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第1章 将棋を指すカラス
第1局 カラスが将棋盤に乗ったら
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とある土曜日の午後、初老の男性と女の子が向かい合わせに座っている。
2人の間にあるのは将棋盤。
交互に駒を動かしていたものの、次第に男性の表情が厳しいものになってきた。
眼鏡を外すと、目頭の辺りを右手の人差し指と中指で抑える。
「ふう」と小さく息を吐いて、眼鏡をかけ直す。
もちろん形勢は変わっていない。
やはり難しい顔をしていた女の子が、何かを思いついたように目を見開いた。
パチン!
ひときわ高く駒音が響く。
女の子のポニーテールが跳ねて「どうだ!」と言いたげに男性を見た。
「うーん」
男性は低い声でうなった後、右手で額を抑えた。
そのまま髪をかき上げて、後頭部へ手を当てる。
「参った。負けた」
女の子が「やった!」と笑顔を見せる。
「おじいちゃんに初めて連勝した!」
膝立ちになってバンザイする。
「ラッキーカラーにして良かった!」
赤いゴムで束ねられたポニーテールがポンポンと跳ねた。
男性である祖父は、渋い顔をしつつも「強くなったなあ」と苦笑いする。
「ほんと!どのくらい?」
聞かれた祖父が腕組みする。
「じいちゃんがアマ名人戦やアマ竜王戦の全国大会に出たのが、もう30年くらい前だからなあ。そこから棋力が落ちているとしてもアマチュアの3~4段はあるだろうな。だから鈴香もアマ2~3段はあるんじゃないか」
鈴香は大喜びする。
「じゃあ、辻井八冠にも勝てるかなあ」
祖父はガクッと背中を落とす。
辻井孝太八冠
現在の棋士制度が始まって、5人目の中学生棋士となった辻井孝太四段。デビューからの29連勝や年度勝率8割越えなど、驚異的な戦績で注目を集めた。その後も最年少でのタイトル獲得や一般棋戦の同一年度勝利など圧倒的な記録を誇っている。さらに先年、将棋界で初となる全8タイトルを同時獲得した。
かつて壬生善元九段が、全7タイトル(当時)を同時に獲得したことがあった。その時も空前絶後の記録だと騒がれたものの、それを超えた記録となった。そんな辻井八冠が現役最強であることは言うまでもないが、将棋の歴史においても辻井八冠が最強の棋士に違いないと主張する将棋ファンも多い。
「いやあ、100回やって100回負けるだろうなあ」
鈴香はプッと頬を膨らませた。
祖父がなだめるように言う。
「奨励会でも目指してみるか。それとも研修会から始めても良いかもな」
奨励会は棋士を目指す少年少女達が所属する機関で正式には新進棋士奨励会の略称。一定以上の成績を上げると昇級や昇段し、四段に昇段すると職業としての棋士になれる。アマチュアとして好成績をあげた人だけが受験できる棋士編入試験など一部に例外的な制度もあるが、基本的には四段になれるのは1年に4人のみ。毎年50~60人の少年少女達が奨励会を受験し、入会できるのは20~30人。そこから年に4人、もしくは5人だけが棋士になれる厳しい世界。
また、研修会は将棋を通して少年少女の育成を行う機関。好成績をあげると奨励会へ入会できるなどの優遇措置がある。また通常の棋士とは異なる制度の下で活躍する女流棋士への道も開かれている。
「うん!やってみたい!」
祖父が「いきなり奨励会は厳しいかなあ。研修会にしてみるか」などとつぶやいていると、2人の間にある将棋盤の傍にカラスが寄ってきた。
「カァー」
ひと声鳴いて、鈴香の膝に乗る。
「クロ、私、じいちゃんに連勝したんだよ」
鈴香がカラスの名前を呼ぶと、クロは鈴香の嬉しさが分かったように「クワクワ」と鳴く。そのまま鈴香が人差し指でクロの頭を撫でると、クロも嬉しそうに頭を震わせつつ目を閉じた。
「もうすっかり大人かな」
「うん。ここに来たばかりの頃とは大違いだね」
鈴香がクロを見つけたのは1年と少し前。
小学校2年生だった鈴香が学校から帰る途中で、野良猫を見つけた鈴香は近寄って手を伸ばす。野良猫が何かを咥えているのは鈴香にも見えたが、まさか生きている鳥とは思わなかった。鈴香に手を出されたのを見て猫は慌てたらしく、咥えていたものを落として逃げていった。そこでようやく鳥のヒナらしいと鈴香は気づく。
ケガをしているらしい動きの鈍いヒナを鈴香は優しく両手で包むと、そのまま家に持って帰る。鈴香の母親は驚いたが、とりあえず近くの動物病院に持っていった。
「本当に良いんですか?」
獣医が告げた治療費は安くなかった。鈴香の母親は悩んだものの、鈴香の悲しむ顔を見て治療を頼んだ。
治療が終わったところで、そのヒナがハシブトガラスであること、本当は自然の鳥に手を出してはいけないこと、保護の対象外であることなどを獣医から教えられた。
クロはチョコチョコと跳んで鈴香の膝や肩に乗る。
羽根を閉じたり広げたりすることはあっても、そのまま飛ぶようなことはない。
「やっぱり飛べないんだ」
鈴香はクロの羽根を撫でる。
右側の羽根が途中でいびつな形となっていた。また猫にくわえられたからなのか、首筋の羽根が一部白くなっている。
「まあ、だからこそ飼えるんだがなあ」
カラスやスズメやハトのように、どこにでもいるような鳥であっても自由に飼うことはできない。それが法律だ。しかしクロの場合は羽根をケガして飛べなくなったため、保護するとの名目を付けて許可を得て飼えるようになった。
ただし鈴香らが住んでいたマンションはペット不可。もっとも小鳥や小動物のたぐいであれば飼うことはできるのだが、鳴き声の大きなカラスを飼うのは難しかった。そこで一軒家に住んでいた鈴香の母方の祖父宅で飼うことになった。
「名前はクロ」
色が黒いことととカラスの英語名がCrowであることから、鈴香が名付けた。
その後、クロが目当てで鈴香が祖父宅を訪れる回数が増えるとともに、祖父が一番の趣味としていた将棋にも鈴香は興味を持った。
「鈴香も将棋を覚えてみるか?」
「うん!」
それまでにも祖父が将棋を指しているところを鈴香は見ていたが、全く興味を示さなかった。しかし一旦興味を示すと、あっという間に力を付けていく。インターネットの将棋中継などもマメに見るようになり、祖父が買っている将棋専門誌の棋譜も熱心に読み込んだ。大きなハンデとなる6枚落ちから始めた祖父との対戦は、1年を経てハンデ無しの平手になっていた。
そんな2人の傍には常にクロが居たのは言うまでもない。
飼い始めた当初、黒かった産毛は次第につややかな羽根へと変わっていた。未だに口の中が赤いため完全な成鳥とは言えなかったが、見た目は大人のカラスと変わらない。
「ね、おじいちゃん、もう1番」
「よし、今度こそ負けんぞ!」
2人は駒を並べ直すと、「お願いします」と言って頭を下げる。クロも真似をして「クワァ」と鳴いて頭を下げた。
パチリ
パチン
駒音だけが響いていた中で、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
「何か届いたかな?」
祖父が立ち上がる。
「私も行く!」
鈴香も後に続いた。
その場に残されたクロが将棋盤の上に飛び乗る。クロは盤面を見てちょっと首をかしげると、1つの駒をくちばしでちょっと突いた。
「おばあちゃんのか、何かなあ」
鈴香は届いた箱をテーブルに置くと盤の前に戻る。
「また通販でご当地グルメでも買ったんだろう」
祖父も盤の前に座った。
「あれ?鈴香、指したか?」
「ううん」
鈴香は首を振るが、祖父が指さす先の駒が動いていた。
「うーん、触っちゃたかなあ。考えてた手だし、それで良いよ」
「そうか」
祖父がパチッと駒を動かす。
それを見た鈴香が考えていると、クロが盤の上に乗った。
「クロ、だめだよ」
鈴香がクロを盤から降ろそうとしたところで、クロが盤上の駒をくわえて動かした。
「うん?」
「え?」
クロが偶然動かしたと思われた駒だったが、2人には良い手に思えた。
「クロって将棋、分かるの?」
鈴香の質問に答えたようにクロが「カア」と鳴いた。
「いや、まさか、な」
祖父の言葉にクロは不服そうに「グワグワ」と鳴く。
「じゃあ、これでどうだ?」
祖父がパチリと駒を動かす。
鈴香がクロを離して盤の上に置く。クロは祖父が動かした駒をクチバシでくわえると、鈴香の方にある駒台に乗せる。そして祖父の駒があったところに、鈴香の方の駒をクチバシで突いて移動した。
「駒を取るってのも分かるみたい」
「うーん、じゃあ、これならどうする?」
祖父が次の手を指すと、クロもそれに応じて駒を動かした。
パチッ
コンッ
ピシッ
コロッ
その後も祖父とクロが交互に駒を動かしていく。祖父も鈴香も口を挟まなくなっていた。
「負け…だなあ」
祖父が駒台に手を当てて頭を下げた。
「やった!クロが勝った!」
鈴香が嬉しそうに叫ぶと、クロも羽ばたきながら「クワクワ」と嬉しそうに鳴いた。
「すごーい!クロって将棋が分かるんだね」
「うーむ、いやあ、まあ、そうみたいだなあ」
祖父は半信半疑ながらクロの指し手が将棋のルールとして何ひとつ間違っていなかったことを思い出す。
「ねえ、今度は私と指そう!」
その言葉を理解したようにクロは祖父の膝に移った。
鈴香が駒をきれいに並べ終えて、「お願いします」と頭を下げる。クロも「クワ」と鳴いて頭を下げた。
「じゃあ、私が先手ね」と鈴香が角道を開ける。
「クワ」と鳴いたクロは飛車先の歩をクチバシで突いた。
鈴香とクロが交互に駒を動かしていく。祖父は何かトリックがあるのではないかと疑ったものの、部屋に居るのは自分と鈴香とクロだけ。クロが将棋を理解しているとしか思えなかった。
パチリ
コトッ
ピシリ
カコン
「むー、負けました」
鈴香が頭を下げる。またもクロが嬉しそうに「カー」と鳴いた。
「よし、もう一回、じいちゃんと勝負だ」
祖父が駒を並べ直す。鈴香の膝に移ったクロはクチバシで王将を最初の位置に移動させる。その間に鈴香がクロ側の駒を並べ直した。
「よし、じゃあ、お願いします」
祖父が前より深く頭を下げる。クロも「クワクワ」と鳴いて頭を下げた。
「じいちゃんが先手で良いよな」
「クワ」
クロが鳴いたのを確認して、祖父が飛車先の歩を動かした。それを見たクロも飛車先の歩をクチバシで突いた。
『さっきのようには行かんぞ』
祖父は慎重に駒を動かしていく。先ほどのクロとの一局も、これまで鈴香と指していた時も気を抜いていたわけではなかったが、どこか気持ちを緩めていた部分がある。気合を入れ直して駒を動かしていく。
パチッ
コトン
ピシリ
トコッ
30分ほど後
「負けました」
祖父が駒台に乗っていた駒を盤上に置いて頭を下げる。
クロは「クワ」と嬉しそうに羽ばたいた。
「すごーい。初めての将棋なのに、おじいちゃんに連勝したよ」
鈴香はクロの頭を撫でる。クロは気持ちよさそうに目を閉じた。
さらに鈴香の先手でもう一局指したが、4局目もクロが圧勝した。
「本当にクロは将棋が分かるようだな」
「そんなの当たり前じゃない」
鈴香がそう言うものの、祖父は「しかしなあ…」と納得できない部分が残る。
「明日、いつもの将棋クラブに行ってみようか」
「あそこにクロを連れていくの?どうして?」
「私達だけじゃ何とも言えんからな。他の人とも対局してもらおう」
「うん!」
もう一度、鈴香はクロの頭を撫でた。またしてもクロは気持ちよさそうに目を閉じた。
2人の間にあるのは将棋盤。
交互に駒を動かしていたものの、次第に男性の表情が厳しいものになってきた。
眼鏡を外すと、目頭の辺りを右手の人差し指と中指で抑える。
「ふう」と小さく息を吐いて、眼鏡をかけ直す。
もちろん形勢は変わっていない。
やはり難しい顔をしていた女の子が、何かを思いついたように目を見開いた。
パチン!
ひときわ高く駒音が響く。
女の子のポニーテールが跳ねて「どうだ!」と言いたげに男性を見た。
「うーん」
男性は低い声でうなった後、右手で額を抑えた。
そのまま髪をかき上げて、後頭部へ手を当てる。
「参った。負けた」
女の子が「やった!」と笑顔を見せる。
「おじいちゃんに初めて連勝した!」
膝立ちになってバンザイする。
「ラッキーカラーにして良かった!」
赤いゴムで束ねられたポニーテールがポンポンと跳ねた。
男性である祖父は、渋い顔をしつつも「強くなったなあ」と苦笑いする。
「ほんと!どのくらい?」
聞かれた祖父が腕組みする。
「じいちゃんがアマ名人戦やアマ竜王戦の全国大会に出たのが、もう30年くらい前だからなあ。そこから棋力が落ちているとしてもアマチュアの3~4段はあるだろうな。だから鈴香もアマ2~3段はあるんじゃないか」
鈴香は大喜びする。
「じゃあ、辻井八冠にも勝てるかなあ」
祖父はガクッと背中を落とす。
辻井孝太八冠
現在の棋士制度が始まって、5人目の中学生棋士となった辻井孝太四段。デビューからの29連勝や年度勝率8割越えなど、驚異的な戦績で注目を集めた。その後も最年少でのタイトル獲得や一般棋戦の同一年度勝利など圧倒的な記録を誇っている。さらに先年、将棋界で初となる全8タイトルを同時獲得した。
かつて壬生善元九段が、全7タイトル(当時)を同時に獲得したことがあった。その時も空前絶後の記録だと騒がれたものの、それを超えた記録となった。そんな辻井八冠が現役最強であることは言うまでもないが、将棋の歴史においても辻井八冠が最強の棋士に違いないと主張する将棋ファンも多い。
「いやあ、100回やって100回負けるだろうなあ」
鈴香はプッと頬を膨らませた。
祖父がなだめるように言う。
「奨励会でも目指してみるか。それとも研修会から始めても良いかもな」
奨励会は棋士を目指す少年少女達が所属する機関で正式には新進棋士奨励会の略称。一定以上の成績を上げると昇級や昇段し、四段に昇段すると職業としての棋士になれる。アマチュアとして好成績をあげた人だけが受験できる棋士編入試験など一部に例外的な制度もあるが、基本的には四段になれるのは1年に4人のみ。毎年50~60人の少年少女達が奨励会を受験し、入会できるのは20~30人。そこから年に4人、もしくは5人だけが棋士になれる厳しい世界。
また、研修会は将棋を通して少年少女の育成を行う機関。好成績をあげると奨励会へ入会できるなどの優遇措置がある。また通常の棋士とは異なる制度の下で活躍する女流棋士への道も開かれている。
「うん!やってみたい!」
祖父が「いきなり奨励会は厳しいかなあ。研修会にしてみるか」などとつぶやいていると、2人の間にある将棋盤の傍にカラスが寄ってきた。
「カァー」
ひと声鳴いて、鈴香の膝に乗る。
「クロ、私、じいちゃんに連勝したんだよ」
鈴香がカラスの名前を呼ぶと、クロは鈴香の嬉しさが分かったように「クワクワ」と鳴く。そのまま鈴香が人差し指でクロの頭を撫でると、クロも嬉しそうに頭を震わせつつ目を閉じた。
「もうすっかり大人かな」
「うん。ここに来たばかりの頃とは大違いだね」
鈴香がクロを見つけたのは1年と少し前。
小学校2年生だった鈴香が学校から帰る途中で、野良猫を見つけた鈴香は近寄って手を伸ばす。野良猫が何かを咥えているのは鈴香にも見えたが、まさか生きている鳥とは思わなかった。鈴香に手を出されたのを見て猫は慌てたらしく、咥えていたものを落として逃げていった。そこでようやく鳥のヒナらしいと鈴香は気づく。
ケガをしているらしい動きの鈍いヒナを鈴香は優しく両手で包むと、そのまま家に持って帰る。鈴香の母親は驚いたが、とりあえず近くの動物病院に持っていった。
「本当に良いんですか?」
獣医が告げた治療費は安くなかった。鈴香の母親は悩んだものの、鈴香の悲しむ顔を見て治療を頼んだ。
治療が終わったところで、そのヒナがハシブトガラスであること、本当は自然の鳥に手を出してはいけないこと、保護の対象外であることなどを獣医から教えられた。
クロはチョコチョコと跳んで鈴香の膝や肩に乗る。
羽根を閉じたり広げたりすることはあっても、そのまま飛ぶようなことはない。
「やっぱり飛べないんだ」
鈴香はクロの羽根を撫でる。
右側の羽根が途中でいびつな形となっていた。また猫にくわえられたからなのか、首筋の羽根が一部白くなっている。
「まあ、だからこそ飼えるんだがなあ」
カラスやスズメやハトのように、どこにでもいるような鳥であっても自由に飼うことはできない。それが法律だ。しかしクロの場合は羽根をケガして飛べなくなったため、保護するとの名目を付けて許可を得て飼えるようになった。
ただし鈴香らが住んでいたマンションはペット不可。もっとも小鳥や小動物のたぐいであれば飼うことはできるのだが、鳴き声の大きなカラスを飼うのは難しかった。そこで一軒家に住んでいた鈴香の母方の祖父宅で飼うことになった。
「名前はクロ」
色が黒いことととカラスの英語名がCrowであることから、鈴香が名付けた。
その後、クロが目当てで鈴香が祖父宅を訪れる回数が増えるとともに、祖父が一番の趣味としていた将棋にも鈴香は興味を持った。
「鈴香も将棋を覚えてみるか?」
「うん!」
それまでにも祖父が将棋を指しているところを鈴香は見ていたが、全く興味を示さなかった。しかし一旦興味を示すと、あっという間に力を付けていく。インターネットの将棋中継などもマメに見るようになり、祖父が買っている将棋専門誌の棋譜も熱心に読み込んだ。大きなハンデとなる6枚落ちから始めた祖父との対戦は、1年を経てハンデ無しの平手になっていた。
そんな2人の傍には常にクロが居たのは言うまでもない。
飼い始めた当初、黒かった産毛は次第につややかな羽根へと変わっていた。未だに口の中が赤いため完全な成鳥とは言えなかったが、見た目は大人のカラスと変わらない。
「ね、おじいちゃん、もう1番」
「よし、今度こそ負けんぞ!」
2人は駒を並べ直すと、「お願いします」と言って頭を下げる。クロも真似をして「クワァ」と鳴いて頭を下げた。
パチリ
パチン
駒音だけが響いていた中で、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
「何か届いたかな?」
祖父が立ち上がる。
「私も行く!」
鈴香も後に続いた。
その場に残されたクロが将棋盤の上に飛び乗る。クロは盤面を見てちょっと首をかしげると、1つの駒をくちばしでちょっと突いた。
「おばあちゃんのか、何かなあ」
鈴香は届いた箱をテーブルに置くと盤の前に戻る。
「また通販でご当地グルメでも買ったんだろう」
祖父も盤の前に座った。
「あれ?鈴香、指したか?」
「ううん」
鈴香は首を振るが、祖父が指さす先の駒が動いていた。
「うーん、触っちゃたかなあ。考えてた手だし、それで良いよ」
「そうか」
祖父がパチッと駒を動かす。
それを見た鈴香が考えていると、クロが盤の上に乗った。
「クロ、だめだよ」
鈴香がクロを盤から降ろそうとしたところで、クロが盤上の駒をくわえて動かした。
「うん?」
「え?」
クロが偶然動かしたと思われた駒だったが、2人には良い手に思えた。
「クロって将棋、分かるの?」
鈴香の質問に答えたようにクロが「カア」と鳴いた。
「いや、まさか、な」
祖父の言葉にクロは不服そうに「グワグワ」と鳴く。
「じゃあ、これでどうだ?」
祖父がパチリと駒を動かす。
鈴香がクロを離して盤の上に置く。クロは祖父が動かした駒をクチバシでくわえると、鈴香の方にある駒台に乗せる。そして祖父の駒があったところに、鈴香の方の駒をクチバシで突いて移動した。
「駒を取るってのも分かるみたい」
「うーん、じゃあ、これならどうする?」
祖父が次の手を指すと、クロもそれに応じて駒を動かした。
パチッ
コンッ
ピシッ
コロッ
その後も祖父とクロが交互に駒を動かしていく。祖父も鈴香も口を挟まなくなっていた。
「負け…だなあ」
祖父が駒台に手を当てて頭を下げた。
「やった!クロが勝った!」
鈴香が嬉しそうに叫ぶと、クロも羽ばたきながら「クワクワ」と嬉しそうに鳴いた。
「すごーい!クロって将棋が分かるんだね」
「うーむ、いやあ、まあ、そうみたいだなあ」
祖父は半信半疑ながらクロの指し手が将棋のルールとして何ひとつ間違っていなかったことを思い出す。
「ねえ、今度は私と指そう!」
その言葉を理解したようにクロは祖父の膝に移った。
鈴香が駒をきれいに並べ終えて、「お願いします」と頭を下げる。クロも「クワ」と鳴いて頭を下げた。
「じゃあ、私が先手ね」と鈴香が角道を開ける。
「クワ」と鳴いたクロは飛車先の歩をクチバシで突いた。
鈴香とクロが交互に駒を動かしていく。祖父は何かトリックがあるのではないかと疑ったものの、部屋に居るのは自分と鈴香とクロだけ。クロが将棋を理解しているとしか思えなかった。
パチリ
コトッ
ピシリ
カコン
「むー、負けました」
鈴香が頭を下げる。またもクロが嬉しそうに「カー」と鳴いた。
「よし、もう一回、じいちゃんと勝負だ」
祖父が駒を並べ直す。鈴香の膝に移ったクロはクチバシで王将を最初の位置に移動させる。その間に鈴香がクロ側の駒を並べ直した。
「よし、じゃあ、お願いします」
祖父が前より深く頭を下げる。クロも「クワクワ」と鳴いて頭を下げた。
「じいちゃんが先手で良いよな」
「クワ」
クロが鳴いたのを確認して、祖父が飛車先の歩を動かした。それを見たクロも飛車先の歩をクチバシで突いた。
『さっきのようには行かんぞ』
祖父は慎重に駒を動かしていく。先ほどのクロとの一局も、これまで鈴香と指していた時も気を抜いていたわけではなかったが、どこか気持ちを緩めていた部分がある。気合を入れ直して駒を動かしていく。
パチッ
コトン
ピシリ
トコッ
30分ほど後
「負けました」
祖父が駒台に乗っていた駒を盤上に置いて頭を下げる。
クロは「クワ」と嬉しそうに羽ばたいた。
「すごーい。初めての将棋なのに、おじいちゃんに連勝したよ」
鈴香はクロの頭を撫でる。クロは気持ちよさそうに目を閉じた。
さらに鈴香の先手でもう一局指したが、4局目もクロが圧勝した。
「本当にクロは将棋が分かるようだな」
「そんなの当たり前じゃない」
鈴香がそう言うものの、祖父は「しかしなあ…」と納得できない部分が残る。
「明日、いつもの将棋クラブに行ってみようか」
「あそこにクロを連れていくの?どうして?」
「私達だけじゃ何とも言えんからな。他の人とも対局してもらおう」
「うん!」
もう一度、鈴香はクロの頭を撫でた。またしてもクロは気持ちよさそうに目を閉じた。
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