クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第4章 棋士の立場

第74話 カラスの先手番対策を練ったら(その1)

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「失礼します」

とある日曜日、関東の某所にある将棋教室の小部屋を訪れたのは、今を時めく辻井孝太《つじい こうた》七冠。

「おはようございます」

その部屋で待っていたのは、同じくプロ棋士である水瀬石也《みなせ せきや》九段。

部屋の中央には将棋盤と駒が用意されていた。
いわゆるVSぶいえすと呼ばれる1対1で対戦する研究会のためで、この集まりは辻井がプロとなって以降、何年も続いている。

先に待っていた水瀬の方が年齢は高く将棋歴も長い。もっとも獲得したタイトルの数や棋戦の優勝回数など、プロ棋士としての実績は辻井の方が圧倒的に上。

「始めましょう」
「はい」

辻井が駒箱を開けると駒袋の口を開いて逆さにする。カタカタと軽やかな音を立てて駒が盤上に広がった。

パチリ

ピシン

ピシッ

パシン

2人は鋭い音を立てつつ駒を並べていく。この辺りは普通の対局と変わらない。もはや何百回、いや何千回と繰り返してきた作法。すぐに辻井も水瀬も駒を並べ終える。

「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

早々に対局が始まった。

静かな部屋に駒を動かす音と対局時計のボタンを叩く音が響く。

「負けました」
「ありがとうございました」

やがて水瀬が投了した。

「ここは金引き?」
「歩を打って飛車が引かせて…」
「そこで銀打ちがあるかと…」

対局が終わると感想戦になるのは、普通の対局や練習将棋と同じ。ただし普通の対局と異なるのは、その後も何度も対局と感想戦が繰り返されること。食事時になると用意された弁当を食べるものの、その後も対局と感想戦を繰り返す。

それが夜まで続いた後、盤と駒を片付けて、それぞれの自宅に帰って行く。これが恒例だった。

しかしその日は少し違った。

「……クロとの将棋は何か考えています?」

辻井が駒を片付けている最中に、水瀬が口を開いた。

クロとの七番勝負。
次の5局目に戦う水瀬と、最後の7局目に戦う辻井はどちらも先手番だ。

「えっと…」

いきなり問いかけられて少し驚いたように辻井は顔を上げた。しかし真剣な顔をした水瀬に辻井も目つきが鋭くなる。

「Hamabeの中継は欠かさず見ています」
「ええ」

水瀬も同意した。

さらに水瀬はクロの棋譜を全て並べたとも明かした。こちらについては辻井は同調しなかった。ただしひと通りの棋譜は見たと口にした。

「先日、宙さんの棋譜と動画が送られてきましたね」
「ああ、ええ、あれも見ました」
「…強かった」
「…はい」

クロと宙との将棋を思い出すように水瀬は天井を見つめる。
その反対に辻井は駒のない盤面を見つめて人差し指を動かした。

「オールラウンダーのクロが指す戦法は分かりませんが、相掛りをメインに研究を進めています」
「もし飛車を振ったら?」
「うーん、穴熊でしょうね。佐藤さんの将棋は参考になりました」
「…はい」

その後もいくらかの言葉を交わして、2人はそれぞれの自宅に戻った。
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