クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第4章 棋士の立場

第75話 カラスの先手番対策を練ったら(その2)

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「さてと…」

自室に入った水瀬石也みなせ せきや九段はパソコンを立ち上げて、今日辻井孝太つじい こうた七冠と指した将棋を入力していく。その後に1局ずつソフトで解析して勝因や敗因を探る。

もちろん対局後の感想戦で主だった変化には触れている。
しかし、それ以外にも気になる局面は少なくない。

特に序盤や中盤は新たな定跡や手筋の手掛かりになりそうな手を探る。

「ん?これは?」

有力そうな筋を見つけると、将棋ソフトとともに先の先まで探っていく。

「将棋は暗記のゲーム」

将棋ソフトでとことん研究した筋を覚えて実戦で指す。それを言い換えた言葉。
これには賛否両論集まったが、序中盤の研究が欠かせないのは変わらない。

少なくとも公式戦などで現れた局面や筋を知らないままに負けてしまうことは避けたい。そのためには少しでも研究に時間を割くことになる。

「うーん、だめかあ…」

先程までは有力そうに見えた筋だったが、先の先まで読んでいくと、あっさり巻き返される手が現れた。
ただし、そうした変化を知っているだけでも無駄ではない。実戦で現れた時に先の展開を考えなくて済むからだ。

ただし、研究した展開に“抜け”が無ければの話。
人の一生が有限であるように、1人の棋士が研究に費やす時間も限界がある。

その“抜け”をできるだけ小さくするのも、やはり研究。

「これでよしっ…と」

今日、辻井と指した将棋の対局の研究を終えると、次はここしばらく続けているクロへの対策。

「まあ、クロはプロじゃないからなあ」

プロ棋士であってもなくても将棋で負けたくはない。とは言え、勝ち続けることはできないので、負けることもあるだろう。それでも相手がプロ棋士であれば、何かの棋戦で次に対戦する機会はあるだろう。

しかしプロではないクロと対戦する機会は、次にいつになるか分からない。

「まあ、ちゅうさんみたいに対局を申し込むのも手だけどさ…」

先日送られた画像を思い出して笑いがこぼれる。

女流棋士の宙奈々実ちゅう ななみ女流三段は朝草将棋クラブに乗り込んで、クロに対局を申し込んだとのこと。

「ああ、俺も対局してみたかった」
「うーん、私も挑戦してみようかな」

そんな声が男性棋士や女流棋士の中からあがった。

日本将棋協会の壬生善元みぶよしもと会長ら幹部が「軽々しい行動は慎むように」と言って回ったのも理解できる。

表面的に棋士らの騒動は鎮静化したものの、強い相手と戦いたくなるのも棋士の習性と言えるだろう。

何にしても、次に行われる七番勝負の第5局では負けたくなかった。

日本将棋協会が送ってきたクロの棋譜を見直す。
水瀬は全ての棋譜を並べ終えている。最低でも数回。10回以上並べた棋譜もある。特に焦点を絞っている相掛かりの棋譜を。

「これにするか…」

棋譜の中から1つを選んでパソコンで再現する。
それとともに将棋盤で並べていく。

これは気分の問題。

パソコンのモニターだけでも研究はできるが、将棋盤を見つめて駒を動かすとより集中できる気がした。

パチリ

パシッ

ピシッ

パチン

研究を重ねることで、有力な筋を絞り込んでいく。

「これなら…」

そうした研究の成果により、いくつかの有力な手を見つけている。
少なくとも序盤から中盤まで不利になる順は見つからない。

可能であれば実戦で試してみたいが、あえてクロ対策として秘蔵する。

「辻井さんならどうするか?」

今日のようなVSぶいえすでも指してみたい誘惑にかられたものの、何とか思いとどまってきた。

言うまでもなく、秘蔵しているうちに辻井を含めた他の棋士が研究で発見して指してしまう可能性もある。

「まあ、それはそれで…」

そうした運命だったと諦めるより無い。

水瀬は夜遅くまで研究をつづけた後、ようやく床についた。
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