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【本編】子豚と魔王
二話 魔王への信仰心
しおりを挟む魔王の家に入り、お茶を出して貰った。
テーブルに着き、向かい合っていると魔王がボクに話しかけてくる。
「子豚ちゃん、余の事が好きかい?」
思わずむせてしまいそうだったが、必死に口を押さえて堪えた。
突然の直球の言葉にボクはどう答えるべきなのだろう。
十年の想いを話せば良いのか。
「好き、では、足りない、かも」
「んっふっふっふ……好きよりも好き?」
「うん……」
嬉しそうにボクを見つめる魔王。
もしかしてやっぱりボクはもう死んでいて、ここは天国なんじゃないだろうか。それか、都合の良い幻覚を見せられているのかもしれない。
古典的だが、空いている手で自分の頬を思い切り抓ったら痛かった。
「夢じゃ、ない」
「ちゃんと現実だよ?」
「魔王は……気持ち、悪くない……?」
「何がだい?」
「……せ……セックス……こんな、豚に、されて……」
無かった事になってるんじゃないかと思うくらい、魔王は普通で、それが逆に怖かった。
表面上は優しくても、裏で何を思っているかわからないのが一番嫌だ。
それならまだ直接キモいとか、死ねとか言われた方がマシ。
変な期待を持ちたくなかった。
「子豚ちゃん」
「な、なに」
「余が千年の眠りについている間、君のように封印を解こうとする存在が他にいなかったと思っているのかな?」
「えっ」
言われてみれば、ボクだけという事はないだろう。
博物館に展示されるまでは個人の所有だったりしたはずだ。
「そうか、いろんな手に渡ったものの、扱い切れなくなったから表に出てきた。だから博物館に」
「あれ、子豚ちゃん普通に喋れるの?」
魔王のツッコミに、ボクは動揺してしまう。
「あっ、ちが、こ、これは……き、緊張……ふ、普段は、ちゃんと、話せる……」
これはボクがおかしい訳ではないと思う。
誰だって憧れの相手や好きな相手の前で、ちゃんと話せる事の方が少ないはずだ。
ボクは十年越しに恋い焦がれた相手とすぐに普通に会話ができるほど心臓が強くない。
「余の前だけ?」
「うっ、うん」
コクコクと壊れた玩具みたいに何度も頷く。
結局気持ち悪くないかという問いははぐらかされてしまったみたいだ。
そう思ったら、魔王は心を読んだみたいに首を振った。
「話を戻すと、過去にも余の復活を試みた存在がいただろうね。だが、誰も余を目覚めさせられなかった」
歌うように軽やかに話す魔王の声をずっと聞いていたい。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、すぐにボクは現実に引き戻された。
「実は、魔王への信仰心が足りないと、余の肉体に触れただけで灰になるんだよね」
とても衝撃的な発言を聞いた気がする。
でも、冷静に考えれば魔王なんだ。
強大な力がなければそんな呼び方はされない。
「つまりだ。余を抱く事自体が本来は不可能に近い。それが出来た時点で、子豚ちゃんは余にとって特別な存在なんだ」
「と、特別……」
顔がゆでだこみたいに赤くなってしまう。
でも、勘違いしてはいけない。
そうやって今までも沢山からかわれてきたじゃないか。
「勘違いじゃない」
「えっ」
「子豚ちゃんは合格。余の生涯のパートナーにね」
「で、で、でも……ほ、保護者って……」
「それは余が世界に馴染むまでだ。子豚ちゃんが嫌でないなら、子豚ちゃんのものになるのも良いと思っている」
しっかり目を見てくれる。
笑ってもない、真面目な声だ。
嬉しい。でも少し気になる事がある。
「ひ、一つ、聞いても、いいかな」
「なんだい?」
「不可能に、近い……って、ほ、本当は、ボクじゃなくて、想定した、解除の……相手が、いた……?」
魔王は驚いた表情をしている。
でもすぐに柔らかい微笑みに変わった。
「余に、信仰心などなくても触れられるのは勇者だけだ」
「勇者って、魔王を、倒した……」
「倒していない。だからこうして余は生きているだろう? 目覚めた時に最初に見る顔は勇者だと思っていたが、子豚ちゃんだった」
「ごめん、なさい……」
きっと勇者はイケメンなのだろう。
さぞ醜いボクの姿に驚いたに違いない。
「子豚ちゃんは自分が嫌い?」
「……うん」
「余は子豚ちゃんが好きだ」
「……うん!?」
「子豚ちゃんは、余に触れられる程、余の事を想い、知恵も、権力も、財も持っている。しかもそれだって余のために得たものだ」
「う、うん」
「そんな感情を向けられて、好きにならない方がおかしいと思わないか?」
わからない、好かれた事がないから。
ボクが好意を向けたら気持ち悪がられるのが常だ。
だから誰にも長い間、想いを向ける事なんてなかった。
魔王は眠っているから、絶対にボクを否定しない。
その安心感があったから、全力で愛せた。
「き、気持ち悪く……ない……?」
「子豚ちゃんは気持ち悪くないし、セックスだって嫌じゃないよ」
「で、でも、口では……なんとでも、言える……し」
しまったと思った。
つい、いつもの癖で、相手の言葉を信じずに否定してしまった。
最悪だ。こんな性格の悪い豚を好きになるなんて無理なんだ。
せっかく、魔王はボクに歩み寄ってくれようとしていたのに。
後悔しても遅い、やっぱり死ぬしかない。
そう思い、立ち上がった瞬間、いつの間にか移動して来ていた魔王に抱きしめられていた。
「ま、魔王!?」
「口じゃなく、態度なら信じる?」
「へ……?」
ボクの顔に影が落ち、何かが迫っているとは思ったけど、体が動かなかった。
屈んだ魔王の顔があまりにも近くて、視界がよく見えなくなった。
ボクがそれをキスだと気付くのは、もう数秒先のことだ。
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