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【番外編】ジン×デュラム
七話 ブレドの変化と決意
しおりを挟むセモリナの奴らがラトラへ移動するというから、俺もそれに乗っかった。
だが、それも上手くいく保証はねぇ。
ラトラは良い話しか聞かなくて逆に恐ろしいという印象だった。
追い出されたり、不興を買った時のために、ラトラの情報が欲しい奴らからの依頼を受けていた。
まあ、身を守る保険だ。
侵入しやすい国境付近の獲物を偵察していた時、懐かしい顔を見た。
デュラムだ。
お互い、いい歳なはずなのに、あいつは全然昔と変わっていなかった。
外見の若作りが変わっていないだけで、よく見ればそれ以外の部分は大きく違っていた。
顔つきが柔和になり、笑顔をよく見せる明るい男は、俺の知るデュラムとは別人と言ってもいい。
多分俺はこの時、デュラムに見惚れていたと思う。
裏で名前が知れ、俺達はこれから上にのし上がれるという時に、あいつは姿を消した。
『俺はただ、美味い飯が食いたいだけなんだわ』
去る前にあいつの言った言葉がいまだに俺の耳に残っている。
そんなの上にいけばどれだけでも食える。
そう言った俺に、デュラムは首を横に振った。
意味がわからなかった。
絶対にあいつが驚く存在になって、セモリナを離れた事を後悔させてやると、そんな子供じみた考えでここまできてしまった。
「せんせー!」
「ねぇねぇせんせ~見て~!」
「おうおう、順番な」
デュラムはガキ共にまとわりつかれながらも手際よく家事をこなしている。
先生、か。
そういやあいつは昔から子供を傷付けない男だった。
子供に罪はないという考えを徹底していた。
俺もなんとなくそんなデュラムに合わせていた。別に深い意味はない。
「おっしゃ、みんな食え~!」
何の神か知らないが、祈りの言葉を全員で唱えたあと、ガキが凄い勢いで飯を平らげる。
おかわりの合唱が響き渡り、デュラムはその声の元に追加の料理を盛っていく。
そんなことをしているからデュラムの皿の飯は冷めていった。
ガキ達は食べ終えると自分の使った食器は各々で洗って片付けている。
その段階になって、デュラムはようやく自分の分の食事に手を付けた。
冷めてしまったはずの料理を口にしたデュラムは、どんな高級料理を食べても見られないであろう、至福の表情を浮かべていた。
ようやく俺はデュラムの言っていた言葉を理解した。
あれは、味の話ではなかったのだ。
どれだけ高級で美味い料理が出た所で、心休まる事のない場所で、死に怯えながら食べても味なんか感じない。
賑やかで、平和で、安全に、笑顔で食べるからこそ、本当に美味いと感じられるのだ。
俺はデュラムが外で一人になった時に声をかけた。
仕事中に余計な行動をした事は一度もなかったのに、どうしてもデュラムと話したくて、自分でも驚く行動に出ていたのだ。
あいつにとって大切なこの場所に危機が迫ると知れば、俺を頼るかもしれない。
そんな浅はかな思いがあったが、デュラムは逡巡することなく申し出を断った。
強がりでなく、本当にあいつは自分で全てを守れると確信のある目をしていた。
俺は動揺し、情けなく声が震え、デュラムが建物に入っても追いかける気になれなかった。
見た目だけは老けたのに、中身はなんの成長もしていない自分が嫌になり、俺は一つ決心した。
髭を剃り、髪を整え、有り金をつぎ込んでキッチリした服を揃えた。
近々ラトラの権力者との顔見せがある。
俺は出ないつもりだったが、気が変わった。
◇◇◇
「ブレドです。お見知りおきを」
「おや? あなたがブレドさんですか」
ラトラの帝王だとか、ラトラの支配者と呼ばれている男は、まだ十代の若者だった。
しかし、目の奥に光る獰猛さは昔のデュラムを見ているようだ。
「俺をご存じで?」
「……いえ、事前の参加者名簿になかったお名前だと思いまして」
「ジンさんに手土産ができたのでねぇ、急遽ねじ込んでもらいましたよ」
ジンという男に、俺がラトラへ入る前に偵察を依頼した者達の情報と、何の情報を探ったのかをまとめた紙を渡す。
ジンはその場で確認するとスッと目を細めた。
これは、人を殺すのを躊躇わない者の目だ。
「なるほど、あなたはこちらにつきたいと」
「ええ」
「しかし、始めからそう思っていたわけではない」
「その通りです」
「過去の顧客や他国の情報を私に売ってまで、何を望むのでしょう?」
無表情にジンは問いかけた。
俺がスパイなのは事実だし、別にここで殺されても構わない。デュラムの幸せそうな姿を見たら、今の自分が馬鹿馬鹿しくなった。
結局“デュラムが驚く凄い俺”なんてものにはなれなかったし、ここまでもがいても裏の世界で二流止まりだった。
俺は疲れていたのだと思う。
「そうですねぇ……多分、美味い飯が食いたくなったんでしょうね」
そう独り言のように漏れた言葉を、ジンは笑ったりしなかった。
俺の目を真剣に見て、しばしの沈黙の後、視線を少し下げ、何度か口に手を当てて頷いていた。
次に俺を見た時、その相貌にあった険が取れたように感じる。
「そのお気持ち、よくわかります……なるほど、いいでしょう」
そのジンさんの声は、温かく、同情や、適当な相槌ではない、心からの言葉なのが伝わってくる。
胸ポケットからカードを取り出し、俺に手渡して肩を叩いた。
「近く仕事を頼みます。そのカードを無くさないようにお願いしますね」
「あ……ありがとう、ございます……ジンさん」
魔道具のカードはメッセージを送ったり、通行証やチケットにもなるとても貴重なものだ。
これだけの魔道具を研究できる人脈と施設は最低でも持っていると示すことができ、どれだけの財力と権力を持つのかが一目でわかる。
漠然と俺は何かに合格したのだと理解した。
震える手で小さなカードを握る。
俺はここで新しく生まれ変われるのかもしれない。
残りの時間は酒の味も思い出せないくらい浮かれていた。
主催の用意した部屋で休む時、もう十年はできていなかった深い眠りに落ちることができた。
しかし、まさか朝にはジンさんから連絡が来るとは思わず、俺は突然の呼び出しに飛び起きる羽目になった。
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