クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第2章 協会の困惑

第20話 カラスをめぐって女流棋士が争ったら

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某月某日
塔京・万駄ヶ谷にある日本将棋協会の一室。
そこではクロとの七番勝負を行う人選をめぐって話し合いが続いていた。

「今日、あなた達を呼んだのは他でもない。カラスのクロとの七番勝負に出てもらいたいと思ってね」
日本将棋協会の理事や職員、Hamabe TVの関係者らがそろった前には、2人の女流棋士が椅子に座っていた。
「私達がクロさんと?」
「とても光栄です」
そう答えたのは、福岡葉菜ふくおか はな女流と石川萌香いしかわ もか女流だ。

現在の女流棋界を代表する2人。ここ数年は8つある女流のタイトルを2人で取ったり取られたりしている。他の女流棋士がタイトルホルダーである2人に挑戦することもあるが、ことごとく跳ね返してきた。
まさに女流棋界の二強であり龍虎であり双璧であり、ミッターマイヤーとロイエンタール…とまでは言われていない。

「あ、いや、ちょっと待って下さい」
協会職員の1人が止める。
「クロと対局するのが7人なのは分かりますよね。その内の女流枠として1人を考えているんです」
「「えっ!」」

その時のことを振り返った関係者の1人がこう語った。
「その瞬間、部屋の温度が一気に5度は下がったように感じましたよ。ええ」
彼は思い出したように肩をすくめた。

部屋を沈黙が支配した中、しばらく時間を置いて口を開いたのは福岡女流だ。
「そう言うことであれば、現在五冠を保持している私が女流棋士を代表してお受けしたいと思います」
“五冠”と口にしたところで、チラッと石川女流を見た。

女流棋士が参加する棋戦はたくさんあるが、中心となるのは8つの棋戦だ。
このうち5つのタイトルを福岡が、3つを石川が保持している。

しかし石川女流も負けてはいなかった。
「確かに現在のタイトル数でも、これまでのタイトル獲得実績でも福岡さんが上でしょう」
まずは福岡の実績を持ち上げた上で、こう付け加える。
「でも、今の状況で思い出して欲しいことがあります」
先ほどの福岡と同じ様にチラッと福岡女流を見た。
「私が棋士編入試験を控えていることは皆さんもご存じでしょう」
集まった関係者の中から「ああ」と声があがる。
「つまり将棋ファンからの注目が集まっている私が対局した方が、より話題になると思います」
石川が言い終えたところで、「なるほどねえ」や「確かに」との声が聞こえた。

アマチュア棋士や女流棋士はプロ棋士相手に好成績をあげると棋士編入試験の受験資格を得ることができる。かつて橋田五段がその道を通って棋士としてなったように、石川女流もプロ棋士相手に13勝7敗の好成績をあげたことで棋士編入試験の受験資格を獲得していた。

集まった関係者の間で石川寄りの雰囲気が強くなったところで、福岡女流が待ったをかけた。
「ちょっと待ってください!」
口調の強さに石川を含めた全員が福岡を見る。
「棋士編入試験は大きな話題です。で、あればこそ、石川さんには棋士編入試験に集中してもらいたいです。クロは間違いなく強いですから」
一同が見る中で、福岡が発言を続ける。
「女流棋士としての対局、棋士編入試験の対局、そこにクロとの対局が加われば、石川さんにとって大きな負担になると思います」
福岡の指摘に「それもそうだなあ」と同意する人が出た。

さらに別の見方もあった。
福岡女流の棋士編入試験は間違いなく注目の話題となっている。
結果、石川女流が5戦中3勝して女性として初めての棋士になれた場合には、さらに多くの注目を集めるだろう。
そんな石川女流をクロとの対局相手にしてしまうのは、1人の女流棋士だけに話題を重ねてしまう意味で、“もったいない”面がある。

「そんなことはありません!」
今度は石川が強い口調とともに立ち上がる。
「女流の対局、編入試験、そしてクロとの対局、どれも全力を尽くします!」
石川の強い意思表示にもかかわらず、関係者の反応は鈍かった。
「そうは言ってもねえ」
「分けた方が無難かなあ」

昨今の将棋界において、女流棋士の活躍する場は増えている。
これは女流の棋戦が増えたことが大きい。特に数年前に始まった博麗戦は全ての女流棋士がリーグ戦で対局することや、女流タイトル戦で唯一の七番勝負であることから対局数の増加につながった。
さらに戦後何度目かとなる将棋ブームが訪れていることで、各地で開催される将棋大会や将棋イベントのゲスト、タイトル戦などの大盤解説やネット中継における司会や聞き手として、女流棋士は欠かせない存在となっている。

「石川さん」
隣に座った福岡が語り掛ける。
「同じ女流棋士として、あなたの棋士編入試験を応援しているの。だ、か、ら、あなたは編入試験の五番勝負に集中した方が良いのではないかしら」
その後にさり気なく付け加えた。
「その意味で女流棋士の代表としてクロと対局するのは、五冠の私に任せて欲しいの」
石川は“女流棋士の代表”や、再度入ってきた“五冠”の部分に引っかかるものを感じたが、そこには触れずに別のところを刺激した。
「ありがとうございます。確かに福岡さんのように三連敗してはいけませんからね」
「くっ…」
福岡が石川をにらむ。

今回の石川に先駆けること2年前。
福岡も棋士を相手に10勝4敗の好成績をあげて、棋士編入試験の受験資格を獲得していた。これは女流棋士では初めてのことで大きな注目を集めていた。しかし五番勝負の結果は三連敗。惜しくも女性で初めての棋士となる機会は得られなかった。

「…ふぅ」
大きく深呼吸して冷静さを取りもどした福岡が答える。
「あの時は残念でした。でもね。だからこそ、あなたには編入試験に集中して欲しいんです」
「ですから、編入試験も…」
石川が言いかけたところで、福岡が「それに」と口を挟む。
「公私ともに充実した今の私であれば、独り身で寂しいどこかの誰かよりも、とーっても良い将棋が指せると思うんです」
福岡は椅子に座りながらも、立ち上がった石川に見下したような視線を送る。
昨年、福岡は結婚したばかり、つまり新婚アチアチのホヤホヤのフワフワのイチャイチャのベタベタだ。
「べ、別に独り身とか2人とか3人とか、将棋には関係ないはず…」
またも福岡が口を挟む。
「そう主張する方もいますけど、プライベートの充実は勝負にも影響を与えると思うんですよね。あ、石川さんには分からないかもしれません、け、ど」
福岡に挑発された石川がバン!とテーブルを叩く。
「そんな充実したはずの福岡さんは結婚後の博麗戦でタイトル防衛できませんでしたよね。その相手は誰でしたっけ?ああ、私か。大した充実っぷりですこと」
福岡もバン!とテーブルを叩いて立ち上がった。
「その後の女流名人戦で勝ったじゃない!それで私のタイトルは5つ!あなたは3つよ!」

間近でにらみ合う2人。どちらも引く気はなかった。
「いっそ将棋で決めましょうか?」
「そうですね。それがはっきりします」
対局のために部屋から出ていこうとする2人を協会の職員が押しとどめる。
「まあまあ、そんなに熱くならないでください」
2人の視線が職員に向けられる。
「じゃあ、あなたはどちらが良いと思います?」
「わ、私は、その…あの…クジとかジャンケンで決めたら…どうかと」
口ごもる職員。
「「はあ?」」
2人の眼光が鋭く職員を貫く。
「じゃあ、あっち向いてホイ、とか」
「何言ってるのよ!」
「あなた、正気?」
2人の追及が続くと思われたが、福岡の一言が話の方向を変えた。
「まあ、あっち向いてホイでも、私が勝つでしょうけどね」
その一言を石川は聞き逃さなかった。
「へえ、そう言うなら、あっち向いてホイで勝負しましょうか?」
「ふーん、良いわよ」

その場で2人の女流棋士によるあっち向いてホイが始まった。

「「ジャンケンポン」」
「あっち向いてホイ」
ジャンケンに勝った石川の人差し指が上を指さす。
しかし福岡は右を向いた。

「「ジャンケンポン」」
「「あいこでショ」」
「あっち向いてホイ」
今度は福岡が右を指さす。
石川は上を向いて敗北を逃れた。

「「ジャンケンポン」」
「あっち向いてホイ」

「「ジャンケンポン」」
「あっち向いてホイ」

「「ジャンケンポン」」
「「あいこでショ」」
「「あいこでショ」」
「「あいこでショ」」
「あっち向いてホイ」

「「ジャンケンポン」」
「「あいこでショ」」
「あっち向いてホイ」

「「ジャンケンポン」」
「あっち向いてホイ」



集まった関係者が口を出せないまま、2人の女勝負師によるあっちむいてホイ対決は、優に1時間を超えた。
そしてとうとう勝敗が分かれる時が来た。

「「ジャンケンポン」」
「あっち向いてホイ」
福岡が下を指さす。
石川が下を向く。
福岡の勝ちだ。

実に113回目のあっちむいてホイで決着となった。
これは奇しくも1局における将棋の平均手数と近い数字だった。

「福岡さん」
下を指さした福岡の右手を石川が両手で握る。
彼女の目から涙がこぼれた。
「クロとの対局、頑張ってください」
「…石川さん」
福岡の目からも涙がこぼれる。
「あなたも編入試験、頑張ってね」
2人は同時にうなずいた。

「見て!」
福岡が窓からそとを指さす。
「あの雀森神社すずめもりじんじゃの杉の大木の先に輝く星を」
「はい」
「あれが女流棋士の星よ」
「…きれいね」

2人の声を耳にして部屋にいる関係者が外を見る。
日本将棋協会のそばにある雀森神社の境内にある杉の巨木は見えるものの、星はどこにも見当たらなかった。
それも当り前だ。今は昼間だから。

そんな関係者をよそに、福岡と石川は言葉を続ける。
「あの女流棋士の星に誓って共に全力を尽くしましょう!」
「もちろん!」
2人はしっかりと両手を握り合った。

「えっ!」
寝ていた鈴香が目を覚ます。そのままベッドから起き上がると、まぶたをこすった。
窓から入り込む月あかりが彼女の寝顔を照らす。
「福岡先生?石川先生?」
寝ぼけまなこで周囲を見回すが、いつもと変わらない鈴香の部屋。
壁には日本将棋協会の公式カレンダーと辻井八冠のポスターが貼ってある。
「えっと、夢?…変なのー」
鈴香は再びベッドに潜り込む。
数分の後、可愛らしい寝息が聞こえた。
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