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第4章 棋士の立場
第72話 カラスが新しい将棋会館に行ったら(その2)
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「負けました」
鈴香の向かいに座った少年が頭を下げる。
「ありがとうございました」
鈴香も頭を下げた。
「ここで…」
少年が中盤に局面を戻す。鈴香も自陣の駒を整えた。
将棋を指し終わった後に、その将棋を振り返って話し合うことを「感想戦」と言う。
序盤の研究手順を披露したり、中盤や終盤の読み筋を語り合ったりする。
そうして実戦に現れなかった手順について考えることで、相互の棋力の上昇につなげるためだ。
もちろん感想戦をする義務はない。
しかしプロ棋士や女流棋士であれば感想戦をすることがほとんど。棋士を養成する奨励会や、鈴香らが所属する研修会、さらには大会や道場などにおけるアマチュア強豪同士の対局などでも、少なからぬ場合に感想戦は行われている。
もっとも一方的な敗北を喫した際に、「ちょっと感想戦は勘弁…」などと言ってと席を立つ場合もある。
それはそれで勝った側も「分かりました」と承知して、深追いしたりはしない。
「うーんと、ここの辺り?」
「そう、本譜は角を成ったけど、もし飛車の頭を叩いたら?」
言うまでもなく、“飛車の頭を叩く”とは手や棒で叩く訳ではない。
将棋では、ある駒のすぐ前に持ち駒の歩を打つことを、“(頭を)叩く”と表現している。
もし、歩から逃げた場合には残った歩が攻撃の手掛かりや守りの壁になることが多く、歩を取った場合には駒の利き筋をずらすなどの意味がある。
少年は攻めにも守りにも大きな威力のある飛車を動かして、局面を打開する手を考えていたらしい。
「取る手は無さそうだから、寄るかなあ…」
鈴香は飛車を右にひとつ動かす。
しかし、すぐに飛車を元に戻して考え込んだ。
「桂跳ねは、どう?」
「えっ!?」
鈴香は桂馬をピョンと動かした。
少年は歩で飛車を取るが、鈴香はパタパタと駒を動かす。
跳ねた桂馬を拠点にして歩を打った後に、角、そして銀を打ちこんで少年の王将に迫る。あっという間に少年の王が受け無しになった。
「ああ、そうか、受けきれないか…」
「うん」
その後も序盤から中盤の分かれ道、そして終盤の詰むや詰まざるやの局面を話し合っていく。
「ここまでかな。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
少年が頭を深く下げたのを見て、鈴香も頭を下げる。慣例として、研修会で上のクラスに所属する少年が駒を片付けた。
鈴香が立ち上がったところで、少年が声をかける。
「クロ、だったよね」
「うん?」
ふとクロの話題を持ち出した。
「HamabeTVの七番勝負、見てるよ」
「ああ、うん」
「応援してる」
「へえ、どっちを?」
少年は考え込む。
「どっちも、かな。クロも先生達も」
「そう、ありがと」
「でも辻井先生の時には、辻井先生を応援するから」
「そうだよねえ。私も辻井先生には勝って欲しいけど、クロにも勝って欲しいし」
少年は不思議そうな顔をした。
「そうなの?絶対クロを応援すると思ったけど」
「クロを飼ってるけど、辻井先生の大ファンだし…」
「そうか…」
「それにね…」
鈴香が座り直して真面目な顔になる。
「辻井先生のタイトルは私が狙ってるから」
少年は「プハッ」と噴き出す。周囲で聞くともなく聞いていた研修会の会員である少年少女達も笑いだす。
「えー!なによー!」
鈴香は不満そうな顔を隠さない。
辻井八冠、いや、今の七冠を倒すのは鈴香にとって大きな目標だ。
「笑っちゃだめだよ、なかなか立派な目標だと思うし」
「田山先生!」
鈴香のフォローを入れたのは、研修会の幹事を務める棋士の1人である田山六段。
しかし、そんな田山六段の顔も笑っていた。
鈴香の向かいに座った少年が頭を下げる。
「ありがとうございました」
鈴香も頭を下げた。
「ここで…」
少年が中盤に局面を戻す。鈴香も自陣の駒を整えた。
将棋を指し終わった後に、その将棋を振り返って話し合うことを「感想戦」と言う。
序盤の研究手順を披露したり、中盤や終盤の読み筋を語り合ったりする。
そうして実戦に現れなかった手順について考えることで、相互の棋力の上昇につなげるためだ。
もちろん感想戦をする義務はない。
しかしプロ棋士や女流棋士であれば感想戦をすることがほとんど。棋士を養成する奨励会や、鈴香らが所属する研修会、さらには大会や道場などにおけるアマチュア強豪同士の対局などでも、少なからぬ場合に感想戦は行われている。
もっとも一方的な敗北を喫した際に、「ちょっと感想戦は勘弁…」などと言ってと席を立つ場合もある。
それはそれで勝った側も「分かりました」と承知して、深追いしたりはしない。
「うーんと、ここの辺り?」
「そう、本譜は角を成ったけど、もし飛車の頭を叩いたら?」
言うまでもなく、“飛車の頭を叩く”とは手や棒で叩く訳ではない。
将棋では、ある駒のすぐ前に持ち駒の歩を打つことを、“(頭を)叩く”と表現している。
もし、歩から逃げた場合には残った歩が攻撃の手掛かりや守りの壁になることが多く、歩を取った場合には駒の利き筋をずらすなどの意味がある。
少年は攻めにも守りにも大きな威力のある飛車を動かして、局面を打開する手を考えていたらしい。
「取る手は無さそうだから、寄るかなあ…」
鈴香は飛車を右にひとつ動かす。
しかし、すぐに飛車を元に戻して考え込んだ。
「桂跳ねは、どう?」
「えっ!?」
鈴香は桂馬をピョンと動かした。
少年は歩で飛車を取るが、鈴香はパタパタと駒を動かす。
跳ねた桂馬を拠点にして歩を打った後に、角、そして銀を打ちこんで少年の王将に迫る。あっという間に少年の王が受け無しになった。
「ああ、そうか、受けきれないか…」
「うん」
その後も序盤から中盤の分かれ道、そして終盤の詰むや詰まざるやの局面を話し合っていく。
「ここまでかな。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
少年が頭を深く下げたのを見て、鈴香も頭を下げる。慣例として、研修会で上のクラスに所属する少年が駒を片付けた。
鈴香が立ち上がったところで、少年が声をかける。
「クロ、だったよね」
「うん?」
ふとクロの話題を持ち出した。
「HamabeTVの七番勝負、見てるよ」
「ああ、うん」
「応援してる」
「へえ、どっちを?」
少年は考え込む。
「どっちも、かな。クロも先生達も」
「そう、ありがと」
「でも辻井先生の時には、辻井先生を応援するから」
「そうだよねえ。私も辻井先生には勝って欲しいけど、クロにも勝って欲しいし」
少年は不思議そうな顔をした。
「そうなの?絶対クロを応援すると思ったけど」
「クロを飼ってるけど、辻井先生の大ファンだし…」
「そうか…」
「それにね…」
鈴香が座り直して真面目な顔になる。
「辻井先生のタイトルは私が狙ってるから」
少年は「プハッ」と噴き出す。周囲で聞くともなく聞いていた研修会の会員である少年少女達も笑いだす。
「えー!なによー!」
鈴香は不満そうな顔を隠さない。
辻井八冠、いや、今の七冠を倒すのは鈴香にとって大きな目標だ。
「笑っちゃだめだよ、なかなか立派な目標だと思うし」
「田山先生!」
鈴香のフォローを入れたのは、研修会の幹事を務める棋士の1人である田山六段。
しかし、そんな田山六段の顔も笑っていた。
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