩き回り、部屋の中で剣を持ち上げて振り、筋力を取り戻そうとしてきたのだ。
その苦労をずっと側で見続け、支えてきたリベルテにとって、レッドが日常を取り戻してきていることが嬉しく、その喜びが溢れてしまっていた。

「……本当に、よかった。本当に」
レッドはからかって茶化そうかと思ったが、お互いの苦労を思い返してそれを止める。
代わりに、手をリベルテの頭に持っていこうとしてまた動きを止める。
逡巡するように手を動かして、躊躇いながらも、リベルテを抱き寄せた。
「苦労をかけて、すまなかった」
「こういう時は、謝るんじゃなくて、感謝の言葉が欲しいです」
「……ありがとう」
リベルテからも手を回してきて、二人は抱きしめあう。
「本当に、良かった……。これでレッドさんの掛かり付け薬師も、一段落ってことですかね」
近くから声が掛かって、レッドとリベルテは慌ててお互いから離れる。

「お、おぅ。マイ、居たのか」
「ええ、最初からずっと居ましたよ。口を出す暇も無いくらいに、お二人の世界だっただけです」
マイはジトッとした目をレッドたちに向けるものの、すぐに明るい表情に戻す。
「マイさん、ここまでありがとうございました」
「いえいえ。……でも、これでおしまいって、追い出されると、私困っちゃうんですけどねぇ……。あはは」
マイはレッドの治療が終わるまでは、とリベルテの家に住み込みながら、薬の調合を続けてきたのだが、まだ診療所には戻れない。
それと言うのも、騒乱で怪我をした人たちの治療に、薬師ギルドは持っていた薬草のほとんどを使いきってしまった状態なのだ。
今の冬の時期には採取できる薬草に種類が無く、採れる薬草のほとんどは依頼を出して採ってしまっている。
これ以上となると春を待たないと手に入らないのだ。
城や薬師ギルドの本部が所有している畑で栽培している薬草もありはするが、それは当然、王や貴族たちに優先される薬草であり、広い畑と言うわけでもないこともあって採れる数も少ないため、平民相手の診療所にまで回らない。
マイたちが所属している薬師ギルドのほとんどは、強制的な休暇中となっているのだ。

マイはソレの診療所の住み込みであり、護衛としてマイの側に居る必要があるタカヒロは、近くの宿を借りての生活となる。
だが、今そうなると、マイは仕事が無い状況なので、住み込みであっても生活に窮する部分が出てきてしまうし、タカヒロも帰れない日もある城勤めであれば、支払い続ける宿泊費と城からの距離は決して望ましいとは思わないだろう話になる。
その点、リベルテの家では掛かりつけの薬師と言う肩書きがあるから何もしていないわけではないし、部屋だけでは無く、リベルテがご飯も作ってくれる。
タカヒロも、マイと同じこの家に住まわせてもらえるし、帰れない日があって当然何も言われないし、宿に比べれば払った分が勿体無い、と感じることも無い。
それになにより、帰ったときに誰かが迎えてくれる、と言うのが嬉しいものだと思っているのだ。
ただ、タカヒロにしても、いつまでもリベルテの家に世話になり続けるわけにはいかない、とは思っていた。

だからマイは、新たな薬草が手に入る春までは、とマイはリベルテに頼み込む。
しかし、リベルテから返ってくる言葉は、とてもあっさりとした了承の声だった。
「お二人が居ないと、なにやら家が静かで、どこか寂しいものでしたから、私はずっと居ていただいて構いませんよ」
「え~。でも、たまにレッドさんと二人っきりになりたいとか、ないですか? 言ってくれたら、タカヒロ君とその日は宿に寝泊りに行きますよ」
「ちょっと!? 余計な気は遣わなくていいですから!」
マイの本気ともつかないからかいに、リベルテが顔を赤らめながら嗜める。
もちろん、一抹の不安を感じ取ったレッドは、少し離れた所に逃げていた。

「……あ~、歩けるようになってきたし、さすがに何もしないままってわけにも行かないからな。そろそろ、仕事に行こうと思う」
「まだ無理をしない方が良いんじゃないですか?」
「歩けるようになっただけで、まだ以前のように動けないでしょ?」
女性二人から待ったが掛かるが、世話をかけっぱなしというのは居心地が悪く、レッドは強行する。
マイとリベルテは肩を竦め、お互い、目で話し合った結果、マイが残って、リベルテがレッドについて冒険者ギルドへと向かったのが、朝であった。

「なんて言うか、ここに来るのが、久しぶりって気がするな……」
「依頼でハーバランドやウルクに向かっても、ここまでギルドに顔を出さなかったことはありませんでしたからね」
建て直しなどもなく、変わらないままある冒険者ギルドの前で、レッドは感慨深そうに足を止めていた。
「ほら、早く入りましょう」
「あ、あぁ。そうだな」
ギルド内にはそれなりの人がすでに居て、依頼板の前やロビーで談笑している者達の声に活力が戻りつつあるようだった。
だが、それでも以前ほどの活気はまだ戻っていない。
怪我をしたことで冒険者の仕事を続けられなくなった者もいるのである。
決して良い話とは言い切れない所があるが、他の職の方たちの中にも無くなった方がいて、代わりの募集で、冒険者と言う受け皿ではなく、他の職に就けた人も居たりするのである。
リベルテが少し前からまた働くようにしたため、その様子を聞いているのだが、久々にギルドに顔を出したレッドには、活気が無くなりすぎているようにしか見えなかった。

「やっぱり、騒乱前に比べれば少ないな……」
「それでも復帰されてきているんですよ。新しく冒険者になった方もいますし」
リベルテは依頼板へは向かわず、レッドをカウンターに連れて行く。
リベルテの姿に気づいたエレーナが挨拶しようとして、その隣に立っているレッドの姿に動きを止めた。
次第に目に涙が浮かべる。
「レッドさん!! 良かった……。レッドさんのお姿を見られて、ホッとしました」
レッドが毒に倒れていたことは、リベルテからの報告でギルドがレッドを回収した際に伝えられていた。
それからずっと、リベルテも顔を出さなくなっていたのだから、職員たちもかなり心配していたのだ。
「なぁにぃーーー!! レッドだとっ!?」
「うわぁっ!」
エレーナの声でレッドに気づいたらしく、ギルマスが部屋から飛び出してくる。
「おぉ! 本当にレッドじゃないか! 元気そう何よりだ!!」
喜びのあまりレッドの背中を叩くと、レッドがそのまま飛ぶようにして倒れた。
「レッド!?」
「レッドさん!!」
エレーナもカウンターから飛び出して、リベルテとともにレッド体を起こす。
病み上がりの人間に対して、ギルマスの力は暴力的過ぎたのだ。
エレーナはギルドとしての失態に、入念にレッドが怪我をしてないか確認していた。

「レッドは毒と長く臥せっていたせいで、弱ってるんです! ギルマスのバカ力で叩かないでください!」
「そうですよ! せっかく復帰された方を潰す気ですか!!」
「わ、悪ぃ……」
二人の剣幕にギルマスも小さくなり、依頼を受けに来ていた冒険者たちも思わず身を正してしまった。
静まりかえったギルドにチームが入ってきて、その雰囲気に戸惑った声を発する。
「あれ? なんで静まり返ってるの?」
「何か問題でも起きたのかな?」
辺りを見回し、小さくしている姿が目立つギルマスに目を留めて、その近くに居る人たちに気がついた。
「あ! レッドさんだ!」
「え? 嘘?」
「復帰されたんだ! 良かった!」
リベルテたちに支えられながら立ち始めていたレッドに、新たな一団が押し寄せる。
「今度は何だ!? ってレリック? お前たちか。久々だな」

冒険者にも多くの被害が出ており、依頼をこなせる人が減っていた。
そんな中でも、優先度の高そうな仕事をこなし続けてきたのはレリックたちのチームであった。
その働きっぷりは、街の人たちに勇気を与え、新しく冒険者になった者たちにとって憧れの存在となっていたのだ。
そんなレリックたちのチームが慕う相手がギルドに来ているらしいと言葉に上がり始め、新しく冒険者になった者たちもレッドの姿を見ようと集まり始める。
レッドのことを知っている人たちも、元気になった姿を見ようと集まり始めて、収拾がつかなくなり始めていた。

「ちょっと待て! 動けん! ありがたいが、仕事しにきたんだ。離れろ」
振りほどきたいのだが、以前より力が弱くなっているレッドでは振り払うことなど出来ないでいる。
むしろ、その力の弱さから、嬉しいのに嫌がった素振りを見せているだけ、じゃれているだけに思われているようで、かえってもみくちゃにされる始末であった。
「ふぅ……。やはり、想像してた通りですね」
「レッドさん、意外と面倒見が良い方ですからね。リベルテさんは、側に居なくて良かったんですか?」
「皆も嬉しいはずだもの」
ちゃっかりと抜け出していたリベルテとエレーナは、微笑みながら皆にもみくちゃにされるレッドを少し離れた所から眺めているのだった。

なんとか集まった人たちを散らすことが出来たが、仕事をする前からレッドはぐったりとしていた。
そんなレッドを横に、リベルテが配送の依頼の手続きを進めていく。
「はい。それではお願いしますね。荷物は倉庫の方から受け取ってください」
「ええ。それでは。ほら、レッド。仕事に行きますよ」
「……助けてくれなかった薄情者め」
「ふふふ。皆さんに祝ってもらって、嬉しかったくせに」
リベルテに手を引かれながら、隣のギルド倉庫へ向かい、荷を積んだ馬車を進ませる。

そして、今……。
移動は馬車のため、配送先まで荷物を持って歩かなくて済み、日常に戻ったようで上機嫌なレッドであったが、荷物を運び出す所でその気持ちは吹き飛んでいた。
荷台から荷物を降ろして、配送先まで持っていくだけで腕が震え始めてしまったのだ。
なんとか届け終わった所で、空になった荷台にレッドはうずくまっていた。
「……復帰してすぐなんですから、そんなに気にしないで良いのでは? それよりも、仕事をこなせるようになったことを喜びましょうよ」
「ここまで弱っていたなんて……、俺はもうダメかもしれない」
仕事をするぞ、と意気揚々と依頼を受けたのだが、以前はなんてこともなかった荷物を持つだけで、今では抱えるのが精一杯となっていることに、心が折れてしまっていた。

「いくら重さがあっても、剣を上下に振るしかしてこなかったのですから。荷物を持ち運べるだけでも、筋力は戻ってきた方ではないですか? 何度もこなして、また力をつけていけば良いんですよ」
「……すまない」
「だから。私は謝って欲しくなんて無いです。折角またこうして、レッドと仕事が出来るようになったんですから。それを悲しいものにしないで」
ガタガタと荷台が揺れる音が響く。
夕陽に照らされながらギルドへと戻る道。
何を言えばいいのかわからなくて、でも、決して嫌な雰囲気ではないまま、レッドの復帰初日の仕事は終わりを迎えるのだった。
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