クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第1章 将棋を指すカラス

第2局 カラスを将棋クラブに連れて行ったら

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翌日の日曜日、クロを鳥かごに入れた鈴香と祖父がなじみの朝草将棋クラブを訪れた。

ひと頃は1000万人とも2000万人とも言われた将棋ファンは、趣味の多様化により500万人ほどに減少した。自然、空席ばかりになって経営が苦しくなった将棋クラブや将棋道場は数多い。

そこに辻井八冠の活躍などで何度目かの将棋ブームが訪れた。この朝草将棋クラブでも、大人はもちろん鈴香と同じ年齢くらいの少年少女の来店が増えてきた。また、男性ばかりだった将棋ファンに女性が増えているのも、昨今の将棋ブームの特徴の1つ。さらに将棋の中継などを見て楽しむしょうと呼ばれるファンも増えている。

「いらっしゃい、馬場さん。おっ、今日は鈴香ちゃんも一緒か」
恰幅のよい男性が愛想よく声をかける。朝草将棋クラブを切り盛りする席主せきしゅだ。
言うなればオーナー兼店長。もちろん将棋の実力の相当なもので、馬場-鈴香の祖父-とは若い頃からの好敵手となって、何度も地区代表の座を争ったことがある。

「うん、ちょっと頼みがあるんだが…」

受付も兼ねる席主に馬場がヒソヒソと話をする。
もちろんカラスのクロとの対局だ。

席主は「カラスって…」「それはちょっと…」「いやあ、さすがに…」としかめっ面をしたものの、馬場の後ろで心配そうな顔をする鈴香を見て「仕方ないかあ」と承知した。

「とりあえず3000円払っておくよ」
馬場は財布から千円札を3枚出した。
「ああ、どうも」
席主は受け取ってレジに入れる。

こうした将棋クラブでは、席料として1人当たりのお金を払うのが一般的。カラオケボックスなどでは時間単位でお金がかかるが、将棋クラブでは1日いくらの料金設定がほとんど。そのため、午後からだったり、夕方からだったりの利用では、いくらか割り引いた値段設定になっているところも多い。

朝草将棋クラブは大人の男性なら1500円。学生や女性なら1000円。鈴香のような子供は500円。クロは祖父が勝手に1000円と決めたようだ。

「で、誰にするの?」
「やっぱり強い人に相手をして欲しいなあ」
「じゃあ、佐倉さんだな。おーい、佐倉さーん」

席主が名前を呼ぶと、奥の方で対局を眺めていた男性が寄ってくる。
佐倉京介アマチュア五段。朝草将棋クラブの勝ち頭だ。

「おっ、馬場さん、久しぶり。今日も勝たせてもらうよ」
「いや、今日はちょっとな…違うんだ」

馬場が事情を話そうとしたところで、受付に女の子が駆け寄ってくる。

「鈴香じゃない!まーた、私に負けに来たの?」

そう言って腰に手を当てて胸を反らす。鈴香と同学年で、朝草将棋クラブの常連でもある歩美あゆみ
長めの黒髪がふんわり揺れる。

「ふん!歩美にはこの前1勝1敗だったよね」

鈴香も負けてはいない。
「通算成績では私の方が大きく勝ち越しでしょ」
「歩美の方が先に始めたんだから、そのくらい当たり前じゃない」
「じゃあ、今日こそ大負けさせてやるんだから、私と指しなさいよ!」
しかし鈴香は首を振る。

「あー、逃げるんだー」
歩美はニンマリ笑うが、鈴香は挑発には乗らず、持ってきた鳥かごを見せた。
「今日はクロと指してくれる強い人を探してるの」
「クロって、そのカラス?」
「そうよ」
歩美はフッと鼻で笑う。

「カラスなんかが将棋を指せるわけないじゃない!」
「指せるよ!私に勝ったんだから」
またも歩美はフフッと鼻で笑った。
「それは鈴香が弱いだけでしょ」
「じゃあ、歩美は勝てるの?」
「もっちろん!」
「そこまで言うなら、負けたら変顔して『負けました』って言ってもらうからね」
「う…なによ!そのくらい、良いわよ」

そこまで言い合ったところで、鈴香と歩美の頭に軽いゲンコツが落ちた。
「バカなことを言ってるんじゃない!」
鈴香の祖父がにらむ。痛そうに頭を抱えた2人は「ごめんなさい」と謝った。
「じゃあ、歩美ちゃん、本当にクロと指してもらえるかな?」
「……はい」

席主が部屋の隅にテーブルを用意する。鳥の一匹くらいであれば気にしない人がほとんどだろうが、声に出さないまでも嫌がる人もいるだろうとの配慮だ。

鈴香と歩美の言い合いが聞こえたようで、2人が駒を並べていると盤の周囲にクラブの常連が集まってきた。彼らは顔なじみの祖父と気軽に声を交わす。

「カラス?本当に指せるの?」
「馬場さん、何か仕掛けでもあるんじゃない?」
「今更ドッキリ…とか?」
そうした面々に、祖父は「いやいや」と否定する。
「まあ、見てれば分かるさ」

「先手は、そっちでどうぞ。持ち時間はどうするの?」
「対局時計とか、クロは分からないと思うから、無しで」

髪をシュシュで束ねつつ、歩美はフフッと笑った。
鈴香はムッとしたものの、クロに「先手だよ」と言い聞かせた。
「じゃあ、お願いしまーす」
「お願いしまーす」
背筋を伸ばした鈴香と歩美がお辞儀をすると、クロも「クワア」と鳴いて頭を下げた。
クロは鈴香の膝から将棋盤の乗ったテーブルに跳ぶと、そのままクチバシで歩を突いた。

「ほほぅ」
誰からともなく声が上がる。

クロの突いた歩は角道かくみちを開けた手で、飛車先の歩を突くのと同様に、有力な初手しょての1つ。

すんなり初手を指したクロに歩美はちょっと驚いたものの、同じように角道を開ける。
次にクロが指した手は、初手に動かしたの横に歩を並べるように突いた手だった。これは大駒おおごまである角の交換ができないように角道を遮断する手。
歩美が次に飛車先の歩を突くと、クロは飛車の駒を咥えて4つ横のマスに移動させた。

「おお!」
四間飛車しけんびしゃだぞ」
「ホントに指せるのか?」

将棋で最も強力な駒である飛車。それを左側に移動する戦法を飛車びしゃと呼ぶ。
江戸時代からある有力な戦法で、もっぱら振り飛車を指す振り飛車党と呼ばれる棋士も多かった。しかし辻井八冠を始め、現在のトップ棋士では居飛車いびしゃ-序盤で飛車を横に移動しない戦法-を指す棋士が多い。さらに近年発達した将棋ソフトの形勢判断により、『振り飛車は不利ふり飛車』などと揶揄されることもある。
それでもアマチュアファンには人気のある戦法が振り飛車だ。また最近のトップ棋士の中には、改めて振り飛車を指す人がチラホラと増えている。

「馬場さん、クロが将棋を指し始めてどのくらい?」
そう話しかけたのは、先ほど席主に呼ばれた佐倉だ。
「昨日、私と鈴香と4局指した。最初の1局は鈴香が序盤指したのを引き継いだものだけど…」
「えーっ、それだけか」

佐倉は全国大会で何度も入賞経験があるアマチュア棋士の強豪だ。昨年のアマ竜王戦ではベスト4に勝ち残って、ランキング6組でプロ棋士と対戦したこともある。そうして将棋の難しさを知っている佐倉だからこそ、カラスのクロが将棋を指すと聞いて疑いの目を持った。しかし、ここまで見たところ鈴香らがクロを操っているようには思えなかった。

「もしかして4局ともクロの勝ちとか?」
「うー、まあね」

佐倉と馬場の会話を聞いた常連から、「ほんとか」「まさか」などの声が聞こえる。


佐倉も鈴香や馬場の力量を良く知っている。初心者の頃は駒落ちで教えていた鈴香も最近では随分と腕を上げた。馬場にも大きく勝ち越していたが、かつて全国大会に出ていて今でもアマ高段者の実力を馬場が持っているのは間違いない。

「カラスが4連勝か」

佐倉が盤面を見ると、クロと歩美の対局は中盤に差し掛かっていた。四間飛車に速攻を仕掛けようとした歩美だったが、クロは飛車や角や銀を巧み押し引きすることで、歩美の攻撃を跳ね返していた。それだけでもアマチュアで有段者の力量があるのは伺える。

「早めに…終わりそうだな」

パチッ

コツン

パチリ

ツンッ

クロと歩美の対局が終盤に差し掛かる。

「う…」
歩美の目には涙が浮かんでいた。将棋で負けるのは初めてではない。強い人に負けるのは当然だし、同い年の鈴香に負けたこともある。しかし、今回の相手はカラスだ。
一手一手指すごとに形勢が悪くなるのは自覚できていた。何とか逆転できそうな道筋を探すものの、不利になった形勢をひっくり返すような手は見つからない。

「……負けました」
そう言って頭を下げると、歩美の目から涙がこぼれる。
席主が「こっちへおいで」と立たせて、歩美にティッシュを渡した。
ぐすぐすと泣きながら歩美はティッシュで目をぬぐう。

対局が始まるまでは歩美と言い争っていた鈴香ながら、さすがに負けて泣き出したのでは気になるようで、座ったまま背伸びして歩美の方を見る。

空いた席に佐倉が座った。
「次、良いかな?」
「え、あ、はい」
佐倉と鈴香が駒を並べる。
「クロが先でどうぞ」
「は、はい」
佐倉と鈴香が「お願いします」と頭を下げると、クロも「クワ」と鳴いて頭を下げた。

ちょっと頭を傾げたクロは、今回も角道を開ける。
「ふぅ」とひと息ついた佐倉は、飛車を真ん中に移動させた。

原始中飛車げんしなかびしゃか」

囲んだ常連の中から声が上がった。

いきなり真ん中に飛車を移動させる原始中飛車は不利に至ることが研究され尽くしているため、アマチュアでも有段者になったら指さない戦型。

あえて後手を選んだ佐倉が原始中飛車の戦法を選んだのは「ひとつ試してやるか」と考えたから。しかし早々に佐倉の攻勢が受け止められると、あっさりクロからの反撃が始まる。そのまま進んで80手ほどで佐倉が「負けました」と投了した。

「佐倉さん、歩美ちゃんとの一局を見てて、それは舐めすぎでしょ。」
席主が苦笑しつつもとがめるように言う。傍に立っている歩美は、ティッシュこそ手にしているが、すっかり泣き止んでいた。

「申し訳ない。もう一局お願いできるかな?」
すまなそうな顔をした佐倉は人差し指を立てて、再戦を頼む。
クロと指したそうにしていた常連もいたが、本気の佐倉との対局で様子を見るようだ。

「うん、良いよ」
佐倉と鈴香が駒を整える。
「今度は先手、良いかな?」
「うん」

鈴香はクロに「後手だよ」と告げると、クロは羽根を広げて「カア」と鳴いた。
佐倉と鈴香、そしてクロが一礼した後、佐倉は角道を開けた。
クロも角道を開ける歩を突くと、先ほどのクロがそうしたように佐倉は角道を閉じた。
その後、佐倉は飛車を左から3番目の筋に移動すると、玉を反対側の端に持っていく。

三間飛車穴熊さんげんびしゃあなぐまだ」
「佐倉さんの十八番おはこだな」

振り飛車も居飛車も指す佐倉ながら、ここ一番の大事な対局では飛車を左から3番目のマスに移動し、玉を反対側の端まで移動させて固く囲う穴熊にすることが多かった。
竜王戦のランキング6組で2勝1敗の成績を残した時も三間飛車穴熊だった。

「クワ」
クロも飛車と反対側に玉を移動させる。佐倉のマネをしたわけでもないだろうが、香車を1つ上げて開いた位置に玉を移す。

観客から「おおっ!」と声があがった。

居飛車穴熊いびしゃあなぐまだぞ」
「カラスも相穴熊あいあなぐまを知ってるのか」

皆、声を抑えているが、熱戦が期待される様子に興奮を隠しきれない。
難しい中盤を過ぎたところで佐倉に疑問手があったようで、クロの方が優勢になってきた。

パチリ

コン

パチリ

コトッ

「うーむ」
佐倉も懸命に勝負手で挑むが、逆転には至らなかった。
「いやあ……負けました」

両手で膝をしっかりつかむんで深々と頭を下げた。
クロも「クワァ」と鳴いて頭を下げる。「ありがとうございました」の意味だろう。
「クロと感想戦は、できるのかな?」
佐倉は聞いたものの、鈴香が「無理かな。しゃべれないし」と答えた。
「そうか」
気落ちした様子で佐倉は席を立つ。

「つ、次は俺が指す!」
「いや、私とやらせてくれ!」
「ちょ、ちょっと俺だよ」
あちこちから声が上がるが、席主が「おいおい、ジャンケンとかで決めなよ!」と声を上げたことで、希望者によるジャンケンが始まった。

「クロか、本当に強いね」
佐倉はちょっと離れたところから見ていた馬場に話しかける。
「佐倉さんがそう言うのなら、クロの実力も本物だな」
「何かトリックは…ないんだよな」

馬場は「いやいや」と首を振る。
「あっても、あんな風に佐倉さんには勝てんだろ」
「うーん、馬場さんが教えたの?」
またも馬場は「いやいや」と大きく首を振る。

「鈴香には教えたけど、クロには…なあ。ただ、鈴香と6枚落ちから指していた頃から、いつの間にかクロが傍にいたんだよなあ。私がネットの将棋中継を見ていたり、棋譜きふ-将棋の指し手を記録したもの-並べをしていたりした時も、よくクロが見ていたよ」
「すると、門前の小僧ならぬ、ケガしたカラスが習わぬ将棋を指す、か」

2人が眺めている先では常連客の1人である後藤とクロとの対戦が始まった。

後藤もこのクラブでは有段者としての実力がある1人だった。
しかし佐倉ですら負けた将棋を見ていたことで「私が先手で良いよね」と素直に申し出た。
「うん、どうぞ。クロ、後手だよ」
クロが「クワ」と鳴いて頭を下げると、後藤も「お願いします」と一礼して対局が始まる。
先手の後藤が得意の四間飛車しけんびしゃに、クロがかい飛車びしゃの戦法を選ぶ。

「今度は相振り飛車か、クロは居飛車党?それとも振り飛車党?」
佐倉が馬場に尋ねる。
「いやあ、居飛車も振り飛車もどっちも指すよ」
「ってことは、クロは二刀流にとうりゅうか。ますます凄みが増すなあ」
佐倉が感心したようにつぶやく。

将棋の戦法はたくさんあるが、大きく居飛車と振り飛車とに分かれる。振り飛車が多い人を振り飛車党と呼ぶように、居飛車の戦法を選ぶことが多い指し手を居飛車党と呼ぶ。さらに居飛車と振り飛車の両方の戦法を指す人のことを「二刀流」「両刀使い」「オールラウンダー」などと呼んでいる。

2人が話しているうちに、後藤が「もうだめだね。いやあ、強い」と投了した。

ジャンケンで順番が決まっていたようで、今度は常連の田畑が座った。
「よろしくお願いします」
「うん、でもそろそろクロが疲れてくるから、田畑さんで最後ね」

周囲から「えーっ」と声があがるものの、席主のひと睨みで静まった。

「ごめんなさい」
鈴香がすまなそうに謝ると、「まあ、しょうがないよね」「うんうん」「無理はいかんよ」と見ていた人達も落ち着く。
すぐに5局目が始まった。
居飛車党の田畑にクロも居飛車で応じたことで、矢倉《やぐら》模様の将棋になった。

「棋士とやったらどうなるかなあ」
佐倉がニヤッと笑って馬場を見る。
「棋士ってプロ棋士?クロとの対局を受けてくれる棋士がいるとは思えないけど」
「バシバシさん……とか」
「バシバシさん?佐倉さん、知り合いなの?」

佐倉の言う「バシバシさん」とは、棋士の橋田勝吾五段のこと。

元は棋士を目指して奨励会に所属していたものの、成績が振るわず退会となった。その後、アマチュア強豪としてアマの大会で活躍。アマチュアも参加できるプロ棋戦で好成績を上げたことから、棋士編入試験の受験資格を獲得した。そこで新人棋士を相手に3勝1敗となり、棋士の資格を得ている。アマチュア強豪時代にネットでの実況や将棋解説で使っていたアカウント名の「バシバシ」から、「バシバシさん」の愛称で呼ばれるようになった。

「ちょっと前にアマ大会で顔見知りになった時に連絡先を交換してたんだ」
「そうか」
佐倉はスマートフォンを取り出す。
「クロの動画を撮っても良いかな?」
馬場は「うーん」と悩んだが、「とりあえず橋田さんに送るだけで」と了解した。
佐倉は1分ほど動画を撮ると、動画を添付してメールを送った。

--------------------------------------------------------------
ご無沙汰してます 佐倉

橋田さん
私より強くて興味深い相手がいました
よかったら一局指してみませんか
彼?の動画を付けておきます
佐倉
--------------------------------------------------------------

メールを送ると5分程して、佐倉のスマートフォンが震える。
「おっ、バシバシさんだ!」
着信画面を見た佐倉は「ちょっとごめん」と将棋クラブの外に出ていった。

数分して、佐倉がクラブの中に戻ってくる。
「馬場さん、来週の土曜日、またここに来られる?」
ニヤッと笑って聞く佐倉。バシバシさんから良い返事が来ただろうことは馬場にも分かった。
「もしかして?」
「ああ、どうかな?」
「ちょっと待ってて」

馬場は孫娘の鈴香の傍に寄って行く。
耳元で何事かささやいていたが、鈴香が嬉しそうにうなずくのが佐倉にも分かった。

馬場が佐倉の横に戻る。
「大丈夫だって」
「よっし!」
ガッツポーズをした佐倉は再び将棋クラブの外に出ていった。

佐倉が戻ってくると、クロと田畑との将棋は終盤に差し掛かっていた。言うまでもなくクロの勝勢だ。
気安い常連は「タバさん、もう投げなよ」などと軽口を叩く。
「良いじゃねえか。ちょっとでも粘るんだよ」
「クロが間違えるとは思えないけどねえ」
そんな言葉通りに、クロの厳しい手が続いて田畑が投了した。

「全く良いとこが無かったなあ」
お茶を飲んで席を立とうとした田畑に佐倉が声をかける。
「ちょっと最初から並べてくれない?」
「うん?」
理由を聞いた田畑に佐倉が「橋田さんに棋譜を送りたいんだ」と答える。
「橋田って、バシバシさん?」
「そうだよ」
周囲から「おおっ!」と声が上がる。

アマチュア強豪から編入試験を経て棋士になった橋田五段は、ある意味でアマチュア棋士達のヒーローだ。

「来週の土曜日に来てくれるって」
佐倉の言葉に「わあっ」との声が上がる。そこには席主の声もあった。
「念入りに掃除をしなくちゃな」
その後は佐倉を加えた感想戦が行われ、常連の有段者らで盛り上がった。

感想戦が終わった後、佐倉が馬場のそばに戻る。
「それでさ、馬場さん、昨日、クロが指した将棋を並べてみてくれないか」
言われた馬場は眉をひそめる。
「いやあ、全部は覚えてないなあ」
「覚えている分だけでも良いから」
「うーん…どうだったかなあ」

そこに鈴香が割って入る。
「クロとの対局なら、私が全部覚えてるよ」
佐倉と馬場が顔を見合わせる。
「本当に?」
「本当か、鈴香?」
鈴香は「うん、見てて、まず最初ね」と並べ始めた。

途中で手を止めて「ここからがクロの手だよ」と佐倉に伝える。

その後も佐倉が盤面を録画する前で、鈴香は4局を最後まで並べ終えた。
「これでクロが4連勝」
「すごいな…」
そう佐倉がつぶやいた理由は、クロの4連勝でもあり、4局をしっかり覚えている鈴香にでもあった。

その後は鈴香や馬場も常連の大人や有段者の子供達と対局する。
鳥かごに入れられたクロは、興味深そうに皆の将棋を眺めていた。
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