クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第3章 七番勝負の開始

第43話 カラスが女流棋戦を観戦したら

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馬場とクロが自宅でモニターを見つめている。
映っているのは将棋盤を挟んだ福岡葉菜ふくおか はな女流五冠と石川萌香いしかわ もか女流三冠。
ただし福岡の肩書が「女流五冠」ではなく、「女流王座」となっている。
この対局がピコー杯女流王座戦の五番勝負第1局のためで、タイトルホルダーの側はタイトル名を付けるのが恒例。

昨年女流王位のタイトルを防衛した福岡に、今年予選を勝ち抜いた石川が挑戦して五番勝負の開催だ。
対局会場はホテル椿川荘塔京ちんぜんそうとうきょう
将棋や囲碁のタイトル戦の番勝負ではおなじみの場所となっている。

いつもの番勝負とちょっと違うのは、2人とも正座をしておらず分厚い座布団を敷いた椅子に座っている。
もちろん体への負担を軽くする目的で、出産が間近の福岡の希望によるものだ。
棋士は対局における長年の正座で、膝や足を痛めている人が少なくない。
そこであぐらになれば膝への負担は減るものの、今度は腰に悪い座り方となる。
と言うわけで、腰を痛めている棋士も少なからずいる。
囲碁界では既に椅子席の対局が多くなっており、将棋界もそれを追いかけた形だ。

もっとも趣味として参加したサッカーではしゃいだことにより手術するほど膝を痛めて、「おいおい、なーに、やってんだよ!」とファンや関係者からひんしゅくを買うような棋士もいるのだが。

そんな将棋や囲碁の対局動画を見ていると、一手指すごとに座布団から立って、画面外のどこかに消えてしまう棋士は多い。
「ふーん、何度もトイレに行くんだなあ」などと思わずに「裏で屈伸でもしてるのかな?」とでも考えてみよう。

「負けました」
画面では石川が駒台に手を置いて頭を下げた。
ひと呼吸おいて「ありがとうございました」と言いつつ、福岡も深々と頭を下げる。
ピコー杯女流王位戦五番勝負の第1局は福岡女流王位の先勝となった。

すぐに石川が盤上を指で示しつつ何事かを問いかける。
それに応じた福岡は駒を動かして手順を追う。
周囲では記者達が記録係の使っていたテーブルの片隅にボイスレコーダーを置いてインタビューを録音する用意をし、カメラマンが早くもシャッターを切っている。ひと通り関係者がそろったところでインタビューが始まった。

「熱戦だったなあ」
馬場のつぶやくと、同意するようにクロが「クワッ」と鳴く。
インタビューを聞きつつ、馬場は指し手を並べ直した。

先手番となった福岡がやや変則的な指し手から序盤を進めたが、結局、角交換から向かい飛車にする。後手番の石川は三間飛車から向かい飛車、さらに右四間(指し手から見て右から4列目)に飛車を移動させて激しい戦いに突入した。

「ここはどうだ、クロ?」
急所と思われる局面で馬場がクロに尋ねるものの、クロは頭を左右に傾げるばかりで、何らかの指し手を示すことはなかった。
「…ダメかあ」
佐倉から対局中や感想戦、さらには指し手を再現させた時のクロの反応を伺うよう頼まれている。
ただ思ったような反応が見られなかった。

画面ではインタビューを終えた2人が感想戦を再開していた。
取り囲む記者達や動画を見ている将棋ファンへのサービスを兼ねる意味もあって、今度は初手から指し直す。
時折カメラマンがシャッターを切り、記者達は2人の言葉を聞き逃さないようコメントを拾っていた。
「この銀出で引くと?」
「それは歩で叩いて飛車寄りから…」
「ああ、なるほど」
「角打ちから飛車を攻められたのが痛くて」
「でも歩の取り込みがもっと厳しい」
「うーん……そうねえ」

感想戦の映像が続く前で、馬場も盤上で局面を追いかける。
クロは馬場が動かす駒とモニターを交互に見ていた。
「次に戦うのが、この福岡先生だぞ」
馬場が何度もクロに言う。
クロは分かっているのかいないのかモニターの前へと歩くと、画面に映った石川の顔をクチバシで軽く突っつく。
「そっちは違うぞ!石川先生だ!」
「カア」
そう言われたクロは向かいの福岡の映像をクチバシで突っつく。
「そうそう、そっちだ、分かるか?」
「カア」
クロは「分かってるよ」と言いたげに翼を広げた。

「ばあちゃーん、じいちゃーん、来たよー!」
感想戦の途中で玄関扉が開く音がすると、居間に鈴香が駆け込んできた。
馬場は無言で洗面所の方を指さす。
鈴香は「はーい」と言ってうがいや手洗いをしに行った。

「どうだった?」
鈴香は馬場の向かいに座る。
「角交換から相振り飛車になって、先手の福岡さんが勝ったよ」
「そっかー」
インタビューや感想戦が終わり、あいにく動画が終了したところだ。
鈴香は盤上の駒を見つめる。
「ばあちゃん、ありがとー」
祖母の持ってきたお菓子を食べながら、「こう?」と駒を動かす。
「そうそう」
馬場が手順を示すと、鈴香が「うーん」と目で追っかける。

「クロ、次も強いよー」
「クワァ」
やはり分かっているのか分からないのか、クロは頭を何度も振っている。
「福岡先生、お休みがあったけど、大丈夫そうだね」
投了まで確認した鈴香は安心したように言う。
「妊娠は病気じゃないなんて言葉もあるけど、こればっかりはどうにもならないからなあ」
馬場は腕組みする。
「もし対局中に具合が悪くなったら、どうするの?」
馬場は「うーん」と顔を天井に向けた。
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