44 / 113
第3章 七番勝負の開始
第43話 カラスが女流棋戦を観戦したら
しおりを挟む
馬場とクロが自宅でモニターを見つめている。
映っているのは将棋盤を挟んだ福岡葉菜女流五冠と石川萌香女流三冠。
ただし福岡の肩書が「女流五冠」ではなく、「女流王座」となっている。
この対局がピコー杯女流王座戦の五番勝負第1局のためで、タイトルホルダーの側はタイトル名を付けるのが恒例。
昨年女流王位のタイトルを防衛した福岡に、今年予選を勝ち抜いた石川が挑戦して五番勝負の開催だ。
対局会場はホテル椿川荘塔京。
将棋や囲碁のタイトル戦の番勝負ではおなじみの場所となっている。
いつもの番勝負とちょっと違うのは、2人とも正座をしておらず分厚い座布団を敷いた椅子に座っている。
もちろん体への負担を軽くする目的で、出産が間近の福岡の希望によるものだ。
棋士は対局における長年の正座で、膝や足を痛めている人が少なくない。
そこであぐらになれば膝への負担は減るものの、今度は腰に悪い座り方となる。
と言うわけで、腰を痛めている棋士も少なからずいる。
囲碁界では既に椅子席の対局が多くなっており、将棋界もそれを追いかけた形だ。
もっとも趣味として参加したサッカーではしゃいだことにより手術するほど膝を痛めて、「おいおい、なーに、やってんだよ!」とファンや関係者からひんしゅくを買うような棋士もいるのだが。
そんな将棋や囲碁の対局動画を見ていると、一手指すごとに座布団から立って、画面外のどこかに消えてしまう棋士は多い。
「ふーん、何度もトイレに行くんだなあ」などと思わずに「裏で屈伸でもしてるのかな?」とでも考えてみよう。
「負けました」
画面では石川が駒台に手を置いて頭を下げた。
ひと呼吸おいて「ありがとうございました」と言いつつ、福岡も深々と頭を下げる。
ピコー杯女流王位戦五番勝負の第1局は福岡女流王位の先勝となった。
すぐに石川が盤上を指で示しつつ何事かを問いかける。
それに応じた福岡は駒を動かして手順を追う。
周囲では記者達が記録係の使っていたテーブルの片隅にボイスレコーダーを置いてインタビューを録音する用意をし、カメラマンが早くもシャッターを切っている。ひと通り関係者がそろったところでインタビューが始まった。
「熱戦だったなあ」
馬場のつぶやくと、同意するようにクロが「クワッ」と鳴く。
インタビューを聞きつつ、馬場は指し手を並べ直した。
先手番となった福岡がやや変則的な指し手から序盤を進めたが、結局、角交換から向かい飛車にする。後手番の石川は三間飛車から向かい飛車、さらに右四間(指し手から見て右から4列目)に飛車を移動させて激しい戦いに突入した。
「ここはどうだ、クロ?」
急所と思われる局面で馬場がクロに尋ねるものの、クロは頭を左右に傾げるばかりで、何らかの指し手を示すことはなかった。
「…ダメかあ」
佐倉から対局中や感想戦、さらには指し手を再現させた時のクロの反応を伺うよう頼まれている。
ただ思ったような反応が見られなかった。
画面ではインタビューを終えた2人が感想戦を再開していた。
取り囲む記者達や動画を見ている将棋ファンへのサービスを兼ねる意味もあって、今度は初手から指し直す。
時折カメラマンがシャッターを切り、記者達は2人の言葉を聞き逃さないようコメントを拾っていた。
「この銀出で引くと?」
「それは歩で叩いて飛車寄りから…」
「ああ、なるほど」
「角打ちから飛車を攻められたのが痛くて」
「でも歩の取り込みがもっと厳しい」
「うーん……そうねえ」
感想戦の映像が続く前で、馬場も盤上で局面を追いかける。
クロは馬場が動かす駒とモニターを交互に見ていた。
「次に戦うのが、この福岡先生だぞ」
馬場が何度もクロに言う。
クロは分かっているのかいないのかモニターの前へと歩くと、画面に映った石川の顔をクチバシで軽く突っつく。
「そっちは違うぞ!石川先生だ!」
「カア」
そう言われたクロは向かいの福岡の映像をクチバシで突っつく。
「そうそう、そっちだ、分かるか?」
「カア」
クロは「分かってるよ」と言いたげに翼を広げた。
「ばあちゃーん、じいちゃーん、来たよー!」
感想戦の途中で玄関扉が開く音がすると、居間に鈴香が駆け込んできた。
馬場は無言で洗面所の方を指さす。
鈴香は「はーい」と言ってうがいや手洗いをしに行った。
「どうだった?」
鈴香は馬場の向かいに座る。
「角交換から相振り飛車になって、先手の福岡さんが勝ったよ」
「そっかー」
インタビューや感想戦が終わり、あいにく動画が終了したところだ。
鈴香は盤上の駒を見つめる。
「ばあちゃん、ありがとー」
祖母の持ってきたお菓子を食べながら、「こう?」と駒を動かす。
「そうそう」
馬場が手順を示すと、鈴香が「うーん」と目で追っかける。
「クロ、次も強いよー」
「クワァ」
やはり分かっているのか分からないのか、クロは頭を何度も振っている。
「福岡先生、お休みがあったけど、大丈夫そうだね」
投了まで確認した鈴香は安心したように言う。
「妊娠は病気じゃないなんて言葉もあるけど、こればっかりはどうにもならないからなあ」
馬場は腕組みする。
「もし対局中に具合が悪くなったら、どうするの?」
馬場は「うーん」と顔を天井に向けた。
映っているのは将棋盤を挟んだ福岡葉菜女流五冠と石川萌香女流三冠。
ただし福岡の肩書が「女流五冠」ではなく、「女流王座」となっている。
この対局がピコー杯女流王座戦の五番勝負第1局のためで、タイトルホルダーの側はタイトル名を付けるのが恒例。
昨年女流王位のタイトルを防衛した福岡に、今年予選を勝ち抜いた石川が挑戦して五番勝負の開催だ。
対局会場はホテル椿川荘塔京。
将棋や囲碁のタイトル戦の番勝負ではおなじみの場所となっている。
いつもの番勝負とちょっと違うのは、2人とも正座をしておらず分厚い座布団を敷いた椅子に座っている。
もちろん体への負担を軽くする目的で、出産が間近の福岡の希望によるものだ。
棋士は対局における長年の正座で、膝や足を痛めている人が少なくない。
そこであぐらになれば膝への負担は減るものの、今度は腰に悪い座り方となる。
と言うわけで、腰を痛めている棋士も少なからずいる。
囲碁界では既に椅子席の対局が多くなっており、将棋界もそれを追いかけた形だ。
もっとも趣味として参加したサッカーではしゃいだことにより手術するほど膝を痛めて、「おいおい、なーに、やってんだよ!」とファンや関係者からひんしゅくを買うような棋士もいるのだが。
そんな将棋や囲碁の対局動画を見ていると、一手指すごとに座布団から立って、画面外のどこかに消えてしまう棋士は多い。
「ふーん、何度もトイレに行くんだなあ」などと思わずに「裏で屈伸でもしてるのかな?」とでも考えてみよう。
「負けました」
画面では石川が駒台に手を置いて頭を下げた。
ひと呼吸おいて「ありがとうございました」と言いつつ、福岡も深々と頭を下げる。
ピコー杯女流王位戦五番勝負の第1局は福岡女流王位の先勝となった。
すぐに石川が盤上を指で示しつつ何事かを問いかける。
それに応じた福岡は駒を動かして手順を追う。
周囲では記者達が記録係の使っていたテーブルの片隅にボイスレコーダーを置いてインタビューを録音する用意をし、カメラマンが早くもシャッターを切っている。ひと通り関係者がそろったところでインタビューが始まった。
「熱戦だったなあ」
馬場のつぶやくと、同意するようにクロが「クワッ」と鳴く。
インタビューを聞きつつ、馬場は指し手を並べ直した。
先手番となった福岡がやや変則的な指し手から序盤を進めたが、結局、角交換から向かい飛車にする。後手番の石川は三間飛車から向かい飛車、さらに右四間(指し手から見て右から4列目)に飛車を移動させて激しい戦いに突入した。
「ここはどうだ、クロ?」
急所と思われる局面で馬場がクロに尋ねるものの、クロは頭を左右に傾げるばかりで、何らかの指し手を示すことはなかった。
「…ダメかあ」
佐倉から対局中や感想戦、さらには指し手を再現させた時のクロの反応を伺うよう頼まれている。
ただ思ったような反応が見られなかった。
画面ではインタビューを終えた2人が感想戦を再開していた。
取り囲む記者達や動画を見ている将棋ファンへのサービスを兼ねる意味もあって、今度は初手から指し直す。
時折カメラマンがシャッターを切り、記者達は2人の言葉を聞き逃さないようコメントを拾っていた。
「この銀出で引くと?」
「それは歩で叩いて飛車寄りから…」
「ああ、なるほど」
「角打ちから飛車を攻められたのが痛くて」
「でも歩の取り込みがもっと厳しい」
「うーん……そうねえ」
感想戦の映像が続く前で、馬場も盤上で局面を追いかける。
クロは馬場が動かす駒とモニターを交互に見ていた。
「次に戦うのが、この福岡先生だぞ」
馬場が何度もクロに言う。
クロは分かっているのかいないのかモニターの前へと歩くと、画面に映った石川の顔をクチバシで軽く突っつく。
「そっちは違うぞ!石川先生だ!」
「カア」
そう言われたクロは向かいの福岡の映像をクチバシで突っつく。
「そうそう、そっちだ、分かるか?」
「カア」
クロは「分かってるよ」と言いたげに翼を広げた。
「ばあちゃーん、じいちゃーん、来たよー!」
感想戦の途中で玄関扉が開く音がすると、居間に鈴香が駆け込んできた。
馬場は無言で洗面所の方を指さす。
鈴香は「はーい」と言ってうがいや手洗いをしに行った。
「どうだった?」
鈴香は馬場の向かいに座る。
「角交換から相振り飛車になって、先手の福岡さんが勝ったよ」
「そっかー」
インタビューや感想戦が終わり、あいにく動画が終了したところだ。
鈴香は盤上の駒を見つめる。
「ばあちゃん、ありがとー」
祖母の持ってきたお菓子を食べながら、「こう?」と駒を動かす。
「そうそう」
馬場が手順を示すと、鈴香が「うーん」と目で追っかける。
「クロ、次も強いよー」
「クワァ」
やはり分かっているのか分からないのか、クロは頭を何度も振っている。
「福岡先生、お休みがあったけど、大丈夫そうだね」
投了まで確認した鈴香は安心したように言う。
「妊娠は病気じゃないなんて言葉もあるけど、こればっかりはどうにもならないからなあ」
馬場は腕組みする。
「もし対局中に具合が悪くなったら、どうするの?」
馬場は「うーん」と顔を天井に向けた。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる