クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第5章 会長の思惑

第104話 カラスに勝ったニュースが広まったら(その3)

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「壬生先生が勝ったぞ!」

壬生善元みぶよしもと九段がカラスのクロに宣言勝せんげんがちした。
日本将棋協会でも、この話題で棋士や女流棋士達が盛り上がっていた。

「さすが会長」
「やってくれると信じていた」
「これでひと安心ですね」
「クロの顔色は変わらなかったな」
「当り前だろ」

それぞれの棋士により、第6局の棋譜が深く調べられる。

ただし着眼点は棋士や女流棋士によって異なる。
その中でも多くの棋士が注目したのは、壬生がどこで入玉にゅうぎょくに方針を切り替えたか、だ。

「ここの玉上ぎょくあがりだろ」
「いや、その前の歩突きじゃないか?」
「うーん、それは早すぎって」

先手と後手が入れ替わることを目的に後手番で千日手や入玉を目指す指し方は、これまでにもあった。
ただし最初から引き分けを狙う棋士はいない。

後手よりも先手の方が指しやすいと言っても、その差はわずか。
先手がちょっと緩めば、その隙を突いて、後手番であっても勝ちを目指すのは当たり前だ。

勝ちが難しくなった時、引き分け狙いに切り替わる。
それが千日手であったり持将棋じしょうぎであったりする。

そうした中で少し違った見方をする棋士もいる。

現役のA級棋士である万田圭太まんだ けいた八段と綿山哲司わたやま てつじ八段が関西将棋会館の控室で盤を挟んでいた。

盤上で再現されているのは、言うまでもなく壬生とクロの将棋である。

「持久戦狙いかな…」

万田がつぶやく。

「持久戦?」

綿山の疑問に万田が答えた。

「クロとの対局では持ち時間が決められていないですよね」
「ええ」
「なので、無制限に考えることはできるけれども、ある程度の節度が求められていた」
「そうですね」
「すると、どうしてもテレビ棋戦並みに早指はやざし将棋になってしまう」
「……ああ!」

そこまで言われて綿山も気づく。

「確かに壬生先生も一手一手に時間をかけていましたね」

万田が説明を続ける。

「壬生先生の指し手を見れば、勝負を急いでいない様子が見て取れます」
「はい」
「一手一手に時間をかけて長い将棋にしたことで、クロさんの判断を狂わせたかなと」

綿山が「うんうん」と大きくうなずく。

「クロさんがもう少し早く入玉を目指していれば、先後がひっくり返ったとしても指し直しにはなったでしょうね」

万田と綿山が入玉したところまで棋譜を並べ終わる。

「クロさんの弱点…とまでは言えないかもしれませんけど、そこに気づいたであろう壬生先生はさすがです」
「ええ、でもって、そこを突く局面に誘導できるのも」

今度は万田がうなずいた。

「でもなあ…」

綿山が渋い顔を見せる。

「それでも協会側の1勝5敗1分けですからね」

2人は顔を見合わせて苦笑した。

「もうこうなったら、最後の辻井先生にも勝って連勝もらうしかないですね」
「それで何とか面目が保てそうです」

2人がうなずき合ったが、万田が厳しい顔になる。

「でも、気になりませんか?」
「何をです?」
「これで千日手に続いて持将棋にも、クロがしっかり認識し直した可能性があります」
「ええ」
「次の辻井先生との対局で、初手から千日手や持将棋を狙いに来るかも…」

綿山も「ああ」と嘆いて厳しい顔になる。

「そうなったら、後手番の戦術が完全に変わるかもしれませんね」
「ええ」

万田と綿山の将棋談義は留まることを知らなかった。
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