33 / 113
第3章 七番勝負の開始
第32話 カラスの七番勝負第1局を振り返ったら
しおりを挟む
自宅に戻った佐倉がパソコンのモニターを見つめている。
並べているのはクロの七番勝負の第1局である浜島三段戦。
「うーん、これで良いとはなあ」
クロの2手目の銀上がりから金銀並び。
その後の3段目の金銀並び。
さらに浜島三段の飛車寄りからクロの攻撃。
この辺りを集中して研究する。
最初のの金銀並びは時間をかけても結論は出なかった。
「まあ、1局の将棋ってことか」
その後の展開はいろいろあるが、極端に悪くなることも無ければ、画期的に良くなるわけでもない。
3段目の金銀並びは、こちらもいろいろ展開が考えられるものの、いずれもほぼ互角で推移。
ただし人間の目で見ると、自陣がスカスカで指しきれない感じが強い。
「クロには何か見えてるのかなあ」
人間の言葉が分かるのなら聞いてみたいもの。
そして問題の飛車寄り。
「名人が指摘した玉寄りか金引きなら互角か」
パソコンのモニターでも最善手や次善手には玉寄りや金引きなどが表示されている。
クロが指摘したであろう桂馬を跳ねる手は5番手までにも出てこない。
「でもなあ…」
そのまま放置して読み込ませると、桂馬を跳ねる手がチラチラと出たり消えたりする。
さらに待っていると、桂跳ねが最善手に躍り出る。
「クロはどこまで見えていたのか」
佐倉は考え込んだ。
ギューン!キュンキュンキュン…
画面中央に「竜」の文字が大きく輝く。
将棋の棋譜解説を中心に動画を展開する「S-1 SHOGI DAYS」だ。
「みなさんおはようこんにちはこんばんは、ゆっくりマリサぜよ」
「ヨウムだぴょん」
“まんじゅう”と呼ばれるキャラ2体が画面下の左右に登場。
「本日は202〇年〇月〇日に行われた“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第1局、浜島和人奨励会三段と」
「角野クロアマの一戦をお送りするぴょん」
浜島とクロの顔写真が登場。
「突如として人間界に飛来したカラスのクロ。神の使いか、悪魔の化身か。鳥ながらも驚異の棋力を示し、将棋動画上で何人もの棋士を負かしてきた。その結果、日本将棋協会を動かして、今回の七番勝負が実現ぜよ」
「そのクロと対戦するは、日本将棋協会から選ばれし7人の棋士達。異論反論もちろんあれど、7人全員が実力者と言っても過言ではないぴょん」
「事前に滝川十七世名人により行われた振り駒の結果、先手が浜島三段、後手がクロとなったぜよ。以降は偶数局でクロが、奇数局で棋士側が先手になるぜよ」
2人が声をそろえる。
「「さあ、それではみなさん ゆっくりしていってね!!!」」
「将棋盤、カピョーン!」
画面中央に将棋盤が登場する。
「今回はヨウムが先手、浜島三段」
「マリサが後手、クロぜよ。それでは」
「「お願いします」」
「こんにちは!高村天地です」
「こんにちは!臼木真面目です」
動画の冒頭でA級棋士の高村天地八段とアシスタントでアマチュア強豪の臼木真面目が挨拶する。
「先生、見ましたか?」
「何をです?新作映画ですか?『ぼっち・ざ・なんとか』の総集編でしたっけ?」
「もう、そういうボケは止めましょうよ」
「アハハ、クロの七番勝負ですよね」
「はい、熱戦でした」
「まさに、です」
「ただし、残念ながら…」
「うん?」
「浜島三段による先生の敵討ちはできませんでした」
「あー、それを言わないでくださいよー」
まじめの辛辣な言葉を聞いて、大げさに高村が顔を隠す。
「まあ、2局目以降に期待しましょう」
「ですね。じゃあ、並べていきますか」
2人は大盤の前に立って解説を始めた。
「皆さんのご指摘通り、読み上げるのが一瞬遅れちゃったんですよね」
動画で苦笑いするのは女流棋士の愛媛愛菜四段。
もちろん七番勝負1局目の読み上げについて語っている。
「私もクロさんの棋譜をひと通り頭にいれて対局の用意をしたのですが、ほんっとーに銀上がりは予想外でした」
うんうんと大きくうなずく。
「って言うか、先手でも後手でもクロさんの初手銀上がりを予測できた人っていますか?もしいたら、予測した理由と合わせて書き込んでください、ぜひぜひ」
そう言って手を合わせる。
「それで後から聞いたんですが、飼い主の馬場さんが沼田システムや徒野流の棋譜を並べていて、クロさんが見ていたんだそうです。あ、それから滝川先生がおっしゃってたんですけど、駒落ち上手の工夫を取り入れたのでは、と」
愛媛は「いろいろ工夫してたんですねえ」と感想を述べる。
「まあ、初手の角道を開けるのは良くある手ですね」
ハジメの言葉に、高村が「角道を開ける7六歩と飛車先を突く2六歩が圧倒的です」と同意。
「しかし、クロの銀上がりが意表を突いた手でした」
「プロの対局でもなくはないんですが、クロさんが指すとはねえ」
「で、この金銀4枚並びと」
高村は「ここだけ見れば」と、金、銀、金の並びを指先で丸く囲む。
「“カニ囲い”と呼ばれる囲いなんですね。金2枚がカニのハサミに見えるからとも、玉が左右に動くからとも言われています」
「なるほど、ただ、ここから矢倉にも雁木にも行けますよね」
まじめの言葉に高村も同意する。
「ええ、ですから、どこも歩を突いていないのを別にすれば、十分にある形なんです。この後はクロさんも居飛車で構えてますからね」
「ただ、この後もすごかったですねえ」
「この3段目の金銀4枚横並びは見たことありませんね」
将棋動画「元奨励会員アルクの将棋特集」の歩がつぶやく。
「左右どちらかの金をひとつ引いた形であれば、それなりにバランスがとれていて、相居飛車に出てきそうな格好です」
言葉通りに金を引いた形を見せる。
「飛車を左右に使いやすい格好ですね。まあ、一局の将棋かと思います」
元の金銀4枚横並びに戻す。
「解説でもあったのですが、強いて言えば駒落ち上手の組み方ですね。2枚落ちとか、4枚落ち…は端が弱すぎるか」
3段目に金銀4枚が並んだ形のまま、飛車角を様々に動かしていく。
「放送中では囲いの名前として、いろんな候補が投稿されていましたが、個人的には“一文字クロ矢倉”でしょうか。シンプルで響きも良いです。ただ…」
歩がひと呼吸空ける。
「クロさん以外で指しこなせる人がいるかですね。辻井八冠なら行けそうかなあ」
さらに手を進めて、浜島三段の飛車寄りの局面になる。
「ここでクロさんが示した…と言って良いものかどうか分かりませんが、桂跳ねがありました」
ポンと桂馬を動かす。
「桂馬の2段跳ねは指されてみれば、なるほどの手です。一時的に桂馬を損しますけど、金銀4枚の壁を強引にこじ開けた絶妙手と言っても良さそうです。もちろんクロさんの側として見れば桂得は小さくないです。桂打ちから浜島陣に殺到する手段がいくらでもありますから」
愛媛が金銀4枚が並んだ局面を眺める。
「ネットでは一文字クロ矢倉とか一文字矢倉ブラックとか書かれていますが、手厚いのは間違いないですからね」
4枚の金銀に順に触れる。
「問題はこのまま指しこなすことができるかどうかです。一番大事な王様の頭こそ金銀4枚でしっかりしていますが、横や下がスカスカですからねえ。よほど力がないと…」
そして桂馬を跳ねる。
「これが局後にクロさんの指摘した手です。鈴香ちゃんによると、感想戦をしてると時々一手だけ指摘してくれるんだそうです。ただし、“時々”の条件が分からないそうですが」
そのまま桂馬をピョンピョンと跳ねる。
「私もふと浮かんだんですが、こうして桂馬を2段跳ねすると、結果的に桂馬と歩の交換で駒損になるんですが、くさびを打ち込んだ感じで金銀の壁を崩す手掛かりになりそうです」
盤上の金銀4枚の並びが崩れる。
「くさびが大きいと見るか、桂馬の駒得が大きいと見るか、皆さんはどうですか?」
「意表をついた序盤から中盤は相居飛車に落ち着きましたが、ここの飛車寄りが分かれ目でした」
動画「将棋風流記」でクロ七番勝負の第1局を並べているのは富士林金太五段。
「ただ、ひと目、そんなに悪い手とは思えませんね」
飛車を3筋に戻すと、クロ側の駒をいろいろと動かした。
「こーんな感じでクロさんが4筋から攻めてくる可能性もありますし、それにあらかじめ備えて飛車を回るのは、ごく自然な手なんです」
そして改めて玉将を寄ったり、金を引いたりする。
「滝川先生はこうした手を進めていましたが、パッと見たところで、これらの手と比べても悪い手には思えません。ただねえ…」
対局通りに飛車を4筋に置くと、左右の歩を突き捨てて、7筋の歩を突く。
「ここのクロさんが指した一連の手順が厳しかったですねえ」
パタパタと手を進めるが、いずれも浜島側が良くない。
「もちろん浜島三段も頑張ったんですが、少しずつ悪くなっていきます。辻井曲線じゃなくてクロ曲線ですね」
「S-1 SHOGI DAYS」では画面中央の将棋盤に浜島三段の反撃の手順が示される。
「6五歩、後手陣の隙を狙って歩の突き捨て。ちょっとでもバランスを崩れせば金銀4枚の壁は崩せるぜよ」
ゆっくりマリサが浜島の反撃を読み上げる。
「同銀、ここは丁寧に相手をするぴょん」
ヨウムも負けてはいない。
「自然な手を続ければ、駒得に結びついて、優勢を拡大できるぴょん」
マリサの額に汗が浮かぶ。
「それでも攻撃の手を緩める訳にはいかない。7七桂、銀に当てて進退を問いかけるぜよ」
一方のヨウムは笑顔たっぷりで余裕の表情。
「跳ねた桂馬を狙っても良いけど、ここは局面の安定を目指すぴょん。5四銀」
マリサの顔が「ぐぬぬ」とゆがんで、目が渦巻になる。
「まだまだ。大砲を中央に据えて攻撃に厚みを加えるぜよ。5九飛」
ヨウムの顔は笑顔になるばかりだ。
「角を成り込みましたが、クロさんに手番が回りました」
動画「将棋風流記」にて富士林五段の解説が続く。
「結果的に攻めが切れてしまいましたが、あのまま受け一方で手をこまねいていると、クロさんにジリジリと押されてしまいますから」
大盤の馬に触れる。
「この部分を見れば、金銀の裏側に大駒のひとつである角を成り込ませたのは大きいです。局所的にはクロ陣がほぼ受けなしとなっています。例えば…こう…金と銀があれば…」
クロの持ち駒となっている金と銀を使って、クロの王将を寄せていく。
「金銀がうわずっているだけに、これで受けが難しいですね」
そこまで示して局面を戻す。
「もっとも、実際にはクロさんの手番なので、クロさんの厳しい攻めが始まります」
富士林がクロの持ち駒から飛車を取ると、浜島陣の急所に打ち込んだ。
「打ち込まれれば当然ながら、きつい一手です。浜本三段は受けたいんでしょうけど、あいにく金も銀もない」
浜島の持ち駒には歩のみ。
「やむなく玉の早逃げですが、クロさんの追及は緩みません」
豊富な持ち駒で浜島玉を追い詰めていく。
「こうなると逆転は望み薄ですねえ」
浜島-クロ戦の終盤が示される。
「あとはクロの寄せを眺めるだけだな」
「結果的に見事なクロ曲線となりました」
“まんじゅう”キャラのマリサとレイムが解説する「たんたかたんチャンネル」だ。
「この局面で浜島三段が投了しました」
「浜島の王が逃げれば詰みはないぞ」
「その場合はクロの竜が入ることで一手一手の寄せとなります」
「反対にクロの玉に詰みはないしな」
画面が変わって1人と一羽の写真が登場し、クロ側に1勝、浜島側に0勝と表示される。
「これで“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第1局はクロの勝ちとなりました」
「浜島も頑張ったんだが、クロの序盤の構想が面白かったな」
「それでは今回の結果に基づいて、七番勝負の確率を分析してみましょう」
「棋士側にレーティングの変化もあったしな。よろしく頼むぞ」
画面が切り替わり、クロ側と棋士側の勝敗が割合で示される。
「始まったな」
「始まりましたね。上半分がクロの勝敗確率で、下半分が棋士側の勝敗確率です」
「棋士側の全勝は無くなったんだな」
「もちろんです。その分、クロの勝利確率が上がっています」
100万回のシミュレーションが終わる。
「勝敗確率をまとめると、この通りです」
「クロの4勝3敗が多いな」
「それだけ僅差であり、今回の1勝の価値が大きいと見ることができます」
「次の対局は約1か月後だな」
「2局目以降もクロのオリジナルな構想が見られるのか。プロ側がどんな対策で来るのか楽しみです」
「棋士の代表となる蔦本五段は、間違いなく後手番の研究を重ねてくるだろうからな」
「と言うことで、今回はこれで終わりです。また投稿しますので、ぜひ見てください」
画面が「ご視聴ありがとうございました」に切り替わって動画は終了した。
並べているのはクロの七番勝負の第1局である浜島三段戦。
「うーん、これで良いとはなあ」
クロの2手目の銀上がりから金銀並び。
その後の3段目の金銀並び。
さらに浜島三段の飛車寄りからクロの攻撃。
この辺りを集中して研究する。
最初のの金銀並びは時間をかけても結論は出なかった。
「まあ、1局の将棋ってことか」
その後の展開はいろいろあるが、極端に悪くなることも無ければ、画期的に良くなるわけでもない。
3段目の金銀並びは、こちらもいろいろ展開が考えられるものの、いずれもほぼ互角で推移。
ただし人間の目で見ると、自陣がスカスカで指しきれない感じが強い。
「クロには何か見えてるのかなあ」
人間の言葉が分かるのなら聞いてみたいもの。
そして問題の飛車寄り。
「名人が指摘した玉寄りか金引きなら互角か」
パソコンのモニターでも最善手や次善手には玉寄りや金引きなどが表示されている。
クロが指摘したであろう桂馬を跳ねる手は5番手までにも出てこない。
「でもなあ…」
そのまま放置して読み込ませると、桂馬を跳ねる手がチラチラと出たり消えたりする。
さらに待っていると、桂跳ねが最善手に躍り出る。
「クロはどこまで見えていたのか」
佐倉は考え込んだ。
ギューン!キュンキュンキュン…
画面中央に「竜」の文字が大きく輝く。
将棋の棋譜解説を中心に動画を展開する「S-1 SHOGI DAYS」だ。
「みなさんおはようこんにちはこんばんは、ゆっくりマリサぜよ」
「ヨウムだぴょん」
“まんじゅう”と呼ばれるキャラ2体が画面下の左右に登場。
「本日は202〇年〇月〇日に行われた“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第1局、浜島和人奨励会三段と」
「角野クロアマの一戦をお送りするぴょん」
浜島とクロの顔写真が登場。
「突如として人間界に飛来したカラスのクロ。神の使いか、悪魔の化身か。鳥ながらも驚異の棋力を示し、将棋動画上で何人もの棋士を負かしてきた。その結果、日本将棋協会を動かして、今回の七番勝負が実現ぜよ」
「そのクロと対戦するは、日本将棋協会から選ばれし7人の棋士達。異論反論もちろんあれど、7人全員が実力者と言っても過言ではないぴょん」
「事前に滝川十七世名人により行われた振り駒の結果、先手が浜島三段、後手がクロとなったぜよ。以降は偶数局でクロが、奇数局で棋士側が先手になるぜよ」
2人が声をそろえる。
「「さあ、それではみなさん ゆっくりしていってね!!!」」
「将棋盤、カピョーン!」
画面中央に将棋盤が登場する。
「今回はヨウムが先手、浜島三段」
「マリサが後手、クロぜよ。それでは」
「「お願いします」」
「こんにちは!高村天地です」
「こんにちは!臼木真面目です」
動画の冒頭でA級棋士の高村天地八段とアシスタントでアマチュア強豪の臼木真面目が挨拶する。
「先生、見ましたか?」
「何をです?新作映画ですか?『ぼっち・ざ・なんとか』の総集編でしたっけ?」
「もう、そういうボケは止めましょうよ」
「アハハ、クロの七番勝負ですよね」
「はい、熱戦でした」
「まさに、です」
「ただし、残念ながら…」
「うん?」
「浜島三段による先生の敵討ちはできませんでした」
「あー、それを言わないでくださいよー」
まじめの辛辣な言葉を聞いて、大げさに高村が顔を隠す。
「まあ、2局目以降に期待しましょう」
「ですね。じゃあ、並べていきますか」
2人は大盤の前に立って解説を始めた。
「皆さんのご指摘通り、読み上げるのが一瞬遅れちゃったんですよね」
動画で苦笑いするのは女流棋士の愛媛愛菜四段。
もちろん七番勝負1局目の読み上げについて語っている。
「私もクロさんの棋譜をひと通り頭にいれて対局の用意をしたのですが、ほんっとーに銀上がりは予想外でした」
うんうんと大きくうなずく。
「って言うか、先手でも後手でもクロさんの初手銀上がりを予測できた人っていますか?もしいたら、予測した理由と合わせて書き込んでください、ぜひぜひ」
そう言って手を合わせる。
「それで後から聞いたんですが、飼い主の馬場さんが沼田システムや徒野流の棋譜を並べていて、クロさんが見ていたんだそうです。あ、それから滝川先生がおっしゃってたんですけど、駒落ち上手の工夫を取り入れたのでは、と」
愛媛は「いろいろ工夫してたんですねえ」と感想を述べる。
「まあ、初手の角道を開けるのは良くある手ですね」
ハジメの言葉に、高村が「角道を開ける7六歩と飛車先を突く2六歩が圧倒的です」と同意。
「しかし、クロの銀上がりが意表を突いた手でした」
「プロの対局でもなくはないんですが、クロさんが指すとはねえ」
「で、この金銀4枚並びと」
高村は「ここだけ見れば」と、金、銀、金の並びを指先で丸く囲む。
「“カニ囲い”と呼ばれる囲いなんですね。金2枚がカニのハサミに見えるからとも、玉が左右に動くからとも言われています」
「なるほど、ただ、ここから矢倉にも雁木にも行けますよね」
まじめの言葉に高村も同意する。
「ええ、ですから、どこも歩を突いていないのを別にすれば、十分にある形なんです。この後はクロさんも居飛車で構えてますからね」
「ただ、この後もすごかったですねえ」
「この3段目の金銀4枚横並びは見たことありませんね」
将棋動画「元奨励会員アルクの将棋特集」の歩がつぶやく。
「左右どちらかの金をひとつ引いた形であれば、それなりにバランスがとれていて、相居飛車に出てきそうな格好です」
言葉通りに金を引いた形を見せる。
「飛車を左右に使いやすい格好ですね。まあ、一局の将棋かと思います」
元の金銀4枚横並びに戻す。
「解説でもあったのですが、強いて言えば駒落ち上手の組み方ですね。2枚落ちとか、4枚落ち…は端が弱すぎるか」
3段目に金銀4枚が並んだ形のまま、飛車角を様々に動かしていく。
「放送中では囲いの名前として、いろんな候補が投稿されていましたが、個人的には“一文字クロ矢倉”でしょうか。シンプルで響きも良いです。ただ…」
歩がひと呼吸空ける。
「クロさん以外で指しこなせる人がいるかですね。辻井八冠なら行けそうかなあ」
さらに手を進めて、浜島三段の飛車寄りの局面になる。
「ここでクロさんが示した…と言って良いものかどうか分かりませんが、桂跳ねがありました」
ポンと桂馬を動かす。
「桂馬の2段跳ねは指されてみれば、なるほどの手です。一時的に桂馬を損しますけど、金銀4枚の壁を強引にこじ開けた絶妙手と言っても良さそうです。もちろんクロさんの側として見れば桂得は小さくないです。桂打ちから浜島陣に殺到する手段がいくらでもありますから」
愛媛が金銀4枚が並んだ局面を眺める。
「ネットでは一文字クロ矢倉とか一文字矢倉ブラックとか書かれていますが、手厚いのは間違いないですからね」
4枚の金銀に順に触れる。
「問題はこのまま指しこなすことができるかどうかです。一番大事な王様の頭こそ金銀4枚でしっかりしていますが、横や下がスカスカですからねえ。よほど力がないと…」
そして桂馬を跳ねる。
「これが局後にクロさんの指摘した手です。鈴香ちゃんによると、感想戦をしてると時々一手だけ指摘してくれるんだそうです。ただし、“時々”の条件が分からないそうですが」
そのまま桂馬をピョンピョンと跳ねる。
「私もふと浮かんだんですが、こうして桂馬を2段跳ねすると、結果的に桂馬と歩の交換で駒損になるんですが、くさびを打ち込んだ感じで金銀の壁を崩す手掛かりになりそうです」
盤上の金銀4枚の並びが崩れる。
「くさびが大きいと見るか、桂馬の駒得が大きいと見るか、皆さんはどうですか?」
「意表をついた序盤から中盤は相居飛車に落ち着きましたが、ここの飛車寄りが分かれ目でした」
動画「将棋風流記」でクロ七番勝負の第1局を並べているのは富士林金太五段。
「ただ、ひと目、そんなに悪い手とは思えませんね」
飛車を3筋に戻すと、クロ側の駒をいろいろと動かした。
「こーんな感じでクロさんが4筋から攻めてくる可能性もありますし、それにあらかじめ備えて飛車を回るのは、ごく自然な手なんです」
そして改めて玉将を寄ったり、金を引いたりする。
「滝川先生はこうした手を進めていましたが、パッと見たところで、これらの手と比べても悪い手には思えません。ただねえ…」
対局通りに飛車を4筋に置くと、左右の歩を突き捨てて、7筋の歩を突く。
「ここのクロさんが指した一連の手順が厳しかったですねえ」
パタパタと手を進めるが、いずれも浜島側が良くない。
「もちろん浜島三段も頑張ったんですが、少しずつ悪くなっていきます。辻井曲線じゃなくてクロ曲線ですね」
「S-1 SHOGI DAYS」では画面中央の将棋盤に浜島三段の反撃の手順が示される。
「6五歩、後手陣の隙を狙って歩の突き捨て。ちょっとでもバランスを崩れせば金銀4枚の壁は崩せるぜよ」
ゆっくりマリサが浜島の反撃を読み上げる。
「同銀、ここは丁寧に相手をするぴょん」
ヨウムも負けてはいない。
「自然な手を続ければ、駒得に結びついて、優勢を拡大できるぴょん」
マリサの額に汗が浮かぶ。
「それでも攻撃の手を緩める訳にはいかない。7七桂、銀に当てて進退を問いかけるぜよ」
一方のヨウムは笑顔たっぷりで余裕の表情。
「跳ねた桂馬を狙っても良いけど、ここは局面の安定を目指すぴょん。5四銀」
マリサの顔が「ぐぬぬ」とゆがんで、目が渦巻になる。
「まだまだ。大砲を中央に据えて攻撃に厚みを加えるぜよ。5九飛」
ヨウムの顔は笑顔になるばかりだ。
「角を成り込みましたが、クロさんに手番が回りました」
動画「将棋風流記」にて富士林五段の解説が続く。
「結果的に攻めが切れてしまいましたが、あのまま受け一方で手をこまねいていると、クロさんにジリジリと押されてしまいますから」
大盤の馬に触れる。
「この部分を見れば、金銀の裏側に大駒のひとつである角を成り込ませたのは大きいです。局所的にはクロ陣がほぼ受けなしとなっています。例えば…こう…金と銀があれば…」
クロの持ち駒となっている金と銀を使って、クロの王将を寄せていく。
「金銀がうわずっているだけに、これで受けが難しいですね」
そこまで示して局面を戻す。
「もっとも、実際にはクロさんの手番なので、クロさんの厳しい攻めが始まります」
富士林がクロの持ち駒から飛車を取ると、浜島陣の急所に打ち込んだ。
「打ち込まれれば当然ながら、きつい一手です。浜本三段は受けたいんでしょうけど、あいにく金も銀もない」
浜島の持ち駒には歩のみ。
「やむなく玉の早逃げですが、クロさんの追及は緩みません」
豊富な持ち駒で浜島玉を追い詰めていく。
「こうなると逆転は望み薄ですねえ」
浜島-クロ戦の終盤が示される。
「あとはクロの寄せを眺めるだけだな」
「結果的に見事なクロ曲線となりました」
“まんじゅう”キャラのマリサとレイムが解説する「たんたかたんチャンネル」だ。
「この局面で浜島三段が投了しました」
「浜島の王が逃げれば詰みはないぞ」
「その場合はクロの竜が入ることで一手一手の寄せとなります」
「反対にクロの玉に詰みはないしな」
画面が変わって1人と一羽の写真が登場し、クロ側に1勝、浜島側に0勝と表示される。
「これで“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第1局はクロの勝ちとなりました」
「浜島も頑張ったんだが、クロの序盤の構想が面白かったな」
「それでは今回の結果に基づいて、七番勝負の確率を分析してみましょう」
「棋士側にレーティングの変化もあったしな。よろしく頼むぞ」
画面が切り替わり、クロ側と棋士側の勝敗が割合で示される。
「始まったな」
「始まりましたね。上半分がクロの勝敗確率で、下半分が棋士側の勝敗確率です」
「棋士側の全勝は無くなったんだな」
「もちろんです。その分、クロの勝利確率が上がっています」
100万回のシミュレーションが終わる。
「勝敗確率をまとめると、この通りです」
「クロの4勝3敗が多いな」
「それだけ僅差であり、今回の1勝の価値が大きいと見ることができます」
「次の対局は約1か月後だな」
「2局目以降もクロのオリジナルな構想が見られるのか。プロ側がどんな対策で来るのか楽しみです」
「棋士の代表となる蔦本五段は、間違いなく後手番の研究を重ねてくるだろうからな」
「と言うことで、今回はこれで終わりです。また投稿しますので、ぜひ見てください」
画面が「ご視聴ありがとうございました」に切り替わって動画は終了した。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる