王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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モレクの町からは急ぐことは無く、野営を二日ほど続けたらハーバランドが見えてくる。
運ぶ荷も無いし、道中を襲ってくるかもしれない賊はキストとの戦争の後なので取締りがされているようで全く無く、モンスターに至っても、目の敵とばかりに排除されたようで、安全な道のりとなっていたのだ。
二日ほど野営をしているが、以前にハーバランドまで向かった行程より、少し早めにたどり着けていた。

「やっと着いたぁ~。うう~、早く宿でゆっくりと休みたい~」
メレーナ村からモレクの間の一日だけ野営でも文句を言ったマイであるため、それが二日も続いたハーバランドまではもっと堪えたようで、すでにへろへろなっていた。
「……前に比べると、かなり弱ってるんじゃないか?」
レッドがマイの様子に、つい口を出してしまった。
レッドの言葉に、マイは口を尖らせて反論する。
「それはそうですよ~。あちこち遠出しなきゃいけない仕事なんかじゃありませんし、堅い床や土の上で寝ることも無いですからね。そういうことに慣れてる方がおかしいんですよ」
人は慣れることが出来るものであるが、これまでの水準から落とす、と言うことに慣れるのは簡単では無いものである。
例えば、白く柔らかいパンだけを食べ続けてきた人は、黒パンは堅く味も劣るため、黒パンを食べる気になれないらしい。
それくらいしか食べる物が無い状況になっても、体や頭がそれを受けつけなくて、仕事や家の問題で路頭に迷うことになった際に、食べる物が無くて餓死してしまった、なんていう話も聞かないわけではないのだ。
柔らかく温かい寝台で寝ることに慣れしまった人ならば、マイの言ったように堅い床の上や土の上では十分に睡眠をとることが出来ず、体調を崩してしまいやすい、というのも聞く話である。

「それにしたって、一日、二日くらいなら、なんとかなるだろ……」
レッドが贅沢に慣れすぎだと呆れたように言えば、もう少し大丈夫だと思ったんだもん、と、マイが少しむくれたように顔を背けてしまう。
「はいはい。まずは宿を探しましょう。モレクに着いた時よりはまだ少し早い時間ですけれど、早く宿を探さないと、また空きが見つからなくて大変なことになるかもしれませんからね」
リベルテが促すと、早く休みたいマイとタカヒロが率先して並びだす。
門衛の入門の確認は簡単に終わったが、陽が暮れかけている時間のため、酒場など店で賑わいを見せ始めていた。

「さすがに伯爵領ですね。人で賑わってます」
「ファルケン伯は作物に力を入れてるからな。食事処が多いのはありがたいよな」
大きな通りを人にぶつからないように注意しながら進み、これまた三、四件程が満室で入れなかったが、五件目で宿を取ることが出来た。
「ほどほどの宿が取れて、本当に良かった……」
タカヒロの漏らした言葉は、とても切実であった。

「ファルケン伯に会ってくるのが目的なんだよな? 明日に依頼を出したとしても、すぐに会えるものじゃないから、仕事を何か受けた方が良さそうだな」
「そうですね……。そうしないと、ちょっと厳しいかもですね……」
「あれ? 私とタカヒロ君も仕事受けられるの?」
タカヒロは城勤めになっており、マイは薬師ギルドに身を置いている。
二人ともそれぞれの職場に移った際に冒険者の証は返納し、薬師の証と文官の証を手にしている。
冒険者ギルドで依頼を受けられるのは、冒険者ギルドに所属している冒険者の証を持っている人たちだけなのだ。
これはどの職でも同じで、その職であることを証明するのがその証で、他の仕事はしないという宣言でもある。
そもそも、そうでなければ、職にあぶれた者たちの仕事である依頼を、冒険者以外の人たちがやれてしまうことになり、職にあぶれた人たちの救済にならなくなってしまうのだ。

「私とレッドが仕事をしてきますよ。マイさんはタカヒロさんのお仕事の手伝いをしてくださいね」
「うん、任せて」
やる気を見せるマイを見て、レッドが頑張れよと言う優しいような、諦めが含まれているような目を向けながら、タカヒロの肩をポンと叩いた。
それがどういう意味なのかわかってしまったタカヒロは、何とも言えない表情をレッドに返すだけだった。
ちなみに宿の食事は、野菜がたっぷりの冷製パスタとボア肉のローストで、一同はその野菜の美味しさとそれに負けない肉料理に満足してベッドに入っていた。

「さて、それじゃあ俺たちは冒険者ギルドに行って来る。問題は起こすなよ?」
「貴族様相手ですからね……。まぁ、今日は会うわけじゃなく約束を取り付けに行くだけですから、まだ楽ですよ」
レッドの言葉にタカヒロが気楽そうに返すと、マイがその後の予定を提案する。
「それじゃあ、その後は予定が無いよね? 前はそんなにゆっくり出来なかったから、ハーバランドを見て回ろうか」
「それは良いですね」
リベルテがマイを羨ましそうに言うと、マイが何か良い物があったら買ってくるね、と盛り上がりを見せ始めた。
レッドはタカヒロに昨日と同じ目を向けるのと、タカヒロが肩を落とすのは同じであった。
タカヒロは少しのんびりとしたいのだが、マイが買い物をするとなるとあちこちにつれまわされて、荷物を持たされ続けるのだ。
大変になるだろう光景に、タカヒロが肩を落としたのも仕方が無かった。

肩を落としたタカヒロとどこか上機嫌となったマイたちと分かれ、レッドたちはギルドに向かう。
ハーバランドのギルドは、王都の次くらいに人が多く大きな街であるためか、多くの冒険者が出入りしていた。
「冒険者が多くなってるな」
「それだけ職にあぶれた人が多く居る、ということでしょうか」
王都のようにハーバランドで騒乱があったわけではないが、ランサナ砦の戦いにおいて、兵士を続けられなくなった人やアクネシアから流れてきた人たちで、冒険者になる者が多かったようであった。
肥沃な土地がまだ広がっているが、王都で壊れた家の再建に職人と物資が取られていたし、新しく作る村の場所の選定と人の選別と言った手続きが多く、ハーバランドに集まっている人たちを分散させる動きが取れていないらしいことを、レッドたちは昨日の食事時に耳にしていた。

今現状の腕の差から、リベルテに依頼を見繕いに行ってもらう。
レッドが不用意に討伐の依頼を受けないようにする、という理由もあった。
前に散々言われたため、さすがにレッドも反対などすることはなく、レッドは周囲の冒険者を観察することにして、壁際に身を寄せる。
アクネシアから来た人たちと思われる一団は、他より真剣さを持って依頼を選び、手続きを済ませて現地に向かっていく。
彼らは、ハーバランドで元々生活していた人たちに比べれば、先立つ物は無いし、頼れる相手なんて言う者も居ない。
それだけ、今の自分たちの生活に必死だと言うのがわかるものだった。

別の人たちに目を向ければ、いまいち冒険者ギルドで貼り出されている依頼内容に納得いかないのか、首をかしげている者や拍子抜けしたように依頼票を取る人が居た。
あの辺りは元兵士なのだろう、と考えられた。
冒険者の依頼は兵士の基準で考えれば、報酬は安いし、仕事内容も命の危険を感じるようなものはあまり無い。
兵士ではないのだから、凶暴すぎるモンスターの相手をするなどの依頼は冒険者ギルドでは受け付けていないのだ。
そんな相手を職にあぶれた人たちに期待することが、そもそもおかしいとも言える。
だから、兵士たちが簡単すぎる内容の依頼しかなく、安すぎることに首をかしげたり、納得していない素振りを見せるのはお門違いと思えてしまうのだが、彼らが兵士であることを続けられなくなったと言うことは、大きな怪我を負ったと言うことである。
そんな彼らが、兵士であった頃の考えで居続けるのであれば危ないだろうな、と考えた所でレッドは自分の手に目を落とした。

「他の人のことは言えない、か……」
レッドも一度、大きな怪我を負っている。怪我と言っても、毒に倒れたという者だ。
快復できたとは言え、体は大きく弱っていて、それ以前の冒険者生活を送っていた頃に比べれば、弱くなりすぎていたと言って差し支えは無い。
鍛錬を繰り返しているが、以前ほどの腕にはまだまだ戻れていない。
そんな自分が兵士で居られなくなった人たちを危ぶむなど不遜であり、レッドは自嘲的な笑いが自然と漏れてしまった。
突然笑い声が聞こえれば、自分を嘲ったと思ってしまう者がいても不思議ではない。
依頼を見ていた元兵士だろう者が、少し剣呑な雰囲気を出し始めていた。

自身がやってしまった不注意にレッドは押し黙り、近づいてくる人の気配に、ハッとして顔を上げる。
レッドに近づいてきたのは、とても疲れきった顔のサバランだった。
「やぁ、こっちに来てたのかい? 大変なことがあったねぇ」
サバランはハーバランドの冒険者ギルドのマスターで、以前に会った時も、ユーセーと言う『神の玩具』と思われる男の傍若無人な行動に苦労していた様子だったが、今のように疲れきってはいなかった。
そこで今更、レッドは気がついた。
ハーバランドのギルドが賑わっていると言うおかしな状況に。
以前は、その依頼がほとんど残っていなかったのだ。

「ここが賑わってるのは……、何かあったんですか?」
「そう言われると、賑わってるのが悪いことのように聞こえちゃうねぇ……。はは、まぁたしかに職にあぶれてる人なんて居ない方が良いんだけどね」
乾いた笑いを見せるサバラン。
急激な忙しさに追われ、参っているのが見て取れた。
「いや、本当にね……。急に冒険者となる人が増えたし、ユーセーは冒険者を辞めるし、ファルケン伯は相談役だったアンリさんを中央に送っちゃうし。はぁ、誰かにこっちの相談に乗って欲しいよ」
サバランがつかれきった声で流れるように愚痴を溢す。
しかし、その流れ出した言葉はレッドにとって聞き流すには大きすぎる話だった。

「ちょっと待ってくれ! ユーセーが冒険者を辞めたのか? 別の仕事に……。あぁ、アイツの強さなら軍に入ったのか。それと前来た時にアンリの話は聞いてなかったぞ?」
突然な話にサバランを掴んで質問するレッド。
ギルザークに比べたら俄然、線が細く、そして疲れきっているサバランでは、ガックンガックンと揺すられることに耐え切れず、気を失ってしまう。
「あ……」
サバランの力が抜けたことでやらかしたことに気づいたレッドは、周囲を見回す。
この状況に誰もがどう動いたものかと遠巻きにしている中、ものすごく呆れた目のリベルテと目が合う。
レッドと目が合うと、にこやかにカウンターの方に指差すリベルテ。
レッドはサバランを背負って受付に向かう。
周囲の空気も合わさって、背負ったサバランはとても重く感じられた。
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